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chloris  作者: 梓蝶
20/23

20:レモネードの為のレモネード



あの後、そのまま泣き疲れて寝てしまった杠葉は朝起きた時に自分の顔を見て愕然とした。

瞼は赤くなり、頬は浮腫み、およそこのまま表に出ることなど出来はしないだろう。

急いで使用済みのティーバックを冷やすと、タオルと共に目元に当てて腫れを引かそうと試みる。



「おはようさん、ゆず」


「おはようございます……ちょっと、人の顔見て笑わないで下さい」


「いや、それは笑えるて! はよ熱引かしや」


「分かってますよ」



むすっと頬を膨らませて笑っている凧に文句を言いつつ、店の開店準備も怠らない。

彼も笑いながらも窓を磨いたり、テーブルや椅子を整えてくれているあたりが優しいのだろう。

すると上から寝惚けている優一郎も降りて来て、ふらふらと覚束無い足取りでキッチンへと歩いて行く。



「優? 大丈夫ですか、起きてますか」


「うん……おなかへった」


「はよ起きろ」



首根っこを掴んで凧が優一郎を部屋の隅に置いてあるソファに寝転ばせる。

杠葉がホットゆず茶をマグカップに注いで近くのテーブルに置くと、香りにつられて彼が顔を上げて彼女を見詰めた。

窓から差し込む朝日に照らされた茶色の髪が美しく色鮮やかに映し出される。



「……起きた」


「おはようさん、ええ加減にそれ直さんか。また海外行った時どうすんねん」


「ゆずに起こしてもらうから心配ない」


「あるわ、ど阿呆。毎日モーニングコールしてもらうつもりか」


「違う。俺と一緒に来れば良い」



ビキッ、と凧の額に青筋が浮かび上がる音がした。

拳を握り締めて己に近付いてくる気配を察した優一郎は咄嗟に防御体勢を取る。

言い合いを始めた二人を呆れた様に放置していたが、遂には軽く暴れ始めた為にトレーで頭を叩いた。

悶えて蹲っている彼らを横目に全ての準備を終えた杠葉は一息つく。



「いい加減良いですか仲良し二人組」


「仲良うないわ」


「ん? 俺は凧と仲良いと思ってたんだが」


「あんたは冗談とノリを覚えろ!」



優一郎の天然に振り回されている凧を見て思わず笑ってしまう。

落ち着かせる為にココナッツウォーターをグラスに注いでライムと共に手渡した。

その後少し時間が経つと凧は病院に行かなければならず、また優一郎は京都で有名な高級料亭の知り合いに呼ばれているらしく出掛けて行ってしまった。

一人になった杠葉はある人に電話を掛ける。

店内にスマホのコール音が鳴り響いた。



「もしもし、元気でしたか」


「久し振り、元気だったよ! あ、あのね、そろそろそっちに行ってもいい?」


「ええ、構いませんよ」



嬉しそうな元気な声がスマホのスピーカーから漏れ出している。

何処と無く杠葉自身も楽しそうだ。

すると木の鐘の音がなった為に電話を切ると彼女は客人の方へと向き直る。

マスクと眼鏡を着けた若い男だが、杠葉は違和感を感じ、それが変装の為に使用されているのだと分かってしまった。

店内にまだ客が誰も来ていないのを確認して彼はほっと息を吐いた。



「レモネードを」


「はい。蜂蜜や生姜は如何なさいますか」


「おすすめなんですか?」


「そういう訳ではございません。ですが、お客様のお身体を気にかけるならば入れた方がよろしいかと。勿論代金は変わりませんよ」


「なら、お願いします」



注文を聞いて、ドリンクディスペンサーからゾンビグラスにレモネードを注ぎ入れる。

カラカラとそれに揺られる透明で透き通った純水の氷が美しさを放っていた。

店内に流れる洋楽のゆったりとした落ち着きがある曲とは反対に、彼は意味が分からないような表情をしている。

グラスにレモンを飾り彼に差し出した。



「良い香り……」


「レモンにレモネード、という品種を使用しています。あまり流通しておりませんが香りや味がとても良いのですよ」


「本当ですね……」



ストローの中を通って透明なレモネードが彼の口へと吸い込まれていく。

その時に喉元が上下するのが扇情的に思えた。

杠葉は彼の声を何処かで聞いたことがあるような気がして思い出そうと試みている。



「此処ってその、めちゃくちゃ失礼なんですけど、あんまりお客さん来ないですか?」


「ご新規様は少ないですねぇ。貴方が久し振りご新規様ですから」


「そうなんですね。ならまた、この店に来ても良いですか?」


「勿論ですよ、またお待ちしておりますね」



初老の夫婦が来店したのを見て、彼は早々に席を立つ。

早口にそれだけ伝えると代金を払ってドアを潜り抜けて行ってしまった。

少しだけ呆然としていた杠葉だが気を取り直して接客を始める。



「昨日ぶりやねぇ杠葉ちゃん」


「えぇ、柴田さんに田中さん。ご贔屓にして下さり感謝しております」


「いいのよ! だってこのカフェに来る人は皆、礼儀正しい人ばっかりだもの」


「本当にね。前に違うカフェに行ったら若い子が大声で話しててねぇ……もう少し抑えて欲しかったのよ」



確かにchlorisは物静かな印象を抱かれることが多い店だろう。

それは流れている曲や内装、外装もあるが杠葉の性格も含まれている。

次々に出てくる二人の愚痴を苦笑いで聞き流して彼女は時計を覗き見た。


そろそろ昨日、來原が言っていた時間になる。

彼の来店を待ち侘びている訳ではないが、それでも彼が相談をしようとしている内容を推測すると彼女たち二人が居るのは厄介となる。

どうしたものかと、来店までの間に知恵を振り絞っていた。



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