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叛抗姫の人形  作者: 聖 聖冬
9/41

ブラッディクロノス

政府の頃にイギリスが使っていた地下水道で、テロリストたちによる、白兵戦が続けられていた。


陽の光の届かない真っ暗な地下水道で、銃から発せられるマズルフラッシュが、前方で多数煌めく。


目の前に展開されたディストーションで弾丸を受け止めて、記憶した場所に弾丸を御礼に返す。


空になったマガジンをコンクリートに落とすと、カツーンと地下水道内に反響する。


エコーロケーションで地下水道の構図を把握して、ついでにテロリストの位置も掴む。


「旧式の時限爆弾です」


直ぐにディストーションを展開して、爆発の餌食になるのを回避する。


暗視プログラムを起動している為、暗い場所でも真昼の様に明るく見える。


爆発した地点を見ると、コンクリートか粉々に砕け散っていて、少し前の自分の足の様だ。


再び地下水道の最深部目指して歩き出すと、ユージーンから通信が入る。


「調子はどうだ?」


「いつも通り」


「いつも通り良いって事か。これ終わったら甘い物しこたま奢ってやる」


「お金無いのに無理するな。俺は腐る程あるから大丈夫」


黙ってしまったユージーンを放っておいて、ELIZAがずっと気にしている、目的地である最深部を目指す。


前方から機械音がして、小さな戦闘用無人格闘機が来る。


遠隔操作で、パイロットの操縦通りに動くこれは、ある科学者が作り出して、誰彼構わず売り捌いている。


その為内戦や紛争では、必須の戦争兵器となっており、進化と共に小型化もされている。


小型化になるほど反応が良くなり、よりパイロットの動きを、完璧に実現する。


格闘機のサーチライトに照らされて、姿を補足される。


格闘機が手に持っている小銃の弾丸を無効化して、互いに距離を急速に縮める。


直接的な物理攻撃では効果を発揮しないディストーションは、近接戦闘ではあまり使い物にならない。


この場合勝敗を決するのは、少しでもポテンシャルが高い方が、この勝負を制する。


血の巡っていない冷たい腕を避けて、ナイフで関節部を撥ね飛ばす。


「ミサイルが肩から三発来ます」


三つの火薬が点火して、高速で弾頭を積んだミサイルが迫る。


コルトガバメントとベレッタで全て迎撃して、ミサイルが爆発する前に、ディストーションで爆風と破片を対処する。


爆発したミサイルから煙幕が展開して、視界が奪われる。


サーモグラフィに切り替えるが、完璧にカモフラージュされている機体を、見つけ出すことが出来ない。


次にエコーロケーションに切り替えて、牽制も兼ねて弾丸を放つ。


機体を捉えた瞬間、髪の毛を何かが掠めて、カチューシャが壊れる。


割れたカチューシャが先に落ちて、遅れて髪が数本地面に落ちる。


コンカッショングレネードのピンを抜いて、格闘機の目の前に投げる。


距離を置いてディストーションを張って、飛び散った鉄片を全て防ぐ。


衝撃と破片でボコボコになった格闘機は、燃料を漏らしながらもまだ動く。


「頑丈ですね。Uranos Bless You」


コルトガバメントの弾丸を、格闘機の機関部に叩き込む。


機能停止した格闘機は、たったひとりで地下水道の道を守る。


その隣を通り抜けて、最深部のドアに辿り着く。


「ユージーン。最深部に着いた。これから突入するけど」


「気を付けてくれよ、相手は汚い手を使う奴等だからな」


「分かってる」


「よし、突入」


ドアを素早く開けて、部屋の中に向けて銃を構える。


中を見渡して、テロリストの影を探る。


五つの影が一斉に動くと、布の中から出てきた機関銃を、こちらに向けて構える。


「ディストーション」


「あの数は持ちません」


「なら突っ込む」


「一応ディストーションで防ぎはします」


五つもの機関銃から放たれる鉄の雨は、あっという間に、ディストーションを鉄の壁に変える。


「これ以上持ちません。撤退を……」


「降り頻る弾丸を受け止めたまま、全員殺し尽くすだけ」


崩壊したディストーションから解放された弾丸が、新しくやってくる弾丸に弾かれて、再び息を吹き返したように襲い掛かる。


鉄の壁を切り裂いて、両手の銃で五人の頭を撃ち抜く。


