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叛抗姫の人形  作者: 聖 聖冬
26/41

ケルト海海戦

陸地の見えない広大な海に、大きな黒煙と乗員の断末魔が空高く上がる。


大きな穴が空いてひしゃげた司令室の壁に、先程まで話していた参謀の体の破片がこびり付いている。


この惨状でも殆ど無傷で済んだのは、相当に悪運が強かったと喜ぶべきか。


今でこそ反撃体制に移ったものの、流石に背後からの奇襲には対応が追い付かなかった。


味方をするフリをして弾を背後からぶち込んだ悪魔を睨み、私は乗員に砲撃用意の命令を下す。


操舵室に下りて状況を確認し、一から四番主砲と連絡を取る。


「測距儀、観測機共に完璧に捉えました」


「全主砲薙ぎ払え!」


号令と共に四十一センチの艦砲から吐き出された高速徹甲弾が、ロシアのペルヴェネツ級に降り注ぐが、空中に張られたシールドに阻まれる。


「ディストーション展開! 帝国時代の栄光をもう一度我らの手に!」


互いに旋回し合い、ぴったりと真横に着ける。


「次発装填完了!」


「ってー!」


ペルヴェネツ級の砲身から同時に飛び出した砲弾は、両国の最新の技術によって海に落ちる。


ウラノスとアズュールのどちらの軍事兵器が勝るか、確実に一発で仕留める為に近距離から殴り合う。


「ペルヴェネツ級に長門型戦艦が負ける訳が無い、総員何も恐れるな」


「敵機二時の方向から接近してきます、その数……およそ……百二十機……です」


「対空射撃を副砲で行え、同時並行で主砲はペルヴェネツ級に向けて撃て。対空射撃の指揮はかみ参謀に任せる」


ひびき艦長。只今陛下から電報が来ました、内容は陸奥と秋月がこちらに向かっていて、それまで持ち堪えて下さいだそうです」


神参謀が持って来た電報を受け取り、諦め掛けていた自分の心を持ち直す。


何時までも阿南さんに未熟者と言われたくない、陸軍に力を見せつけなければ父にも迷惑が掛かってしまう、何よりも私を信頼して送り出してくれた天皇陛下のお顔に泥を塗る訳にはいかない。


