ロンドン戦線
ウラノスクイーンの部屋での会議から二日後、ロンドン橋を塞いでいた陸軍と対峙する。
何台も戦車が並び、全く動かない兵士がじっと橋の先を見張っている。
その様子を大聖堂から見ていると、セレナに呼び出される。
見張りを代わってもらって部屋に行くと、セレナとツヴァイ、そしてMI6に所属しているツヴァイが居た。
「早速で悪いけど、アンジュには話しとく。このふたりのツヴァイについて」
椅子から立ち上がったセレナは、男の方のツヴァイの前で立ち止まって、コートから鍵を取り出す。
セレナはその鍵を自分のASCの穴に差すと、男の方のツヴァイの目の色が赤色に変わる。
「狙撃」
セレナがそう言うと、壁に立てかけてあったスナイパーライフルを持って、橋の上の軍人に銃口を向ける。
発砲したツヴァイは動きをぴたっと止めて、石像の様に固まる。
「これはこの子の紛い物。カタリナに育てられたのはMI6に所属している方のツヴァイ、つまりウラノスクイーンの部下がオリジナル。私のツヴァイはこの鍵を使う事で戦闘に特化する、使わなかったら通常通りって訳」
「それを話して何をさせる気ですか。唯理解しろと言う訳にも行かないみたいですけど」
「別に意味は無いけど。アンジュには伝えておいた方が良いと判断しただけ。さあ、狙撃しちゃったしそろそろ出撃ね」
部屋から出て行ったセレナとツヴァイを見送ると、オリジナルのツヴァイが私の手を握る。
「つまり、これは戦争。私情を持ち込まないでって意味」
それだけ言って出て行ったツヴァイは、メイド服のスカートに何かを仕舞う。
拡大と解析を繰り返したが、それが何だったのかは分からず仕舞いだった。
今回の作戦に参加する人のリストに、次々と戦闘準備完了と表示されて、残るは私だけになる。
ArsenalからウィンチェスターM1897を取り出して、ASCを操作して準備完了を選択する。
大聖堂の外に出ると、数百ものテロリストが集結していて、作戦に参加しているエージェントも唖然としている。
「あの橋が落ちたら突撃の合図、歩兵を掃討して橋を渡る。戦車を落とす為に橋が無くなるけど、安全を確保したら大型のikarugaに人数分のワイヤが吊るされてる、それを掴んで渡るようにして、遅れたクズは置いてく。以上健闘を祈るわ」
セレナの作戦に全員が返事をして、陸軍に見つからないギリギリまで橋に近付く。
今か今かと合図を待っているテロリストを掻き分けて、列の一番前に位置取る。
何の前触れも無く橋が爆発すると、全員が声を上げて一斉に走り出す。
大きな混乱に陥った陸軍を次々に後退させていくテロリストの集団は、あっという間に落ちた橋の前に辿り着く。
ikarugaが上空に現れると、我先にとワイヤを取り合って橋を渡る。
大半が橋を渡る事に成功するが、一部が取り残される。
泳いで渡ろうと飛び込む者もいれば、まだ残っていた陸軍と交戦に入る者も居た。
あと半分残っているロンドン橋の上を駆け、第二波と衝突する。
遮蔽物の無い戦場では流れ弾が入り乱れ、殆ど敵味方関係無く、動くものなら何でも潰しにかかる。
陸軍の隊列の一番後方を見ると、因縁の相手であるアントラが指揮を執っていた。
立ちはだかる軍人を一蹴して、アントラ目掛けて走る。
脇に控えていた十人程の側近が発砲するが、ディストーションで弾丸を受け止め、ウィンチェスターで一掃する。
何度発砲しても弾丸が通らないのを早い内に察したアントラは、腰の剣を抜いて向かって来る。
「Codeローズクォーツ」
変形したディストーションが地面に大きな薔薇の紋章を描き、立体となって大きな薔薇のオブジェとなる。
五台の戦車と約五十人の軍人を巻き込んで、収束して全て潰す。
それを回避していたアントラの剣を避け、Arsenalから剣を取り出す。
「雷霆万鈞」
