聖断
ケルト海での衝突から帰還して、横須賀軍港で響から退艦する。
自分と同じ名前で少しだけ違和感を感じるが、通常の軍艦と違う所がはっきりと分かる。
それは乗員が居なくてもこの船はAdministrator、つまり管理者ひとりで動かせると言う事。
それを聞いた時は私も含めて長門に乗っていた乗員も冗談だと思っていたが、操舵室に誰も居ない状態でここに来た。
何よりも工藤と管理者以外乗っていなかった事が証拠であり、いくら工藤でも到着する寸前に海に飛び込ませたりはしない。
響に振り返って退艦して来る管理者を捕まえて、質問攻めにしてやろうと意気込む。
「管理者さん……」
「私は響。私はこの船、だから響と呼んで」
「はい?」
「私は遺産艦をひとりで動かす為にウラノスに作られた。他にも何人か居るけどまだ覚醒していない、だから私が出た」
自分の名前呼ぶのかと複雑な気持ちになりながら、取り敢えず質問をしようとするが、今全て説明されてしまった。
どう動かしているのか聞いた所で、この子にとっては手足を動かす程のもので、特別な事をしておらず、望んでそうなったのでもない。
故にそれを聞くのは野暮であり、不快にさせるのは明確であった。
「じゃあ自己紹介を」
「米内響。第二次世界大戦時の帝国海軍米内光政大将の子孫、閣僚経験をしていた。私も米内さんの事人としても軍人としても大好きだった、極度の面倒くさがり屋だったけど皆に優しい心の広い人。貴女にも同じ血が流れている、光政の顔に泥を塗らないようにして」
「えっ、うん。凄いね情報が」
「ウラノスが作ったから当然。私の体は記憶媒体にもなっていて、触れるだけで貴女に記憶を提供する事も可能。寿命は艦が沈むことが無ければ永遠、でもウラノスコードに崩壊のプログラムがある。でもそれはどんな天才でも辿り着くのに三百年は必要だから心配無い」
次元が違う話をされて整理が出来なくなった頭に、響と触れ合っている手から作られている時の記憶が流れ込んで来る。
それが突然止まると、響の背後に工藤が立っていて、響の腕を掴んでいた。
大人しく引き下がった響は、工藤の手を叩いて振り解き、庁舎の方から歩いて来た人物に話し掛ける。
「飯行こうぜ米内。俺は漸く雷に戻れるぜ、やっぱり一番落ち着くのはあの艦だな」
「私も扶桑だったらあんなヘマは」
互いに想い入れのある艦を恋しく思い、作戦を真に遂行していたとは言い難いものだった。
これではたるんでいると陸軍大将に責められても、私たち海軍は何も言い返す事が出来ない。
ひとり脳内反省会を行いながら、お昼ご飯を食べに行くと言う工藤に付いて行く。
庁舎に入って出来るだけ廊下の隅を歩いていると、T字路から丁度出て来た誰かとぶつかってしまった。
「あっ、すみません」
「あ、申し訳ないです……何だ響か、焦って損した」
「何だとはなんだ山口。私で悪かったな」
「あれなんか怒ってる?」
煽る様にそう聞いてくる山口を避けて歩き出すと、すれ違いざまに腕を掴まれる。
「おいおい、怒ってるのか?」
「怒ってないから離して、私はお腹空いてるのに」
「奇遇だな、俺もだ。どっか食いに行こうぜ」
そう言って私を引っ張って行く山口の腕を、私を置いていった筈の工藤が掴む。
「何処連れてく気だよ山口。こいつは俺と約束してんだ、邪魔すんなよ」
「これはこれは中佐殿、上官に向かってなんて態度ですか。今回響に乗る為だけに与えられたその称号は、お前の実力を表したものではない」
「今は同じ階級だろ、それがどんな理由であれ同じ階級だばーか。お前はずっと上に媚びへつらってろ」
突然喧嘩を始めるふたりに放置されて、私は手持ち無沙汰になってしまう。
