14:阿吽の呼吸
「何で逆にゆずは酔っとらんのや……」
「貴方が弱いのに沢山飲むからでしょうに」
「自分は一般的に見たら強い方やわ、あほ」
痴話喧嘩のような掛け合いを続ける二人にハラハラする遠山夫妻と関係性が分からず不機嫌になる瞬、羨ましげに見ている政春と、目をハートにして小声ではしゃいでいる桃花が居た。
慌てて呼び掛けた凛に二人は揃って反応する。
「あら、どう致しました?」
「何や、体調でも変化したんか?」
「違います! そうじゃなくて、そろそろ注文をお願いしても……」
「あらあら、それは申し訳ありません。すぐに伺いますね」
やっと言い合いを止めた杠葉は奥へと入って行き、凧は無言でオープンサンドを咀嚼している。
ほっと一息ついた遠山夫妻はメニュー表を改めて眺め、そして注文の品を決めたらしい。
政春達も何時の間にか梅グリアのアフォガートを食べ終えている 。
「すみません、お伺い致します」
「えっと、鯵のオーブン焼きに浅利の酒蒸し、胡瓜としらすのサラダ……後、何かオススメの甘い物ってありますか?」
「洋か和ならどちらがよろしいでしょう」
「どっちかと言えば、私は洋がいいです!」
「ならば苺のフロニャルドや、桜桃のクラフティやタルトが良いかもしれませんね」
フロニャルドとクラフティの説明を求められて丁寧に話していく。
クラフティとはフランスのリムーザン地方の伝統菓子のこと。
タルト生地の中に桜桃を並べ、鶏卵、牛乳、生クリーム、砂糖、小麦粉を混ぜて作られた生地で覆って焼き上げるのである。
今回杠葉が作ったクラフティにブラックチェリーを使用した。
リムーザン地方では、ブラックチェリー以外の果物を使った場合にフロニャルドと区別する呼び方をする為、彼女もそれに倣ったのだ。
もの凄く簡単に言えば、果物入りのカスタードプディングのような菓子である。
「俺は桜桃のタルトで」
「私は苺の、フロニャルド? で!」
「かしこまりました」
実はCafe・chlorisの二階部分は杠葉の自宅となっている。
この店は見つけにくいとよく言われるのに対し、とても大きな店構えをしていた。
故に彼女の居住スペースである二階は沢山の部屋があり、トイレやバスルームも完備されている。
そこへと直接上がれるようには防犯上なっておらず、彼女の意識の高さも伺えた。
昨日は夕方から丑三つ時過ぎまで酒盛りをして、仮眠を取ると早朝の仕込み、そして朝の八時からの開店に間に合うように掃除をして、尚且つ上で寝ている優一郎と凧の世話もしていたのだ。
多忙を極めた彼女は生地を作っている途中だったのだが、今日は朝から顔見知りや親しい人が訪れ、中々準備が進まずにいた。
「申し訳ないのですが、多少お時間頂けますか?」
「大丈夫です。此処でゆっくりと夕食を食べさせて貰うつもりなので」
「助かります、すぐにお作り致しますね」
急ぎ足でキッチンへと入って行く杠葉を見ていた凧は二日酔いで重たい身体を動かした。
彼女に続いて入って行くと、エプロンを借りて手指を消毒し、皿出しや食材の為に使うスパイスや器具を手渡していく。
阿吽の呼吸と言うべき二人のコンビネーションはまるでショーを見ているかのように錯覚させた。
「お待たせ致しました」
胃を刺激する美味しそうな香りが鼻腔をくすぐった。