全ては空から
ウラノスは戦闘機を着陸させて、大きく息を吐く。
前に乗っている聖冬は、さっきまで飛んでいた真っ黒な空を見上げて、余韻に浸っている。
私は機体から出て翼を歩いて操縦席を覗き込むが、シートには鈴蘭の花が落ちているだけだった。
鈴蘭を聖冬に渡して軍需部に通信を繋ぐ。
「戦争の準備を止めてください。英雄を蔑ろにしては、国の威厳が保てません。英雄には戦争を止める力があります、今日本とやりあったら……」
「分かっているアズュールくん。私とてあんな姿を全国に流されて戦争するなんて言い出せないよ、大統領もそう考えていらっしゃる。君の意思が戦争と言うのなら別だけどね、君にはそれだけの力があるからね」
「有難う御座います、たった今ウラノスが死にました。後はアメリカと中国と日本の動き次第です、その時は私たちは日本に味方します」
「私も同じ意見だ、アメリカと中国に勝ち目は無いからね。それに中国に味方するのは御免だ」
通信を切ると聖冬に背後から肩を叩かれる。
振り向いて少し背の高い聖冬を見上げると、手を引かれて戦闘機の座席に座らさせられる。
「これから日本に行くけど、勿論アズも来るでしょ?」
「私はロシアに残り……スロットル戻して」
「この時代ではロシアから日本に五時間で飛べるんでしょ? 技術も随分進んだものね、ASCも無事に完成してるし」
「何も悲しまないんだ」
「あの子の意思だから尊重してあげないと、最後に言った言葉もあるし。私の分まで笑うな、そうしたら私の分まで泣かなくても済むだろ」
「あいつらしくて自己犠牲が本当に好きって感じ、そう言う性分だから仕方が無いか」
空と呼べなくなった空間を飛んでいると、五分もしない内に日本に到着する。
「凄い、空が不安定で飛ぶなんて事もあるんだ。これ以上飛んでるとまた飛ばされるから低空飛行で行くよ」
興味津々と言う感じで次々に何かを書き込む聖冬は、空を連射で撮影して並べる。
「何で調べてもいないのにそんな推測が、そっか、みーちゃんって天才だったもんね。最近天才を見なかった所為で忘れてた」
「天才じゃないけどこれ位なら私にも分かる、取り敢えずティオに会わないと」
「ロシア軍機が領空飛んでたらマズイから」
「うーちゃんが話を付けてくれてるから問題無し」
再び景色が変わると、戦闘機はいつの間にか着陸していた。
素早く立ち上がった聖冬の肩を掴んで、問いたいことをひとつずつ絞り出す。
「何で飛ぶ位置が分かるの? 何でウラノスをうーちゃんって呼んだの、学生時代の渾名は姫だった筈だけど。あと……」
「ストップ、飛ぶ位置が分かるのは当然。僕はうーちゃんとも姫とも呼んでいた」
九条家の屋敷の中から姿を現したティエオラは、聖冬の前に歩いて来た。
かなり身長差のあるふたりだが、どちらも放っているオーラが同等で一歩も引かない。
暫く睨み合いが続いた後、ティエオラは聖冬の腰に手を回して抱き締める。
「ここにウラノスが居る。おかえり」
「美人からの抱擁は嬉しいけど、今日は謝りに来たから」
「僕は別になんとも思ってないけど、やっと君に恩を返せたんだから」
「うーちゃんは流石に理論を超え過ぎと言うか、あれもティオが生み出したから?」
腰に回していた腕を解いたティエオラは、空を見上げる思い出した様に声を上げる。
「あー、そうなるかも。流石にウラノスが居ないのは静かになるね」
「僕の眼は残念ながら消すしか能が無いから、ティオの創造が羨ましい」
そう言って聖冬は右手に持っていたペンを灰に還して、ティエオラがその灰から新たなペンを作り出す。
イニシエーターにも関わらず、これ程の劣等感を抱かさせられるのは、恐らく最初で最後の人類だと思う。
「ティオ、日本軍のミッドウェーの結果を聞きたいんだけど」
「アズュール。響が率いる艦隊は敗走、山口が率いる艦隊と交代。ウラノスが死んだ事による士気の低下が著しい」
「薫の率いる呉組が太平洋に出たと聞いたけど、そして衛星にすら映らない影は」
「遺産艦のひとつ、正規空母である赤城と加賀。そして蒼龍と飛龍、この四空母は存在を完璧に隠してきた。レーダーにも衛星にも映らない」
日本との戦争を止めておいて本当に良かったと、今になってウラノスに感謝する。
イギリスの制府長官に通信を繋いで、戦闘準備の解除を指示しようとするが、繋がる気配が無い。
「あくまでもウラノスの子を殺す気か、イギリスに出向かないと。テロリストは別と言う事か、ザラド……」
ザラドを長官に任命したのが間違いだったと後悔しても遅く、今は一刻も早くイギリスに出向いて政権を制限する。
この事だけを頭に置いて立っていると、聖冬に手を引かれる。