「五人の生命反応停止しました」


「刺し違えれただけでも充分。ユージーン。助けるも雷撃処分も、好きにして」


「助けるに決まってるだろ。ASCは起動してないな?」


「俺のASCは起動しない。dummy programだから」


違う意味で血塗れになった俺は、穴だらけの動かない体で、冷たい天井を仰ぐ。


寒いな。こんな時でも思い浮かぶのは、何故か知らない人の顔。


優しさに溢れた笑顔で、とても不器用な人だった気がする。


それは前世とやらの記憶かもしれないし、ただウラノスクイーンに植えられた記憶かもしれない。


紛い物であっても、幻であってもその人はいつも優しく微笑んでくれる。


今の自分には、それだけで胸の中の何かが、きゅっと締め付けられる。


「死にたくないなー」


「死なせないって言ってるだろ! しっかりしろよ、お前は唯でさえ命に執着が無いんだから。生きたいと思っとけ」


「ユージーン……五月蝿い」


「礼を言ってくれるのかと思ったじゃねーか」


髪が長いままなのを思い出して、少し焦る。


「ユージーン。やっぱり助けはユージーンだけで良い」


「他のエージェントとの通信もあるんだけどな。よし、分かった。ウラノスクイーンに許可もらってくるよ」


「許可なんて要らない、娘の瀕死なら、ウラノスクイーンも許してくれる」


「ウラノスクイーンってまだ子どもだろ? お前みたいな子ども居たら見た目詐欺だろ」


「そう。見た目詐欺」


「マジかよ。取り敢えず今から行くから待ってろよ」


地下の汚れた水に浸る髪を見て、臭いが付くのと汚れるのを気にしている自分は、まだまだ生命的に余裕なのだろうか。


ずっと鳴り響いる警告音は、ELIZAと同じく凄く五月蝿い。


今はその五月蝿い音のお陰で、慣れるまで当分眠れそうにない。


両手の上に乗っている銃が、いつもより重たく感じる。


視界を横切っては消えて、反対の視界から出てくるELIZAを数えて、ユージーンが来るまでの暇を潰す。


三十分でELIZAを八万数えると、足音が聞こえてくる。


「M029! 生きてるか?」


通信でいつも聞こえてくる声がして、ELIZAが視界の真ん中で止まる。


「来ましたよ! やりましたね、出血量が半端ないですが」


「大きな声を出すな。傷に響く」


文字を表示して言いたい事を伝え始めたELIZAは、表情だけを変えて伝える。


最深部に辿り着いたユージーンは、俺を見るなり慌てて地下水道から連れ出す。


髪が長い事や、晒が外れて胸がある事には触れずに、ユージーンは地上に上がる。


「正直なんて言えば良いか分かんねーけど。無事で良かったよ」


「性別を偽ってた事、怒ってる」


「別に怒ってはねーけど。驚いただけだよ、前から男っぽくない顔してるなとは思ってたけど」


「ついでに言うと身長もこんなに高くない。声もprogramで変えてるし」


「驚きだらけの一日だな。取り敢えず本部の治療室に」


ユージーンにひとつのビルのデータを送る。


それを見たユージーンは、諦めた様にそこに向かい始める。


「確かに。ウラノスクイーンすら知らない事を知っちまったんだ、MI6にお前を連れて行きにくいな」


「体を戻すから。小さい方が運びやすい」


ELIZAにprogramを解除させて、架空物質である足と腕を縮める。


ぶかぶかになった服が不快で、今すぐ全て脱ぎ捨ててしまいたい。


「凄いな今の技術は。身長まで大きく見せれるのか」


「見せるんじゃなくて伸ばす。実体化する」


無人タクシーに乗ったユージーンは、送られた目的地をデバイスに送信して、シートに座らせてくれる。


これから向かう医者は、家の引き出しで見つけたデバイスから見つけたもので、自分には全く覚えが無い。


前の住人が置いていったものなのかもしれないし、唯忘れているだけなのか、それ程問題でも無いので、あまり気にはしていない。


「何だよ、お前女だったのかー」


「改まって何」


だらしなく背もたれに全体重を預けて、ユージーンが口を開けて上を向く。


「こんなに可愛い子だったなら、もう少し強引に食事に連れてってりゃ良かったなーって」


「気持ち悪い。男臭い男に興味無い」


「なら同性が好きなのか? 今の時代全然問題無いもんなー」


「同性もいけるけど、美形なら辛うじて男の人でもいける」


