表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様は従者様  作者: みや毛
10/17

10

そもそもとして独学で5歳の子供が錬金術を物にできるものか。実際のところ、ジラルディーノは無能というわけではなかった。大体のことは数日のうちに人並み以上にできる要領の良さを持っていたのである。しかしクリスティアーノの方はといえば、少し努力する時間が必要だが打ち込めばあらゆることに卓越するような性質だった。クリスティアーノは万能の天才であるとするなら、ジラルディーノは万能の凡人だ。そう気がついたのはまだ幼い頃だった。

ジラルディーノは捻くれた性格だが、何も生まれついて卑しい性根をしていたわけではない。ただ、物心ついた時には柔らかくもなおざりにされ、腫れ物を触るような態度を取られてむかむかとした気持ちになっていたのも事実だ。そして、やがてそれが自分が期待外れであったことを悟ると幼いながらにも悲しく悔しい思いをした。そして、このまま安穏と過ごしていてはいつか父は自分の名さえ忘れるだろう、そんな焦燥感が芽生えるのもすぐのことだった。

自分に王座が許されなくても、せめて誇れる息子だと笑いかけてほしい。およそ子供らしくない渇望はジラルディーノに無理を許した。もともとの要領の良さがあり、ジラルディーノは驚くべき速さで教師たちに与えられた課題をこなしていった。暇があれば王城の図書室にこもり、知識だけつけても意味がないと剣術についても打ち込んだ。結果、ジラルディーノは歴代王家の中でも早熟の天才だと称されるようにはなったのだが。


「……また、字が違う」


それは10歳の誕生日。毎年送られてくる父親からのカードにジラルディーノは諦め半分悲しさ半分で呟いた。どれだけ学を修めても、どれだけ剣の型を身につけても、父からの愛情は少しも揺らがなかった。もちろん、悪い方で。毎年の代筆を頼む人間を変えるのはどうかと思うと感じつつもジラルディーノはそれを大切に大切にしまいこんだ。一応、誕生日くらいは覚えてもらえているのだ。そう言い聞かせて。クリスティアーノが生まれて、ジラルディーノのせいで沈んでいた城は明るさを取り戻した。第一王子のことさえ影の中に入れておけば、全ては明るいのだ。その事実に荒れた手の爪を噛む。


殿下は優秀でいらっしゃいますね

(──その、目が赤ければなお、よかったのに。)


 確かにジラルディーノは学にも武にも取り組んでいる。しかし、与えられる賛辞はかえって虚しかった。どれだけ指南者たちがジラルディーノを褒め称えようと、その目には隠しきれない本音がいつも冷たくのぞいていた。天才などと馬鹿馬鹿しい。本当はそんなこと誰ひとり思ってはいない、だって、優秀な人間は別に王家にいなくても構わないのだ。どれだけ励んだとしても目を取り替えられなければ結局はおまけなのだ。逃げ出すように自室から飛び出して、図書室に向かう。形だけの誕生日パーティまでは何も考えたくなかった。本を読んでいる間はそれだけに集中できる。考えるな、考えるな。口の中で何度も呟きながら重い扉を開き、いつもの席に座る。窓から嫌なものを見ることはなく、本棚の影に隠れた小さな一人分の机だ。壁の出っ張りがあるのも手伝って半個室のようになっている。入り口からも遠いので出入りする人間にも見つかりにくいジラルディーノのお気に入りの場所だ。どさどさと音を立てながら手当たり次第に掴んだ本を机に落とす。規則性などない、読んだことのないものを雑多に選んだだけのものだ。焦るようにページを捲る。胸にかかるもやが新しい知識に上塗りされていき、少し落ち着いてきたなと客観視できるようになってきたところで、少し離れたところから声が聞こえてきてしまった。


「あら!クリスティアーノ殿下!もうその本を読んでしまわれたのですか!素晴らしいですね!」


それは司書の声だった。その明るい声と反対にジラルディーノの心はぞっと冷えていく。クリスティアーノがここにいる、そんな馬鹿な。あいつは今日のパーティの主役よりチヤホヤされて、衣装部屋で埋もれているはずなのに。どくんどくんとうるさい心臓を服の上から握りしめて、音を立てないように本棚の影から声がする方を見る。そこには優しげな笑顔で、クリスティアーノの目線に合うようにかがみ込んだ司書の姿が見えた。あんなこと、一度だってされたことはない。そしてその向かいに立つ弟はずっと前に自分が読み終わった分厚い専門書を抱えている。まだ小柄な子供の胴よりも少し大きいほどのそれを大切そうに抱き込み、クリスティアーノは溌剌とした声で返す。


