Phantom Princess
二千百八年十二月二十五日、始まりの丘に作り上げられた特設ステージの上には、雲一つない晴れた空が広がっていた。
ステージの前に集まった数億人の観客は、宙に浮く席で今か今かとその時を待つ。
ステージの上に表示されているカウントダウンが十秒を切り、観客が徐々に響き始める。
数字がゼロになってステージの上に突然Phantom Princessが全員姿を現す。
一気に湧いた完成がステージに集められ、センターに立つ妃奈子が息を吸うと一斉に静まる。
「本日は世界にとって、大きな意味を持つ一日です。ひとりの英雄が戦争を終わらせ、そして朽ちた日でもあります。本日の英雄降臨祭が成功すれば、必ず英雄は現れます。皆さん協力して下さい!」
巻き起こった歓声を切り裂く様に友希那のギターが鳴り響き、一曲目が始まる。
真正面の第二フロアの中にあるVIPルームから見ているティエオラの隣に立って、持って来た飲み物を差し出す。
「ありがとうアンジュ」
受け取ったティエオラはPhantom Princessから目を離さずに口を開く、
「楽しいかい?」
「とても楽しいです、MI6もまだまだ忙しくて。良い息抜きになります」
「それなら良かった、僕も色々大変だったからね」
「楽しみですね、また戻って来るのが」
この言葉を発してから後悔して、また罵声でも浴びせられるのかと思ったが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「そうだね、ほんの少しだけ寂しかったかもしれない。だから楽しみもほんの少しだけ大きいよ」
「今度は聖冬さんも居て、誰ひとり欠けていない世界なんですね」
「学生の時以来だねそれは」
「やっぱり皆さんにも学生時代があったんですよね、想像が出来ないですよ」
「別に普通さ。君にその気があるのなら用意出来るけど、学校なら」
「いいえ、MI6が似合ってますよ私には」
「姫輝も居るからね」
「そ、それは関係ありませんから。では、ウラノスクイーンから召集があったので」
部屋を出て帰ろうとステージの上を見ると、Alice In Unreadableから、Answer Songに切り替わる瞬間だった。
去ろうと視線を離そうとすると、妃奈子と友希那と目が合った気がした。
気の所為だと割り切って歩き出し、未だに紛争が続いているポーランドへ支援に飛ぶ。
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最後の曲が終わったステージを見ていると、観客を掻き分けて誰かが前に進んでいる。
「ウラノスさん」
マイクを持った妃奈子がそう呟くと、会場が一斉に響めく。
車椅子に乗ったウラノスとそれを押すアルテマが、ステージに上がる。
「英雄降臨祭、この世界の英雄のウラノスです。戻って来ました」
妃奈子の言葉で響きが歓声に変わる。
VIPルームを飛び出してステージに向かい、ウラノスの元に駆ける。
壁に大剣を突き刺して関係者通路の警備を黙らせて、ステージ横の扉を潜ってウラノスを捉える。
周りの目など気にせずに車椅子の上のウラノスに飛び付き、車椅子を倒してステージに転がる。
「おやおや、この匂いと抱き心地はティオか。相変わらず細いなお前は」
「僕と度々抱き合ってるみたいに言わないでくれるかな」
「いつも来るじゃないか、可愛らしい声で寂しくなったってぐふっ……」
「それ君の方からだろう、僕は一度もそんな事言ってないしやってない」
ウラノスの腹に突きを入れて黙らせて、観客からは妙な歓声が巻き起こる。
「駄目ですよティオ、ウラノスは視力と足がもう使い物にならないんですから。丁重に扱って下さい」
「それだけで済んだのなら軽傷じゃないか、どうせならその巫山戯た態度を持って言ってくれた方が良かったじゃないか」
閉じられている瞼の上から目を指で突いて、太股に膝を当てて体重を乗せる。
「痛いってティオ折れる。嬉しいなら素直にっ……」
「次喋ったら殺す」
「……はい。家に帰ったらにします」
「今から帰る、僕が運んでくから全員解散」
「ふたりきりで久し振りにぐっ……」
「次に喋ったらトイレに流す」
「おや、流せるかな?」
「今のトイレを舐めない方が良いよ」
「え、ごめん。冗談だから」
車椅子に乗せてステージから下りて通路を戻り、ライブをモニタで見ていたサイファの車に乗り込む。
「お疲れ様〜、ウラノスさんも良い奥さんをもらったね〜」
「本当にだよ、あんな事言ってるけど私の事が大好きぃっ……」
首を右手で鷲掴みして、割と強めに絞める。
「本当に仲が良いんですね〜。私もそろそろ身を固めないと〜」
「その時は私の所に挨拶に来いよ。お前たちの親なんだから」
「勿論行きますよ〜」
そんな会話を聞きながら家の前に到着して、アルテマを迎えに行く為にサイファはまた会場に戻る。
「さて、そろそろ眠たいからベッドまで運んでくれるか。ティオさーん?」
ぼーっとしていて話を殆ど聞いていなかったが、ウラノスの手が頬に添えられてやっと戻ってくる。
「分かった、直ぐにトイレに流す」
「出来れば水に流してほしいかな」
「上手くない」
「えぇー」
嬉しい気持ちを抑えて平然と家に入る。
「ティオおかえり」
「それは僕の台詞だ」
「まずはただいまだろ?」
「……ただいま」
「うん、おかえり。んでただいま」
「かえり」
それからウラノスをベッドに寝かせると、子どものようにすぐに眠ってしまった。
ウラノスの顔を見ていると、ドアの方から視線を感じる。
そちらを見るといつの間にか帰っていた友希那と目が合い、
「ただいまお母さん」
「ん、おかえり友希那」
ギターを床に下ろした友希那は立ち上がった私に抱き着き、私もそれに応えて抱き返す。
「早かったんだね」
「もう二十時だよ?」
「もうそんな時間か、御飯作ってなかったから僕が……」
「大丈夫、私か作るから」
「でも友希那はライブで疲れて……」
「全然大丈夫だから、今日も作らせて」
長らく料理はやっていなかったから少しだけやりたい気持ちもあったが、友希那がそう言うのなら仕方がない。
「分かった。気を付けて」
「大丈夫だって」
部屋から出ていった友希那を見送って、ウラノスの顔にクッションを投げる。
「盗み見なんて行儀が悪いじゃないか」
「ごめんって。済まないがもう一度寝ても良いか?」
「一生起きて来るな」
「そうなったらお前は泣くだろ?」
「……さあね」
「はは、可愛らしいなお前たちは」




