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王子様は従者様  作者: みや毛
16/17

番外編

番外編です。本当はこういう話をメインにしたかったのになーと思いつつ。短編から変に変えず、その続編としてエピソード出した方がよかったんじゃなかろうか?と書きながらおもっていました。

平民の家であれば5つは中に収まりそうな広い執務室に男が二人。部屋の様子は広さに見合う上質さである。調度品は最低限ながらも品がいいものを。遊びすぎず重くなりすぎず、よく磨かれたマホガニーの机に置かれる書類がどれだけ堆くなろうとも閉塞感を感じさせない空間となるよう、デスクの前に座る男のわがまま――繊細な注文通りに仕上げられていることが見て取れる。革張りのチェアに胡座をかくのは歳の頃は40へ差し掛かろうかという年嵩の男であったが、老いや疲れというものを感じさせない溌剌とした雰囲気を纏っていた。肩ほどまで伸ばした髪は艶やかで、長いまつ毛に縁取られた瞳は力強く光っている。どこか中性的である容貌も手伝って黙っていれば10ほど歳も誤魔化せようという美丈夫はしかし、その美しい顔を品なく歪めて傍の黒衣に手元の書類を押し付けるように渡した。風貌とは真逆の雑な仕草でも整って見えるのはその形の良さゆえか。


「犬。ご褒美だぞ」

「有難く拝見致します、閣下」


対照的に恭しく頭を下げて、丁寧に書類を受け取るのは片眼の眼帯が特徴的な青年だった。片側を大きく覆うそれによって隠されているものの、こちらも男に引けを取らぬ顔貌である。地味な黒衣と反するように輝く金糸、宝石のような赤い瞳、鍛えられずらりと伸びた手足は着飾れば相当のものだと想像するに易い。青年はわずかに口元に笑みを乗せ、渡された報告書を丁寧にめくっていく。その様子を横目に、男も机の上の仕事に億劫そうに取り掛かった。けれど、口先だけはそのままのようで。


「仲悪いなりに続くもんだ。すぐダメになると思ったんだが、いい感じに縁が腐ってきたんだな」

「なんでも悪様に揶揄うのは貴方の悪癖ですね」

「大人は友情なんてものが実在するとは思えないの」

「また極端なことを……まぁ、あの二人には、その、無い、ですが」

「違いない」


言葉を選ぼうとして失敗した従者に男はくっと喉を鳴らす。視線は手元の書類を忙しなく行き来し、サインをするも滑らかだ。この口の悪さがなければしっかり仕事しているように見えるのに、彼の行動がサボっているだの適当だのとよく知らぬ輩には言われてしまう。だが当の本人、口を閉じたら死ぬと周りにたびたび言っているし、事実喋らなくなって不思議と効率が落ちたので、周りに控えるものたちは苦笑しつつも諦めていた。せめて、美しい発音でスラングを飛ばすのだけは改めてほしいが大陸屈指の領土を誇る大国の総領たる大公に進言するはあまりに恐れ多かったのである。


「今の蠍はどうにも個人主義でなぁ、嫁でも取らせたらと落ち着くかと思ったんだが、あいつなんて言ったと思う?どの国ですか?だとよ!ちっげーよ!他の国に人間ヅラで潜入して血を増やせって話じゃねーっての!」

「違うのですか?卿も貴族ですし、そう捉えるのが普通では」

「ハァ、これだから根っからの王子様はよぅ……いいか?友情は幻想だが肉欲は現実なんだぜ?」

「閣下。わざわざ品性を落とさないでください」


流石に品性にかける一言に一度青年が非難げに視線を飛ばしたが主が振り返ることはなく、ふざけて口笛なんて吹かしている。とはいえこれもいつものことだ、ひっそりと息を吐いて青年は次の頁をめくる。


「にしても友達作ってこいとは言ったけどそこでお前じゃなくてあっちの王子とはな。何が琴線に触れたんだ?お前の方がいいだろうに、色々」

「彼は聞き訳のいい人間が嫌いでしたから。僕もそのうちの一人だったのだと思います。兄が色々と、その……他人から見ればひどく後ろ向きな努力ばかりしていたのを面白そうに見ていましたよ」