「ありがとう。でも、あにうえはもっとすごいよ。ぼくよりもおさないときに、これをまなんでいたんでしょう?」

「それは…」


きらきらとした眼差しから逃げるように司書は目を逸らした。それだけで確信に至るには十分。早熟の天才?馬鹿馬鹿しい。あんなもの、その場限りの世辞に過ぎなかった。だからこそ、あの司書はクリスティアーノに言われてやっと思い出したのだろう。もともと頼りげのない地面がぱらぱらと崩れる心地がした。いっそこのまま奈落に落ちていけたら、誰か一人くらいは憐んでくれるだろうか。そんなどうしようもない考えがよぎった時、無邪気な声がジラルディーノの心臓を貫いた。


「ぼくも、あにうえのようになりたいな」


それは心からの言葉だったのだろう。天使のような笑顔で戸惑う司書にそう言ったクリスティアーノの横顔にジラルディーノはよろけて崩れ落ちた。ぐらぐらと頭が揺れている、指先の震えは全くおさまる気配がない。


「やめろ」


懇願するように溢れた声は小さく掠れていた。見つかるわけにはいかないのにそう言うしかなかった。そう呻くのをやめられなかった。吐き気がする、怖気がする。きっと世界の何もかもを手に入れるあの弟は当然のように自分のようになりたいのだと笑っていた。とっくにそんなものは通り過ぎている。クリスティアーノが望めばどんなものも手に入るのに、そんなくだらないものさえ、手にしようとする。ジラルディーノはその何もかもを掴めさえしないのに。


「やめ、てくれ」


悲鳴さえ上げることもできず、蹲ったまま繰り返した。もっとも貴ばれるものである証、(ルブルム)のミドルネームを苦労せずに授かったくせに、まだ弟には欲しいものがある。願いがあるのだ。そんな贅沢味わったことがない、傲慢と呼ぶにも及ばない無垢さはジラルディーノの心にひびを入れる。見つからないなら、泣き出してしまいたかった。誰にも見つからない部屋の中で大声で喚きたかった。しかし、そんなことはジラルディーノにはできなくて。


数年後、クリスティアーノは最年少で新理論を発表した。最年少で学を治めた王子など、誰も覚えていないまま。そのときぽっきりと、ジラルディーノの心は折れてしまった。それから先、無意に日々を過ごし、人々にあたる厄介者になるまで時間はかからなかった。



「お見事です、殿下」

「……」

「あの、嫌味とかじゃないんですけど。素直に受け取ったりとかできないんです?」

「お前の賛辞など嬉しくもない」


急拵えの弓で仕留めた野鳥を拾って戻ると、焚き火の用意をしていたレオファードがへらりと手を上げ声を掛けてきた。やはり、鳥を拾いに行くのではなく帰ればよかった、としっかり舌打ちを漏らして丸太の上に腰を下ろした。弟の部下から脅迫関係という間柄に落ち着いたが、ジラルディーノはどうにもレオファードに対する嫌悪感が抜けず媚びる気持ちにもならなかった。もっとギルドの中には横柄で性根の悪い悪党くずれもいるが、これは、それとはまた別のところにある拒否感だと感じていた。だが向こうはそうでもないらしく案外手慣れた手つきで準備を整えていく。


「それにしても野宿でよかったのですか?前の街なら宿に泊まれたのに」

「さっさと終えて帰るためだ。私が屋根のないところで寝られないとでも?」

「まぁ、仮にも王家の方ですし」

「10年前までだ」


そう、野宿である。セレスティアからジルのいた国からは国境を跨ぐ必要があり、のんべんだらりと宿を見ながら向かうとなるとこの気に食わない男と過ごす日も長くなるので、もはや泥だの埃だのに抵抗もなくなっているジラルディーノは先を急ぐ選択をしたわけである。そっけない返事をしながら羽根をむしり、解体の用意をしていくと、レオファードが探るよう眼差しで口を開いた。


