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王子様は従者様  作者: みや毛
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女が薄暗い部屋にそっと足を踏み入れると、黄金の後ろ髪とすらとした長身が窓辺に立つのが見えた。じっと外を見ているその人を驚かせないように静かに歩みを進め傍らに立ち、そっと腕に触れる。


「クリス、大丈夫?」

「……あぁ、キャシー。ごめんね、気がつかなくて」

「いいの、クリスが大変なのはわかってるもの」


ふるふると髪を揺らして女、カサンドラ・ミュラーは答えた。柔らかなオリーブの瞳を悲しげに伏せながらも、健気に笑うその姿に多くの者が心を落ちつかせるだろう。それに苦笑を返してゆっくりと振り返ったのは深く濃い赤の瞳を持つクリスティアーノ・ルブルム・セレスティア。セレスティアの正当なる後継者、立太子は既に済みいつ王になっても貴族からの反発は起こらないであろう才能と人望に厚い王太子──であった、もの。今はその人望に影が落とされていた。予言なき王など赤目の持ち腐れだと一斉に忠誠を投げ捨てて、現王家の非難が飛び交う日々。現王であるクリスティアーノの父も先見の力はあるものの、クリスティアーノと比べて頻度も性能も劣っていた。そこで持ち出されたのが一人の予言者、カサンドラの存在というわけだ。

カサンドラとクリスティアーノの出会いは王立学園、カサンドラは新入生、クリスティアーノは最終学年という身分のことを考えても接点などできそうにもないのだが、なんとも奇妙なのは運の巡り合わせか。何故だがふとした時に顔を合わせるようになり、いつしか恋人同士にまでなった。

過去最高と言える予言の力を得た王子でありながら、クリスティアーノに婚約者がいなかったのは今は表舞台から退いた正妃の影響がある。どれだけ尊い血であれ、産まれる子の目が赤くないのなら何の意味もない。そんな歪んだ王の言葉を前に国の重鎮たちは顔を顰めることも苦言を呈することもなかった。セレスティアにとって大事であるのは事実、その一点である。そんな中、伯爵家の中でも中級、目立った特産品を持つわけでも官職にあるわけでもないミュラーの令嬢であるカサンドラが王太子の側を許されたのは、学園生活でクリスティアーノを予言の力で助けたためである。国の大事には、自分の生死は含まれない。人が死ぬことなど当然のこと。それが王家の予言の力の弱いところであるが、何故かカサンドラは学園での狩猟大会でクリスティアーノが怪我をすることを知っていたのだ。それが一度であればただの偶然で片付けられたが、まるでカサンドラはクリスティアーノがどう動くかを知っていたかのようにあらゆるトラブルを助けた、それがセレスティアにとってどれだけの恵みであったか。それを知らぬのはもしかしたら、カサンドラだけであったのかもしれない。

クリスティアーノが見ていた窓からは城下の街が見える。流石に鷹の目でなし人の姿までは見えないが、その街のありようは誰にでも予想できるものである。ここ最近は国民の流出が激しい。それによって近隣諸国からも苦言を呈されているのが現状だ。


「ひどいわ、クリスは国のためだけに生きてるんじゃないのに」

「そんなことを言うのは、君くらいだよ」

「だって」

「いいんだ」


顔を歪めて憤りを見せるカサンドラにクリスティアーノはゆるりと首を振り、また窓の外を見た。それにそっと寄り添って女は己よりも大きな手に指を絡める。


「私、クリスのそばにいるわ。あなたが王子様だからじゃない、大切な人だから放っておけないの」

「……ありがとう」


わずかに瞳を潤ませながら見上げたカサンドラにクリスティアーノは苦さを混ぜた微笑みを返す。苦しみの中にある王子、それを支える美しき恋人。まるで、物語の挿絵のような光景。だが、部屋はひっそりと影を落としている。


「僕はこの国を変えたい。協力をしてくれる?」

「勿論よ」

「……ごめんね」

「もう、そこはありがとう、でしょ?」

「ううん、謝らないと。大変な目に遭うだろう君にはね」

「もう、心配性なんだから」


湿った空気を緩ませるように笑うカサンドラ。それにクリスティアーノはもう一度、小さくごめんと謝っていた。




ジラルディーノはこの旅を始めてからというもの、ため息をつくことがすっかり習慣となっていた。ついでに顔を顰めることも舌打ちを鳴らすこともである。ジル、でいた生活では商人は愛想が全て。こんな不機嫌丸出しで人と接するなどあってはならないことだ。だが、だがしかし、である。このジラルディーノを引っ張り出したい男との数週間、そんな仮面を脱ぎ捨てるのに躊躇いなどない出来事ばかり続き心身はもうすっかり荒んでいる。そんな中、またしてもジラルディーノの不快指数を上げる出来事に直面したのである。


