23:本音と本心
「もしもし」
「はいよ。やっぱ電話来たか」
「えぇ、相変わらず胸糞悪いことしか言わない連中でしたがね」
「ゆずがそこまで口悪くなるの、あいつらだけだな」
「ほんまにやで」
「そうですか?……あ、凧と優は今日、来るんですか?」
スマホの無料トークアプリを開けて、とあるグループの欄をタップする。
グループ通話に誘われていた杠葉は快く了承し、今現在行っていた。
多少なりともの苛立ちが言葉の節々に含まれており、彼らは苦笑を零す。
今日は二人共が仕事で忙しいらしく、この家には戻って来れないと伝えられた。
久し振りの一人きりに味気なさを感じつつも明日の仕込みを手際良く進めていく。
そういえば來原父娘はどうなったであろうか、ふと思い浮かんだ疑問が彼女の脳内を支配した。
一方その頃、和寿は緊張した面持ちで自宅への帰り道を歩いていた。
コツコツと音を鳴らす革靴が彼の緊張を高まらすかのように暗闇の中を響き渡る。
玄関の前で一つ、ゆっくりと深呼吸をした。
「ただいま」
「……おかえり」
「珍しいな」
「ちょっと話したいことがあったから」
珍しく出迎えてくれた友希に和寿は瞠目する。
歯切れ悪く、口をもごもごとさせながら話す彼女を見て、自然に背筋が伸びた。
少しひんやりとした廊下を歩き、リビングへと入ると座るように促される。
大人しく従うと、彼女もまた目の前の椅子に座った。
「どうした?」
「ちょっと、ある人から助言を貰って色々思い返してみたのよ。どこからお父さんと上手くいかなくなったのかなって」
「俺達は上手くいってなかったのか?」
「いってないわよ! 馬鹿!」
その事にすら気が付いていなかった自分の父に思わず怒鳴ってしまう。
彼女のその剣幕に慄いた和寿は椅子を軋ませながら背を反らした。
姿勢を整えた友希が俯きながら、悲しげな雰囲気を醸し出すのを感じて僅かに胸に違和感を覚える。
友希は聞きたいと思った、疑問に感じたことを全て問い掛けた。
何故授業参観に来てくれなかったのか、何故誕生日の時ですら祝ってくれなかったのか、もう自分に興味関心はないのか。
その問を聞いた時、和寿は愕然とした。
「そんなわけないだろう!!」
そして憤りを感じた。
自分が不器用なのは分かっている、仕事が忙しくてあまり構ってやれなかったのも知っている。
それでも、実の娘にそんな質問を投げ掛けられたことに悲しみを感じ、そう思わせてしまった己を激しく恥じたのだ。
早くに亡くなった妻の代わりになれるとは思ってもいないが、まさか父親としても役を果たせずに彼女をそこまで追い詰めてしまってことに後悔した。
「だって、お前に必要あるのかって言ったじゃない!」
「それはお前の勘違いだ。あの時、俺は通話をしていて、その相手にそれを言ったんだ」
「だったらその後にでも、ちゃんと返事してくれたらよかった!」
「すまない……仕事ばかりでお前を放ったらかしにしていたことは分かっている。それでもお前は、友希は、愛した妻が唯一残してくれた、愛する娘なんだ」
口下手の彼がここまで饒舌になるのは珍しいことであった。
幼い自分が酷くショックを受けたのを今でも鮮明に思い出すことができ、今更謝られてもという感情が湧き上がってくる。
それでも、目の前に座るこの男は己の唯一の父なのだ。
憎みたくても、恨みたくても、怒りたくても、心がそれに従ってはくれなかった。
ぼろぼろと涙を溢れさす友希に、和寿はオロオロと慌て出す。
どうすればいいか分からなくて取り敢えず彼女の目元に手を持っていき、その涙を優しく拭った。
その行動によって更に涙が溢れ出す。
自分がきちんと思われて、愛されていることをやっと実感出来たのだ。
「ご、ごめんなさっ。私、お父さんに嫌われてるって思ってっ」
「いや、悪いのは俺だから。本当に悪かった」
顔を両手で覆って本格的な泣き始めた実娘に、酷く心が痛みを訴える。
両者とも相手に謝罪の言葉を言い続けていた。