表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様は従者様  作者: みや毛
12/17

12

変な国だ、セレスティアに来てまず抱いたのはそんな感想だった。

宗教国家であれば神託のままに生き、神殿を讃えながら教皇の言葉を重んじる、という国風も分かる。だが、ここは王政を敷く国だ。根拠のない王の一言を全面的に信じ、それに従うなどまるで絡繰じかけを見ているようで薄寒い。

そう、不気味なのだ。この国の民は「何も自分で考えない」

国の災難は王が予見してくれるから、それを信じて備え、それ以外は気ままに生きていればいい。学のない平民であればまだ珍しくもないが、それが貴族にも浸透していることが異様さを際立たせるのだ。野心を抱く臣下がいない、それはとても素晴らしいことに見えるが、実情として「野心を抱く利点がない」ことがセレスティアという国の根腐れを招いてしまっている。だって考えてみれば、赤い目を持たない貴族が王に台頭して見せたとして、あらゆる人々から言われる言葉は決まっている。


――先見ができる王の方がよほどよかった。


どんなに善政を敷こうが、人の手に余る災害を予期することの能わぬものを押し上げるメリットはなく、成り上がってみせようという気にもならない。何をしても落胆されることが目に見えている、それを気にせぬというならそれはよほどの自信家か、豪気な人物であろう。

そして、もっともひどいことは。この国はいつしか、自分で責任を負うことから逃げるようになってしまったのだ。全能である王が間違えたのなら、それは王が悪い。備えがなかった我らが悪いのではない、力が及ばなかったのも我らが悪いのではない、ちゃんと予言してくれなかった王の方が悪いのだ。そんなふうに、都合よく全てを負ってくれる人間がいるならば、大抵のものは寄りかかりたくなる。やがてそれはセレスティアを根腐れさせた。王が犠牲になり続ける限り、セレスティアは平穏なのだ。


どうかしている、とクリスティアーノの横顔を目の端に捉えながらレオファード――カイロスは目を伏せた。義姉の家に身を置くことで叶ったこの国の潜入がスムーズにいったのは、そんなお気楽な国民性も関係しているのかもしれなかった。そんな冷ややかな思考を穏やかそうな顔で隠しながら王城の廊下を歩いていると、ふと、唐突にクリスティアーノが視線を窓の外に向けて2秒ほど足を止めた。


「いかがなさいましたか? 殿下」

「……いや、なんでもないんだ。」


気にしないで、と軽く手を上げて再度歩みを進めるクリスティアーノ。カイロスは戸惑いながらそれを追いかけようとして、主人が見ていたところに目をやった。窓からは向かいの棟の廊下が見える。そこを歩いていたのは重そうな本を小脇に抱えながら通りすがりの使用人に何やら理不尽を言っている様子の第一王子、ジラルディーノが見えた。クリスティアーノとは違う燻んだ金髪は彼の人望を示すよう。弟は日夜休憩などなく教育を受けているというのに、あちらの方は随分気ままに生きているらしい。クリスティアーノが一瞬見せた寂しげな表情は、その境遇の違いを嘆いた子供らしさなのかと思ったが、それが間違いだと知るのはそう遠い日ではなかった。




「えっ」


初めて聞いたジラルディーノの声は思っていたよりも素直そうな声だった。義姉に第一王子の方はどんな人物なのかと聞けばひとこと「あわれなひとよ」とだけ返されたので、真っ当な人間でないと先入観だけをぬくぬく育てていたのだが、こうして対面してみると何とも味がしない反応だ。靴に絡まるワイヤーをおどおど解いて見せながらカイロスは注意深く顔色を悪くしているジラルディーノを見上げた。

あの日の廊下からは数ヶ月ほど。何故かクリスティアーノは評判も態度も悪い兄王子にまったく悪感情を持ってはおらず、むしろ好意を抱いているのだとわかった。しかしそれをそれとなく問うと曖昧に笑って誤魔化されるので、クリスティアーノの方の真意がどこにあるかは不明だ。誰にでも愛される主人が唯一うまく行ってない相手、ということでカイロスものっそりと興味をもち、気まぐれになぜか律儀に罠を確認しに来るジラルディーノの前で馬鹿をやるという真似をして見せたのだが。


「お、お見苦しいところを。失礼いたしました、ジラルディーノ第一王子殿下」

「……あっ、足元くらい見ておけ!」


罠に引っかかっていたのはこちらなのに、何故かジラルディーノの方が怯え、三下もかくやという捨て台詞と共に逃げ去っていった。一体何だったのか。わざと引っかかってみせたが、王城を囲う森に罠を張るなど王子でなければ処罰を免れない。だというのにジラルディーノはあれやこれやと工夫をして使用人たちを困らせている、わがままや癇癪と並んで有名な話だ。わざと通りすがりを狙ってやったのに、ジラルディーノとの会話はほんの3秒、損ばかりする結果に終わったなと足の擦り傷を少し眺め、そのまま予定通り剣の稽古を終えたクリスティアーノと合流するために立ち上がる。

しかし、収穫は早くもその夜に訪れた。

侍従見習いとして王城に与えられている自室に戻ると、机の上には小さな小瓶が置かれていた。鍵はかけていた。それに今自分は鍵を開けてこの部屋に踏み入った。流石に城の中に自分の秘密を持ち込んではいないが、危うい立場であることは確か。ひやり、と背に伝うものを感じながら手袋をはめてその小瓶を取り、中身を確かめる。