砕け散った薔薇の破片が刃となって、アントラに襲い掛かる。
剣で防ぎ切ったアントラだったが、腹部に突き刺さった破片が決め手となり膝を折る。
「この異能力使いの化物集団が、お前ら如きにイギリスは屈する事は……」
「煩い」
アントラの顔を蹴り飛ばして胸倉を掴み上げると、真正面からの睨み合いになる。
「お前もいずれ死ぬ事になるぞM029、女王陛下に勝てる筈が……な……い」
「だから……煩いって言ってるでしょ」
目に弾丸をぶち込んで植物状態にすらさせない為に、確実に脳幹を削り取る。
服から手を離して戦場を見回すと、瞳の赤いツヴァイの腕が軍人の胸を貫いたり、オリジナルのツヴァイが、ゴッドアイを使って逃げ出す軍人を撃ち抜く。
完全に虐殺と化した戦場に、嫌な空気が突然漂う。
その不快感を思い出した、まだエージェントになりたての時に就いた任務で、奴隷同士を戦わせる闇賭博の会場の雰囲気と同じだった。
「別働隊も私たちの方に向かってるらしいですよアンジュさん、どうしましたか? 気分でも悪いですか」
「何でもない」
真っ赤に染まったロンドン橋を突破したテロリストたちは、返り血にも気にせず前に前に進む。
セレナから別の任務を任された私はここで待機となり、別働隊が来るのを待つ。
次の任務を確認すると、ロンドン塔の制圧と三百キロ爆弾の設置と書かれている。
「別働隊はあと十分くらいで……」
「こんなのひとりで出来る、待ってる時間が勿体無い」
「あぁ駄目ですよアンジュさん、組織ですから乱したら……」
「今までもひとりでやってきた」
ELIZAの制止を無視してロンドン塔に走り出すと、ウラノスクイーンから通信が入る。
「何か用」
「あ、響だよアンジュちゃん。日本以来だね、今回代表で来たんだー、それでイギリスに残ったの」
「こんな時に何ですか」
「卯衣ちゃんがそっちに向かってるからさー、仲良くねーって言いたかったの」
「分かりました、out」
強制的に通信を切ってバイクを拾い、ロンドン塔に向かう。
ロンドン塔の下に着くと、別働隊と言っていたが、そこに居たのは姫輝ひとりだけだった。
バイクから下りて姫輝に向かって歩くと、こちらに気付いた瞬間走って来る。
そのままの勢いで飛び付いて来た姫輝に倒されて、地面に叩き付けられる。
「何で居なくなったんだよ、もう居なくならないって約束しただろばか」
「約束しただけです、守るとは言ってません」
「最低だなお前は」
「私もそう思います」
姫輝の背中をさすっていると、警告音が鳴り響く。
「立って、早く!」
「いつの間にか囲まれてる」
周りを見ると、市街に潜んでいた陸軍に周りを固められ、袋の中の鼠となっていた。
「ローズクォーツ」
自分を中心として薔薇の壁を作り、身の安全を確保する。
一斉に発砲を開始した軍人は、RPGやコンカッショングレネードを用いる。
「いつまでもこのままという訳にはいかないぞ」
「ローズパレス」
薔薇の茎が地面から伸びて、囲んでいた軍人を一気に薙ぎ払う。
「どうですか姫輝さん、今の私格好いいですか?」
「んー。可愛いな」
久し振りに頭を撫でて貰ったのが戦場の真ん中なのが少し残念だが、撫でてもらえればそれで良いので気にしない。
「さぁ、妃奈子たちが塔の中で爆弾の用意してるから私たちも行こう」
姫輝に手を引かれて階段を駆け上がり、最上階に出る。
元々刑務所と言うこともあって、あまり良い雰囲気ではない。
「あら、お手を繋いで仲が良いですね」
微笑む妃奈子にそう言われて、慌てて手を離すが、姫輝はデレデレとしている。
「違うこれは、来る時にお化けが出そうだったから、姫輝が繋いでって言うから仕方なく」
「お化けが出そうで怖いって言ってたのはアンジュじゃないか」
「い、言ってない」
「妃奈子私たちも。このふたりに負けてられない」
妃奈子の腕に絡み付いた友希那は、ぴたっと密着して頰擦りをする。
