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王子様は従者様  作者: みや毛
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「何故ですか、兄上!」

「………何故、と。お前が?」


痩躯の男が喉で笑う、木を擦り合わせたような嗄れた音はあまりに不気味だ。長く伸びたままの髪の隙間から覗いた一対の光は暗く、憎悪に塗れている。


「お前が!それを問うのか!この私に!何故と!」


その叫びは血を吐くようであった、あまりにも我儘で、傲慢で、惨めで、それでいてその耳障りな言葉に魂を編んだようだった。


その慟哭を受け、波打つ金髪の美男子は僅かに身を強張らせる。それでも決して、紅玉をはめ込んだように鮮やかな瞳を背けはしない。その清廉な姿に叫ぶ男は一層憎しみを滾らせた。


「私達は、血を分けた兄弟ではありませんか!私は、貴方が姿を消してからもずっと兄上を案じておりました!」

「あぁ、あぁ。そうだろう!そうだろうともさ!お前は!」


憎い、憎い、憎い!


血走った目、乱れた髪、そして男の纏う怨念は向かい立つ者共にもしや幽鬼ではと錯覚させるほど。有象無象に恐れの目で見られることも気にせず男はぐちゃぐちゃと枯れ木のような指で痛んだ金髪をかき混ぜた。そして、ゆっくりと口を開き、ひどく穏やかな声で弟であった者に語りかける。


「…私は、お前が血を分けた弟だからこそ憎かった」

「兄、上…?」

「あぁ、その目だ!全て、その目が…っ!」


美しき男の瞳が揺れる、対する幽鬼の瞳はといえば褪せて忘れられた花弁のような薄い赤で。その淡さが既に、この2人の兄弟の勝負の明暗を分けていたようであった


「父上も!母上も!誰もが俺を蔑んだ、期待しなかった!私が、出来損ないだからと!私が悪かったわけじゃない、私がこうしてくれと頼んで産まれてきたのではない!だのに、なにもかもを持ったお前がいたから全てを無くしてきた!」


ひどく自分勝手な物言いが、劇の一つの台詞にも思えた。


「私は──ッ!」


あぁ、その敗者の名は。



「ふわーぁ」

「んだァ?間抜けがまぁた間抜けになってやがんな」

「寝不足だ、へそくりが燃える夢見ちまってさ…」

「てめぇ燃えるほどの金あんのか?」

「ひっでー、優しくしてくれよ…」

「調子こくなよモグラぁ」


もっさりとした黒い前髪を鼻を越すまで伸ばし、色付きメガネを掛けた胡散臭げなひょろい男が商人ギルドへと入ってきた。その締りのなさそうな口から欠伸が溢れると、ギルド構成員やら商人やらが容赦なく罵声を飛ばした。それに肩をすくめても、気にした素ぶりをしないのは慣れっこだからというだけだ。それに、周りの面々も嫌ってそう言っているわけではなくよく知った間柄こその言葉の数々である。


彼の名はジル、モグラとあだ名される理由は外にあまり出ず焼けていない不健康な白い肌と、日光に弱いからと付けている色眼鏡にあった。おまけに髪も黒いのでぴったりだといつの間にやら広まってそちらが名前のようになってしまっている。


カウンターに、水瓶がどんと置かれた。中身は緑の透き通ったポーションで覗き込めばふわりと清涼感のある香りがする。詰め替えはいつも通りそちらで、とジルが付け足すと受付の男は軽く頷いた。


ポーションは傭兵や冒険者の必携品だ、更に気ままな旅人も用意はする。効果こそ高いわけではないが需要と供給のバランスは崩れることもなくどこでもそこそこ売れる。女性たちの間では老化防止効果だったり美肌効果を求めて飲み物に混ぜるブームもあるらしいが苦いだけで効果がしっかりあるかは甚だ疑問である。まぁ、とにかく普通の仕事だ、ジルはこれで生計を立てる商人だった。


「今日の依頼分、これでよかったよな?」

「おし、確かに」

「んー…相変わらずめぼしい依頼がねぇな。不況か?」

「タコ、いっつも来んのが遅えんだよ」


辛辣な言葉に苦笑し、渡された報酬の銀貨を数えて間違いがないことを確かめるとジルは使い古された革の鞄にしまい込んだ。踵を返し立ち去ろうとするとギルドのドアが元気よく開き、1人の少女が飛び込んで来た。そして木よりは低い鳥の巣を見つけると嬉しそうに駆け寄ってその足に抱きついた。


