空の意思
それじゃあ私はロシアに行くと言ってウラノスと別れ、半壊の状態となった宮殿から出る。
結局βiosの姿は無く、抵抗らしい抵抗はされずに陥落した。
押さえてあったウェストミンスター寺院に王女を送り届けて、次の指令を待つ。
「制府本部を制圧する。MI6もテロリストも準備が完了した」
「了解、私はMI6の部隊と合流します。次の指示をクイーン」
プライベート通信をウラノスクイーンに繋いで、次の指示を仰ぐ。
私の実力なら必ず最前線に出してくれる、今までだってそうだった。
「本格的に軍が動き出す、厄介なのは空軍だ。戦闘機の操縦は出来るな?」
「当然。訓練なら十本の指に入るくらいは」
「なら温存しておく、Phantom Princessの防衛を任せる。傷を付けさせるな」
「ウラノスクイーン、何故後方支援に回されるのですか」
今送られて来た資料には、Phantom Princessは歌で味方を奮い立たせる為、ウェストミンスター寺院に残ると書いてある。
最前線どころか、一番後ろを守るだけの任務に回される。
「どうしてですか」
「ウラノスとそう決めた。命令だ」
「分かりました」
「健闘を祈る。お前の防御力があれば心配無いだろう」
ウラノスクイーンが通信を切った後、ウェストミンスター寺院の壁に拳を叩き付ける。
最前線に出てこそ自分の本領が発揮されるのに、ディストーションが覚醒した今、攻撃力は格段に上がった。
それなのに制圧部隊から外された悔しさが、いつもとは違う場所から底無しに溢れ出て来る。
「こら、伝統ある寺院を殴らないの」
誰かも分からない声の主に銃を向けるが、既に首元に日本刀の切っ先が当てられていた。
臙脂色の髪を揺らした都子が、私の手に握られている銃を取り上げて、地面に銃を投げ捨てる。
「貴女の任務は傷付けることじゃないでしょ、今回は守ることだから。聞き分けのない馬鹿は任務に必要ないわ、それが嫌なら貴女の実力を見せてみなさい」
そう言って刀を納めた都子は投げ捨てた銃を拾い、私の手の中に落とす。
何故か挑発的な言葉にも関わらず、全く苛立ちの感情が湧き上がってこず、先程まで胸の中にあった苛立ちまでもが消えていた。
都子の歩いて行った後を見ると、炎の残光が線を引いて消えて行く。
「感情を奪う炎」
そう口に出して納得しようとしたが、そんな生ぬるいものではないと、何故かそんな気がした。
ふと夕日に目をやると、煙草に火を付ける姫輝の姿が見えた。
隣に行こうと一歩を踏み出すと、空から何かが空気を切り裂く音が響く。
空を見上げると、隊列を組んだ四機の戦闘機がウェストミンスター寺院に向かって来ていた。
それに気付いた姫輝は私の存在にも同時に気付き、プライベート通信を繋ぐ。
「ディストーションを張るぞ」
「ここは私が防ぐから中に通信で伝えて」
寺院全てを包む為に最大出力でディストーションを展開して、落とされた爆弾を無力化する。
「ローズクォーツ」
光の壁から茨が生えて、飛んでいた戦闘機に巻き付いて握り潰す。
突如真後ろに現れた機体にELIZAのレーダーが反応して、警告音を発する。
展開中のディストーションを戻しても間に合う確率は無、掃射で死ぬ確率は殆ど確実。
何としても一矢報いてやる為にコンカッショングレードを咥え指でピンを抜き、足下に伸びていたディストーションに体を跳ね上げさせる。
掃射の弾丸が目前に迫ると、臙脂色の髪が目の前で揺れる。
「申し訳ないけど、特殊武装足場にしちゃった」
そう言って微笑みながら弾丸を斬り、私の口からコンカッショングレードを取って戦闘機に投げる。
勢いが無くなって落下を始めた体を、小型の戦闘機から格闘機に変形した機体が受け止めた。
「ロシアに行く為に戦闘機を拝借したらこうなった、謝る気は無い。あと二十機こちらに向かってるが全て潰しておく。俺の娘に傷付けたら許さねえぞ」
「少しは申し訳なさそうにしたらウラノス、守る為に聖家を雨宮に任せて来たんだから。本当に屈辱だったわあんなのに頭下げるとか」
「そうかい。それじゃあ俺はこっちにもうじき着く戦闘機を落として来る」