腕を絡められても頰擦りをされても、全く動じず笑顔なのは流石に怖い。
瞼を閉じて至福の様な顔をする友希那に、妃奈子が背中に手を回すと、修道服の中から大量のパッドが落ちてくる。
動きが止まった友希那は、静かに背中に手を伸ばして、数秒間作業をした後手を戻す。
地面に落ちたパッドを全て拾い、ライターの火にかけて投げ捨てる。
「何か見た人挙手して下さい、お祭りに連れて行きますよ。えぇ、血祭りに」
自分も含めて友希那と反対の方の景色を見て、「良い景色だなー」など一言ずつ感想を並べる。
何事も無かったかのように振り向くと、想像以上に友希那の胸元が変わっていた。
小さいと言うより無いと言った方が早いような気もするが、誰もそれを口にしない。
強制的に通信が入ると、タークスと表示される。
「やってるか? ウラノスから話があるって」
「一度しか言わない、宮殿を攻略するならアルトリアに会え、警備の総責任者だ。それと友希那、まだ見栄を張るだけ偉い。ティエオラはそんな努力した事ないからな、じゃあ邪魔したなСвет надежды」
「お母様はAあるからじゃないですか、私はそれすら無いのに」
「笑ってますけど姫輝さんも同類ですよ」
「……」
自分の胸を見下ろした姫輝は、漸く気付いたのか手で確認を始める。
友希那の隣に並んだ姫輝は、握手をして同盟を組む。
「遊んでねえで仕事しろよ、下から陸軍が来たぞ」
「分かりました、皆さん降下開始です」
ワイヤを使って壁に足を付けながら降下して、地面に飛び下りる。
入れ違いになった陸軍を放置して、走り出した妃奈子に付いて行く。
「爆弾は?」
「中身は詰まってませんよ、時間稼ぎと戦力分散です。狙いはウェストミンスター寺院ですから、そちらは聖月華さんたちが担当です。私たちは敵の撹乱に専念です」
「成程。なら直接軍の施設襲った方が早い」
「んー。辞めておきましょう」
「それが賢明だと思う」
「ですね」
「では、ここからは個々で行きます。固まっていると格好の的になってしまいます」
そんな会話をしていると、いつの間にか周りには誰も居なくなっていて、妃奈子から一瞬目を離しただけなのにもう姿が無い。
「こちらユージーンだ、M029じゃなかったな。アンジュはそのまま本部に帰って来てくれ、ウラノスクイーンから極秘だそうだ」
「今ユージーンは何処にいるの?」
「俺か? もちろんMI6本部の通信室に……」
「発信源が唯のビルからなのに? 通信室はそのフロアに存在しないけど」
「チッ、クソがぁ……」
男が潜んでいたビルから少し離れた所で、屋上からDragunovを両手で持って消える友希那の後ろ姿が見えた。
「何あれ、いつもあんなだから格好いい」
「見とれてないで前を見て下さい! それはもう沢山の陸軍が」
ELIZAが指さした先には、殺意の塊の様な殺伐とした雰囲気を纏った者ばかりで組まれた、取り敢えず殺せば正義部隊が私目掛けて走って来ていた。
「ローズ・ガーデン」
収束して蔦の様にしなったディストーションが道を塞ぐ。
「これって何かしら適当に言ったら形を変えてくれるの?」
「私に聞きますか? アップデートしたウラノスに聞いて下さい」
「лабиринт」
「迷宮なんて出来る筈が、ウラノスの声……」
蔦が一本一本姿を変えて、空高く直線に伸びて陸軍の行く手を阻む。
プライベート通信で繋いだウラノスは、電気格子をバックにして映し出す。
傷だらけの体を無理矢理起こして座ったウラノスは、閉じられていた左眼の瞼を指で撫でる。
人差し指と中指、薬指と小指をくっ付けて、中指と薬指を離して紫色になった瞳で私の目を惹き付ける。
ELIZAの警告音が脳に響くなか、遠ざかってく意識が瞳に映したのは、完全に髪が真っ白になったウラノスが、髪を引っ張られて壁に叩き付けられる姿だった。