「ジル!」

「おっと、マリー」

「あのねあのね!これ!もう一個!」

「おぉいいぜ。リジーに渡すのか?」

「うん!」


期待の笑顔と共にマリーが差し出したのは何処にでもある針金で作られた猫であった、立体ではなく平べったいが足のあたりに立つよう細工がしてあって窓辺にでも置いておけば影の猫が出来上がるだろう。


お転婆なマリーが仕事をしようとするジルを邪魔するものだから気をそらすために作ったのだが気に入ったらしい。友達にも見せびらかして欲しがられた、という感じだろうか。

ジルは鞄から一本短い針金を取り出し小道具を使って捻じ曲げはじめる、その様子を見た男が意地の悪い笑みと共に揶揄った。


「本当器用だなぁ、職人にでもなりゃいいのによ」

「バーカ、ガキのおもちゃが精々だよ。儲かりゃしねえし」

「ハ!そりゃそうか!」


ジルは手先が器用だった、とはいえ職人技、とか、芸術的、といったことではなくとにかく器用なのだ。


伝説の薬師も顔負けという極上の腕があるわけではないが名のあるポーションの製作工場に紛れ込ませても問題がない品質の物を提供できるし、ベテラン冒険者も目を見張るというものは無理にしろ山賊くずれにたたらを踏ませる罠を針金やらなんやらでちょちょいと作れる。大体のものは人並み以上、だがそれ以上は進めない。要するに器用貧乏の気質というヤツだ。


マリーに友達分のおもちゃをくれてやり、綿毛のようにギルドの外へ出た。ジルは村の外れというか村近くの森にいつか木こりが捨てたボロ小屋を買って住んでいる、それ故に怪しいやつと視線を受けることもしばしばだったが、どう見ても見た目から怪しいやつなのでそのうち考えるも馬鹿らしいと飽きられてしまうのが常であった。


報酬の金でパンやらミルクやら買い漁って軽い足取りでジルは帰路に着く。帰ったら罠にリスでも引っかかっていたら嬉しい、小屋の裏のバジルも育っていたし共に焼けば美味いだろうなと考えるとついよだれが口に溜まる。


「…なぁ、聞いたか?セレスティアの話」

「…あぁ…なんでも…」

「……」


ふと耳に入った噂話に少しだけ足が遅くなった、セレスティアというこの国から3つは離れた国では傾国の女の為に国が滅びそうだという、なんとも現実味のない話だ。そんな女がいるはずもないし、いたらいたらで処刑してしまえばいいだけだろうに。ともあれ自分には関係がないことだ。金になるわけでもなし、損するわけでもないとジルは頭を小さく振って小走りで小屋へと向かった。






村の喧騒が遠のくとこじんまりとしたボロ小屋が視界に入る、虫は勿論ネズミも同居人だが泥棒対策はしっかりした見た目よりは堅牢なジルの家である、扉に手を掛けようと伸ばした手は今の今まで気配も感じなかった男によって阻まれた。


「お迎えにあがりました、殿下」

「………はい?」


小屋の影から出てきたのは青みがかった黒髪の美男子であった、思わぬ来客に硬直するジルに男は慇懃な礼をする。景色に似つかわしくない気品と旅装ながら立派な服にジルはしどろもどろになりながらなんとか言葉を探した、自分よりも格上の相手であることは火を見るより確かである、無礼な真似でもしたら命が危ない。


「あーー…あの…殿下ってなんのことです?ワタクシ、ただの平民でございますが…」

「お忘れですか、カイロスです」


澄んだ水色の瞳に射抜かれてもジルは首をかしげるだけ、全くもって記憶にない相手だった。


「はぁ…?貴族様が何の用で?やはり人違いをなさってらっしゃいます」

「…そうですか、失礼を」

「いやいや構いません、そいではこっちも失礼しますよ」


ジルの否定にカイロスは数秒考えて、小屋の側から数歩離れた。ほう、と安堵から息を吐き出して少し逸りながらドアに手を掛ける。家に片足が入る、その瞬間ジルのもう片方の腕が捻り上げられ大きく体勢を崩した、相手が誰など敢えて言うこともない。カイロスだ、この男はジルの言い分を全く信じていなかったらしい。ジルの長く重い前髪が乱れ、カシャンと小さな金属音がする。


「うおっ!?」

「──薄桃色の目は、2人といませんよ」

「は、は、はははは………」


更に前髪を優しい手つきでかきあげられ、頼りの眼鏡も外れてしまってはもう言い逃れなど出来ようものか。




男の名はジル。

そして本当の名はジラルディーノ・セレスティア。セレスティア王国、その第一王子である。


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