「はいはい、落とされて死ね。口調が高校生の時みたいだから、ティオに報告しとく」
「それは気付かなかった。あとティオには辞めて下さい、お願いします。口聞いてくれないのは悲しいし寂しい」
「自業自得でしょ、ほら敵機がレーダーに反応したって虹火から報告」
左の空を見たウラノスは、私たちを下ろして戦闘機に形を変えて飛び去る。
ウェストミンスター寺院に向かっていた戦闘機は、ウラノスの戦闘機と接近すると散開して乱戦となる。
触れた拍子に機体のデータを抜き取っていたELIZAは、ほぇーと感嘆の声を漏らす。
「あの人安定性の低い戦闘機の安定補助プログラムを外してますよ、機動力が異常過ぎますよ」
「でも少しでも力が加われば墜落じゃないの?」
「貴女たち忘れた訳じゃないでしょ? ウラノスは空、ウラノスは地球、ウラノスは宇宙」
「なるほど、納得してはいけない事をさらっと納得出来るようになった」
急降下して格闘機に変形した機体が、銃で三機撃ち落とす。
まるで踊っている様に爆弾を回避していたが、誘導型のホーミングミサイルに追尾される。
背面飛行で後退を続けるが、真後ろに巨大なビルが迫る。
ディストーションを展開しようとすると、都子に手で制される。
「あっちは心配無いわ、私たちは攻撃に回った五機の戦闘機を落とす」
「ホーミングなら作れるかも、時間を作って下さい」
Arsenalを展開して、ホーミングの製造を始める。
ウラノスをちらりと見ると、ビルの手前で急上昇して全てビルにぶつける。
壁を這うように上昇した機体から尻尾が伸びて、戦闘機を一気に片付ける。
姫輝が戻って来て状況を判断すると、降り注ぐ爆弾を防ぐ。
「三発落とし漏らしたぞ、都子そっちは任せたアンジュちゃんホーミングは……っと食らっちまった」
「腕が落ちたんじゃないの? 元空軍の万年次席さん」
「嫌味を言う暇があったらひとつでも多く落とせ、流石にわたしもふたつも爆弾は落とせん」
「なら、あとひとつは私が落とそう」
MI6本部の方向から飛んで来た機体が、弾幕をウェストミンスター寺院の上空に張る。
全ての爆弾が取り除かれた後、ウラノスの機体と新しく来た機体がスレスレですれ違う。
「アルテマ」
「腕が落ちたんじゃないか、万年私の下」
「本当に嫌味ったらしいな、誰が空軍のエースパイロットに育てたと思ってるんだよ」
「九条冬教官かな」
「私の事じゃないか」
急降下しながら後ろに張り付いた敵機を撒こうとするが、なかなか離れない。
「左捻り込みするから邪魔すんなよアルテマ」
「私はインメルマンターンするから邪魔」
「やんのかよてめえ、ここは恩人に譲るべきだろ。お前はつばめ返しでもしてろよ」
敵機其方退けで背後の取り合いを始めたふたりだったが、小型で旋回能力の高いウラノスが後ろをとる。
ホーミングを撃ったウラノスに対して、ウラノスクイーンはフレアを撒いて急上昇する。
「ここでブレイクしても無駄だ馬鹿が」
「馬鹿はどっちですか、これは戦闘機の戦いだけでなく格闘機でもあります」
ウラノスの機体よりも大きな機体が格闘機に変形して、特殊武装で撃ち落とそうと弾幕を張る。
「冬ちゃん! 至急日本に戻って、真理教がまた動き出した! 裏で再び大きくなってたみたいで、天皇の政権を狙って、きゃ! とにかく急い……」
「秋奈! 大丈夫か秋奈! ロシアは後回しか」
ウラノスクイーンの追撃を切り上げたウラノスは、急上昇して空の彼方に消える。
「早、追撃出来ないか」
残念そうにそう呟いたウラノスクイーンは、人型の機体を地面に着陸させる。
手の上に乗ったウラノスクイーンはヘルメットを地面に投げ付けて、黒煙が残る空を見上げる。
高い位置から地面に叩き付けられたヘルメットは、破損してバラバラに砕ける。
「何でここに」
「一番後ろで座ってるのも退屈でな、私は暇だからここに来た」
「司令は一番後ろで指揮を執る、これが基本ですよ」
「さぁライブが始まるぞ。私は生で見たい、二本線が入っているPhantomはPrincessの防衛担当。ライブが終わるまで守り切らねばならん」
「私にはもう関係無い事」