こんな時に卯衣ちゃんが居てくれれば遊べるのに、なんてズレた事を考えている自分にツッコミを入れて、どう止めるか考えるが案外すぐに見つかった。
「ストップふたりとも、私は男に興味がありません。なので取り合われても困ります」
「あ?」
「はい?」
そう言って何かこいつやべぇみたいな目で見られる。
何か違ったみたいです、地雷踏んで撤退を余儀なくされました為、戦術的撤退を開始します。
その場から全力で走って逃げ出し、横須賀軍港の庁舎を駆け抜ける。
突然体が後ろに引っ張られて、足が地面から浮く。
「廊下を走るんじゃない。大尉として自覚を持て米内、次世代の総司令として期待をされているのだから、天皇陛下をあまり落胆させるな」
「すみません南雲さん」
「大体予想は出来ている、幼馴染み共だろ。山口と工藤にも困ったものだな、案外お前の事を取り合ってるのではないのか?」
「な、南雲さん」
「ははは、少しからかってみただけだ。可愛いなお前は、光政さんによく似ていると最古参の者も言っているぞ。そいつらも実際に見たことは無いらしいがな」
私の肩を手でぽんぽんと叩いて、ズレていた軍帽を直してくれる。
だが何処か納得が行かないらしく、軍帽を取って髪を弄ってからまた乗せられる。
「南雲次官至急海軍大臣の部屋に参上されたし」
それを聞いた南雲は一瞬で駆け出し、直線の廊下を進んで行く。
「南雲さん廊下は走ったら駄目ですよー」
「私は大人だから良いんだ、それと後で私の部屋に来い」
「私だって大人ですよー」
角を曲がった南雲から返事は無く、これで心置き無くお昼ご飯を食べることが出来ると廊下を歩き出すと、前から山口が猛スピードで走って来る。
「見つけた響!」
明らかに私の名前を呼んで走って来る姿に、本能が逃げろと告げる。
反対側に逃げようと振り向くと、そっちからは工藤が同じく猛スピードで走って来ていた。
「こっち走って来い響」
そう叫んだ工藤だったが、瞬く間にふたりが取っ組み合ってそれの間に挟まれる。
「ここら辺で殴り合いでもするか山口、俺は構わねーぜ」
「体術首席で軍人になったからって調子に乗ってるのか? なるまでが問題じゃねーんだよ、なってからが問題だ」
ヒートアップするふたりは、T字路から歩いて来ている人物に気付いていない。
私は縮こまってふたりの間で気をつけをして、出来るだけ目を合わせないように努める。
「おらそんなもんか山口! 最近は事務仕事ばっかでヒョロくなったんじゃねーか?」
「工藤こそ軍学校の時よりもヒョロくなったんじゃないか?」
「お前らは海軍の司令部である横須賀で何をしてるんだ馬鹿者!」
そう怒鳴りつけて順番にふたりを殴り飛ばした山本次官は、私を見下げて無言で直立している。
山本次官の胸に並べられている勲章を見つめていると、屈んだ次官と目が合う。
その瞳の中に数万の精鋭の眼光を見たような感覚に陥り、膝がガクガクと震え出す。
「私は邪魔だったか?」
「た、助かりました山本次官」
「そんなに縮こまるな、米内と山本の仲だろ。私の父と君の父は兄弟みたいなものだ、なら私たちも姉妹みたいなものだろう?」
「そうですね、そうなんですか? いえ、そうしておきます……はい」
頬を押さえてよろよろと立ち上がったふたりは、山本次官の顔を見るなり姿勢良く直立する。
私の頬を人差し指の背で撫でた山本次官は、工藤と山口の前に立つ。
「お前ら米内司令の顔に泥を塗る気か? 幼馴染みに手を出せん腰抜け共がぎゃーぎゃー騒ぐんじゃない! 走って来い馬鹿共」
「はい!」
「んだよめんどくせえ」
