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chloris  作者: 梓蝶
19/23

19:ブラックコーヒーのような苦味



彼女が向かったのは三条駅の周辺。

辺りを見回して会う約束をした人物を探している。

夜といっても未だ人通りは多く、中々見つけることが出来ない。



「杠葉さん! こっち!」


「今行きますね」



左側から声を掛けられ、そちらを見遣るとお目当ての人物が立っていた。

黒色のミディアムヘアをハーフアップに纏め、黄色のオフショルダーワンピースにサッシュベルトを着けている。

目元を印象づける様なメイクを施した彼女は杠葉に駆け寄って来た。



「急にごめんね!」


「構いませんよ。さて、夕食はおばんざいでも構いませんか?」


「うん! 今日はたくさん話したいことがあるの」



左腕に抱きつかれて多少よろめくもどうにか踏ん張る。

嬉しそうに笑いながら話しかけてくる彼女は人懐っこい性格で、学校でも人気者のようだ。

近くの店の個室を一つ予約してあったようで、二人は仲良く歩き出す。

今日あった他愛も無い出来事を話してくれる少女をにこやかに見詰め、時折相槌を打ちながら話を聞いていた。


着いたのは京都でも有名なおばんざいを提供してくれる居酒屋。

少女は未成年の為に酒を飲めないが、この店はソフトドリンクの種類が豊富であり、また杠葉の好んでいる日本酒やワインも美味な物が揃えられている。

入店すると態度の良い活発な男性店員が出迎えてくれた。

個室へと通されると、早速飲み物とメインを注文する。



「あのね、杠葉さん。今日聞いて欲しいのはお父さんとの話なんだけど」


「えぇ、勿論ですよ。來原さん」


「ありがとう! あのね――」



少女の名は來原 友希(ゆき)といい、先程chlorisに来店した來原和寿の実娘である。

彼女の母は幼い頃に事故に巻き込まれて亡くなってしまっている。

小さい時からずっと和寿と二人で生活してきたようだが反りが合わないらしい。



「子供の時から帰って来なくて、イベントも誕生日でさえも何もしてくれない! 一回文句を言ったことがあるのよ、そしたら何て言ったと思う?」


「そうですねぇ。仕事が忙しくて、とかでしょうか」


「違うわ! お前にそんなものが必要あるのか? って言ったのよ!」



次々と出てくる彼の愚痴と不満は止まることは無い。

確かに、幼い時にそのような事を言われれば反感を持っても仕方が無いのかもしれない。

苦笑いと共に料理をつつき、大吟醸を飲みながら話を聞いていると、何時しか彼女の瞳には大粒の涙が溜まっていた。

驚いてどうしたのかと聞くと、情けなくて、悔しくて仕方がないらしい。



「どうしたものでしょう」


「もういいわ。きっとあの人は私の事なんてどうでもいいの」


「そのようなことは無いと思いますけど……でしたら今夜、今までにあった父との思い出を全て思い出してから就寝しましょう」


「え、どうして?」


「内緒です。けれど、きっと何か変化があるはずですよ」



予言のような、予知のような言葉を放つ杠葉を不思議そうに見詰めるが、その口は固く閉ざされている。

きっとどれだけ詰め寄ったところで口を開くことは無いだろう。

それに、彼女が意味もないことを言うとは思えない為に渋々実行することとした。

その後、友希が補導されないように二十一時に店を出た。

彼女を駅まで見送ると、杠葉も帰宅を開始する。



「……分かりませんね」



ぽつりと呟くと、再び歩みを進めた。

彼女が家に着いたのは二十一時半、店である一階部分に明かりが灯っていない為、きっと彼ら二人は二階で思い思いに過ごしているのだろう。

裏口から家の中へと入ると直ぐに二階へと上がって行った。ら



「お、おかえり。どやったん?」


「特に何事もなく終わりましたよ」


「嘘だな」



突如横から声を掛けられ杠葉は肩を揺らす。

そちらを見ると、優一郎が僅かに眉間に皺を寄せて己を見ていた。

無言の圧力を感じ、きっと何があったか全て話せ、と脅されているのだろうと思い凧も思わず苦笑する。



「いえ、本当に何も起こりはしませんでした」


「起こりはしなかったんだな」


「えぇまあ。でも、少し、あの事を思い出しまして」


「あの事って……あぁ、あれか。それは災難やったなぁ」



凧に体を引き寄せられ、抱き締められる。

頭をゆっくり優しく撫でられると自然に涙が溢れてきた。

彼女の泣かないように堪える声と、鼻を啜る音が聞こえて後ろから優一郎も背中を摩る。

ぽろっ、と一粒の雫が頬を伝った。



「ええんやで。ゆずだけが抱え込む必要ないんやから」


「そうだ、俺達も一緒だって言っただろ?」


「うん……うん………!」



中々泣き止まない杠葉に、二人は珍しいこともあるものだと驚きを隠せない。

普段気丈で、飄々として、優しくて、そんな彼女だからこそ胸の内に全てを隠して抱え込んでしまうのだろう。

だからこそ自分達が支えなければ。

かつて彼女にして貰ったように、そう再び認識をした。



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