17:溢れるほどの果実
あれから数日後、何故かchlorisにはCLOSEの札が掛かっていた。
「もう三日目だね」
「前回といい、今回といい、何があるんだろうな」
「知らないわよ! あんたが杠葉さんに聞いてきてよ!」
「出来るか馬鹿」
昨日訪ねた時には遠山宏介と凛も居たが、二人とも理由を知らないという。
カレンダーにも書かれていなかったし突然予定が入ったのだろうか。
すると後ろから足音が聞こえた為に振り返ると、そこには杠葉と凧、そして優一郎が歩いて来ていた。
「何しとるんあんたら」
「え、えっと、ここにお邪魔しようかと思って」
「何やそういうことか。はよ入りや」
「何故貴方が仕切ってるんです。ちょ、合鍵を使って入ろうとしないで下さい!」
杠葉が誰かに振り回されている光景は新鮮で異様に感じた。
思わず止めようかと手を伸ばすと、それより先に優一郎が凧の頭を叩いて諌める。
この店の鍵を持っているのは杠葉、凧、優一郎とあともう一人、彼女の妹だけである。
店の鍵と彼女の生活スペースである二階へと通じる扉の鍵は種類が異なり、またこの合鍵を持っているのは凧と優一郎の二人のみ。
彼らは両手に大荷物を持っており、開けようとはしているが開けれる状態ではなく杠葉に笑われている。
「何故その状態で開けようとしたのですか」
「開けれると思ったから」
「凧は純粋におっちょこちょいですし、貴方もどこか抜けている所がありますから放っておけないですねぇ」
三人並んでキッチンへと入って行く。
持っていた荷物は食材であったらしく、今日は朝から市場を練り歩いていたらしい。
その事は知らせてあった、と言われて店の中を見渡すと壁に張り紙がしてあり、そこに書かれていた。
注意不足であった自分が恥ずかしくなり政春は身を縮こませる。
水の入ったグラスが手渡され、メニュー表が置かれた。
「お腹減った……がっつり食べたいな」
「分かる。もう二時前だしな」
「私も今日は沢山食べようかな〜!」
「太るぞ」
「うるさいわよ馬鹿!!」
仲睦まじく冗談で罵りあっている黒木兄妹を、微笑ましく見詰める。
政春はパスタ、瞬は季節の定食、桃花はフレンチトーストを頼んだ。
注文を受けて奥へと消える杠葉を二人は慈愛に満ちた瞳で追っていた。
「ゆず、俺もパンケーキ。おまかせで」
「自分はオムライス頂戴。中は好きにしてええで」
「はいはい」
顔をちらりと覗かせて苦笑と共に返事をして引っ込んでいく。
何日か前にこの三人の関係性は何となく聞くことが出来た、けれど彼ら自身はどんな人物なのだろう。
政春と瞬は今度会うことが出来たら思い切って聞いてみようと話しており、そして今がその時である。
「志麻さんと速水さんですよね?」
「おん、せやで」
「合ってるぞ」
「お二人はどんな職業に就いてるんですか?」
唐突に話を振ってきた二人に驚くも、冷静に対応する。
何故こんな質問をするのかと聞くと将来の参考にしたいという最もらしい返事が来た。
それもあるだろうが本心は違うだろう、と彼らは察する。
「自分は医者、近くの大学病院で働いとる。でっかい病院から引抜き来たけど、ゆずと遠なるから断ってしもたわ」
「俺は料理人、今までは海外に行かされてたけど立ち位置的に自由な時間が増えたから戻って来た。因みにゆずとは同じ大学な」
「ほんまお前狡いわ。自分が誘ったら『優と一緒の大学に行くことにしてしまいました』って言われた気持ち分かるか?」
「知らん」
漫才のようにつつき合う二人に圧倒される。
凧は医者で優一郎は料理人、しかも両者の名前で検索をかけてみると直ぐにヒットする程の有名人であるらしい。
あまり詳しくはない自分達でも聞いたことのあるような有名な賞や資格を持っていると書かれている。
杠葉に甘えている今の二人からは全く想像することが出来なかった。
「はい、お待たせ致しました。梶さんには"桃とトマトの冷静スパゲティ"、黒木さんには"梅づくし定食"、桃花さんには"甘夏のフレンチトースト"です」
「ありがとうございます」
「甘夏の香りが爽やか!」
「定食の内容を教えて貰えますか?」
定食は梅と生姜ごはん、鶏ロールの野菜巻き梅酒風味、新じゃがいもの梅風味サラダ、ひじきと糸寒天のマリネ、抹茶梅ゼリーの合計五品となっている。
旬の食材である梅を使った料理が主であり、メインは鶏肉が使ってある為、ボリュームがあるがヘルシーな品となっていた。
そして凧と優一郎にも料理が運ばれて来る。
「凧には"茄子と肉味噌ソースオムライス"を、優には"フルーツタワーパンケーキ"ですよ」
「あんがとさん」
「ありがとう……ボリューム凄いな」
優一郎が驚くのも無理はない。
標準の厚さがあるパンケーキを六枚重ねて層状にしてあり、その間には下から甘夏、キウイフルーツ、バナナ、苺、桃が挟まれている。
しかしどの料理からも食欲の唆る香りが鼻を掠め、彼ら全員の腹からぐぅと音が鳴った。