「二-七-零。ヨーソロー」


「何をする気ですか響艦長、障害が有ります」


「構わず進め、出来るだけスレスレを行くんだ。ディストーションの出力全開、衝撃に備えろ!」


「進路二-七-零原速で……」


「強速から原速、その後は微速でぴったり着けろ」


ペルヴェネツ級に向かった長門は旋回を終え、ロシア空軍機に追われる形で航行する。


上空に辿り着いたロシア空軍機だが、ペルヴェネツ級を巻き込むのは確実な為、右舷からの魚雷攻撃しか不可能になる。


上空を旋回して雷撃に転じようとしている隙に、砲弾を硬芯徹甲弾に変えさせる。


「てー! 装填出来次第撃ち続けろ」


互いのマズルフラッシュと黒煙で相手の艦が全く見えず、既に沈黙しているのかどうかも分からないまま艦砲は火を噴き続ける。


「機銃対空射撃開始! 副砲マジックヒューズ信管設定、てー!」


始まった対空射撃を避ける為に第一波は左右に展開し、海面スレスレを飛行していた第二波が魚雷を海に送り出す。


全く進んだ痕跡を残さない魚雷は、ディストーションに当たって水飛沫を上げる。


波のうねりで大きく揺れる甲板の上では、海に投げ出される者が多発する。


およそ八十本の魚雷がディストーションを直撃した辺りから、被害甚大を伝える警告のサイレンが鳴り響く。


「艦長ディストーションが崩壊します!」


「左舷の錨を打ち込んでサイドスラスター! 時間が無い早く!」


水面をドリフトする様に急旋回する長門は、大きく傾いて艦尾に数本の魚雷を受ける。


第三主砲と第四主砲が吹き飛び、艦尾辺りが真っ二つに折れる。


残り十五本くらいを全てペルヴェネツ級に叩き込み、打ち込んでいた錨を放棄する。


「強速、いや最大戦速」


「この船では原速ですら持ちません」


「ならここで死にたい?」


「艦長の言う通りにするんだ」


「神参謀……分かりました艦長、私の命は貴女と長門に預けます」


最大戦速まで加速した長門は船尾を置き去りにして、ペルヴェネツ級から離れる。


ペルヴェネツ級が轟々と音を立てて爆破炎上したのを見て、戦闘機も全て引き返していく。


安心したのも束の間、艦尾の方が傾き始め、傾斜が大きくなっていく。


「こちら長門艦長の響。曳航艦求ム」


「了解。姫川丸が向かいます、長門は持ちそうですか」


「当然」


「あと一分程で陸奥と秋月が到着します」


大きく息を吐いて司令室に戻ろうとするが、惨状を思い出してここに留まる事にする。


完全に航行不能となった長門だが、スクリューが無いのに何故進んでくれたのかが疑問に残る。


先程まで必死で、そんな事を考える余裕が無かったが、落ち着いてみると本当に妙な体験をした。


船尾を見に行く為に立ち上がると、神参謀が水平戦を指さす。


「艦長あれは……で、伝説の遺産艦ではないですか。あれは……遺産艦の暁型です」


デバイスを使って拡大をするが、周りには不自然な霧が立ち込めていて、全貌が見えない。


何回か撮影を試みたが、デバイスの画面には暁型が映らない。


世界の軍人全員が夢見る事、それは死ぬまでに日本の遺産艦を一目見ること。


中には見た事があると法螺を吹く者も居れば、実際に見たと言う者も居るが、皆口を揃えて言う言葉がある。


第二次の時の大和には喜んで戦いを挑むが、例えどれだけ強力な超弩級戦艦に乗せられても、遺産艦相手であれば駆逐艦ですら手を出したくないと。


その駆逐艦が今目の前に現れたのは、軍人としての最高の名誉であり、勝利を必ずもたらす女神と遭遇した事になる。


「接近して無線を飛ばして。敵意が無い事を示して」


「よう長門の艦長、暁型駆逐艦二番艦響の艦長の工藤だ。天皇陛下の勅命で遺産艦のひとつを動かす事になった」


「工藤中佐ですか、そちらの艦は操縦方法が同じですか? 通常の艦と何か違う所は……」


「話しは日本に帰ってからだ、長門の船員は乗せれるだけこっちで預かる。それで良いか響」


霧を裂いて姿を現した響は、ゆっくりと速度を落として真横に着ける。


響の甲板には幽霊船の様に人が居らず、主砲などの艤装にはシートが掛けられていて、その姿を見る事が出来ない。


響から伸びた発光している足場が、長門の甲板に接続される。


甲板に姿を現した少女は、艦内に向けて手招きをして私の方に歩いて来る。


「私はAdministrator。この艦の管理者、早速ですがウラノスはいらっしゃいますか」


「ここには。てか可愛い、戦場とか男ばかりだから目の保養になる」


「ウラノスの居る所に行く、必ず私が潰す」


「あの人に何をされたの?」


「色々」


敵の多い人だが、こんな小さな子に恨まれるなんて何をしたのだろう。


甲板に出て来た工藤は眼鏡を直して、手に持っていたデバイスを眺める。


「あれは私の仮の艦長。回航なら私ひとりでも出来たけど、日本の上層部が寄越したおじさん」


「じゃあ貴女は今中佐なのか、私より目上の人だった」


「別に敬語とかは使わないのが海軍だから、階級が高くても低くても最前線に行く。それが海軍でしょ」


「確かに工藤さんもパシリみたいなものですし、その辺壁が無い分やりやすいけどね」


煙草に火を着けながら歩いて来た工藤は、大きく引きを吸い込んで煙を吐き出す。


煙をもろに吸った管理者は咳き込み、大きな瞳に涙を浮かべる。


「子どもの居る所で吸わないで下さい工藤さん。また御父様に怒られますよ」


「切り替えも大事なんだよ、と悪態をつきたいが。米内さんに怒られるのも嫌だから辞めてやる。言っとくがこいつはガキじゃねー、百年以上生きてやがるババアだ」


「ロリババアなの。そうじゃなくて、何故私じゃなくて貴女が遺産艦の艦長をしてるんですか」


「お前が陛下の招集を断ったんだろ、だから沖縄でだらだらしてた俺が呼ばれたんだよ。良い迷惑だクソ野郎」


「まさか、あの招集は遺産艦に乗ってほしいとの……」


「そう凹むなよクソ野郎。凹みてーのはこっちなんだよ、休み潰されて真っ二つになった長門見せられて。おまけにババアのお守りだ、給料と休暇弾んでもらわねーとな」


「とか言って、私たちは天皇陛下に頭が上がらないのですから」


「わぁーってるよ、だから日本から離れたこんな場所にまで来てやったんだろ。俺たちは一生掛けて恩を返さなきゃなんねーんだから、お前が死んだら俺ひとりになるだろ。俺だけ苦しむなんざ御免だね」