「殿下、躊躇いはなかったのですか?」

「……は」


ことここに至って、まだレオファードはその確認を怠らないときた。ジラルディーノはつい、乾いた笑いを溢してしまう。何度これと似たやり取りをしたのだろう。確かにジラルディーノの血はセレスティアの中でも特に青いものだが、欲するものは赤であったし、それは与えられることもなく居場所さえおぼつかないものだった。父からは落胆され、母からも失望され、臣下に忠誠を誓われることもなければ民から期待さえされない。それの、何が、名残惜しいものか。雨風を凌げない暮らしは侮りを免れない王宮とさほど変わらなかった。寧ろ、仕事をした分評価されることの方がうれしかった。勿論生まれついての生活との差に戸惑うことはあったがそれも一度目でとっくに慣れていたものだ。


「性悪のくせにつまらん邪推をする。それもアレのせいか?」

「手厳しいなぁ。でも、まぁそれなら助かります。万が一があれば殿下に弟君を弑していただくことになりますので」


にこやかに返したレオファードの言葉に一秒手が止まった。世間話をするのと同じに人殺し、いや王族殺しを口に出す。つい先日までは大事になどしないと宣っていたが状況が変わってきたのか。突然現れた予言の女にふらふらとするクリスティアーノ、吹き上がるクーデターの意思。まるで想像がつかずこめかみをとんと指で弾いた。


「……お前こそ躊躇いはないのか」

「ええ。僕の主はあくまで大公閣下ですから」

「ふん、それで結局革命を手伝わせるわけだ」

「あ、表現は適切に。手伝いじゃなくて強制なので」

「重ねて尋ねるが私の必要があるか?行方知らずだった王子が易々と受け入れられるものか」

「ええ。でもね殿下、大衆が欲しいのは真実ではなくて物語なんです」


くるくる指を回し軽薄な声でレオファードは続ける。話の中身さえ聞かずに済めば、ちょっとした悪巧みをしているようにも見えた。いや、この男にとっては国家を揺るがすこんなこともちょっとしたことの範疇なのだろう。流石にサジタリアスの家門、この程度は問題にもならないらしい。


「どうせ王宮のことなど誰も知りません。今セレスティアの民は王の声を聞けば安穏と過ごせていた日々に翳りが差して過剰にわあわあ吼えているだけです。馬鹿馬鹿しいよ。トラブルの一つくらい自分たちで何とかするのが道理だろ?」

「そんなつまらないことで、公国に迷惑をかけられたら困る、と」

「正解。まぁ、旧体制から変わるわけだから上手く騙してあげた方がいい。耳障りのいいエピソードだろ、女に誑かされた弟を生き別れの兄が正しにくるっていうのは」

「安い話だな、流行りの小説とやらのようだ」


昨今、吟遊詩人やら流れの楽師が観客を呼び込むための御伽話のようなものが本として売られているらしい。らしい、というのはジラルディーノがあまり興味がないからである。副ギルド長の娘とかマリーとかが騒いでいる、ということしか知らない。なんでも麗しい王子が虐げられている令嬢を悪役にあたる高位令嬢から守り愛を貫く恋愛ものが流行りだとか言っていたが、馬鹿馬鹿しすぎて笑えてくるそんなものに頭の容量を割きたくない。だったら少しでも薬草の組み合わせの効能とかを詰め込んでおきたいものである。いや、今はそんな些末ごとはどうでもいい。軽く頭を振って、改めてレオファードに目を向ける。ジラルディーノの視線を受けて、水色の瞳が楽しげに弧を描いた。


「で、どうかな。ジラルディーノ・セレスティア。貴方は、貴方の弟を殺せますか?」


──兄上!


ふと、弾んだ声が脳裏をよぎった。アレだけ拒んで逃げたというのに、あの声はいつも楽しげにジラルディーノを呼んでいた。誰もが遠ざける第一王子を無警戒に兄弟だからと笑って。一体何がそんなにクリスティアーノを引きつけたのかわからない。ジラルディーノにわかるのはクリスティアーノには決して敵わないという事実だけ。すっかり羽根をむしった鳥に、ジラルディーノは使い慣れたナイフを振り下ろす。


「手足を斬り落とし、毒を飲ませ、誰も助けに来ない密室でなら果たせるだろうよ」


逆を言えば、そんな状況にならなければクリスティアーノという男は殺せない。こんな鳥程度とはそもそもが違っているのだと、レオファードの理解が及んでくれたのならいいのだが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ジラルディーノも普通に優秀なんですよね。 相手が悪かったのと、輪をかけて周りが悪かった。 あと、個人的に勝手にジラルディーノは運動音痴だと思い込んでいましたw。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