9:鈍感と無知と予知
「本当にありがとうございました」
「いいえ。私こそお節介にならなかったようで安心致しました」
「そんな! 逆に感謝してもしきれませんよ!」
杠葉の目の前には昨日の男性が居た。
目を潤ませながら話す彼に、杠葉は苦笑を零す。
昨日、料理が提供されるまでに男性が読んでいた雑誌にその答えはあった。
彼が読んでいたのは野菜の種類やそれの取り寄せについて詳しく書かれていた雑誌であった。
そして沢山の付箋が付けられていたのは"トマト"に関するページ。
彼が頼んだ料理もトマトを使用したものであった為、当初、杠葉はトマトを好んで食べる人なのかとも思った。
しかしそれは違った。
鞄の中にまた異なる種類の雑誌が仕舞われていたのだ。
そっと目線を写すと、それは女性のホルモンや食事がどの様に体調へと関係するのか、と見出しが書かれていた。
それを踏まえて再び野菜についての雑誌を見てみる。と、トマトはトマトでも、フルーツトマトに関するページに付箋が貼られていることが分かった。
「どうして、分かったんですか?」
「簡単なことですよ」
にっこりと笑って言葉を紡ぐ。
興味津々な様子で尋ねてきた男性は、彼女の話に耳を傾けた。
「貴方が読んでいたのは野菜についての雑誌で、特に読み込まれていたのはフルーツトマトのページです。そして、鞄の中には女性の体調と食事の関係を説明した本。後は、貴方の左手薬指に付けられた結婚指輪から推測しただけです」
「それで?」
「若しかしたら、貴方の奥様が何故かフルーツトマトしか食べない、またはそれを多量に摂取することに悩んでいらっしゃるのではないかと考えたのです」
「……あってます」
男性からその事について詳しく話をされる。
彼の名前は遠山 宏介。
三十五歳と年若いが、かなりの大会社に務めており、所謂エリートと言われる人物であった。
七年前、同じ年齢の女性と結婚し、幸せな家庭生活をそれなりに築いている。
食べることの好きな女性で、良く二人で食べ歩きや、食欲の唆られた物を手に入れる為に遠出や旅行をする程であったらしい。
しかし最近はあまり食事を摂らず、例え摂ったとしてもフルーツトマトしか食べようとしないのだと言う。
それも普通のトマトでは口を付けようとしなかったらしい。
「それは突然起こりましたか?」
「妻の偏食のことでしょうか? それならそうですね」
「……あぁ成程」
「な、何か分かりましたか!?」
「確証は得れておりません。ですので、良ければ後日、奥様と共にいらっしゃって下さいませ」
遠山は不思議そうにしながらも、また訪ねさせてもらいますと丁寧に伝える。
すると杠葉から一通の手紙を渡された。
先程店の奥で急いで書いたものらしい。
「奥様にお渡し下さい。あ、決して遠山さんは先に見てはいけませんよ? 奥様から許可を頂いてから見て下さいね」
「は、はい。では本日は之にて」
「えぇ、またのお越しをお待ちしております」
深々と一礼しながら見送る。
そして店にある、ある窓の方向を見てにっこりと態とらしく笑った。
そうすると、ギクリと身を固くしながらも政春、瞬、桃花の三人がゆっくりと現れる。
バツの悪そうな表情を浮かべながら引き笑いをしていた。
「あらあら、随分と良いご趣味ですね」
「ちちち、ち、違いますよ!!」
「本当です! 私達はその、ちょっと昨日の事が気になって……」
「ぐっ……ぐうの音も出せない」
今までに見たことのないような冷たい視線を向けられる。
しかし表情は笑っているのだから恐ろしいものだ。
氷のように鋭く、ハイライトが仕事をしていない暗い瞳で見られては彼ら三人は竦み上がる他無かった。
「まぁ、冗談ですがね」
「恐ろしかったですよ?!」
「ふふ、それで、誰かお分かりになられたのですか?」
「いいえ……」
「あら、そうなのですね」
「杠葉さん教えてくださいよー!」
「うーん……でしたら、三日後に此処を再び訪れては如何でしょう? きっと、答えが分かりますよ」
桃花に縋りつかれて、杠葉も苦笑した。
そして放った言葉がこれである。
三人はますます意味がわからないと言った顔をしたが、彼女のことを信じてみようと今日は退散した。