「おい、馬鹿か」

「何ですか急に?」

「なぜ城に行かない?王都まできて、悠長に構えている場合か」

「そうはおっしゃいますが殿下、ずっと強行軍できたんですから休む権利はありますよ、疲れていたんじゃここぞというときに動けないでしょう」

「理屈は正しい。だが」


そう、残念ながらすでにセレスティアに入国。関所からは迎えが来ていたセッツァの紋付馬車に乗せられてここまで来たのだが、その馬車が止まり窓の外から見えたのは王都の屋敷の中でも最大と言っていいセッツァ公爵邸、ジラルディーノも遠い昔婚約者との関わりで訪れたことがある。その門前に当たり前のように馬車はつけられていた。その光景に何度目かの舌打ちをして苛々とレオファードに食ってかかる。


「私が、なぜ、セッツァ邸に、向かう必要がある」

「勝手がわかる方がいいでしょう。一応は僕の屋敷ですし」

「話にならん、宿に行け」

「あー、ダメダメ。機能してないんです」

「は?」


やる気なく首を振ったレオファードに眉を寄せると、こんこんと窓を指で叩かれる。その外は公爵邸しか見えなかったが、レオファードが指すのはその景色ではなく。


「……窓から見てて活気がないの、わかっただろ?何も災害の打撃でこうなってるわけじゃない。これはね、国を挙げてのストライキってやつなんだ」

「まさか。そんなことをして何になる?」

「民があっての国だし、民がいてこその貴族。王がサボるつもりならこっちもサボってやろうって腹ってわけ。セレスティアは小さい国だから広がるのも早かったよ」


気怠げに目を伏せて、他人事のような口ぶりでレオファードは言う。ジラルディーノはそれに唖然と目を見開く。いくらなんでも、それは、ない。もちろん王族は国のため民のために予言をすべき、という認識があるのはわかる。だがしかし、たった一度だけでこれだけか?難民が他の国に押し寄せていたのは知っている。だがそれは、災害で住んでいた街が壊滅し、他の領に移り住むことのできない一部だと思っていたのに。この国はたった一度だけで、不信を飛び越えて王家を見限るまでにいったらしい。全ての難事が予言されたわけでもない過去を、忘れ切って。ジラルディーノは空虚な気持ちのまま呆然と耐えられないように呟く。


「……こんな国だったか。この国は」

「いやはや、簡単すぎますね」


やれ呆れたと口と態度に出しながらレオファードは当たり前に馬車を降りる。もう宿に行くなどとわがままを言わないことを分かり切った背中に苛立つこともできず、ぽつんとジラルディーノは馬車に残っていた。


「こんな、もののために」


浮かんだのは呆れだったのか、怒りだったか、それとも別のものだったか。聞き届けたものがいない言葉の意味などわかるはずもないのであった。





「お久しゅうございます。御身のご無事を心よりお喜び申し上げますわ。ジラルディーノ第一王子殿下」


嫌々、渋々、苦々しくセッツァ邸に入れば、記憶にあるよりもずっと育った元婚約者に完璧なカーテシーと共に迎え入れられた。その姿に目眩を覚えた。決して女の色香に酔ったとかそういうのではない、今さら正体など隠しても意味はないだろうが、それはそれとして正式に屋敷の主人であろう人物に第一王子、と扱われるのは非常に、大変まずいのだ。ジラルディーノは深くため息をつきたくなったのを必死に堪えて、久しぶりな気さえする軽薄な声で、大袈裟に肩をすくめぶんぶんと頭を振った。


「や、やや、やめてください!人違いです!オレみたいな平民に頭を下げるなんて…お貴族さまがなんて真似をなさるんですか!」

「え」


義姉であるイグレーンの側に控えていたレオファードはジラルディーノの変わりように間抜けな声を出す。目を瞬かせながら二人を見比べるも当人たちはそんな戸惑いに構うそぶりもなく茶番を続けようとしていた。


「旦那様、オレこんなお城みたいなところとても無理ですよ。居座るにしたって、馬小屋でもお借りできれば十分ですぅ」

「な、今更どうしたんです、何の意味が」

「あら、私ったら。ジル、というのね。驚かせてしまってごめんなさい、あまりに似ていたもので」

「いえ、いえ、ですから、謝るなんて。やめてくださいって」

「そう。では詫びがわりといってはなんだけど、別の場所に案内させましょう、おまえ。お連れして」

「義姉上までどうなさったんです……って、殿下!」


わざとらしい腰の低い態度に目を白黒させている間に、イグレーンのほうは驚いたように片眉を動かした。かつては王子妃として完璧なマナーを修めた彼女がこうしてわかりやすく態度を示す。それだけでこれが芝居とわかるのに、寒々しくそれはレオファードを置き去りにして続き、一旦の終わりを見せたらしい。イグレーンが視線を動かすまで置物の一つに徹していた執事が一礼し、おどおどと毛の長い絨毯を爪先で踏むようにする「ジル」を屋敷の外へ連れ出した。その先には、中庭を挟んでやや遠く、本邸の煌びやかさには劣るとはいえ公爵家に相応しい離れがある。多少は格を下げた扱い……もっとも、庶民からしたら卒倒もの、となるそれがイグレーンの誠意であった。レオファードの静止も聞かぬふり、そそくさと本邸を出たジラルディーノの背中を追うことも許されず、ロビーにはやがて大きな落胆のため息が落ちた。