恋愛感情は愚か、愛情すら貰ったことがない。


愛なんて何か分からないし、それが何なのかも知らないし、今の技術を持ってしても目に見えない。


どれだけ解析しようとしても表示されず、どれだけの量を受け渡したのかも分からない。


正直人を好きになんてなれるのだろうか。


昔は愛なんて無くても良いと言う人が居たと聞くが、今の時代はそれが見直されて、既婚者の数が急激に減っている。


そんな報道を以前見かけたが、正直言って死ぬ程どうでも良い。


勝手にしてくれ。


テロに参加する男が急増して、女との人口が殆ど同じになってきている。


愛なんて無くても本能でしてしまえば、このヒト科と言う種族は滅ばずに済む。


多少妥協しなければ、人なんてものは幸せになれない。


幸と感じる事すら幸福の絶頂であり、普通が幸せなのだと気付かない人が多過ぎる。


発展し過ぎた人類は、我慢する事を忘れてしまったみたいだ。


タクシーが突然停止すると、前方の大きな橋が爆発する。


「最近はテロが多いですね」


「M029。あれはMI6でも、五本指のひとりが率いる隊じゃないか?」


最新鋭機ikarugaから飛び出て来た男の顔を、認識出来るまで拡大して、画像を解析する。


「確かにあれはライオネルです。テロ鎮圧成績万年二位の」


「うちの姫様は辛辣だ事。ランキング圏外のくせに」


「俺は個人成績一位だけど。隊じゃないから圏外なのは当たり前」


「はいはい。メンバーが全員辞めて行ったって素直に言えよ」


「ブラックスターの話はするな」


自分が継ぐ前のブラックスターは、ふたりのエースエージェントが所属していて、他を寄せ付けない程独走していた、MI6の象徴的存在だった。


だが、そのふたりもあるテロに巻き込まれて、同じ日に死去した。


甚大な被害を被ったMI6は、その後傾きかけてはいたが、新たに頭角を表したふたり人のエージェントと、元の三人の努力もあり、再び権威を取り戻した。


今やブラックスターに所属するのは自分ひとりで、隊とすら認められていない。


規定人数はふたりだが、あとひとりが全く現れない。


少し前まで居た四人は、付いて行けないやら、俺が気に食わないやらで全員辞めて行った。


その時もウラノスクイーンに呼び出されたが、特に怒られることも無く、引き続きその時遂行していた任務を、続けるように言われただけだった。


「ライオネルは何してる、遅過ぎる。こっちは死にかけなんだけど」


「我が儘言うなって姫様。橋が落ちたんじゃどうしようもないだろ」


ELIZAがじっとASCの生命維持のモニタを眺めていて、血液量や血圧を細かく記録している。


なかなか銃撃音が鳴り止まず、膠着状態が続いている様だ。


「ELIZA。ディストーションに自動修復とかない」


「そんな夢の機能ありません」


「あんな連中に任せてたら終わらない。俺も行ってくる」


ドアを開けて車から出ようとすると、ユージーンに腕を掴まれる。


「駄目に決まってるだろ! お前馬鹿だろ」


「学校行ってないから勉強は出来ない。けど馬鹿ではないと思う」


「その傷でどうするんだよ。お前の特殊武装も使えねーし」


「ライオネルの隊長の特殊武装はなに」


車のドアを閉めて、シートに座り直してデータを目の前に表示する。


「ライオネルの隊長。コードネームK61の特殊武装は、敵の攻撃行動の予測」


「なんだ、役に立たない。歩いて行った方が早い。ASCが相手に埋まってなければ意味を成さない」


車から出て道路を歩く。


遅れて車から出て来たユージーンは、頭を抱えて付いて来る。


「本当に気が短いな。K61は実績もそこそこあるだろ」


「離れたら危ない。K61は確実だけど時間が掛かる。予想出来るから攻撃はあまり当たらないけど、それ程戦闘力がある訳でもない」


「あーあー。見た目だけだな綺麗なのは。心の中はトゲト……」


「ならその針に刺されないように気を付けて。言葉遣いも行動も」


ユージーンのよく喋る口に銃口を突っ込んで、最大限の冷たい目と声で脅す。


何度も頷くユージーンはぱったりと喋らなくなって、見違える様に大人しく付いて来る。


「やっとディストーションが復帰しましたよ! 展開出来る量は少なくなってますが」


