二組織の対立
突然の命令により日本に飛発ったM029は、羽田空港に降り立つ。
日本に来て早々、M029は空港の個室で質問攻めをされていた。
原因は持っていた銃や手榴弾だった。
日本は一般の国民が銃を持つのを許可しておらず、銃刀法とやらに引っかかるそうだ。
日本語を喋れるから良かったが、喋ることが出来なければ、即刻送り返されるだろう。
「だからMI6。上の人間、そいつなら分かる」
「現行犯なんだ、諦めなさい」
「日本の組織と連携しろと言われた、親睦を深めろとか」
「分かったから、言い訳は辞めなさい」
いつまで経ってもこの状態で、全く動く気配が無い。
昨日突然人の形をして現れたELIZAは、角膜の端でうろちょろと走っている。
一昨日まで声だけだったが、本人曰く、この姿の方がキュートですから。らしい。
正直今は邪魔でしかない。
「連絡が取れました、迎えの人は羽田空港のエントランスで待っている様です」
「エントランスに迎えが居る、その人を連れて来て下さい」
警察官は疑いの目を向けながらも、無線を空港の職員と繋ぐ。
制府ではない日本は未だに無線を使っている、少しだけ新鮮な光景を見る。
イギリスなど行政が制府の場合は、国民の中に機械を埋め込み、そちらで連絡を可能とする為、無線が必要無い。
「その人の特徴は?」
「データを事前に貰っています。特徴は黒い髪、長さはロング。性別は女性です。身長は百百八十六センチメートル、体重は……」
「辞めて、この特徴に当てはまる人を探してきてほしい」
「頼んだ、居なかったら連絡をくれ」
椅子にドカッと座った警察官は、没収した銃を弄る。
銃を構えた警察官は、引き金に指を掛けて撃つ真似をする。
部屋のドアがノックされると、扉がゆっくりと開く。
部屋に顔だけを覗かせたのは、空港の職員の制服を着た女性だった。
「ひとり特徴と当てはまった人が居ましたが……」
「居たんなら連れて来てくれよ、一体どうしたんだ」
口篭る職員に、警察官が困った様に問い掛ける。
「それが……話し掛けただけで、凄く怖い人で」
「勘弁して下さいよ、ならこちらから行きます。ほら、立って」
机に置かれていた銃を全て回収して、コルトガバメントを左、ベレッタを右のホルスターに入れる。
MP-433を腰に差して、キャリーバッグを引く。
部屋から出てゲートを潜り、水平型エスカレーター、通称ムービングサイドウォークの上に乗り、エントランスに向かう。
ムービングサイドウォークを下りて、エントランスに到着する。
休息用や待機時の椅子が沢山並んでいる中で、一直線に歩いて行く職員の後ろを歩く。
広いエントランスの端に辿り着くと、先程の特徴と合致した女性が、気怠そうに壁にもたれ掛かっていた。
女性は接近する三人の姿を認めると、睨んで舌打ちをする。
「MI6のM029、貴女が担当?」
「そうだけど、糞ガキじゃないか。イギリスはそんなに人手不足か?」
壁から離れて歩き出した女性は、顔を合わせるなり、あからさまに嫌な顔をして悪態をつく。
その後に続くと、警察官に腕を掴まれて止められる。
「何か」
「いや、まだ大丈夫じゃないから」
こんな事をしている内に、どんどん女性は外に向かって歩いて行ってしまう。
手を振り解こうと腕を振るが、警察官はそれに対抗して強く腕を掴む。
もう一度女性を見ると、こちらに向かって戻って来ていた。
「この空港の中に、外国の方向けに和菓子が販売されていますよ。この機会にどうでしょうか、和菓子デビュー」
「五月蝿い」
ELIZAは空気を読まず、空港にある和菓子店のメニューを次々に表示する。
抹茶アイス、わらび餅、ういろう、もみじ饅頭、きんつば……八つ橋……みたらし団子……たい焼き。
「見て分からないのか、私は日本警察警部の雲母だ。これはイギリスからの客人だ」
戻って来た女性は、警察官の腕を叩いて、M029の手を取って戻って来た道をまた戻る。
「すみません。八つ橋とみたらし団子とたい焼きが食べたいです」
立ち止まったM029に引っ張られた女性は、前に出した足を地面に着けず、後ろに仰け反る。
反転して体勢を直した女性は、非常に面倒臭そうな顔をしてから、「断る」と、短く話を終わらせる。
「残念です」
