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王子様は従者様  作者: みや毛
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2

嘲りと憐れみがとめどなく身に降りかかる、大衆による敗者の扱いなどこんなものでしかない。笑う気も起きず、ジラルディーノは重い足を前に運んだ。


ジラルディーノがクリスティアーノの命を狙って起こした暗殺騒ぎは失敗に終わった、元々が衝動的なものだったからか計画の何もかもが杜撰であり、落ち着いた城の兵に雇った傭兵ごと呆気なく鎮圧されていったのだ。


浅ましい、愚かな、今更出てきて何を、クリスティアーノ様がご無事でよかった。

可哀想に、狂ってしまったのだろう、あの難破事故は大きかったから。


そんな言葉ばかり、雨のごとくざあざあと耳の中に入ってきた。結局は、誰一人としてジラルディーノのことなど知らない、たまたま起こった敬愛する次期王の出来の悪い兄の愚行をコンテンツとして愉しんでいるだけである。

あぁ、一つ訂正するのならばその不躾な視線の中に一つだけ、ジラルディーノを想う眼差しがあった。クリスティアーノである。彼だけは泣き腫らした目で痛みを耐えるように唇を噛み締めながら兄が登らされた処刑台を見つめていた。傍に寄り添う少女はその恋人の姿に気遣わしげな顔で背を撫でている。


ジラルディーノはそれから目を逸らし、落ち窪んだ目で処刑台の上のギロチンを見つめていた。その心の中にあったのは暗澹たる諦観と渦巻く疑問、すっかり時化てしまった怒りだった。


処刑人によって膝をつかされ装置の上に首を乗せた、間も無く重い刃が滑り落ちる音がしてその男の人生は終わりを告げた。


私は、こんなもののために生まれてきたわけでも、足掻いてきたわけでもないのに。


ジラルディーノ・セレスティアが最後に思ったのは、そんなどうしようもなく我儘なままの疑問だった。





そして、何故か。

ジラルディーノは目覚め、時は「巻き戻ってしまった」のだ。




「ごめんなさいぃぃぃぃ!!許してぇ!!許してください!!ギロチンも火あぶりも絞首刑も嫌ですぅぅ!!!ひっそりこっそり生きたいんですぅぅ!!!」

「で、殿下!!」

「おねがいですぅぅ!!命に関わることと王家に関わることと子作りに関すること以外ならっ!なんだって!なんだってするからぁぁぁぁ!!!帰ってくださいぃい!!!!

「意外と要求が多いですね!?」

「要求を受け入れてくれないなら公衆の面前であなたの靴を舐めますよ、いいんですか?」

「なんですかその腰の低い脅しは!」


小屋にカイロスとともに入ってジルが真っ先にした事は土下座である、しかも泣きながら。王家のプライドなどあったものではないその醜態にカイロスはおろおろと行き場のない手を彷徨わせていた。


なお先程ジルが首を傾げたのは演技ではなく素である、こんな奴いたっけと思うくらいには「今の」ジラルディーノは使用人に興味がなかった。しかもカイロスは弟であるクリスティアーノの世話役だったという話で、ただでさえ多い彼の取り巻きなど覚えられようがない。どうせ捨てるし捨てられるのだ、名前など覚えたところで無駄だろう。


カイロスの何もしないという必死の宥めでやっと上体を起こし、床に正座に座ったままジルは鼻をすすった。先ほどの狂乱ぶりはどこへ、冷静な視線でカイロスを見てから大きく息を吐き出す。


「あのぉ、居座られると困るんですよ。オレ仕事に生存に大忙しなので…」

「…10年ですっかり変わられましたねジラルディーノ殿下」

「ジルです、ただのジル。モグラのジルです」

「モグラ?」

「色眼鏡なんて、付ける人間稀ですからねぇ」


ちゃっと小さく金属を鳴らして晒されていた目を眼鏡で隠す。これに突っ込まれた時は強い光が目に毒だからと言い訳をしてきた、結果付いたあだ名はモグラ。間抜けなあたり王家とも掛け離れているしいい名前だ。得意げに口角を上げて見せるとハッとしたようにカイロスは背を伸ばしまた丁寧に腰を折った。


