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死にたがりと生きたがり  作者: 萌氏
二章
9/9

慙愧

刀を持って母屋の奥へ行くと、そこには十時がお茶菓子をほおばって待っていた。

「ほんっと甘いもの好きね。」

「饅頭屋の子だから。」

十時はほんのり笑って、茶をすすった。しかし、その眼だけは油断なく紅里の手元を見ている。

「刀か・・・そういうのは土屋の方が得意だろ?何で俺?」

「しょっぱなから土屋さんじゃ、澪里ちゃんがビビっちゃうよ。」

紅里がそう耳打ちして、刀を渡した。受けとった十時は、驚いて刀を握ったままそれを上げ下げした。

「なんか・・・軽くねえか?」

十時も、刀の(つか)に手をかけて抜こうとしたがやはり抜けない。

「なあ紅里、あれ持ってきてんだろ。」

十時が差し出した手に、紅里はラベルの無い無個性な小瓶と、霧吹きの上部分だけのものを渡した。

小瓶の中身は少し白く濁った半透明の液体で、十時はその小瓶のふたを開け、霧吹きと合わせた。時計回りに回すとぴったりと合って、一つの物になった。


それをそっと、刀にふりかけた。


霧と化した半透明の液体は、しかし決して空中にとどまることはなかった。まるで、吸い込まれるように刀の方へと消えていく。

「澪里、やってみるか?」

十時が、何故か湿っていない刀を澪里に差し出した。

「どうやるの?」

「刀に触れるか触れないかくらいの距離で手をかざすんだ。そのまま、壁をじっと見ろ。刀から入ってくる映像を、そのまま壁に移すイメージを持って。」

澪里は、言われたとおりに手をかざした。

沢山の情報が、澪里の頭の中に流れた。

一人の刀鍛冶によって打たれた刀。初めは、国を憂う幾人もの男たちの中に放られた。時代の奔流に流され、人を斬った男もいたし、逆に斬られていった男もいた。

この刀の持ち主は、臆病だった。

臆病者は、攻めない。故に死なない。しかし、時流に乗るにはそれでは許されないのだ。男も、人を斬った。しかも、女を。


真剣を初めて抜いたときの、恐怖にも似た感情が澪里に流れてきた。


廊下の奥から、訳も分からず逃げてきた商売女を恐怖のあまり斬った。無抵抗の、小柄な若い女だった。味方は、逆徒に身を売るような女は、死んで正解と言った。

男は理解した。しようとしていた。

しかし、最後の女の断末魔が頭から離れない。


何が、逆徒だ。


逆徒とは、主君に背いて謀反を起こす者たちの事だ。彼らがいつ主君に背いた?主君の為、主家の為、彼らは生きていた。例えそうではなくとも、主君を裏切るような真似はしていない。

逆徒とは、彼らにとっての敵を指す、実に都合のいい言葉であった。

男は、死んだ。

間違いを示したからだ。臆病者の癖に逆徒の意味を説き、このままではいけないと言った。無駄に学のあるのが災いした。余計なことを言って、首領格の男にあっさりと斬り捨てられた。


ふっと頭が現実へと戻ってきたと思ったら、刀を取り落としていた。ガシャンと音を立てた刀を十時が拾う。

「お、重くなったな。」

「思い出したんでしょ、何で自分が怒ってるのか。」

「どういうこと?」

頭に流れてきた鮮明な映像を振り払うように、少し大きな声で澪里が訊ねた。

「抜けない理由(わけ)は、多分、男じゃなくて刀自身よ。」

「刀が悪いの?」

「悪いっつーか、怒ってる。」

「何で?」

澪里がそう聞くと、二人は困ったように顔を見合わせた。十時が、言う。

「知るかよ。それを今から調べんだ。」

紅里、と十時が呼ばわった。

(しきみ)!」

「はい。」

少し弾んでいる紅里の声で現れたのは、澪里にも見覚えのある女だった。

真っ白な瞳に、黒い絹のような長い髪。女神のようないでたちとは不釣り合いに、眉が勝気に吊り上がっている。十二単(じゅうにひとえ)を着ている割には、すいすいと十時に近寄って行った。

「十時様、またお会いできて光栄です。あの時のことを、覚えておいででしょうか?」

「・・・おい紅里。なんでこいつなんだ。」

「憑依は樒の得意分野よ。」

紅里がふふんと笑うと、十時の顔は一層曇る。だが、渋面の十時を意にも介さず、樒は話し続ける。

(わたくし)は覚えております。あの時のお言葉、私を抱く、優しい手、それから・・・」

「あああああああ!わあーった、わあーった。いいから早くやってくれ!」

始めて見た時とはだいぶ違う雰囲気に、澪里は驚いた。何より、あの十時が慌てているのが可笑しい。

「樒と十時は、ちょっと前に仕事で、遊女の亡霊を成仏させに行ったことがあってね。その時に色々あったみたいだけど、樒の言ってることは八割うそだから。」

紅里にそう耳打ちされて、澪里もふふっと笑う。

「樒、そろそろいい?」

「はい。十時様、お刀を失礼いたします。」

主らしく紅里が言うと、樒も大人しく従った。刀を十時から受け取ると、まるで献上でもするかのようなうやうやしさで、紅里へと差し出した。

紅里が持った刀に、樒が何か、印を切るような仕草をすると、一礼して刀へと文字どうり飛び込んだ。紅里に体当たりするかに見えたその体は、寸での所で大きさを変え、小さな靄のようになって刀に吸われていった。

「樒さんは、どうなったの?」

「憑依したのさ、刀に。」

憑依?と澪里が不思議そうに訊ねた。

「まあ、簡単に言えば刀の中に入って、中にある念と話をするの。」

紅里がそう言うと、刀を床に置いた。

少しばかり経つと、樒が刀からするりと出てきた。刀と紅里にそれぞれ一礼し、三人の前に刀を挟んで着席した。

「中にある念は二つでございました。一つは斬られた女、もう一つはそれによって形成された、刀自身の心の様でございます。奥様、」

樒が春乃に向き直った。

「泣き声は(おのこ)の物ではございませぬか?」

「はい。」

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