七十センチ
「おはよう、澪里ちゃん。」
紅里が、やってきた。
「あ!紅里ちゃん!おはよう。」
紅里は、澪里のベッドの隣に腰かけた。
「体・・・平気なの?」
「あ、うん。本当は何ともないの。出るのがめんどくさいだけで・・・」
暖かい春の風が吹き込んできた。ふわりと、体を包むような暖かさに、窓の外の猫がニヤァと鳴いていた。
「依頼が来たの。」
紅里が唐突に呟いた。
「それで、澪里のちゃんの初仕事にはちょうどいいかなって。」
「紅里。」
澪里が呼んで紅里は、はっと気づいた。下を、見ていた。澪里は随分大人びた表情で、紅里に微笑んだ。
「澪里でいいよ。呼び捨てで。」
「・・・・うん。」
「それで、お仕事って?」
「あ、詳しい事は道すがら話すから、支度してもらってもいいかな?」
「うん。」
「じゃあ、外にいるから。」
澪里は、紅里を見送って、滅多に開かない箪笥を引いた。上には下着が入っていて、ちょうど手の位置になる二段目から下は着もしないのに母親が買ってくれた服が、ぎっしり詰まっている。澪里は、上の方にある服をパッと取った。
「依頼主は大塚祐一さん。亡くなった父親の、家の蔵から妙なものが出てきたから引き取って欲しいそうよ。」
澪里はこくこくと頷いた。
暑い。
長く部屋に居たため、少し歩くだけで息が上がる。澪里には、心地よい春の日差しも、毒に思えてならなかった。
(わたしも、あの猫みたいに、お日様の下で寝っ転がりたいし。走りたい。)
大塚家は、ここら一帯の土地の約半数を所有する地主である。余談だが、妖関連の〝ブツ〟がこのような場所から多く出るのは、やはり、歴史のある家だからこそであろう。念というものは、時間と想いが無くては生まれない。昔からの地主。といった所に多く出るのは、それなりの時代を〝ソレ〟が通ってきたからなのだ。
「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ、奥の方に。」
春乃。という老婦人が玄関で出迎えた。
「先に蔵を見ても?」
「わかりました。」
春乃は下駄を履いて、玄関から庭に出た。さすがに庭も随分な広さであったが、蔵にはすぐ着いた。
澪里が入るのを躊躇した。臭い。カビの生えた、籠った匂いが充満している。
しかし、紅里は気にもしない。仕事柄慣れているのであろう。
「これね・・・」
しばらく辺りを見た紅里が、埃をかぶった桐の箱を指で撫でた。箱から鞘に収まった日本刀をとりだす。
鞘は蝋色。柄も似通った色でできている。紅里は慣れた手つきで刀の目釘を調べた。
この女の、癖である。
「二尺三寸。無銘ですが、幕末の志士が使ったとこの家に伝わっております。」
「幕末の志士・・・・ね。」
紅里は意味ありげに笑った。
柄に手をかけて、ぐっと力を込めて抜いた。否、抜こうとしたのだが抜けない。
「それでございます。」
と、老婦人が言った。
「その刀が、夜な夜な泣くのです。」
二尺三寸・・・約七十センチ