3:春時雨
「疲れた……」
「ふふ、お疲れ様です」
ぽつりと呟いた言葉に反応が返ってきた。
そうして、此処が自分の家ではなくカフェであったことを再認識した。
少しだけ気恥ずかしくなって頬を掻く。
その時に自分の腕に着けられていた腕時計に気が付いた。
「待って今何時!? ……19時過ぎ!?」
「はい、今は19時を少し過ぎたところですが」
「すみません、僕、長居してしまって!」
「いいんですよ、お気になさらないで下さい」
慌てて参考書やノートをリュックサックへと仕舞っていく。
周りを軽く見回したが客は政春一人であった。
この店の閉店時間も把握しておらず、それが余計に彼を焦らせていた。
慌ただしく帰り支度を終えると財布を取り出して会計をお願いする。
「フルーツガーデンティーと、苺のムースで650円です」
「あ、いや、最初の紅茶とマカロンの分も払いますよ」
「あれは私からのサービスですから、ね?」
そう微笑まれては反論も出来ない。
彼女の言葉に甘えて、650円きっかりを払った。
しかし、店を出ようとして扉を開けると雨が降っていた。
そこまで勢いが強い訳では無いが、此処から走って帰ったら確実に濡れ鼠になるだろう。
すると、後ろからカコカコと杠葉が駆け寄って来る足音が聞こえた。
「これ、使って下さい」
「傘……いいんですか?」
「はい。今は一番大事な時期でしょう?風邪を引いてはいけませんから」
「ありがとうございます!」
「それと、これもどうぞ」
「これは……?」
「ふふ、後からのお楽しみです」
彼女の優しさと、心遣いに胸が打たれた。
有難く傘を使わせてもらい店を出る。
杠葉はもう既に店内へと戻っているが、それでも政春は一礼した。
急いで家へと戻ると台所からはカレーの香りがした。
先程口にしたものが甘い物であったこともあって、スパイスの香りに刺激を受ける。
手洗いうがいを済まして食卓へと座った。
「今日、何処かへ行ってたのか?」
「うん、とっても良いカフェを見つけたんだ」
「へぇ。どんな所なの?」
「花とか果物の匂いが……こう、綺麗に交わってるっていうか。凄く香りの良いお店だったよ」
父と母と話していると、ふと杠葉から渡された小さな紙袋が気になった。
部屋へと取りに行って再び食卓へと戻る。
二人も中身が気になるのか、それともその店が気になるのか覗き込んできた。
中には小箱が入っていた。
薄桃色の箱に赤色のリボンで装飾が施されている。
かぱり、と箱を開けると透明な袋に包まれたドライフルーツが収められていた。
「あら、これドライフルーツじゃない」
「本当だな……おい、手紙も入ってるぞ」
「うん、見てみるよ」
『本日は御来店ありがとうございました。梶さんの御注文されましたフルーツガーデンティーは紅茶として飲んだ後に、ドライフルーツを楽しむことが出来ます。よければ御賞味下さい』
こう手紙には書いてあった。
透明な袋にはメモが張りつけてあり、そこには九個のフルーツの名前が羅列されている。
きっとドライフルーツの種類なのだろう。
ひとつ、苺を摘んで口に含む。
それはあの時の紅茶の味が微かにした。