序章
皆、幸せになるんだぞ
何十人もの親族が見守る中、ベッドの上で九重鉄山は九十九歳の生涯を終えようとしていた。
年甲斐もなく胸上で泣きじゃくる六十過ぎの息子の頭をなでながら、鉄山は自らの歴史を振り返っていた。
若いころに立ち上げた会社は今では世界有数の大企業へと成長し、優秀な息子孫たちのおかげでいまだに衰えしらずの勢いを誇っている。
徐々に遠くなる病室の喧騒とは対照に、落ちていく命の音をはっきりと感じる。走馬灯というやつだな。
思い返せば返すほど俺の人生は成功していた。野心に満ち、成り上がることを好んだ。そこら辺のやつに成功者の定義を問えば俺は八割は合致するだろうな。
誰よりも金を稼いだ。
誰よりも金を使った。
酒も女も土地も車も船も航空機も名声も称賛も権力も。
すべてを思い通りにしてきた。
元の皇帝には及ぶまいが子孫も多く残した。
考えうるすべての贅沢を実践し、それらを貪欲に吸収する。
血肉となり昇華され研ぎ澄まされた経験は、より高みへと至るための翼となった。
これ以上の快楽がこの世に存在するのだろうか。
天は彼にすべての才能を与えた。鉄山はそのすべてを十二分に発揮し、平民から大富豪へと上り詰めた。とりわけ謀才に秀で、いくつもの敵対企業や勢力を破滅に追いやってきた。
いやぁ、満足した。本当に楽で優雅に過ごすことができた。一片の悔いも無い。このまま極楽浄土へとたびだつのも・・・うん?
鉄山は一つの疑問を持った。
確かに彼は成功を収めたのだろう。誰もがうらやむサクセスストーリーだ。
但しそれはこの時代に限定される価値観に過ぎない。
仮に千年前の幸せの定義とは何であろうか。貴族として毎日蹴鞠を嗜み、風流を五七五七七にまとめたりしながら優雅に暮らすこと?知らない幸せだ。
二千年前では育てた稲が豊作となり家族が腹いっぱい飯をくえること?それも体験してないから知らんな。
もっと前では狩猟が成功し、愛する妻や子供たちと抱擁すること?それも幸せの在り方だろうか。
地球は日月に進歩を繰り返し、人々は豊かになるとともに世界は多様複雑化を深める。
鉄山は悟ってしまった。
完璧な自分の足跡は歴史というスパンで考えると紙のような厚さしかないことを。
数多の歴史の中で紡がれてきた幸せの定義を1パーセントも達成することができなかった現実を。
彼は強欲であった。元来安定を好まなかったが、時代に適応するために内に秘めた暴性を死の淵まで封印してきてしまったのだ。
平和すぎる世の中で覇権をとっても何が楽しい!俺に最もふさわしい場所で最高の幸せを掴まねば。しかし時間が足りない。いったいどうすれば・・・誰か助けてくれ!
命の灯は消えかけの蝋燭のように激しく燃え上がり、晩年に鈍った脳みそを総動員する。しかし寿命という絶対的なルールには天才といえども為す術はない。
最も驚いたのは家族のほうである。
先ほどまでは安らかに最期を迎えようとしていた老人が突然体を震わせ、金魚のように口をパクパクさせながら、暴れだしたのだ。
悲鳴を上げるもの、老人の名を叫ぶもの、医者を呼びに行くものなど一気に状況はカオスになった。
もう何秒も残されていない最後の時に。
ゆっくりと天に手を伸ばしながら神に祈ったのだ。
わが才を発揮させ給へ、真の幸せをこの手に。。。
事切れた老人はわずかに微笑んでいた。




