18:ジェネレーションギャップ
プルルルル、と店に備え付けてある固定電話が鳴り始めた。
急いで杠葉が取りに行き電話に出ると受話器から若い女性の声が聞こえる。
「はい……はい。えぇ、構いませんよ。明日の……え、今夜ですか? 大丈夫ですよ、それでは」
静かに受話器を戻し、彼女は凧と優一郎に何かを耳打ちすると二人は穏やかに微笑みながら首を縦に振った。
丁度良い時間になったのか、政春達三人は会計を済まして帰って行く。
店に残っているのはその三人だけであった。
「新しい友達でもできたんか?」
「友人、ではありませんね。お悩み相談している、と言った方が的確でしょう」
「……女?」
「えぇ。高校一年生の女子生徒さんですよ」
眉間に皺を寄せて杠葉に問う優一郎を見て、凧は苦笑いをした。
しかし彼の気持ちも理解出来た。
昼なら未だしも会うのは夜、しかも男となれば何が起きるかなど分からない。
彼女を心の底から大切に思っている二人からすれば心配の種でしかないのだ。
「夕食は作りますね。それから――あら、いらっしゃいませ」
「どうも」
するとスーツを着て眼鏡をかけた背の高い男性が店の玄関の扉を開いて入って来た。
顔は強面だが、杠葉の言葉に頭を下げて返事をしたことから心根は優しい人間なのだろう。
革靴の踵で木の床をノックしながら一番端のカウンター席に座った。
彼女が荷物入れ用の籠を渡すと再び礼を言われる。
「御注文は如何なさいますか?」
「あー……何か、んー……」
何かを言おうとしたのに口を閉じる彼を不思議に思う。
注文したい物があるが、口にするのがはばかられる物なのか、それとも名前や特徴を忘れてしまったのかのどちらかだろう。
しかし『何か』と言い掛けたことから後者ではなく前者が当てはまると思われる。
ならば、と杠葉は胸ポケットに入っていたメモ用紙とボールペンを差し出した。
「これ、よければどうぞ」
「すみません」
サラサラと手際良く文字を綴る。
書かれていたのは、今時の女子高生に人気があるメニューをお願い出来ますか? という内容だった。
少し驚くが、彼にも事情があるのだろうと快く頷いた。
キッチンへと入って行く杠葉に凧と優一郎は相変わらずだと思う。
きっと彼女はある特定の人間を除き、困っている人間に手を差し伸べ続けるのだろうと。
「はい、お待たせ致しました。薔薇のアップルパイ、三種のジェラート、それとエッグベネディクトです」
「エッグベネディクトって」
「はい。朝食として食べられるのが多いですが、ソースや具材を変えることで昼食は勿論、夕食とも出来ます。最近の女性は食が細い方も多いですから、ボリュームを抑えたものが人気ですよ」
「へぇ」
フォークとナイフ、スプーンを渡すと彼は食べ始めた。
三種のジェラートは味の異なるジェラートを薔薇の形に整えて盛り付けてある。
今回食べるのは男性で、時間はもう夕食の時間な為にエッグベネディクトの具材は肉やチーズを主としていた。
小さいながらも数が多いアップルパイはどの年代の人であろうと食べる量の調節がしやすいだろう。
サクサクと食べ進める彼に、杠葉は思わず笑みを零す。
「お粗末様でした」
「はい、こちらこそ」
「あの、客が少ない時間帯ってありますか」
「そうですねぇ……明日の午前中ならお客様が少ないかと思われますよ」
「ならその時間帯にまた来ます」
そう言って荷物を持ち、カウンター席を立つ。
会計を済ましていると彼は財布から名刺を彼女に差し出した。
それを受け取ると一礼して帰って行ってしまった。
不思議そうに名刺を見詰めると、そこには彼の勤めている会社や氏名が書かれている。
「何渡されてん? 名刺か?」
「そうだな、結構有名な大企業だぞ。低コスト、高品質の品物を扱う所だ」
「ほんまやん。名前は……來原 和寿か」
「明日、気を付けろよ。何かあったら全力で叫べ。直ぐに俺達が駆けつけるから」
「……ええ。まぁ、彼は唯相談したいことがあるだけだと思われますよ」
その後すぐに彼女は出掛ける準備をし始めた。
私服に着替えると、店にCLOSEの札を下ろして店を閉める。
二人に手を振って、彼女は扉を開けて出て行った。