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chloris  作者: 梓蝶
21/23

21:蕩けるような甘いキャラメル



杠葉の考えは杞憂であり、來原が来店すると同時に彼女達は店から出て行った。

此方を見ると深々と一礼する彼に、彼女もまた挨拶を返す。



「いらっしゃいませ、此方へどうぞ」


「こんにちは。どうも、ありがとうございます」



カウンター席では話しにくいだろうと、ソファのテーブル席に案内をした。

向かい合う形で座ってコーヒーを差し出す。

豊かな風味が鼻を通って肺を満たし、思わず直ぐに手を伸ばしていた。



「お気に召されましたか?」


「はい、とても。普段飲んでいる珈琲とは違う香りがしますが、何か特別なものでも使っているのでしょうか?」


「今回挽いた豆はマラゴジペ種で、ブラジルで発見されたティピカ種の突然変異した豆なのです。スクリーンサイズが十九以上の大粒で味わいも豊かですが、生産性が低く、出回ることが少ないのです」



納得した様子で再び口に含み、味を堪能した。

スクリーンサイズとは豆の大きさを表しており、数字が大きい程大きなコーヒー豆となる。

スクリーンは()()()という意味であり、コロンビアではスクリーンサイズで等級も決められるという。

彼が一段落着いたところで、杠葉は口を開いた。



「さて、何か相談事があるのでは?」


「その、お恥ずかしながら娘と関係が上手くいっておらず、何か助言が頂けるかと思いまして」


「……どの様な関係なのでしょう。例えば、会話をすることも無いなど、具体的に教えて頂けますか」



そう問い掛けると和寿は重い口を開いた。

会話は殆どなくするのは事務的な会話のみであり、食事も共に取ることは無いと言う。

悲しげにそう言った彼に胸が締め付けられた。

何か思い当たることはないかと聞くが、分からないと答えられる。


では、昨日の夜に娘の友希が語っていた内容は虚言であったのであろうか。

しかしそうとは考えづらい、彼女の真剣な瞳は嘘をついている様には見えなかったのだから。

あの涙も思わず溢れ出したものであって嘘泣きではない。



「失礼ながら、來原さんの娘さんのお名前は來原友希さんと仰りますか?」


「そ、そうですが。何故名前を」


「実は知り合いでして、昨日は夕食を共にしました。その時に彼女は父から、プレゼントなどは必要あるのか、と言われたと仰っていたのですが……事実でしょうか?」


「えぇっと……あぁ、言いました。けれどそれはあの娘に言った訳ではなく、会社の部下に言ったのです」




杠葉の頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がる様子が目に浮かぶ。

どういう事かと聞くと、あの時はワイヤレスイヤホンで通話をしていたらしく、会社の部下と話していた時の返事を自分に向けられたものだと勘違いしているらしい。

彼はプレゼントを渡していなかった訳ではなく、何を買ったら喜んで貰えるか分からなかった為に現金を渡していたとのこと。

簡単に言えば和寿の不適切な気遣いと、友希の勘違いが交わり起こした負の連鎖であった。



「その事、家に帰ってから友希さんに話してあげて下さい。きっと、彼女は寂しいんだと思うのです……親の愛って大切ですから」


「はい、今日はきちんと話してみます」



取り敢えずだが話が一段落付き、ほっと緊張を解くと和寿の腹が音を立てた。

恥ずかしそうに俯く彼に何処となく可愛さを感じる。

静かにメニュー表をめくり、思案している様子であった。



「……おすすめはありますか」


「ふふ、今日のおすすめは塩キャラメルロールケーキですよ」


「今日、ってことは何か意味がありますか?」


「今日、六月十日はキャラメルの日ですから。特性のケーキ生地にクラッシュしたキャラメルを巻き、また天然塩を使用したキャラメルソースでコーティングしたものになっておりますよ」


「へぇ、ならそれを一つ」



キッチンへと引っ込んで行く杠葉の背を見詰める。

もやもやとして堪らなかったこの気持ちが、この心が、何故か彼女と少し話しただけで晴れていた。

冷蔵庫から取り出したケーキを丁寧に切り分けていく姿を覗き見ることができ、まだ己の妻が生きていた時のことを思い出してしまった。

堅物で強面な自分と違い、何時も微笑んで柔らかく相手を包み込んでくれる彼女は沢山の人から好かれており、何故自分を選んでくれたのかは今でも分かっていない。


物思いに耽っていると、目の前にアンティーク調の皿に盛られたケーキが置かれた。

少し上を見上げると優しげに微笑む杠葉と目が合う。

何処か亡き妻と似ている、と考えてしまった自分が恥ずかしくなり思わず顔を伏せた。



「はい、お待たせ致しました」


「ありがとうございます」



キャラメルの甘い香りと、塩の僅かなしょっぱさが混ざり合い鼻を掠めた。

つい喉を鳴らしてしまいフォークに手が伸びる。

口の中では塩キャラメルが柔らかく滑らかに溶けてしまい、どんどん量が減っていくことに少しだけ残念だと思ってしまった。

穏やかな空気が店内を満たし、和寿も思わず頬笑みを浮かべる。


しかし、杠葉の中でその空気は当てはまらなかった。

固定電話の呼び出し音がかかり、電話に出ると不愉快な声が耳を通る。

怒鳴りつけてしまいそうになったのを押し込めて耐えるが、我慢の限界に達しようとしていた。



「二度と、電話をかけて来るな。不愉快だ」



鋭い目付きで、冷たい言葉で小さく相手に告げる。

ガチャっ、と大きな音を立てて電話を無理矢理切った。



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