「軍人気質だな君は」
遠くからランチャーの弾が飛来して、ウラノスクイーンが格闘機の通常兵器で撃ち落とすと、それを合図に一斉に陸軍が前進を開始する。
「来たきた、地上でのドッグファイトも悪くないかな。と思ったけど空軍の援軍が大量に、地上は任せたぞー」
「多勢に無勢過ぎる」
戦闘機に変形させて飛び立ったウラノスクイーンを見送って、前進してくる戦車と歩兵、格闘機を睨みつける。
「申し訳ないわ私なんかで、鈴鹿なら無勢じゃなかったのにね」
「そういう訳じゃないです、ウラノスが言っていました。一番強いのは鈴鹿さんですが、一番人を殺せるのは都子さんだと」
「あっそう、あいつ次会ったら縛ってやる。まあ今は集中、ちょっとズルするけど」
左眼の炎を輝かせた都子は、Phantomの刺繍が入ったクロークを羽織る。
Capsuleから同じものを出して、自分も羽織る。
「あそこの道路を境にするから、よーく見てる事ね」
遠くの道路を指さした都子は、刀を抜いて炎を大きくする。
波紋のように広がった炎に触れた歩兵が、持っていた武器を落として座り込む。
戦車と格闘機は停止して、巻上がるタツマキに吹き飛ばされる。
「非常識」
「違うわ、空の意思よ。天候はウラノスの意のままに出来る、それがあの名前に刻まれた権限」
刀を納めると、眼に灯っていた炎が消える。
空を飛ぶウラノスクイーンの機体は、翼から黒煙を吹き出しながら、己を囲む機体の弾丸を回避して行く。
空中のドッグファイトを見上げていると、イギリスの街に轟音が鳴り響く。
戦車の砲撃かと疑ったが、沈黙したままの姿で停止している。
「ディストーションを展開して、姫輝は……あっちで戦ってるか」
走り出した都子の足下が陥没して、巨大なβiosが這い出て来る。
消えた都子を探していると、ウェストミンスター寺院の入口を防衛する部隊が到着する。
テロリストであるPhantom Princessと、制府に反旗を翻したMI6の混合隊は、それぞれのやり方で戦いを展開していく。
テロリストの統制のとれた戦いと、MI6の中でもはぐれ者が集まった隊の、個々の戦い方が合わずに危ない展開が何度も繰り返される。
「これから防衛から攻撃に移る」
「許可する」
見ても分かるように余程状況がよろしく無いウラノスクイーンは、そう短く言葉を返して通信を切る。
「防衛は姫輝さんの防御力に依存させます。お願いします」
「任せとけ、このまま繋いでても良いか?」
「良いけど。どうしてでしょうか」
「音でそっちの状況が分かるだろ?」
「なるほど」
完成したホーミングをArsenalから放って、ウラノスクイーンを追う戦闘機の連携を崩す。
出来た隙をすかさず突いたウラノスクイーンが、三機を纏めて撃ち落とす。
耳でずっと繋がれている寺院の中の慌ただしかった音が、静かになっと思うと妃奈子の声で楽器が一斉に鳴り出す。
既に完了している全世界のハッキングで、イギリスのビルのモニタにも、ライブがリアルタイムで流される。
妃奈子の歌声を聞きながら戦っていると、体が勝手に動いて力が出て来る。
心地好い一体感に包まれた体は限界を容易く超えて、ディストーションを足場にしてβiosを跳び越える。
突然吹いた風に背中を押されて、都子が落ちた穴に届けてくれる。
底の見えない真っ暗な穴を覗き込むと赤い炎が噴き出て、丁度上空を通過した戦闘機を一瞬で灰に還す。
「よくもやってくれたわね、死んでも尚戦い続けるのは結構、でも死者は生者の邪魔をしてはならない。それが真の優しさでしょ」
どうやって出て来たのかは不明だが、地上に立った都子は日本刀を構えて姿を消す。
巨大なβiosの首を撥ねた都子は、いつの間にかArsenalの上に立っていた。
一瞬動きを止めたβiosだったが、すぐに巨大な腕を振り回して都子を狙う。
自分の何倍もある腕を軽々と片手で止めた都子は、炎を更に大きくしてβiosの腕から燃やし始める。
苦しみ始めて腕を自ら切り落としたのを見て、都子がすぐに撮影していた映像を誰かに送る。
「アンジュさんあの化け物知能がありますよ」
「なんで」
