2:果物の庭
「すみません……こんな情けない姿を見せてしまって」
「いいんですよ。はい、これ良ければ」
「これ、ティーバックですか?」
「はい、使用済みのカモミールのティーバックです。冷やしてあるのでどうぞ目に当ててみて下さい」
彼女の言う通り、目の上に5分から10分程置いてみた。
するとキュッと目元が引き締まったような感覚があったのだ。
紅茶には"ラマフラヴィン"という色素が含まれており、それが目の腫れに効果的だと言う。
特にカモミールは鎮静作用が高いとのこと。
「凄い……紅茶って飲むだけの物じゃないんだ」
「えぇ、植物には色々な種類な効能が宿っていますから」
ふふっ、と穏やかに笑う彼女にもきっと癒しの効果があると彼は思った。
自然と己も口角が上がってきてしまう。
ここで彼は自己紹介すらしていないことに気が付いた。
あたふたと慌てて立ち上がり、前へと身を乗り出す。
「す、すみません! 僕、自己紹介すらせずに……」
「構いませんよ、では私から。私は城 杠葉と申します」
「僕は梶 政春といいます。京学院大学の学生です」
店主の彼女の名前は、城 杠葉。
大学生の彼の名前を、梶 政春。
お互いが名乗り合った後に、政春は改めてメニュー表を開いて注文をした。
フルーツガーデンティーに苺のムースを、と伝えると頷いてからキッチンへと入っていく。
品物が運ばれてくる間、明日の授業の予習をしようと参考書を開く。
沢山の化学式と記号が羅列するページが目に飛び込んできた。
体と脳が多少の拒否反応を起こすがシャープペンシルを持ってノートへと手を動かし始めた。
ことり、と軽やかな音と共に甘い香りが鼻腔を擽った。
苺のような甘い匂いに多少の酸っぱさが混ざっている
その香りに食欲が刺激された。
「これ、苺ですか?」
「はい。フルーツガーデンティーは沢山の種類の果物や植物をブレンドしてあるんです。香りが特に強いのは苺とラズベリーですが、よく匂いを嗅いで頂くとハイビスカスや林檎の香りもしますよ」
「へぇ……ルビー色が綺麗ですね」
透き通った鮮やかな赤色が陶器に映える。
ホットティーの為か、香りがよく感じられた。
一度勉強の手を止めて紅茶をゆっくりと味わう。
ベリーの甘酸っぱい香りと味が口の中に広がって、とてもフルーティーであった。
お供に、と苺のムースを口へと運ぶと彼は驚きで少し目を見開く。
「まるで苺を食べてるみたいだ」
「ふふ。同じフレーバー同士を組み合わせると、まるで本物の果物を食べているみたいに感じるでしょう?」
「はい! 凄く美味しいです!」
苺のムースは小さめに作られており、すぐに完食してしまった。
「(少しだけ、前よりやる気が出そうだ)」
再び勉強を再開し、ノートへとシャープペンシルを走らせた。