酷使し過ぎてオーバーヒートを起こしていたディストーションが、半分の機能を取り戻して、ELIZAが情報を次々と表示する。


今の所、血圧も全て安定していて、問題なのはぶかぶかのスーツだけだった。


袖を捲らなければ手が出なくて、ズボンに関してはベルトが役に立たない。


「ユージーン。上を貸して、こっちを見ずに」


上着を腰に巻いてズボンを脱いで、思わぬ方向に飛んできた、ユージーンの上着を拾って羽織る。


血に濡れてかなり動作が悪くなったコルトガバメントを持って、テロリストとライオネルが、絶賛交戦している地点に向かう。


血が固まってギチギチと動くコルトガバメントを、無理やりリロードする。


目を開いて後ろに立ったユージーンに、もう一丁のベレッタを渡す。


「うぇぇ。俺は戦闘員じゃないんだけど」


「自分の命くらい自分で守って。極力俺が片付けるけど」


目の前の銃撃戦が繰り広げられている橋の上から、流れ弾が顔の横を通過する。


ユージーンは言葉を失って、震える足で必死に後を付いて来る。


構わずにライオネルの隠れている車の後ろに行くと、テロリストと間違えられたのだろうか、ひとりのエージェントに撃たれる。


弾丸をディストーションで受け止めて、発砲したエージェントの顔を蹴る。


「下手だな。弾の当て方も知らないのか」


「隊長女のテロリストが……」


蹴られたエージェントは、K61に俺が来たことを伝えようとする。


「隊長を相手にバラすな。新人でもそんなヘマをする馬鹿は珍しい。是非隊長の顔を見たい」


もう一発転がっているエージェントの顔面に蹴りを入れる。


動かなくなったエージェントを放っておいて、K61の隣に立つ。


「見た所ボロボロのエージェントだが、助けてほしいのか? 残念だが今は忙しいんでな」


「部下の教育は徹底するように。私はブラッディ。エージェントのユージーンを護衛してる、ここを通るだけだから構わないで」


「勇ましい女エージェントだな。見た所ひとりだけだが、お仲間は全員死んじまったか?」


嘲笑混じりの嫌味をスルーして、通り過ぎざまに、K61の背中に弾丸を一発発砲する。


当然それを読んでいたK61は、弾丸を回避する。


回避した弾丸はテロリストの右目を撃ち抜いて、ユージーンを狙っていた銃口を潰す。


「お見事だな。ブラッディってエージェント、覚えておくぜ」


「勝手にして。私を見つけられたら良いわね」


戦場を抜けると、爆発の際橋が落ちて、通れなくなっていた。


腰が抜けたユージーンは、道路に座り込んでしまって、暫くの間は歩いてくれそうにない。


仕方無くその前に腰を下ろして、胡座をかく。


「はぁ。女のフリをするのって本当疲れる」


「お前女だろ。フリじゃなくて女なんだよ。女らしさは全くないけどな、ははは……ははっ……」


ユージーンに弾丸を二発撃って、ディストーションで寸止めして黙らせる。


ウラノスクイーンとの会話でイライラしていた為、ユージーンの奢りでスイーツを食べに行かなかった所為で、糖分不足でもの凄くイライラする。


膝に肘を着いて、手を顎に添えて顔を支える。


「まあまあ、そんなにイライラすんなって。生理か……やめろやめろ、もう弾入ってねーから」


再びディストーションで弾丸を寸止めして、弾の無くなったコルトガバメントの引き金を、執拗に引きまくる。


ギチギチいうコルトガバメントを、再びリロードする。


これ以上付き合ってられない為、立ち上がって橋の向こう側までの距離を測る。


約二十メートル。表示された曖昧な距離を見て、少しだけイラッとする。


「三回の跳躍で充分。ユージーンは」


「7回は欲しいわ!」


「なら此処で死ぬ。とても残念」


「見捨てるなよ!」


ユージーンを無理やり飛ばせて、ディストーションで向こうの橋まで押す。


道路に転がったユージーンは、こちらに両手を振って、大丈夫を体で表現する。


少し助走をつけて跳躍して、丁度三回でユージーンの上に着地する。


「悪気は無かった、悪気は」


「悪気は無かったけど悪意はあったんだな。本当に可愛くねーな。お、パンツ見えて……」


ユージーンの目を踏み付けて、執拗に踏み躙る。


見られるだけはそれ程困らないが、言われるとなると快く無い。


ユージーンの言う通り生理真っ只中で、一歩歩くごとにイライラが溜まって、腰痛と頭痛で余計イライラする。


