12:まるで恋人のような、家族のような関係性
昨日、自分達がchlorisを訪れた時、何故かCLOSEの札が掛かっていた。
今までに何度も通っているがこんなことは初めてである。
カフェの中には大きめのカレンダーが掛けてあり、そこにマルバツで営業日と休業日が記されていたのだ。
また、営業時間もそこにメモ書きがされている。
しっかりと確認してきたのに、昨日は唐突に休みになっていたのだ。
「杠葉さん、どうしたのかな?」
「体調でも崩したか、身内に不幸かもしれないな」
「大丈夫かなぁ」
今日は開いているだろうか。
淡い期待を持って再び訪ねると、明かりが付けられており、中では杠葉がある男性と話しているのが見える。
前に居た遠山宏介でもなく、全く今までに見たことの無い人だ。
キッチンに彼女の許可なく入って行っているのを踏まえると、かなり親しげな関係なのだろう。
「あの人、誰かな」
「恋人でしょ! 美男美女じゃない!」
「勝手に決めつけるな阿呆」
桃花は瞳をきらきらと輝かせ、杠葉と男性を羨ましそうに見詰める。
やはり年頃の女性であるからかそういう話題には敏感らしい。
逆に政春と瞬は不満げな表情をしていた。
言っては悪いが、chlorisにはあまり客が入っている様子が見受けられなかった。
それ故、この場所を知って、ここまで通っているのは自分達の特権のように思っていたのだ。
この二人の雰囲気の中で店の中に突入する勇気も出ず、三人は諦めて家へと帰って行った。
「ゆず、そう言えばな、あいつが今日ここに来る言ってたで」
「え、そうなんですか? ……なら、三人で久し振りに酒盛りでも致しましょう」
「ええやん、手伝うわ」
一方、これは店内での会話である。
政春達が二日連続で入店することが出来ずに悲しんでいるとは知らず、凧と杠葉は仲良く談笑していた。
あいつ、と呼ばれたもう一人が此処を訪れるのを楽しみにしているのか、彼女は鼻歌を歌いながら珈琲を入れている。
凧はその後ろ姿を優しい瞳で見詰めていた。
それから二時間後。
二人は食材の調達をして、キッチンで各々料理を作っていた。
食欲のそそられる匂いが部屋の中に充満する。
すると、からんころんと木のベルが鳴り誰かが入って来た。
先程玄関の扉の鍵は掛けてあった為、合鍵を渡している誰かだと推測される。
そしてその姿を確認した時、杠葉も凧も嬉しそうに破顔した。
「ゆず、会いたかった」
「えぇ私も。会いたかった、優」
「自分だけ除け者やん、交ぜてや」
"優"と呼ばれたその男性、本名を速水 優一郎と言う。
杠葉の姿を見つけるや否や優しく、しかし力強く抱きしめた。
その様子を見ていた凧は羨ましそうに、彼女を後ろから抱きしめる。
サンドウィッチのように挟まれた杠葉は楽しそうに声を上げて笑った。
その後二人の作った食事に、優一郎が持って来たワインや日本酒などの多種多様な酒類が机に並び、三人は酒盛りを始めた。
彼女達は皆酒豪で、全く酔う様子は見受けられない。
「本当に、ゆずは俺と一緒に来るべきだったと思うんだけどなぁ」
「ふふ、それはそれで楽しそうですね」
「ゆずやったら自分の助手もいけるで? 今から看護師資格でも取りや」
「……それもいいかもしれません。でも、今はあの二人との約束を果たしたいんです」
「そうか、なら好きにやればいい」
「自分らはずっとゆずと一緒に居る。心配することなんてあらへんで」
「ええ、頼もしいわ。ありがとう」
時々抜ける敬語に二人は面白そうに笑う。
ずっと昔はそんな話し方ではなかったのに、という少しの寂しさはあるが、自分達だけが知っていることだと思うと優越感が勝った。
本当に杠葉が心の底からの笑顔を見せるのも、心を許して会話をするのもこの二人だけであった。
ずっとずっと、幼い頃から一緒に居た。
三人共、誰もが何かしらの悩みや問題を持っていて、そしてそれを三人で乗り越えてきた。
それを思い出して、杠葉は目を細め、日本酒の入ったお猪口を呷った。