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なんちゃって神話学 ~豊穣編~

作者: 安藤ナツ

「突然だけどさ、『イースター』って、なんか全然流行らないよね。『クリスマス』と一緒でキリスト教の儀式でしょ? 『バレンタイン』だって流行ったし、キリスト教じゃないけど『ハロウィン』もまあ流行ってるじゃん? どうしてだろ?」


――春はわざわざイベント輸入しなくても『花見』だとか『歓迎会』で騒げるからな。あと、新環境の為に色々と買い物の必要もあるし財布の紐も堅くなるだろうってのもあるんじゃないか? 春のボーナスとか出ないし。金にならないなら、企業も本気で取り組まないだろ。


「なるほど。確かに」


――それにイースターはちょっと内容が宗教的過ぎるのもマイナスな気がするな。


「そうなの?」


――お前はイースターが何かも知らないのか。


「うん。なんか卵に色を塗るんでしょ? 超地味だよね。何が楽しいわけ?」


――イースターはキリスト教におけるイエスの復活を祝う日だ。イエス関係って言う点ではクリスマスと似ているが、あっちは誕生祭。こっちは復活祭。


「日常じゃあ、絶対に耳にしない言葉だよね、復活祭」


――だろ? そこがとっかり難いと思うんだよな。個人的に。『イエスの誕生日』って聞くと『誰か良く知らんけど祝ってやろ!』ってなるけど、『イエスが蘇ったんだよ』って言われると首を傾げちゃうだろ?


「確かに。『いや、人は蘇らんやろ』ってなるかも。下手すると寺産まれが退治を始めそう」


――イースターはそう言うキリスト教文化色が濃いから、日本人的には踏み込みにくいんじゃないか?


「確かに。って言うか、そもそもなんでイエス様はどうして死んで、どうして蘇ったわけ? ついでに、卵は何処から出て来たわけ? イエス様は卵から復活したわけ?」


――後ろの問いから答えると、鳥は生命の神話的魔術的なシンボルだからだ。卵って言う硬い石のような物から、柔らかく温かい生命が産まれる。そこに昔の人間は神秘を見出した。例えばフェニックスは不死鳥とか訳されるだろ? アレは代表例だと言えるだろうな。あと、あらゆる地方の神話で、石は不滅や永遠を暗示する物でもある。日本神話でもイワナガヒメは永遠の命を意味していたしな。そんなわけで、イースターの卵は永遠のメタファー。偉大なイエスの復活と言う生命の奇跡を象徴するにこれ以上ないアイテムってわけだ。


「なるなる」


――そしてイエスの死因だが……語弊を恐れずに端折って言えば、テロ活動を行った罪に対する処刑だな。自分がユダヤの王だと触れ回って社会を混乱させた。その影響力を当時の支配層が危険だと判断して処刑されたわけだ。


「ロックな死因だなぁ」


――で、死んだ後は甦って神格化されて、キリスト教の誕生だ。


「なるほど。でもさ、当時の人はその蘇りを信じたわけ? 二〇〇〇年以上前って言ってもさ、死人返りなんて胡散臭く思えると思うんだけど」


――まあ、全員が全員信じたわけじゃあないんだろうけど、多くの人は信じたんだろうな。その理由と言うか原因の一つと言うか、当時には有名な『蘇えり』伝説が多々あったんだ。だからキリスト教はそれに便乗した形でイエスの復活を浸透させたんだろうな。って言うか、そもそも聖書内でも他に甦った人はいるし。


「イエス様が唯一無二じゃないのか」


――キリスト教の歴史なんて、所詮二〇〇〇年程度の歴史だからな。もっと古い神話は沢山ある。キリスト教はなんて言うかな、タイミングが良かったんだろうな。ほら。パ○ドラが流行ってた時、同じようなパズルゲームがいっぱい出ただろ? 或いは、一時期三国志をモチーフにしたソシャゲが氾濫していたのとも似ている。キリスト教は珍しくそう言った二番煎じ三番線時に成功したパターンが近いかもしれない。そもそも、ユダヤ教の亜流だしな。


「ソシャゲに例えるのはわかりやすいけど、怒られない?」


――そのパクリ元の復活した男は『ダンムズ』って言う。そう。『旧約聖書』の『エゼキエル書』『八章一四節』だな。ちょっと思い出してみてくれるか?


「思い出す以前に知らないんだけど。エゼキエル書ってなんだよ」


――おいおい。イザヤ・エレミヤと並ぶ預言書。所謂『三大預言書』だろ? 忘れたのか?


