10.【教えてください】 改
竜母様の存在が確認されてから三日目の朝、俺は胸に国の紋章が刺繍されている襟付きの白いシャツと、濃紺のズボンの騎士服を着て客間に向かった。
「ユイ様おはようございます。レオです」扉を叩き、そう声を掛けると、キャロラインが中から部屋の扉を開けてくれた。ちなみにキャロラインも同じ騎士服を着用している。
「今日からユイ様の護衛に就くことになりました。ユイ様がこの世界に慣れるまで、私とキャロラインがお側におります」
「副隊長さんもキャロラインさんも、魔物の討伐がお仕事なのに、私のせいで護衛をしなきゃいけなくなったんですね」
彼女は悲しそうにも申し訳なさそうにも見える顔で、眉をさげて呟いた。
「私とキャロラインが護衛をするのは不満でしょうか?」
「違います。私のせいで通常の業務が出来ないのが申し訳ないんです」
そう言って俯く彼女。
「私と副隊長でなければ、騎士団第一部隊の近衛隊が護衛につくと思いますよ? その方が宜しいですか?」
キャロラインの言葉にユイ様は「近衛隊って、王族とか高貴な人を護衛する人ですよね。絶対嫌です」と嫌悪感を露にした。
正直、俺とキャロラインが魔物討伐から外れるのは、今の騎士団からすれば痛手だ。竜母様が見つかり捜索が打ち切られると同時に、第一部隊(近衛隊)、第二部隊(王城警備隊)からの応援はなくなり、地方に遠征している魔物討伐部隊が帰ってくるまでの間、王都に残っている魔物討伐部隊だけで竜王の森の魔物討伐を行わなければならないのだ。夜の捜索がなくなったとはいえ、人手が足りないことには変わりない。
ただ高ランクの魔物の出現増加が著しいのは竜王の森だけの変化だったようで、地方では今までと比べても左程変化はないらしい。ただし結界の近くだけは魔物の出現回数が五割ほど増えており、その理由が今まで皆無だった国外からの侵入だとの報告が上がってきている。
それは結界が通常の1/3程の強度しかない為らしいが、それ位なら三ヶ月に一回だった遠征を、二ヶ月に一回にすれば対応出来そうである。
一週間以内には遠征組も王都に帰ってくる予定で、そうなれば少しは人手不足が解消されるだろう。
それでも竜王様崩御前と比べれば休みは格段に少ないし、討伐に宮廷魔導師が帯同出来ない事に変わりはないのだが。
「ユイ様が気にされる必要はありません。それよりも何かご希望はありませんか?」
キャロラインがそう問うと竜母様は暫く考えたあと「一つだけ希望があります」と仰られた。
「ユイ様と呼ぶのをやめて欲しいです。私は庶民で、様呼びされるような人間ではありません」
正直俺は返答に困った。竜母様である彼女をお守りするのが俺達の役目で、高貴な方を『さん』呼びする訳にはいかないだろう。それはキャロラインも同じだったようで「それは少し難しいです」と顔をしかめていた。
「せめて三人の時だけでも駄目ですか?」
彼女はどうしても、様呼びされることを受け入れがたいようで、表情は真剣そのものだ。
そして考え方を変えれば、彼女の方から俺達に近づこうとしてくれている事は喜ばしいことなのだ。だから俺は「分かりました。三人の時はユイさんと呼ばせていただいます」そう返事をした。
「敬語もやめてください。副隊長さん普段は俺って言ってますよね?」
「待ってください。それは余りにも失礼になります」
「私が嫌なんです。失礼じゃありません。それなら私も敬語で話しますし副隊長様とお呼びします。......ん? クラネル副隊長って言うのが正しいのかな?」
全く引く気がない様子の彼女に、仕方なく了承することになった。
「わがままを言ってるのは分かっています。でも、お二人に壁を作られたら、私はこの世界で一人になってしまいます」
彼女の瞳が悲しみで曇り、今この世界で頼れる人間が俺とキャロラインだけなのだと感じた。俺達に壁を作られるのは、彼女にとって突き放されることと同じなのだろう。
「分かった。じゃあ、俺のこともレオと呼んでくれ」
「あたしのことはキャロルと呼んでね。ユイさん」
俺達の言葉を聞いて、ユイさんは俯いていた顔を上げ人懐こい笑顔を見せた。
ユイさんの部屋には、二日前には置かれていなかった手触りの優しい臙脂色のソファーが用意されていた。
当初ユイさんは竜母様と確認された時点で、王城の客間に移動していただく予定だったのだが、高貴な方に対する扱いを拒絶する彼女の様子から、暫くこの騎士団の客間を利用して頂くことになった。
その為今朝早くに、新しいソファーが用意されたのだ。新しいソファーに腰掛けるとユイさんは、言葉を選ぶようにしながらポツリポツリと話し始めた。
「昨日隊長さん達から話を聞いた時は意味が分からないって思ったし、無理だって思った。でも、断ることが出来ないことも分かってる。一晩考えて出来るだけ前向きに考えようって思ったけど、まだその覚悟が決まらないの。
この国にとって竜王様が大切な存在なのはよく分かったけど、その竜王様を私なんかが育てる事が出来るのかなって。そんな大役......正直怖い」
不安から憂いを帯びた表情を見せる彼女。それはユイさんの素直な気持ちなのだろう。この国の未来を二十歳になったばかりの女性に背負わせるのだから、荷が重いと感じても仕方ない。
「最初は逃げたいと思った。でも、この世界に私が逃げれるところなんてない。それに私が逃げた事で国が戦争になってレオさんやキャロルさんにもしもの事があれば、私はきっと自分を許せない。
自ら望んで来た世界じゃないけど、後悔するくらいなら出来ることはやってみようと思う。
そして自分の役目を終えた後に、元の世界に戻れる方法を探せばいい。それにキャロルさんが、一人じゃないって言ってくれたのも嬉しかった。ただ竜母になるには、私はこの国を知らなさすぎる。だから教えて欲しい。......この国のことを」
自分の置かれた立場と求められた役目を、必死に理解しようとしている彼女。知っている人が誰もいないこの世界で、自の足で立ち上がり前に進むことを選んだ彼女の強さに、俺の中に小さな敬愛の念が生まれた。
「俺とキャロルで分かることは教えるよ。ユイさんには、納得して竜母様になってもらいたい」
「あたしに出来ることは手伝うよ。だからユイさんも辛いときは辛いって言ってね」
俺達の言葉に気色を浮かべる彼女は、大きく頷きながら「大丈夫。私こう見えて強いんです。それにレオさんと『もう泣かない』って約束しましたしね」そう言って、柔らかい笑顔を見せてくれた。
「えっ いつそんな約束したの?」
驚き、不満顔のキャロルを見て、彼女はクスクスと笑みを零している。




