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chloris  作者: 梓蝶
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4:桜葉と鶯



えー、この時にウェイトパーセントの違う水酸化ナトリウム水溶液を各々――





朝から低い男の声が鼓膜を震わす。

政春自身はこの教科が苦手で仕方がないが、己の目指す職業に就く為には攻略する他ない。

今までならば、教授の言っていることがまるで暗号のようで聞いていることが苦痛であったが今日は違う。

昨日Cafe・chlorisで集中して予習が出来たからか、教授の話している内容が理解出来た。


ノートに文字と化学記号を綴る手がスラスラと動く

無意識に口角が上がっていた。




「ふぅ……」




それから数十分後、無事に授業は終わった。

どうやら頭を悩ませている生徒も多いらしく、教室から出て行かずに友達同士で話し合っている姿が見受けられた。


少しだけ優越感を覚えて、昨日借りた傘を返そうと、今日もまたCafe・chlorisへと向かおうとしたその時、



「済まない、少し時間を貰っていいか?」


「え、えっと……君は?」


「俺は黒木 瞬。君と同じ、この授業を選択しているんだが」


「うん」


「先程の話が理解出来なくてな。君はどうやら分かっているようだったから声をかけさせてもらった訳だ」



突然、後ろから見知らぬ男子生徒に話しかけられた。

スクエア型のシルバーフレームの細身の眼鏡を掛けた、ミディアムストレートの黒髪の彼。

キリッとした目元が特徴的だ。

政春はその反対の優しげな好青年、といった感じである。



「確かに、今日の授業は難しかったからね。僕は梶 政春だよ。この後は授業入ってる?」


「いや、俺は入っていない。君は?」


「僕もなんだ。よければ良い勉強場所があるんだけど……一緒にどうかな?」


「そこに俺が入っていいのならば」


「勿論だよ、なら行こう」



きっと杠葉ならば瞬が居ても、あの穏やかな笑顔で迎えてくれるだろう。

そう考えて、政春はCafe・chlorisへと歩みを進めた。


桜の花弁が散り始め、所々に青々とした桜葉が着き始めている。

音も立てずに花弁が瞬の髪へと付いた。

それに気付かず彼らは細道へと入って行った。



カランコロン


木製のベルが柔らかい音を立てた。



「ゆ、杠葉さーん!」


「はぁーい。あら、梶さんじゃありませんか」


「昨日借りた傘を返しに来ました。後、ドライフルーツありがとうございました。凄く美味しかったです」


「いいえ〜。勉強のお供になればと思っただけですので」



ほんわかとした空気が流れる。

すると政春は瞬を前に出し、連れて来た経緯を話した。

授業が上手に理解できたことを話すと、杠葉は嬉しそうにはにかんだ。



「初めまして、黒木 瞬と言います。梶とは友人でして」


「あらあら、ご丁寧にどうも。此処の店主をしております、城 杠葉と申します」



瞬は真面目にきっちりとした口調で自己紹介をする。

杠葉は相も変わらず微笑んだまま柔らかい雰囲気を醸し出していた。

"友人"と言われたことに対して政春は固まっている。



「僕が、友人でいいの?」


「ん?逆にダメなのか?……俺としては君と仲良くなりたいのだが」


「ううん、全然! むしろ嬉しいよ!」




「ふふ、よかったですねぇ」



二人共嬉しそうに、お互いの顔を見て笑い合う。

昨日座った同じカウンター席に移動し、メニュー表を見ながら楽しげに話し始めた。

傘を仕舞いに行って戻って来ると、注文する為に彼女を待っていたようだ。

少し小走りで駆け寄り注文を受けに行った。



「俺はディンブラ・ティーを。後は、苺タルトでお願いします」


「僕はダージリンティーでお願いします。スイーツって、何がお勧めですか?」



「う〜ん……今はファーストフラッシュですので、和菓子がいいかもしれませんね」




「あの、ファーストフラッシュとは?」


「ダージリンは摘む時期によって、同じ茶園でも味が変わるんです。今、提供している春摘みのものをファーストフラッシュと言い、香りに清涼感が出るんです」


「……そんな違いが出るんですね」



「あ、あの、紅茶に和菓子って合うんですか?」


「ふふ、えぇ。皆さんが思っているよりも合いますので是非どうぞ」



意外なお菓子を勧められて驚きながらも、杠葉が言うのならばそうなのだろうと納得する。

五分程して、紅茶とお菓子が運ばれて来た。


瞬はディンブラ・ティーと苺タルト。

政春はダージリンティーと繊細な練り切り。


練り切りは、春の別れを告げる鶯を象ったもの。

丁度五月に差しかかる頃であり、季節とも合っている。




サクリ

すーっ


2人がお菓子をひと口、ぱくりと食べた。


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