「やっぱ知らないわ。って言うか、知ってたとしても聖書の一文なんて覚えていないよ」


――そこには『そして彼はわたしを連れて主の家の北の門の入口に行った。見よ、そこに女たちがすわって、タンムズのために泣いていた。』とある。


「始めて聞いたよ、そんな台詞。 で? そのタンムズって誰? 何者なの?」


――メソポタミアの豊穣を司る地母神イシュタルの愛人である神だ。


「メソポタミア? それってギルガメシュ王とかの話だよね? なんで他所の神様が出てくるわけ? 聖書の話は何処? そもそも愛人って何?」


――この話はギリシャ神話にも取り入れられていて、逸話としてはそっちの方が有名か? 美と愛の女神であるアフロディナと冥府の女神ベルゼポネは、絶世の美男子であるアドニスを奪い合っていた。ゼウスの裁定でアドニスは一年の三分の一をアフロディナと、もう三分の一をベルゼポネと、そして最後の三分の一を自由に過ごせることになった。


「下半身のことで色々言われてるゼウスだけど、他のギリシア神話の連中も大概だよね。こんなアホみたいな諍いの審判を最高神に任せる必然性はあるの?」


――権力集中の弊害だな。で、アドニスは当然のように自由な時間をアフロディナと過ごすことを選んだ。つまり、一年の三分の二はアフロディナと地上で、三分の一をベルゼポネと地下の冥府で過ごすわけだ。


「なるほど。つまり、アドニスは冥界にいる間は実質的に死んでいると」


――そう。アドニスが死んでいる(冥界滞在)時、アフロディナは泣いて悲しむ。このアフロディナ役は元々メソポタミアではイシュタルがやっていて、アドニス役はタンムズだったと言うわけだな。地母神イシュタルは豊穣の神であり、泣いている間はその役目を果たせず、実りのない冬が地上に訪れる。


「その悲しみを少しでも分かつ為に、女の人たちは一緒に泣いていると」


――泣きながら冬を耐えると、タンムズが生き返って春がやって来る。当時のイスラエルにはそれを祝う儀式があったことが聖書からもうかがえるってことだな。だから死者の復活は荒唐無稽ではあるが、神であればありえない話ではないんだ。


「なるほど。確かにその神話を流用しているって言えるかもね。…………って言うかさ、ふと思い出したんだけど『ベルゼポネ』って同じような話がもう一つなかった?」


――あるぞ。ベルゼポネはゼウスの娘で、ゼウスの弟であるハデスへと嫁がされた。それを恨んだゼウスの愛人でありベルゼポネの母である豊穣の女神デメテルが切れた。なんやかんやあって、ベルゼポネは一年の三分の一だけ冥府でハデスの妻として過ごすことになり、その間はデメテルが女神としての職務を果たさなくなったんだ。だから麦は一年中実ることをしないんだ。


「殆ど一緒じゃん。って言うか、ベルゼポネ滅茶苦茶親父の悪い所引き継いでるね。ハデスが可哀想」


――あいつ、凄い割食ってるポジションにいるよな。それで話しが被ってるっていうのは、まあ、神話なんてどれも似たり寄ったりだから。このデメテルが地上に麦と光を与えたシーンは、日本書紀のホノニニギととても良く似ている。それに日本中に稲作を広めたと言うオオクニヌシは何度も死んでは生き返ってを繰り返していて、これもアドニスと類似性がある。この農耕を広めた神が不死身だったりするのはありがちな神話と言って良いだろう。毎年芽吹く木々や草々が何度も生と死を繰り返すと考えたんわけだ


「へぇ。不思議だね」


――不思議なもんか。よくできた話だから、みんなパクってんだよ。


「身も蓋もない!?」


――だいたい、イエスの復活なんて腹立つぜ? 『ヨハネによる福音書』『一二章二四節』にはこうある。『よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。』と。これはイエスの復活をほのめかした台詞なんだが、アドニスの神話を明らかに暗示しているからな。


「明らかに暗示って矛盾してない?」


――これ、パクり元をわかりやすくすることで、オマージュだとかインスパイアだとかパロディだとか、単純に真似したわけじゃあないと言い訳しているようにも聞こえないか? 予防線張りまくりでダサい。まあ、現代もそう変わらないか。とある小説投稿サイトではもっと害意なく、大同小異の模倣を『テンプレート』なんて言うだからな。


「それ以上はいけない!!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 大陸で繋がってるとどうしても似たような宗教が生まれるんでしょうね。 この二人のやり取りもいつかテンプレートになるか!?
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