「ふーん、お前は?」

「僕は見ているだけでも逃げられていたので」


本当に、少しの気配を感じただけでも逃げられていたなと苦い気持ちで青年が微笑んだ。それを思えば再会の時に名を呼んでもらえたこと、話しかけてもらえたことは半ば奇跡に近かったのかもしれない。ほんの一瞬、1秒にも満たないかもしれない瞬間、赤というよりも銀に近い目を初めて合わせた時、あまりに嬉しくて泣いてしまいそうになった。友人たちから兄弟喧嘩をしたとか、そんな話を聞くたびに羨ましく思った青年が幼い日に抱いた夢は、兄と目を合わせて話をすること、だったから。最後の頁までをゆっくりと読み込んで別の山へ取りかかろうとする主へと報告書を差し出した。


「どうだった?」

「はい。壮健そうで」

「何だそりゃ、味のねえ感想だな」


振り返らず手だけで受け取りばらばらと報告書を流し見る。僅かに目を見張って、それからやっと背後に控える男にしっかり顔を向けた。その表情はやや曇っている。わかりやすくいえば問題児に悩む親の顔だ。


「あいつ王子に売人の真似させたのか?嫌われるぞさすがに」

「もう嫌われていると思います。でも兄上は元々人嫌いですから大丈夫ですよ」

「何が?言っとくと負の感情に限界ってのはないぞ。いくら平民に混ざって生活してたっていっても、プライドってのはあるだろ?」

「いえ、その程度はきっと兄上は問題にしません」


男は国内で近年問題になっていた薬物中毒者増加の調査を部下に命じていた。そして、それがどうやら娼館から広がっていることを突き止めたのだが、流石にそのためだけに新しく娼館を作るわけにはいかず、結果として情報収集で利用者と商売相手という面で当たるしかなかったのである。商売相手として娼館にまず健全な薬を売り込み、ある程度信頼を得てから合法な範囲で「有用」なものも売り込んでいく、そのうちに向こうでよく使われているものにそれとなく探りを入れはじめる。気の長い話ではあったがいきなり摘発で突撃しては根元まではわからないとの判断のもとで、先日概ね解決に近い形まで持っていくことが叶った、という結末だ。

求める結果は国として良いものであっても、潜入先は貴族御用達の高級店ではない。成金から商人、騎士崩れなどもやってくるお手頃な店だ。そこに一商売相手として潜り込み、元の身の上より遥かに下層、かつ外道の輩に媚を売り、何かに使えるのではないかと常に品定めをされるのだ。けっして気分のいいものではなかっただろう。男はそう思い問うてみたが、黒衣の方は首を振った。目の前の元王族ならともかく、性格諸々に難ありの片方が受け入れる想定ができなかったか、男は怪訝そうに眉を寄せる。


「王族の血など他国で見ればただ赤いだけです、あの人がその程度の道理を弁えていないはずがありません。それに、やらなければいけないことなら力を尽くしますよ」

「なんでだ?蠍が嫌いなんだろ、手を抜いて見放されるようにとかしそうなもんだが」

「しませんよ。手は抜けばわかります。何より手を抜いたのならそれ以上の成果を求められますよね。それが面倒だから本気を出してこれか、で見限られる方を狙っているのだと思います」

「なんかお前らってさあ……」


期待値のそもそもが違えどもうここまで、で許されない環境で暮らしてきた両名である。成果を求められて諦めるという思考にはそうそう行かない。常にこれ以上ない全力でこれが限界ですと教師たちに訴えないといけなかったのだ。その考え自体が稀有なものだとは口にできず、男は曖昧に口をつぐんだ。それから穏やかにこちらを見る青年を見上げた。彼に任せているのは裏の仕事、情報収集から始まり監視、必要であれば不要品の処分もする。間違えようもない汚れ仕事だ。これに触れてきた人間は遅かれ早かれ目に陰が差すものだが青年の目は未だ透き通っていた。まだ手を汚していない、なんてこともない。一通りのことをさせて、その能力に問題なしと暗部のトップから太鼓判を押されたほどだ。しかし、その赤い瞳は輝いている。