「殿下、お戻りを」

「…それだけのためにこんな辺鄙な場所まで?」

「我が国の噂を、ご存知ですか」

「陛下が…あ、いや、殿下が1人の女にたぶらかされていると?なかなか信じ難いですね、あの方は名君のはずでしょう?」

「カサンドラという女はおそらく真っ当ではありません、魔女という噂さえある」

「魔女!おお、魔女!恐ろしや!平民になんて何も出来ることはありません!」


大袈裟なくらい肩を抱いて震えて見せるとカイロスのなんとも言えない視線が降り注ぐ、ちょっとくねくねとしてみたが温度が冷えたような気がするのでジルは気まずく姿勢を正した。


曰く、カイロスがその女の蜜にやられていないのはずっとジラルディーノ捜索を1人で行ってきたから接触機会が少なかったからだとか、なんというかご苦労な話だとジルは前髪の奥で半目になった。そこまで探すような価値はこの自分にはないだろうに、と。


それにしても前回のカサンドラはクリスティアーノの腕に寄り添い震えるようなか弱い乙女であった気がするのだが、この変貌はどうしたことだろう。もしや向こうにも記憶があって権力に酔ってしまったのだろうか、憶測に過ぎないが自分と正反対の行動にやれやれと頭を振る。


「妖しい予言に惑わされ陛下さえもあの女の言いなりになってしまっています」

「そりゃ難儀」

「中枢は国税を無駄遣いし、カサンドラの機嫌をとる事だけに力を注いでいる」

「ほう」

「このままでは国は倒れてしまいます。どうかご帰還を!血の通った貴方様の説得であればあの方の目を覚ますことが」

「いや無理でしょう」


あの優しいクリスティアーノもジラルディーノの顔など覚えていまい。むしろそのような状態になっているとしたら新たな男の参戦など火に油ではあるまいか。一刀両断され、カイロスは目を伏せる。この反応を見るに夢物語であることは自覚していたのだろう、その為だけに自分を探していたのだと思うと10年無駄にさせてしまったなと憐れに感じるが、感じるだけだ。ジルは少し姿勢を崩して面倒そうに頭をかく。


「…現体制を倒したところでこの目の色だ、おまけに民衆を扇動出来るほどの容貌でもないしカリスマもない、その上頭だって出来は良くない。むしろ平民からしたら王家なんぞ減ってほしくても増えてほしかないだろう」

「それは…」

「第一に、国はいつか滅ぶんです。平民に革命の力を持つ勇士がいないなら隣国に食われておけばいいんです。今よりは余程マシになるでしょう」


その言葉にカイロスはハッと顔を上げた、当然の反応である。仮にも王族が国を滅ぶことを是とし、侵略を望むような言葉を吐いたのだ。だが残念なことにここにいるのはジラルディーノではなくただの、モグラの、ジルである。


ゆっくり立ち上がりテーブルの上の麻袋を取るとジルはカイロスの横をすり抜けた、もう話すことはないと言うように。ドアを開ける瞬間自分でも思っていたより冷たい声が口から溢れた。


「ワタクシに出来ることは何もありません、お帰りください。カイロス様」

「…ご家族ではありませんか。それを見捨てるのですか」

「小狡い真似をしますね。国はジラルディーノ殿下とやらの捜索も本腰ではなかったくせに、今更それを持ち出すんですか?」

「それは」

「オレの居る場所はここです。少なくとも、王家の方より多く触れ合った人々が既にいますので」


事実、ジラルディーノの家族のと関わりは18年あったと言うのに、箱を開けてみれば触れ合った時間が1ヶ月あったかどうかだ。血が通っただけの他人に付き合う義理はない、王族として恥ずべき姿勢だが自分は28歳の平民ジルなのだ。片足で落ち葉と土を踏む。身体が小屋から出るその前にジルはポツリと小狡い真似を返してみた。


「あなたこそ、ご家族の方がいるのでしょう。ここに留まるのは非情だと思います」


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