大きな声で返事をする山口に対して、工藤はそう文句を吐いて舌打ちをする。
それを聞いて青ざめていく山本は、工藤の足を踏んで訂正させようとするが、工藤は全く動じない。
「工藤……私は上官だからと言って無抵抗の部下を殴る気は無い、だが帝国軍人としてお前を正す」
「山本次官至急海軍大臣の部屋に参上されたし」
「運が良かったな工藤。お前たちには期待しているんだ、あまり私を落胆させるな。ではな」
そう言って歩いて行った山本次官は、待っていた部下を連れて曲がり角に消えて行く。
全身に入っていた力が自然と抜けて、壁に背を付ける。
息を吐いて床にへたり込むと、ふたりも同じくへたり込む。
「怖えー……鬼だ鬼。俺たちの三つ上とは思えねえ迫力だな」
「馬鹿か工藤、お前なんで反論なんかしたんだ」
「うるせーな、別に良いだろ。それより飯だ、腹減った」
「そうだな、あの場は済んだ事だし。行こうか」
立ち上がったふたりは私の方に手を差し出したが、このふたりの所為で怖い思いをさせられた。
そして悪い流れは連鎖して次々に災難が降り掛かるようになる、そうなる前にこのふたりから離れないといつかは死ぬ。
「南雲さんの所で食べるからふたりで行ってきてね。勿論付いて来ても良いけどお昼ご飯は抜きだからね」
「それは無いぞ響」
「そうだよ響、工藤は分かるとして何で俺まで」
「米内響大尉至急海軍大臣の部屋に参上されたし」
突然のお呼びに、今まで呼ばれていた人を思い出す。
南雲、山本、そして私。
自分以外上の階級の人だらけで、長門を損傷させた処分を受ける事が確実に分かる。
自刃か左遷か謹慎か、考えている内にもう既に体は大臣室の前に到着しており、重厚な扉に手を掛ける。
覚悟を決めて扉を押して室内に入る。
「失礼致します。米内響参上しました」
それぞれが中心を向いて四つ並べられた椅子に、父である米内総司令官、南雲次官、山本次官が座っており、ひとつだけ椅子が空けられていた。
「来たか響、その椅子に座れ」
「はい」
座る前に一礼して腰掛けると、早々に父が口を開く。
「米内響」
「は、はい」
「今回のケルト海海戦の功績を認めた我らは、お前を少佐に昇進させる事を決定した。そして工藤と山口にこれを渡しておいてくれ、話は以上。これまで以上に天皇陛下に尽くす様に」
「はい、有難う御座います」
深々と頭を下げると、立ち上がった父に頭を撫でられる。
「よくやった、よう帰って来てくれたな」
「はい、お父さん。ただいま」
ふたりと部屋を辞すと、両脇に立っていたふたりに挟まれて抱き着かれる。
南雲次官は子どもの様に抱き着き、山本次官は控えめに私を抱き寄せるようにする。
「戦勝記念に今夜は飲むぞ、響少佐様々だ」
「賛成だ南雲。お前のお陰だ響」
「わ、私は軍人として当たり前の事をやっただけですよー。それより、私宛に渡された書類があるんでした」
「確か工藤と山口のもあったな、お前のには何が書いてあるんだ?」
父から渡された髪を広げると、目を疑う内容が記されていて、最後に内密文書と書いてあった。
覗き込もうとした視線から隠すように紙を畳んで、封筒の中に入れ直す。
「どうしたんだ」
「あの、極秘のものでした。すみません、自室に戻ります」
「体調が悪くなったらすぐに呼べよ」
「相談ならいつでも乗るぞ」
ふたりは追求することなく、心配そうに見送ってくれた。
早足で自室に戻って鍵を閉めて、もう一度文章を読み直す。
だが何度見ても火で炙ってみても、水に濡らしてみても内容は変わらない。
思考が急激に回らなくなり、山本次官に覗き込まれた時以上に体が震えて、過度のストレスで意識が飛んだ。