「お前本当にそれでいいのか?」

「それで、とは」

「俺はな、有能な人間が好きだ。無能が千人死ぬのと天才が一人死ぬなら後者の方が耐え難い」

「……選民的な思想はいいことではないですよ」

「わぁってるよ、実際には選ばん。だけどそれくらいの気持ちがある、お前のことも気に入ってる。よほどじゃない限り色々許してやるのに、仕事の報酬が兄の生存報告って、どうなんだ?」

「他にも生活支援を受けていますが」

「そんなもの報酬のうちに入らん、基礎のことだ。はぐらかさずに答えろ」


最初は夢みがちな国に生きていた王子に現実を見せつけてやろうと、意地の悪い気持ちがあったことは捨てきれない。しかし、国に連れてきて命じたことに、青年はいささかの驚きや抵抗も見せず頷いたのだ。男が瞬間的に罪悪感を抱いたのは語るまでもない。だから、うまくやったら褒美をやると遠回しにいつか解放することも伝えたのに、青年は人目に触れない組織に在籍した方が問題がないと模範解答をした上で、交流も碌になかった兄のことを聞かせてほしいと願い出たのだ。それに男は未だ納得がいっていない。軽薄な口ぶりだが、素直に案じる眼差しに青年は柔らかく笑みを返した。


「――いいのです。生きてさえ、いてくれたら」


父に留学を命じられ、やっと向けられた期待に喜んだもののその先で事故に遭い、まともな捜索隊も出てこず、見捨てられたのだと絶望して、慣れぬ市井の暮らしの中で憎悪を育て、反乱者として立つことになっていた兄。それを処刑しなくてはいけなかったのは誰であろう青年だった。兄弟だからと甘く見ることは出来ず、話もできないまま断頭台へ送ることになった。昏い瞳に羨望と憎悪と怒りと悲しみを宿しながら死んでいく兄の姿。それを見てしまった時の苦しさ。そして、同じものが見えていながら予知通りにした父への嘆き。自分はただ、家族として仲を育みたかったのに王族として生まれてしまっただけでそんな願いも叶わない。それどころか、遠巻きにされる兄のことを当たり前だと思う人々の輪の中で暮らしていかなくてはならなかった。それが青年の心にどんな痛みを残したか。

だから、悲しくて切ないけれど。兄の全てを奪ってしまった自分が、兄から恨まれていたことは一種の救いに見えた。兄だけは弟に予知を求めなかった、功績を求めなかった、存在の何もかもを許さなかった。それでよかった。踏みつけてしまった幸運の持ち主に「それはお前のものだ」と微笑まれてしまうよりずっと。だから、兄へ届かない影の内側であの人が生きていくことを見つめられたのなら、それは初めて青年が得られる報酬なのだ。いままでの自らの生は借り物にも等しかったのだから。


「あの人が僕を嫌いでも、僕はあの人の弟でよかったと思っています」

「そういうのはな、きょーだいらしい話出来るようになってから言え」

「そうなれたら素敵ですね」 


ふふ、と悪戯っぽく微笑む青年に漢は憐れむような目を向けた。青年からすると欲深いことも男からしたら無欲と同じだ。ふと、青年がドアの向こうに目をやり簡素に一礼してひらりと姿を消す。それに男はもうそんな時間かと身体を戻し、向こうからやってくるであろう二人を待つ。やがて数分後、厚い扉の先から何やら言い合いが微かに聞こえてきた。


「……ところでさ、ヘソクリっていつから貯めてたの?この前はボウガンなんて持ってなかったよね?宝物庫の記録ちょっと合わなかったって義姉上から詰められてるんだけど?」

「城の管理体制が悪いんじゃないですか?あれはオレの自腹を掻っ捌いたものなんで、言いがかりはやめてほしいですね」

「雑な嘘つくんならしっかり自白してよ」


どうやら先の事件で発覚した新兵器についての尋問らしい。その声はドアの前でぴたりと止まり少し置いた後に名とともに入室の許可を求められる。それに雑に返すと、外から現れたのは黒髪の男が二人。片方はぴしりと背筋を伸ばした直属の部下と、その部下……というか使い走りのようなどうにも緊張感のない男だ。それにひらひらと片手をあげて応じる。