イライラが止まらなくて、今直ぐに誰でも良いからぶん殴りたい。


腰をへし折って、腰痛を黙らせてやりたい。


自分で頭を撃ち抜いて、頭痛を黙らせてやりたい。


子宮を取り除いて、生理から解放されたい。


ケーキを暴食してストレスから解放され後、思い切り猫と戯れて癒されてから風呂に入って、ふかふか過ぎるくらいふかふかのベッドで、二秒で眠りたい。


引かれる程寝て、引かれる程働いて、同じ様に眠りまでの工程を繰り返したい。


「もう引かれる程働いてる。ドン引きされる程お金貯まってる。そうだ……猫を飼おう、それも十匹くらい。一匹は懐いてくれそう」


ユージーンの顔の上から足を退けて、病院まで歩き始める。


今日の下着の色なんて覚えていないし、あまり買った記憶も無い。


スーツの袖の結び目辺りを少しずらして、色を確認する。


「下着の色なら黒ですよ」


ELIZAがドアップで視界に入って来て、大きな声で今見た事を言いやがった。


ユージーンの持っているデバイスで、目の中のELIZAを、遠隔操作で追い出す。


特別仕様のELIZAは、唯のアシスタントではなく、自我を持ち始めた、面倒な子どもみたいになってきた。


「うお、なんか来た!」


ASCの操作は殆どELIZAに任せている為、自分で追い出すことは難しい。


他のデバイスを経由して追い出すことは可能だが、これをするとASCの操作を全て自分でしなければならない。


学校に行っていない俺は、殆ど字を読むことが出来ない。


歩いていると色々な店の情報が表示されるが、全く理解が出来ない。


その表示される情報を押さえ込むのがELIZAで、追い出した今、フィルタの役目を負っていた番人が居ない。


「この設定邪魔。どうやって押さえ込むんだ、店を壊せば」


「駄目に決まってるだろ。お前の御主人は馬鹿だなELIZAちゃん」


早くも打ち解けやがったユージーンは、より快適なデータ処理を行っているだろう。


死ねば良い。ELIZA共々木っ端微塵になってしまえ。


少し歩いていると、前から制服を着た学生が、五人のグループで、テロ現場の方に走って来る。


五人は私の前で立ち止まると、身形を見てから少し考えた後、閃いたように言う。


「ボロボロだけどエージェントの人ね!」


先頭の天然バカみたいな少女が言って、無垢な笑顔を向ける。


「エージェントだけど、この先は橋が落ちてるから行けない。勝手に行って死ぬのは構わないけど」


相手にする暇など無く、更にこの子のプロフィール情報ですら表示される為、余計に余裕が無い。


エージェントの通常装備であるこれは、プロフィールなどどうでも良いこちら側としては、無駄な機能でしかない。


「すごーい! 女のエージェントだって格好いい!」


学生らしいはしゃぎっぷりに、ほぼ同年齢の私は付いていけない。


「写真は駄目、勿論動画も……」


「すごーい、本物の銃だ!」


「本当に? 見せて見せて」


手に持っていたコルトガバメントを取られて、少女たちはそれを眺めたり、構えて撃つ真似をしたりして楽しんでいる。


「こらこらお嬢さんたち、これは玩具じゃないんだから」


「私ね、エージェントになるのが夢なの!」


金髪の天然少女(多分)に手を掴まれて、興味も無い他人の夢を聞かされる。


今の時代にエージェントになるなんて、本当に珍しい。


確かに給料は悪くないが、その代わりにいつ死んでも文句は言えない。


誰を責めたとしても、もう戻ってこれない世界。


そんな世界に飛び込みたがるのは、異常な程愛国心を持った者か、テロリストに恨みを持っている者か。


それか行き場の無い者や、職の無い者がやる仕事だ。


「馬鹿はエージェントを出来ない」


「お前も充分馬鹿だろ」


ユージーンの鳩尾に突きを入れて、よく喋る馬鹿を黙らせる。


ユージーンと体が触れた一瞬の隙に、ELIZAがこちらに戻って来る。


「それでも私はエージェントになるわ! それが夢だもの」


「そう。勝手にすれば。本当にエージェントになれたら、私の隊に入れてあげる」


「えー。私はヘリオライトに入るつもりだから」


「何で知ってるのかは追求しないけど。成績一位の隊に入るには、それなりの戦闘力を備えてないとね」


漸くゴタゴタした表示が全て閉じられると、大型格闘機が接近と言う警告が、警告音と共に表示される。