「……ポーション?」


恐る恐る蓋を開けて手で軽く仰げばつんとした薬草の香りがする。銀のカフスピンを入れてみる、変化なし、紙に垂らしてみる、一滴だけ舌に乗せてみる、などをして半刻、おそらくはポーションに間違いはないだろうということでなんとなく、昼の傷にそっと垂らしてみると、すっと傷は癒えてくれた。なるほど、質もそれなり。


「これ、口止め料のつもりかな」


そう口に出してから、あまりのやり方に吹き出してしまった。こんなもの自白と同じだが、あの場にいたのはあの王子だけ。あんな風に逃げておいて、わざわざ鍵をあけて、ご丁寧に締めるところまでして置いていった無言のメッセージである。


――決して、クリスティアーノには告げ口するな、という意味の。


カイロスもジラルディーノの異常なまでの弟嫌いは知っている。これはカイロスの身を心配したのではなく、クリスティアーノの同じ年頃の身なりのいい子供が城にいた、つまり、側近候補か何かだ、と、そこまで気がついたあちらが主人の方に告げ口され、弟の方が出向いてきて会話の機会を設けられては困ると焦った自爆の手なのだ。迂遠すぎるうえに迂闊、そも、カイロスが部屋に帰るまでに口を滑らせたらこのポーションになんの意味も残らないわけで。耐えきれずくつくつと笑い肩を揺らした。赤目赤目、そればかりの城に飽き飽きしていたが、思わぬ退屈凌ぎが見つかったそのときのカイロスはしばらく笑い声をひそめるのに苦労していたのだった。




ところは変わってセッツァ邸、その別邸応接室。本邸と比べれば装飾は控えめだがシンプルながらも品のいい照度品が整然と並べられている。毛の長い絨毯だが埃はまるで見当たらず、ソファは体を包み込むような柔らかさ。要するにどれも結局すべて高級品。だが、簡素なシャツとスラックス、草臥れたブーツ姿のジルはまったく動じることはなく、機嫌悪そうに頬杖をついていた。


「あの〜……殿下?」

「……」

「……ジルさん」

「はい、旦那さま!どうにも覚えが悪いようで!」

「いや、その、すみません。配慮が欠けていました」


やや自棄気味な強い口調を硬い笑顔でしてやると、流石に決まり悪そうにレオファードは頭をかく。ふん、と鼻を鳴らし不機嫌そうに足を組んだジルの態度に貴族に怯える庶民らしいものはまるでなかったが、レオファードの方は気にせず、そっと対面に腰を下ろす。ジルはそれをチラリとみて気怠そうに顔を背けた。


「さっさと本題に入りましょうや、どういう流れにしたいんです?」

「やることはシンプルです。現王陛下、王太子殿下に退いていただこうかな、と」

「大分穏健なやり方ですねェ、そううまくいくんです?」

「えぇ。ここは無血を目指します。こういうときに平和的な手段を取ると大衆は勝手に後々英雄視をしてくれるので。ま、一人二人くらいなら、そこにいなかったことにするのも簡単ですけど」


人懐っこい笑顔と共に吐かれた言葉はあまりに血生臭いが、それに顔を顰めることも突っ込みを入れることもない。ここ最近の中で、レオファードがそういう人間ということはわかっていたし、その程度のことは何も特別なことではないからだ。それとジル、ジラルディーノの最大の優先点は生き残ること。そこに他人の生存やら不幸やらは関係しない。つまらなそうに聞き流していると、レオファードはさらっととんでもない発言をしてのけた。


「さて、貴方にご協力頂きたいのはこちら。私は正門から兵を連れて暴動っぽく騒ぐので、ジルさんは城に侵入して殿下と話をつけてください」

「は?」


薄いジルの仮面を取り落とし低い声で聞き返すが、レオファードはにこにこと変わらずの笑顔でこちらを見ている。ジラルディーノは細くため息をついて、もったいぶったように頭を振る。それからゆっくりとレオファードに貼り付けた笑顔を向けた。


「言い違いですか?」

「いいえ。だって第一王子殿下が挙兵してもピンとくる国民は少ないですから」

「……それはそうだが。何故私が単身危険に晒されなくてはならん」

「城下の人間にとって、城は雲の上に等しいのです。騒ぎが伝わらなくてはこっちもピンと来ないでしょう」

「兵を城下で騒がせて伝えるだけで充分だ、どうせやらせなら、お前が正門から王への異議申し立てを唱えて堂々と入っていけばいい」


ここまで来ては逃げ出せないが、重要なところを丸投げというのは断固拒否である。前回なんとか金で雇ったごろつきどもで城に押し寄せたとき、民の戸惑いの方が多かったことを思い出しながらもジラルディーノは唸るように雑な案を無難にして返す。レオファードはそれに軽く頷き、想定通りという顔でこれまた軽薄に手を叩く。


「うん、それがいいですね」

「……やっぱり言い違いでしたよね?」

「なんのことでしょう。あ、そうそう。それだと貴方にも正門から入ってもらうことになりますが、よろしいですね」

「民にはピンとこないんじゃないんですか?第一王子殿下の顔は」

「ええ、だから僕が言い添えます。ね、何事もドラマチックにいきましょう。物語が成り立つと、人間は受け入れてくれるものですし」


どう考えても既定路線だったものをわざわざジラルディーノに言わせたとしか思えないが、レオファードは白々しい笑顔ですっとぼける。人の良い顔をしているだけになおさら胡散臭く、ジラルディーノは思わず半目になった。よくもこんなものを側に置いていたな、と、弟のことを考えそうになりゆるく頭を振る。今考えることは、レオファードのいうドラマチック、というものは、ろくなものではないのだろうなということだけでいい気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] この一件、やはりクリスティアーノには「見えて」いるんでしょうか。 どこまでが彼の思惑なのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