開幕の引き金
ロシアから八時間程飛んで、漸くフランスまで到着した。
「残念ながら制府の領空には通行許可が出ていない、ここからは正規ルートで国境を超える」
意識を取り戻したウラノスとヤハウェを連れて、タークスは先に機体から下りる。
まだアルコールが抜けていないふたりはふらふらと歩き、倒れそうになるところをタークスに支えられる。
「ほら、いつの時代も捕虜に人権は無いぞ。さっさと歩けー」
「ごめんヤハウェ、痛くなるから私の服を噛んでも構わん」
タークスが手続きの為に場を離れると、ふたりは密着して何かをしている。
頷いたヤハウェは拘束されている腕を伸ばして、ウラノスの肩の服を噛む。
虚空から刀身が黒い剣を出したウラノスが、ヤハウェの腕を切り落とす。
奥歯を鳴らしたヤハウェは、ウラノスの首から血が出ても力を強くしていく。
「おま……服を噛めって言っただろ。まぁ、よく我慢した」
脱走しようとしているヤハウェを追い掛けようと立ち上がるが、無理やり飲まさせられた酒のせいで立ち上がることすら出来ない。
操縦席でそれに気が付いたヘンリーがヤハウェに発砲するが、盾となって弾丸を受け続けるウラノスに全て阻まれる。
射程距離からヤハウェが出ると、やっとウラノスが膝を折る。
ヘンリーが走ってヤハウェを追っていき、両手も使ってウラノスに辿り着いた私は、起き上がれないように上に乗る。
「ああまでして逃がしたかったのですか、莫迦ですね貴方は」
「ヤハウェを拘束するのは良くない。後悔するのはあんたらの方だ、聖冬が助け出す前はずっと監禁されていたからな。いつ壊れるか冷や冷やしてたよ」
「また友希那に怒られますね、今度は刺されるかも知れませんよ」
「娘に怒られるのは痛いな。どうせ話を聞いてティエオラも来てるだろうし。まぁ、頃合いを見てロシアに帰らせてもらう」
「逃がす訳ないじゃないですか、私なら兎も角タークスとティエオラと友希那が居ますから」
「アンジュも気を付ける事だ。聖冬の眼を見てしまったが最後だ、ロシアに来なければいつ仲間の前で牙を向くか分からんぞ。グラーフの様にな」
「あれは貴方の眼ではなかったのですか……このまま姫輝さんの隣に居たら、私は……」
ぐしゃっと音がして閉じかけていた瞼を開けると、タークスがウラノスの頭を踏み付けていた。
手首を動かして地面を叩いているウラノスを無視して、タークスは右足に乗せている体重を多くする。
「よくやったアンジュ、こいつだけでも持ち帰れれば上出来だ。ヤハウェも居たら完璧だったが、腕を切り落としたか」
「もう少し進んだ拘束のやり方をするべきだったな。この時代にあんな粗末な拘束は逃げて下さいって言ってるようなものだ」
「確かにそうかもな、ヘンリーともそういう打ち合わせだったしな」
ヤハウェが走っていった方から爆発が起きると、多数の悲鳴が沸き起こる。
煙の中に人影が映ると、ヤハウェを背負ったヘンリーが姿を現す。
私を退かしてウラノスの髪を掴んだタークスは、持ち上げて乱暴に投げ飛ばす。
「お前に生きる術を教えたのは誰だ? 出口や思考は全て分かる」
「なら、これも分かったのか」
左眼に紫色の炎を灯したウラノスは、タークスの目を見るが、直ぐに炎が消える。
ウラノスは何度も炎を出すが、出す度に小さくなって消える間合いも早くなる。
「友希那がその眼に覚醒した。その炎は親から子に受け継がれるらしいな、あとはティエオラのが受け継がれたら、お前らに勝ち目はないぞ」
「今日は体調が悪いだけだ」
そう言ったウラノスは目から血を流し、咳き込んだ口からは血が出る。
「そんなになってまで何をする気だ、ここら辺が引き時じゃないのか」
「黙れ、聖冬が望んだんだ。なら私はそれを叶える為なら何度でも死ぬ、どんな不名誉を……」
「貴様の忠誠心は賞賛しよう! だがな、お前が今守らなければならないのは家族だ」
「sacred familyは皆家族だ、誰ひとりとして私は見捨てたくない。聖冬はずっとひとりで戦ってきた、私は支えたい」
タークスは深い溜息を吐くと、座らさせられているヤハウェの隣にウラノスを投げる。