「ユージーン。この子たちを連れて隠れて、出来れば逃げて。ベレッタはそのまま貸してあげるから、その子たちをエージェントとして守って」


「任せろ!」


小型の格闘機ならまだどうにかなったかも知れないが、大型の強化装甲を装備している戦争兵器は、止められるかどうか分からない。


恐らくは不可能で、確実に負けるだろう。


小さなエージェントと大型の格闘機では、兵装にもパワーにも格差があり過ぎる。


ならばせめて時間稼ぎでもしておきたい。


こちらが姿を捕捉出来たという事は、より大きなレーダーを積んでいる格闘機も、少し前にこちらの姿を捕捉した筈だ。


レーダーを角膜の端に表示して、格闘機をレーダー上に捉える。


反応がふたつに分裂して、ひとつが後ろの反応よりも早く接近する。


「小型機……ミサイルか」


コルトガバメントを構えて、弾頭をスコープで狙い撃つ。


高度を下げて勢いを失って行ったミサイルの後ろから、一回り小型のミサイルが姿を現す。


「前のは時間稼ぎか。ELIZA」


後ろのミサイルを撃ち落としても、爆発に巻き込まれる為、ELIZAにディストーションの用意をさせる。


小型ミサイルが二十メートルまで接近して、着弾する前に爆発する。


「マジック・ヒューズか」


「今のディストーションでは防ぎ切れません。備えて下さい!」


飛んできた鉄片から顔を守り、ディストーションの出力を足と腹に集中させる。


肉が引き裂かれて、骨に鉄片が当たって罅が入る。


鉄片を受けながらも、足を前に出すを繰り返す。


鉄の雨が止んで、まだ生きている右手し銃を構える。


「この周波数は……制府の格闘機です」


「なら制府のパイロットも気付いてる筈……まさか。ウラノスクイーン反対派」


今制府に所属している国防組織は、MI6と制府軍。


制府軍を細かく分けると、陸軍。海軍。空軍。王室近衛。


その下に民間軍や、護衛会社などがある。


それに対して、MI6は。ウラノスクイーンが近年吸収した警察と、海軍の一部。


戦力の差が大きく開いた両者は、どちらがイギリスの国民を守るか、半世紀程前から啀み合っている。


ウラノスクイーン個人としては、もう何年も前からトップとは仲が悪く、軍のトップが変わってもその度に啀み合う。


正直言ってウラノスクイーンに問題があるとしか思えない。


どうせ挑発やら無礼を働いて、トップが変わる度に繰り返しているのだろう。


戦闘とは無関係な事を考える暇はないと、今まで考えていた構想を頭から引き摺り出す。


「あの……反応が三つ増えました」


ELIZAがもの凄く言い難そうに、生理でイライラしている私に報告する。


「あ。そんなの勝てない、ユージーンたちは逃げた」


車と車の間から光る物が転がって、ユージーンが連れて行った筈の少女が、それを拾う為に陰から出てくる。


それを捉えた増援の格闘機が、少女に向けて銃口を向ける。


「ELIZA。隠してる機能がある筈」


「止むを得ません。起動します、まだ試験段階だったんですけど……」


左腕に黒い粒子が集合し始めて、真っ黒な砲身みたいな物を構築する。


ELIZAが色々と起動し始めて、視界に多数のグラフや数値を表示する。


スコープが目の前に表示されて、ELIZAの操作で、左腕の筒が少女を襲おうとしている格闘機に向けられる。


スコープのロックが格闘機に合わせられて、赤くRockと光った文字が出ると、筒から轟音と共に物体が放たれる。


吐き出された物体が命中した格闘機は、原型を止めること無く、ひしゃげたり弾け飛んだりして、地面に転がる。


「二発目。撃て」


Rockした瞬間、反撃をしようとする一機を、最初に犠牲になった格闘機と、同じ様な姿にしてやる。


ユージーンが少女を救出したのを確認して、単機で来た格闘機を撃ち砕く。


「もう持ちません。最後の一機は御自分で」


腕に巻き付いていた物質が崩壊して、視界の表示が一気に消える。


倦怠感と疲労に見舞われた体は、気持ちに反して動こうとしない。


最後の格闘機が急速に接近して来て、レーダーが警告音を発する。


動かない体ではどう仕様もなく、太い鉄の腕が振り下ろされるのを、後悔しながら眺める。

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