「わかってないわね」

「……何がさ」

「あの方はね、第一王子が戻ったことを知る人間は少しでいいと思ってるの。もちろん、私と関わりたくないのもあると思うけれどね」

「作戦は必ず成功させるさ。保身なんて必要ない」

「それでもよ、事を起こす相手を匿っていた、という事実は残るわ。私はセッツァ女公爵、リスクは取れません」


冷然と言い切られてはこちらも強気には出られない。レオファードはあくまでパニジアの間諜であり、その隠れ蓑として身を置かせてもらっているセッツァ家には恩こそあれ糾弾する理由をもてない。イグレーンの青い血が、パニジアから由来するものであったとしても彼女のもつ爵位はセレスティアのものであるのだ。

そして、セレスティアが性別や年齢を全く考慮せぬ完全に「能力至上主義」の国であるだけに背負えた、女傑、イグレーン・セッツァ女公爵のもつ圧は伊達のものであるわけもなく。強く出られない、というりゆうはあるが、単純にこの義姉に頭が上がらないレオファードは冷ややかに一瞥され気持ち縮こまるように俯いた。


「この程度の意思疎通も出来ないなんて。貴方何をしていたの。常に自信満々なのが貴方の長所で短所なの、わかっている?」

「う……」

「というか、そもそも。貴方、殿下とご友人にすらなれてないでしょう」

「………………」

「むしろかなり嫌わ」

「やめてくれ、ちょっと気にしてるんだ」


片手で容赦ない言葉を静止し、レオファードは子供っぽく頭の後ろを掻く。全くもってその通り、ジラルディーノを騙し騙し本国に連れてこようと思ったものの、本人の捻れ具合がいよいよめんどくさくなり脅しつけてここに引き連れてきている以上、二人の間に信頼関係など生まれるわけもなく、ましてやクリスティアーノの側近であるということはスパイという正体をおいてもジラルディーノの気に障って仕方ない。いつでも嫌々という顔をしているし、早く帰りたいというオーラが常に出ている。レオファードはジラルディーノを騙してはいたし、その身の上を革命のいい材料に使う気は満々だが、事が終われば解放する、という約束だけは誠実に守る気である。しかし、それを信じてもらえるだけの土台は現状まるで無い。結果こうしていつも邪険にされてしまうわけだ。普段はもう少しスムーズにことを運ぶはずの愚弟の情けなさに再度イグレーンがため息をつき、小さく首を傾げて問いを投げた。


「ねぇ、一体殿下の何がそこまで琴線に触れたっていうの。貴方って自分以外みんなバカと思ってる脇の甘い自信家だし、他人に興味ってさらさらないじゃない」

「必要ない罵倒混ぜるのやめてください」

「必要よ」


しれっと返され半目で恨めしそうに見つめてみるも、つんと澄ました義姉はどこ吹く風だ。身内には殊更雑になるイグレーンにこっそりとため息をつき、自分がこだわる理由を思い出しながら簡潔に答えてみせる。


「この国で普通なのがあの人くらいだったからだよ」

「そう。珍獣を捕まえたいだけなのね」

「他にもっと言い方あるだろ」

「ないわ、あなた遊びたいだけだもの。そうやって全部うまくいくと思っているから殿下に嫌われるのよ」


いつでも急所だけを狙う舌鋒に短くうめくと、くすくすと女主人は美しく笑う。ろくな交流などなかったと本人たちはいうが、それでも互いに持つお互いの情報は元婚約者なりに、ある程度的を射ているのだ。ここ最近で初めて話し合ったレオファードとはそこが違う。拗ねたように項垂れる弟の肩をぽんと叩き、イグレーンは見惚れるほど美しい、しかしどこか嗜虐的な微笑みと共にそっと囁いた。


「まあ、せいぜい頑張って、嫌われていなさいな。この国が変われば嬉しいのは私もだもの」


短編にはいなかったキャラだけにかなりしゃべらせてしまいました、毎度お待たせしていますが、もう少しだけ続きます

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― 新着の感想 ―
[一言] 姉貴分はよく分かってるな、さすが現役当主。 弟のヘマも、兄王子の内心も、お見通しか
[一言] 更新ありがとうございます。 さすがのレオファードも年上の従姉妹様には頭が上がらない様子で。いつもと違う姿も面白かったです。
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