「勘違いするなウラノス。お前じゃ支えられる訳が無い、思い上がるな。早くヤハウェの腕を直せ」
「なら私は今更どうすれば良い」
「おいおい、自分のやった事に責任持てよ。まぁ、責任取ったとしても何度死ななきゃならんか分からんがな」
「私は進み続ける、例えあんたらに何を言われても。この信条は曲げられんよ」
「曲げる気は無い、へし折るだけだ。懲罰房に入れろヘンリー」
ヤハウェを担いだヘンリーはウラノスを引き摺り、唯一イギリスに入国出来る門を潜る。
タークスと一緒に門を潜ると、目の前に迎えの車が既に止まっていた。
ヤハウェを丁寧に座らせて、ウラノスをトランクに詰め込む。
「ターさん行きましょう、これ以上ウラノスと居たら可笑しくなりそうです」
「私も同じ意見だ、すこぶる気分が悪い。吐き気すらする。殺そうにも殺せないのが更に癪に障る」
ベレッタを取り出したタークスはトランクに向けて全弾発砲して、何度もリロードして発砲を繰り返す。
血が後部座席まで溢れて、ヤハウェの長い白髪が血に濡れる。
「痛覚はあるんだろウラノス」
「ってーなてめえ、ぶっ殺すぞ!」
「おいおい、殺し屋の時の口調に戻ってるぞ。聖冬はその喋り方が嫌いだった筈……」
「や、やめろ……莫迦。次やったら許さないからな」
「相変わらず可愛いな。純粋だ」
「てめえ」
「あれ」
「んー! んぁぁ、もう喋らないからな」
けけけと悪戯っぽく笑うタークスは、満足そうに何故か私の頭を撫でる。
咳き込むウラノスの姿を時々確認するヘンリーは、腕を上手く動かせないヤハウェを補助している。
政府連合が姿を現してから暫く経った街は、誰ひとりとして外には出ていない。
ウラノスクイーンの報告では、現女王が連合軍の派遣された各国代表と会談している。
日本とドイツは無条件降伏を提案しているが、ロシアは属国にする事を要求してるし、イタリアは政府に戻る事を要求している。
そんな感じでイギリス女王は日本とドイツの条件か、ロシアの属国となって連合軍から手出し出来なくさせるかを悩んでいるらしい。
イタリアの条件である政府に戻るを選択すると、日本、ドイツ、ロシアに握り潰されるだろう。
その条件を選んだとしてもイタリアが味方してくれるとは限らない、例え味方したとしても勝ち目が無い。
今回ロシアが手を組んだのは、恐らく属国にする自身があるからだろう。
必ず属国になる事を選ぶと考えたから、重い腰を上げて今回のイギリスとアメリカ弾圧に協力した。
それを動かしたのはアズュール・ディア・アズライト。
特異体質であるイニシエーターであり、アルビノを持つ女性。
見つかっていない五人目のイニシエーターと、公表されていないウラノスの能力を除いて、五人の中で最も協力とされている能力を持つ。
詳細は残されていないが、一部の記録から勝利を約束された能力とまで言われている。
「お前の母親が何をしようとしているか分かるかヤハウェ」
「さあ、分からない。あの人嫌い、聖冬とウラノス好き」
「せめて能力だけでも知らないのか?」
「一回だけ目の前で見た。でも何も分からなかった、敵が突然消えたから。皆の記憶から消えたけど私は覚えてた、アズュールも覚えてた」
「ヤハウェ喋るな、私たちはアズュールの支配下にある。部下として……」
舌打ちをしながらまた撃ったタークスは、ナイフをウラノスの首に刺して喋れなくする。
生き返る度に息が首から漏れる音がして、聞いているだけで息苦しくなってくる。
「結局全て聞けずじまいだな。ウラノスは懲罰房、ヤハウェは普通の部屋を用意しろ。だが警備は怠るな」
MI6本部の前で止まった車からヘンリーが先に出ると、後方から猛スピードで走って来た車が思い切りぶつかる。
ヤハウェを抱いてヘンリーは本部に走り、運転手とタークスが応戦する。
潰れたトランクを剣で斬り、両足が血塗れのウラノスを引き摺り出す。
「自分で歩いて下さい」
「足の骨が粉々になった、一度殺せ」
「例え生き返るとしても気が進まない。命は本来そうあるべきじゃない」