「だから断る……あぁぁ、そんな目で見るな。分かった、買ってくるから待ってろ」
女性は溜息を吐いてから、空港の和菓子店で注文を済ませて、和菓子の入った袋を腕にぶら下げて戻って来る。
立ち止まる事なくM029の腕を掴んで歩き出した女性は、左手に持っていた袋を、M029に突き出す。
「有難う御座います。感謝です、おひとつ……」
「要らねー」
「そうですか、一緒に食べられたら……」
「たい焼き」
袋の中からたい焼きを取り出して、女性に手渡す。
たい焼きを受け取ると、早々と口に運んで、咀嚼を始める。
「たい焼き、頭から食べるんですね。ELIZAが出してきた情報では、頭からか尻尾からか、タイプが二つあるそうです。いえ、三つでした、割って食べ……」
「分かったから早く食べろ。ここのは初めて食べるが、案外美味しいぞ」
「では、俺は尻尾から頂きます」
尻尾を一口齧ると、カリカリとした食感に、甘い餡子が混ざり合って、洋菓子では体験した事の無い様な味が広がる。
「何だ、思わず笑みが零れるほど美味かったか?」
食べる様子を見ていた女性は、笑いながらそう聞いてくる。
「笑っていません。ですが、美味しいです」
日本の和菓子に心を射抜かれる。思わぬ出会いに、日本に来て良かったと初めて思う。
たい焼きを食べ終えて、次にみたらし団子を取り出す。
一番上の団子を食べる。
もちもちとした食感に、タレのしょっぱさが甘味と混ざり合い、初めての味だが、不快では無い味が広がる。
「おい、よく噛めよ餅は。喉に詰まらせて死ぬ人も居るからな」
「そうですか、有難う御座います。おひとつどうですか、食べかけですが」
一つしか買ってきていなかったので、みたらし団子は自分しか食べられない。
だが、少しでも誰かと共有したい、こんな事は今までに無かった。
「食べねーからな、私はお前と気持ちを共有するつもりは……ひとつだけ」
口を開いた女性に、みたらし団子の串を入れる。
団子を咥えた女性は、飲み込んでから、顔をこちらに向ける。
「美味しいですよね」
「そうだな。八つ橋は食べねーからな」
「何故でしょうか、恐らく美味しいはずです。和菓子はお嫌いですか?」
「嫌いじゃない、休日はよく食べる。だが今は任務中だ」
車に乗り込むと、女性はエンジンをかける。
「あの」
「何だ」
「御名前は」
「雲母」
「フルネームは」
「雲母姫輝」
車内が暫く沈黙に包まれて、M029が意を決した様に口を開く。
「きらきらしてますね」
「事故ってやろうか」
「御断りしますきらきらさん」
「前の車に突っ込むぞ」
ELIZAが視界の隅で、雲母についてのデータを更新していく。
信号に捕まり、車が停止する。
ハンドルを人差し指でとんとん叩きながら、姫輝は時計を頻繁に確認する。
無言で八つ橋を咀嚼しながら、目的地に到着するするのを待つ。
途中、色々気になる店を見つけたが、寄ってくれそうにないので、八つ橋で紛らわす。
「八つ橋どうで……」
「食べねーって。何で未成年のガキを乗せて運転しなきゃなんねーんだ」
「その様子だと……彼氏とか居なさそうですね」
「っるせ……ま、まだ若いから良いんだ、二十二だし?」
見た目は大人っぽいので、二十六歳くらいに見えたが、意外と二十二歳だった。
ELIZAが直ぐに年齢の欄を埋めて、プロフィールを作り上げていく。
あと空いている欄は、誕生日と好きなものと嫌いなものだ。
正直後の二つは必要なのかと思ったが、必要なのだろうと、八つ橋を口に咥える。
「二十二で警部って、相当凄いですね」
「そういうお前は、その歳でMI6の五本指に入ってるんだろ、特殊な能力が埋め込まれてる。そう聞いている、日本の諜報員から」
姫輝はプロフィールの載った紙を持ち上げて、M029の膝に投げる。
その紙をよく見ると、本当に色んな事が書いてある。
年齢や身長、性格に出自。
だが、出自の欄は空白で、何も書いていなかった。
思い返せば、自分はMI6の頃からしか記憶が無い。
記憶が始まったのはMI6、親の顔や兄妹が居たかもさえ知らない。
居るのはELIZAとユージーンと上官のマクト。
「確かに、自分でも分かりません。ですが過去はどうでも良いです」
「そうか、最近では日本からテロに参加する連中が多い。今回の件は恐らくそれだろ」
