聖なる詩
透明な壁の向こうに、瞼を閉じて静かに呼吸をする聖冬が居た。
自分の瞳から忘れじの思いと共に、零れてく想いが落ちる。
吐息ごと今までが溢れ、頬を伝う彼は彼女と出会って私から離れていく。
透明な壁に手を付いたアズュールは、この部屋の鍵をロックして密室にする。
「この病はイニシエーターには染らない、だから私たちには無害。だけどウラノスは別、自分の中に取り込めば流石に殺し切れない」
「流石にこれだけ関わりがあると、お前も私の考えは分かっているのか。止めてくれなよ、この為に生きてきたんだから。ティオと共にな」
壁を取り除いたアズュールは、私の背中を押して聖冬の隣に移動させる。
眠ったままなのが惜しいが、別れの日から二年しか進んでいない聖冬の体は、本当に白くて華奢のまま。
「触らなくても良いの?」
「私がか? とても触る事なんて出来ないよ、あの日からずっと綺麗なままの聖冬に」
「なら、洗い流せば良い」
「行ってくる。ここを守っておいてくれ、どうせロシア政府に逆らったんだろ? お前も馬鹿だな」
「世界の警察に刃向かえる君の方が馬鹿だ、幸い大統領のお気に入りだからね私は。これ位ならお咎め無し、ほら行ってこい馬鹿」
透明な壁が再び展開されて、壁の向こうの聖冬とアズュールに手を振って、整備された戦闘機に乗り込む。
すぐに全ての機能を立ち上げて、戦闘機を空に飛び立たせる。
「秋奈、愛奈、準備は良いか」
「勿論」
「出来てます」
「流せ」
戦闘機の硝子に映し出された機体には、しっかりと自分が映っている。
反対側には今日二回目のライブ準備を殆ど終えた、Phantom Princessが映る。
「ティオ、面と向かって言えなくてごめん。お前が創ったこの空をどこまでも行こう、今までの想いを抱えてさ。聖冬が唱えたものは覚えてるか?」
「漸く僕たちが聖冬に恩を返す番が来たんだね。人は死んだら百年後に戻って来る、この言葉はもちろん覚えているよ」
「また百年後に戻って来るからさ、私はどれだけ生まれ変わっても長寿みたいでさ。先に待ってる」
「百年も僕が待てるかな、明日には呼んでしまうかもしれないけど。また会えたら次こそは言ってもらう」
「また会えたらか……やっぱりティオは私の事が嫌いなんだろうな、なのに何で私なんか夫にしたのか」
高校生の想い出をひとりで語っていると、Phantom Princessのライブが始まる。
ギターを弾く友希那を見ながら、戦闘機の硝子を開けて風を受ける。
鳴り響く警報を無視しながら、プラグを引き抜いて空に飛び出る。
「私は空だ」
「君は空だ」
同時に言葉が出て久し振りに笑い合い、両手を合わせて祈りを捧げる。
左眼から吹き出た紫色の炎で線を引きながら、全世界に広がった華染病を吸い上げる。
その度に体が花に変わり空が割れ、また体が花になって空が割れる。
祈りを捧げ続けて空を駆け上がり、たったひとりを除いて最後の華染病を処理する。
空を見下げると殆どが割れていて、地上は色とりどりの花で埋め尽くされている。
耳元で流れているPhantom Princessの歌を聴きながら、回収をしにやって来た戦闘機の翼に拾われる。
そのままロシアの研究所に帰り、もう一度聖冬の部屋に戻る。
壁を除いたアズュールが掴みかかって来て、聖冬のベッドに投げられる。
「遅いぞ馬鹿! もう明日には花になる」
「今度は間に合ったか」
右手で聖冬の頬に触れてみると、人間らしい温かさが残っていて、触れているだけで何かが満たされそうになる。
「ほら、眠り覚ますのは口付けだろ」
口は流石に聖冬に悪い為、頬に口付けをする。
同時に華染病を吸い込んで体の中に取り入れる、侵食される気持ち悪さと痛さで座り込むと、頬に細い指が添えられる。
顔を上げると微笑む聖冬が居て、緩んだ顔を隠そうとしたが、無理やり上を向かさせられて抱きしめられる。
「大きくなったんだね、僕も少しだけ歳をとったけど、やっぱり置いてかれたのは悔しいかな」
起きて早々ズレたことを言い出した聖冬の声は、全く変わらずに優しい声をしている。
「華染病の薬頑張って作れよ、私に出来るのはここまで。聖冬にしか殺せない私はあんたの華染病を吸い込んだ」
「本当に君は莫迦だ。まさか僕を置いて行くなんて」
「これは仕返しだあの時の、だからこの言葉を送ってやる」
聖冬とアズュールを部屋から連れ出して、戦闘機に乗り込んで高度を上げる。
「ここが私の生きた世界だ。喜びも悲しみも、色んな事が君を待っている」