「よう、仲良しこよしでの出勤御苦労。報告書も読んだぜ」

「申し訳ございません、少し早く着いてしまって」

「構わん、せっかくだし茶でも飲んでけ。あぁ、モグラ、その辺の茶葉適当に使って淹れろ」

「……喜んで」


厚い色付き硝子の向こうからは湯から作れと?といった風の不満が見えた気がするがきっと気のせいだ。黒衣の青年ほどではないが、あの男の淹れる茶もなかなかに美味い。執務室の一角に拵えさせた簡単なキッチンスペースに嫌そうに入っていく男を見てから部下の方に視線を向ける。しっかりとした足取りでデスク前までやってきた部下はいい眼していたけれど、やはりそういう者に特有のうっすらとした影がある。やっぱりこうだよな、と男が内申頷いていると、部下が口を開く。


「それで閣下、次の任務は」

「仕事熱心で何より、次はまた長くなるぞ。国に潜り込んでもらう」

「なるほど。じゃあそこで結婚した方がいいですかね」

「あ、絶対ダメ、俺が頭のうちはお前に政略婚なんて許さん、つまんねーから」

「何をいってるんですか……恋愛婚なんてそれこそ流行りませんよ」


やれやれと肩をすくめる部下に嗜められたが、男はつい最近初孫に恵まれて浮かれている真っ最中。要するに家族っていいぞ、という厄介な幸せお裾分け期間にある。根底にあるのはもう少し人と向き合うことを考えろという老婆心であるが、信頼のおける部下のそういう話も聞きたいというはた迷惑な好奇心が疼いて仕方ないのも強いのだ。しかし部下の方はそちら関係は案外潔癖だ、先の娼館の件でも利用者側を演じるのに多少ごねたほど。しかし部下の家には続いてもらわないと多少困るので、今後もせっついていく所存である。上司の胸中など知らずため息をついた部下は姿勢を正し、命令に頷いた。


「まぁいいですよ。長い分には楽しいですから」

「……おい、蠍。これは上司からのありがた〜いお言葉だからよく耳かっぽじって聞け?」

「はい?」


急な話題転換に目を瞬かせる部下を手招いて、顔を近くに寄らせる。怪訝な顔をしつつも屈み込んで言葉を待つと、男は視線だけでちらと部屋の隅を差した。


「ちゃんと友達になりたいなら、脅すな」

「………………遅い金言、有難く」


部下が男を拾ってきてそろそろ一年。仲が良くなるかと思えば全くそんなことはなく、合間合間互いにちくちくやりながらを繰り返している。まだ子供であれば微笑ましく見られようがこの二人、そろそろ30もほど近い。仕事はしっかりこなすので言いにくいが、なにぶん、見ててハラハラ、というか不安だ。次の任務明け、温度差が解決されていなかったらいよいよ頭を抱えてしまう。なので、新しい仕事にうきうきと笑顔を見せた部下にこうしっかり釘を刺さなくてはならないわけで。痛いところを突かれて目を逸らす部下を一度半目で見ておいて、背もたれに寄りかかると顔の美しさを活かした穏やかな笑顔をわざとらしく浮かべた。


「うんうん。自覚があってギリギリ安心したぞ。ま、茶でもゆっくり飲んで、な」

「はい……」


それから手持ち無沙汰気味な部下がキッチンスペースを覗いて邪魔だと言われたのかあっさり出てきたりするのだとか、サーブされた茶は美味いけれど渋みが特徴な茶葉を選ばれたりだとか、報告書にないアクシデントを報告されて笑ったりだとか、ありふれた時間を男は楽しく過ごした。己の立場は色々面倒なものの、存外悪くない。まぁ、何事もこれからだ。黒衣の青年も、部下も、その部下?みたいなものの人生も。窓の外は夕暮れ。赤い空が裾野から青くなっていくのを見上げて、男はまた笑ったのだった。



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