そんな話をしながら海を見ていると、水平線に三隻の船が浮かび上がる。


管理者は両手を広げて三隻の方を向き、瞳を赤に染める。


「陸奥、秋月、姫川丸を確認。所属は日本」


「攻撃すんじゃねーぞ」


「危ない、それを早く行ってほしい。大日本帝国海軍所属じゃない船は全て敵と認識してた」


「大日本帝国海軍はもう無い。お前が所属してるのは日本海軍だ、日本海軍が仲間だ」


瞳を元の蒼色に戻した管理者は、両手を下げて私のお腹に顔を埋めて落ち着く。


「嫌いじゃない」


「唐突」


「でも嫌いじゃない」


「なんか有難う御座います、私も嫌いじゃないです」


何かを言いたげな顔をしていた工藤を見ると、わざとらしく目を逸らす。


「なに」


「いや、ババア臭くて落ち着くのかとな」


「神参謀、そいつ海の水で洗って」


「響さんはまだまだ若い匂いがするから大丈夫ですよ。艦内では夜就寝時間を破る者が続出しましたからね」


後ろに立っていた神は無駄な事まで付け足して、やれやれという風に顔を横に振る。


「おいおいこんな色気の欠片もねーやつにかよ、どんだけ限界なんだよ」


「何を言うか、私にだって少しだけ有るわ。ウラノスさんと初めて会った時可愛いって頭撫でてもらえたから」


「それお前が九歳の時だろ、色気じゃねーし」


「工藤喧嘩するなら退艦してほしい、私は米内を仮の艦長にする事も出来る」


「何だよお前まで、分かったよ辞めりゃ良いんだろ」


「有難う工藤。貴方は良い人」


響の甲板に戻った工藤は、煙草に火を着けて煙を吐き出す。


ああ見えて結構メンタルの弱い工藤は、昔はよく泣いていた。


最近になって口調が荒くなり、煙草まで吸うようになった。


今でもあの時の約束を覚えているのか不安だが、あいつの性格を考えると覚えてないだろう。


変わってしまった人間は過去を捨て去り、新しい自分だけを尊重する様に、過去なんて見ずにどんどん進んで行く。


まるで変わった事が正しいかの様に。


私の中で今も不快な言葉として残っているのが、既に戦死した上官の言葉だった。


変われないの? 変ってないからそうなんだよね、だからそういう所が終わり。


変わる事が正しいとは思わない私にとって、その言葉は何よりも苛立ちを覚えた。


アイデンティティが確立されていないなり損ないが、過去の自分と決別して変わったからといきり立つ。


ひとつの自分すら貫けないなり損ないに、私はそんな事を言われるなどと思っていなかった。


確かに私はぼーっとしてて鈍臭いし鈍感なのかもしれない、それでも良いと言ってくれたウラノスの言葉は上官の言葉を切り裂いて、心の鎖を断ち切ってくれた。


そして変わった人間は変わらない人間よりも先に死んだ、その生き方すら間違っていたという事になる。


いつの時代も変わってしまうのは自分勝手な人間で、自分が満足したら躊躇いなく捨てる。


そんな汚い人間を見たくないから私は戦場に出た、ウラノスに希望を見出して血腥ちなまぐさいこの聖域を駆け回る。


「難しい顔をしている」


頬を小さな手に包まれて、大きな蒼い瞳にじっと見られる。


「どうしましたか」


「難しい怖い顔、君は戦場ではそんな顔をするのか。頼もしいけど、美しいとは程遠い。守りたいものがあるのからそれを想えば良い。でも、壊したいものは考えなくても衝動のまま壊せば良い。ウラノスの言葉」


「衝動のまま壊せてれば楽なんでしょうね。でも、私は変われない理由があるんです。あの日の三人でまた内地で桜を見たいんです、血に濡れていない綺麗な桜を」


「そうか。余計な事を言ってしまったみたいだ」


「ううんありがと、お陰で迷いが晴れたし。壊したいって程じゃないの、唯穴空いて千切れてくれないかなって」


接近して来た姫川丸が長門を曳航して、ゆっくりと日本に向けて進み始める。


護衛艦として陸奥と秋月が前後に付き、その後ろを響が付いて行く。

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