「あれは危険と判断して自ら腕を切り落としたんです、それは今まで当たった中で無かった行動です」
「あんなのに知能があるとか、考えたくもない」
後ずさったβios目掛けて、Arsenalから引きずり出した大剣を叩き込む。
同時に空から飛来したミサイルを迎撃して、ホーミングをお返しに撃つ。
他の箇所に流れた流れ弾は、姫輝の張っていた大規模なディストーションで防がれる。
「すまん、ディストーションが崩壊する。あと二三発受けたらやばい」
「分かりました、では私のを張ります」
「馬鹿言うな、前線に居るのにディストーションが無ければ……」
「大丈夫ですよ、トーリさんたちが到着しました。援護射撃をしてくれるそうです」
「なら私も前線に出てやる、久し振りで上手く立ち回れるか分からないがな」
「駄目です、後ろに居て下さい。心配です」
「私は子どもかよ、最初会った時からは考えられないな。私はもうお前の隣に居るし」
左肩を叩かれて咄嗟に反応すると、ベレッタを構えて立っていた。
「分かりました。離れないで下さいよ」
「それはこっちの台詞だ。私から離れてくれるな」
走り出した姫輝に置いてかれて、追い掛けるように自分も駆け出す。
「卑怯ですよフライングは」
「これはレースじゃないんだ、ドッグファイトだろ」
「言いましたね、撃破数で勝負しますか?」
「言ってもでかい傀儡が一匹だけどな」
Arsenalから飛び出した日本刀が姫輝の手の中に吸い込まれて、月の光に反射して一閃の残光を虚空に刻む。
足を斬られてバランスを崩したβiosの心臓に、都子が渾身の力で日本刀を突き立てる。
それでも尚動き続けるβiosの姿を見て、都子はデータを誰かに送り続ける。
出遅れた私は遠くから発砲しながら接近して、軽量の大剣を持ち直す。
起き上がった陸軍の方に走って行った混合隊を見ると、先程とは一転して、見違える程の連携で互角に渡り合っている。
「到着しましたよ都子さん、今からトーリと援護射撃開始します」
「ウラノス呼んで来て」
「分かった。ウラノス隊の本領を発揮して」
βiosの腕に弾き飛ばされた姫輝を受け止めて、八メートル程地面を転がる。
追撃しようとしていたβiosの足下に、トーリの放った弾丸が突き刺さって拘束する。
遅れて弾丸が通過する音がして、拘束していた鉄がドロドロに溶ける。
「この歌良い曲だな」
「二曲目のAlice In Unreadableですか、一曲目のRIOTは良い曲じゃないと?」
「どっちも良いけど、私の人生に似てる気がするからな」
「冗談ですよ。ほら立って」
先に立ち上がった姫輝に差し出された手を掴んで、補助をしてもらいながら立ち上がる。
「ふたりとも目を瞑ってないと痛いよ」
妃咲部からの通信でそう告げられると、目の前で閃光が煌めく。
間に合わずに目を開けていたが、特に眩む事も痛むことも無い。
「ごめんねー、驚かせちゃったかな? これは人間には無害なんだ」
「ウラノスに言われてきてみれば、こんな下らない戦闘」
割って入ったトーリは不機嫌そうに毒を吐くが、的確にβiosの動きを封じている。
「貴女たちもウラノスに言われてここに来た訳、なるほどね。こんなに人の集まりが良いなんて怪しいと思ってたけど」
納得した様に呟いた都子は、混合隊では相手し切れなかった陸軍の中央で戦っている。
全てウラノスから始まったここに居る全員を考えてみると、的確に得意分野に分けられている。
唯強い鈴鹿と聖月華ではなく、攻撃力には劣るが、特殊武装のディストーションで守りを固められるわたしと姫輝。
大局を見て全ての敵を惹き付けることが出来る都子。
特殊武装の中でも強力な性能を誇るものを持つトーリ。
サポートをして全員が万全に、そして安全に戦えるように出来る妃咲部。
ウラノスの気配を察知して本部から抜け出して来たウラノスクイーン。
たった数人の人財で、戦場の要を全て揃えているウェストミンスター寺院防衛隊は、砦ではない建物を砦に変えてみせる力を持っている。
計算され尽くしたウラノスの思考に、体の中で何かの本能動いたような気がした。