「それが分かってるのなら良い。今はアンジュが生き延びる事を考えろ」
ウラノスを抱きしめて目を瞑って脇腹から剣を心臓に突き立てると、一瞬脱力した後体を持ち上げられる。
「スプリングフィールドは貰っとく、お前は今から人質だ」
「卑怯な事を……」
「卑怯でもクズでも何でも言えよ、私は聖冬の願いを叶える。次こそ叶えてやりたい、だからもう手段は問わん」
「滑稽ですね、そこまでして依存してもあの人は貴方を本当の意味で受け入れる事は無い」
「分かってる、だから私が無理矢理渡す。今までとこれからを、五人目のイニシエーターにな」
MI6本部に突っ込んだウラノスは、警備と受付を素早く片付けてエレベータに乗る。
最上階のボタンを押してウラノスクイーンの部屋に上昇を始めると、建物内に警報音が鳴り響く。
ウラノスクイーンのフロアで丁度緊急停止したエレベータから下りると、扉が開いた瞬間にサイファがウラノスに剣を突きつける。
「どうなっても知らんぞサイファ。俺はウラノスクイーンに話がある、お前より先にアンジュの頭に鉄が入るだろうけどな」
「悪人は何年経っても悪人、そんな貴方に拾われた私も悪人って訳だな」
サイファの胸を貫いた弾丸がスプリングフィールドを弾き、隙が出来たウラノスの腕から抜け出して、倒れる途中のサイファを回収してウラノスクイーンの隣で止まる。
直ぐにリペアを撃って傷を完治させて、目覚めるまで座らせておく。
ウラノスが生き返った瞬間に弾丸を叩き込むウラノスクイーンは、復活を許すこと無く拘束する。
目を覚ましたサイファは立ち上がり、上昇して来たエレベータの前に立つ。
扉が開くと、サイファは礼をして客人を迎え入れる。
「お姉ちゃーん」
一番最初に飛び出したのは、ライブで宣戦布告をした第一王女だった。
その次にセレナとツヴァイ、そして妃奈子と友希那と愛奈が来て、以前会ったやる気の無い科学者のチェリー、そしてもう一人は見た事の無い女性だった。
姫輝が居なかった事に何故か安堵した私は、胸が変な動きをする。
「アンジュさんも元気そうで良かったです」
「私はいつも元気です。ここが本当の居場所だったみたいだし、やっぱりひとりが合ってるのかも知れません」
「そうですね、姫輝さんは随分と元気が無かったですが。責任を感じてらっしゃいますし」
「今そう言う話は無し、ここに来た理由は別にあるんでしょ」
「その通りだアンジュ。では今後について計画を説明する」
大きなモニタを天井から下ろしたウラノスクイーンは、この場に居る全員にデータを送って、映像を使いながら説明を始める。
「先程入った報告で、イギリスは徹底抗戦を発表した。制府連合と政府連合がぶつかる事が確実となった、アメリカに派遣されていた各国の代表からも、同じ様な内容の報告が入った。一度本国に戻る軍艦を追い討ちしてしまおうと女王は考えている、だが私たちは陸での勝負だ。これは海軍が離れる好機でもあらふ」
「質問です」
挙手したのは初めて見た女性で、ウラノスクイーンに発言を促されて立ち上がる。
「ベルティナ・ドライブです。今後ライブをするにあたって、私たちの危険が増すのですが、それはどう対処していくのでしょうか」
「それに関しては決めてある。Phantom Princessの中で割り振られている、Phantom の刺繍が入っている者が担当する。ライブを担当する君たちはPrincessの刺繍が入っている筈だ」
丁寧に頭を下げて椅子に座ったベルティナは、手の中にある紋章を握り締める。
それを見たウラノスクイーンは溜息を吐き、再び説明を再開する。
「私たちは当然政府連合に所属する。だが援軍は期待するな、あくまで一組織であり個々での戦いとなる。日本がアメリカ相手に時間を稼いでいる間に、我々とイタリアでこのイギリスを叩き潰す。だがイタリアには海軍を抑えるのに精一杯だ、言った通り陸では私たちが主な戦力になる。取り敢えずの説明は以上。解散!」
全員立ち上がると、敬礼の掛け声と共にウラノスクイーンの方に向かって敬礼をする。




