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セレスティアは小国ながらも長い歴史を持った国である、それは歴代の王に並外れた異能が備わっており、それによって治められてきた故であった。
占国、セレスティア。
王族には先見の力、即ち予知能力があったのである。その力を以って戦、天災、飢饉を乗り越え良政を敷いてきた。その予知の力の大きさは瞳の色の鮮やかさによって左右される、簡単に言えば鮮烈な赤に近いほど予知の精度も高いという事だ。
つまるところ、王の価値はいつかそれ一つに収束していった。
さて、そんな中で赤にもなれない薄桃色の子が真紅の眼の国王と正妃の間に産まれたらばどうなるか。
息苦しさに泣き喚いてゆっくりと瞼を開けた。身体が首と繋がっていることに驚く暇もないままジラルディーノは目の前の冷たい光景を受け入れるしかなかった。
(あぁ、母上、父上、貴方がたは)
まだ、目を開いたばかりで何一つ粗相などしていないのに、叛逆だってまだ起こしていないのに両者の顔は凍りついていて、一瞬前に死んだばかりだというのに残酷な現実をまた突きつけられる。
(そんな失望しきった目で、産まれた私を見ていたのですか)
だとすれば、あの処刑は民よりも両親が望んだ事なのだとヒビの入った心が砕けた心地がした。
◆
「さて、どうするか…」
時は流れ、ジラルディーノは5歳になっていた。一応は第一王子だというのに使用人も寄り付かない自室で腕を組んで考え込んでいるのは今後の進退についてだ。あとひと月すれば側妃がクリスティアーノを産み、その赤い瞳の鮮やかさによって母である正妃が発狂する、それは「前の」記憶から分かっていた。
当時は幼いなりに罪悪感などを感じていたものだが、赤子の自分への反応とよそよそし過ぎる周りの対応でいい加減同情も出来なくなってきていた。返される愛情がないなら、期待しても虚しいだけだ。ジラルディーノは自嘲して背凭れによりかかった。
時が巻き戻った理由はわからない、正直言えば地獄で夢を見ているだけだと言われても納得する。だが、転べば痛いしなによりも終わる気配がないのならするべきは理由を考えることではなく自分の身を可愛がることだろう。
だが、王位に今更の興味などありはしない。一生を終え、また始めてしまったジラルディーノにはどうやっても分かってしまう。自分はもう、誰からも選ばれることはないだろうと。それに、あの処刑の瞬間を繰り返すくらいならば、いっそ忘れ去られたままで──。
「…あ。そのまま死ねばいいのか」
「前の」ジラルディーノは、18歳の時留学の為に乗った船が難破してそれから行方不明になった、捜索はされたのだが見つからずじまいで死んだ事にされていたのだった。今思えばまともにやっていなかったのだろうと推察も出来るが、この瞬間のジラルディーノにとっては光明に思えた。
「そうと決まれば、嫌われる準備と生きる準備だな」
◆
結局、街の酒場で夜を明かして家に戻ってきたジルだったがそこにいるはずがない人物の姿を見つけてしまって盛大にずっこけた。ドアを開けたら、置いていったままのカイロスがまだ座っていたのであった。
「ちょっとぉ!?なんでいるんですか!帰ってって言いましたでしょ!」
「…一晩、考えさせていただきました」
「ははぁ、悠長な事で。オレの意志は変わりませんからね」
「…依頼をしても構いませんか、ジル、さん」
「え?」
カイロスの気まずげな顔と提案に、ジルもつい間抜けに声を上げてしまった。ギルドに話を通せば傭兵、冒険者を個人的に短期で雇うことは出来る。たまに金勘定が不安だとか鑑定の目がほしいということで商人を雇っていく人間もいるが、カイロスにそんなものが必要だとは思わなかった。単身、ジラルディーノを探していたというのであれば腕もたつだろうし、各国の知識も豊富だろう。ジルが怪訝な顔をするとカイロスは躊躇いながらも「自分の調査に付き合ってほしい」と続けた、それはもうとても小さな声で。ジルは聞くなりドアの近くまで後ずさってぶんぶんと頭を振る。
「い、いやいや!それって王家に関わることでしょう!?」
「た…たまたま、セレスティアまでいくだけです、よ」
「苦しいですって!」
「ですが、国に行くのは条件に入ってはいませんでした、よね?」
「う」
確かに言ってはいなかったが、分かるだろう普通。ジルが顔をしかめると、カイロスはふっと顔を逸らした。屁理屈を言っている自覚はあるらしい、無くては困るがその認識がある上で言っているとなると面倒だ。それに昨日の条件だって本心ではあるが、情けないところを晒して仕舞えば呆れてもう興味もなくしてくれるだろうと思ったからであって。ジルは額を抑えて小さなため息を漏らした。
「…額面通りに受け取るのはやめてほしいんだが」
「えっと?」
「あぁ、何でもないです。でもそれを持ち出すってことは、したら帰ってくれるんですよね?」
「…はい」
「はぁ、しょうがない。じゃあギルドに報告してくるんで、待っててください」
そうしてうやむやにしてサクッと逃げてしまおうか、依頼がされていたらば信用問題でギルドからお咎めが来るが無い約束に怒るものはいないだろう、さくっと一週間ほどどこかに姿をくらませてやろうとジルが企みながらドアに手をかけるとカイロスの嬉しげな声が背を叩いた。
「あ、いえ!それは済ませておきました!」
「どええっ!?」
「ど、どうなさいました?」
「は、どうなさったはこっちですよ!なんでもう外堀埋めてるんですか!?オレの意思は!」
「あ…え、ええと、申し訳ありません、受けてくださるだろうと…」
逃げようと思ったというのに、真っ先に退路を塞がれてしまっていた。ジルは思わずズッコケて、勢いカイロスを振り返る。申し訳なさそうな顔的に思い付きでやってしまったのだろうが、勘弁願いたい。もしやわざとか、と思うほどのタイミングの良さではあったがこの顔を見るにそれはないのだろう。ジルは欠けらの怒りと大きな諦めを混ぜ込んだ深いため息をついてぐしゃぐしゃと髪をかいた。
「………旅費、きっちり全額出していただきますからね。カイロス様」
「はい!かしこまりました、殿…ジルさん!」