突然仕事の話になったが、それはそれで助かったかもしれない。
恐らく姫輝も何を言ったら良いのか、分からなかったのだろう。
「それを如何しろと」
「さあな、抑え込めとかなら楽なんだけどな。上の爺さんらは、再び大東亜を纏め上げたからな。戦争でもおっ始めるんだろ」
馬鹿馬鹿しいと言う顔で、姫輝は命令の書いてある紙を投げ捨てる。
時刻は十時三十分過ぎ、天気は晴れ。
ELIZAは角膜に天気予報を映し出し、手に持っている棒で、晴れマークをぱしぱしと叩く。
「何処と戦争するつもりなのでしょうか」
「それは私も知らねー」
煙草を咥えた姫輝は、ライターで火を点けて、煙を吐き出す。
「煙草は辞めて下さい。体に悪いです」
「窓を開けてやるから我慢しろ、溜まったストレスが煙になって出るんだ、誰も迷惑しねーだろ」
言っても聞かないので、M029は姫輝が咥えている煙草を取り上げると言う、強行手段に出る。
煙草の代わりに八つ橋を口に咥えさせて、煙草の火を消す。
「今度から煙草では無く、八つ橋を咥えたらどうですか」
M029は、姫輝の服のポケットから煙草とライターを取り出して、自分のポケットに仕舞う。
「返せ、それが無いとイライラで死にそうだ」
「嫌です。人は簡単に死にません」
「煙草の何が悪いんだ」
「全てです。一利も無い所です。中毒性があり、軽い麻薬みたいなものです」
八つ橋を胃袋に落とした姫輝は、舌打ちをしながらも、手を出す。
八つ橋を手の上に乗せると、それを口に運んで食べる。
あっという間に八つ橋が無くなったので、今度は八つ橋の代わりに自分の手を置く。
「何してんだよ」
「無くなりましたので、手を繋ぐだけで我慢して下さい」
「離せ」
「断ります」
それ以上何も言わない姫輝は、片手運転のまま、左手を肘置きの上に起いて、M029の手を握り返す。
「楽しいか、これ」
姫輝は左手を軽く振ると、握っている手を上げる。
バックミラーを確認すると、黒塗りの車がずっと張り付いている。
「どうやら、カップルって事で誤魔化し切れそうにないですね。日本の軍は流石ですね」
M029は手を離して、後部座席に移動する。
「撒いたと思ったんだけどな、監視を付けられるのは不快だな」
「ELIZA、次の信号が変わるのは何秒後」
プロフィールに書き込んでいたELIZAは、視界の情報を全て片付けると、地図を表示して、ひとつひとつの信号に変わるまでの時間をを表示する。
「一つ先のは三秒後、そのもうひとつ先は八秒後です」
「ひとつ目は間に合わないが、ふたつ目は出来そうだな」
ひとつ目の信号は予想通り、どちらも通過する。
姫輝は車のスピードを抑えて、信号が変わるタイミングを計る。
「四、三、二、一、黄色です」
信号の二十メートル手前で速度を上げて、黄色信号で通過する。
引き離された後ろの車は、赤信号に捕まり、撒くことに成功する。
「よしっ、撒いたな……ってそう上手くいかないか」
「二台に増えましたね」
交差点を通過した際に、新しく二台が加わっていた。
「本当に軍の連中は嫌な奴ばっかだな」
急ブレーキを踏んだ姫輝は車を止めて、後ろの車を全て止める。
一台は横を通過していったが、一台は引っ掛かる。
運転席から下りた姫輝は、黒塗りの車の窓を叩いてドアを開けさせる。
M029も車から下りて、姫輝の隣に立つ。
「何だ君は、道路の真ん中で止まるだなんて、迷惑だと思わ……」
「迷惑してるのはこっちだっての、張り付こうだなんて考えんな。軍人が何の用だよ、用があんならここで聞いてやるよ」
男は運転席から出て来て、姫輝と真正面から視線を交える。
姫輝は警察手帳を取り出して、軍人の顔の前に突き出す。
「軍人だろうが、公務執行妨害でしょっぴくぞ」
「妨害行為はしていない」
「なら、やるか?」
それを聞いた軍人は車の中に戻り、その場から立ち去る。
服を漁る姫輝は、全てのポケットをぽんぽんと叩いてから、何かに気付いたように諦める。
再び車で何処かに向かう姫輝は、イライラが積もった顔で運転を続ける。
煙草を一本取り出して、火を点けてから姫輝の口に咥えさせる。
「何処に向かってるんですか」
「ん? あぁ、警視庁に行ってから、ヘリで佐世保の軍港」