ELIZA
MI6に帰還後、体内の弾丸を手術して取り除いた後、撃たれた傷を癒す為に、長期休暇が与えられた。
特に行く所も、一緒に出掛ける友人も居ない為、M029は薬莢を机に並べる。
ひとつ置く度。
こつ。
こつ。
こつ。
リムが机を叩く音が部屋に響く。
「……そうだ、ケーキを食べに行こう……って違うわ」
頭の中に思い浮かべたケーキを退けて、壊れたMK23を机の上に置く。
コルトガバメントをスーツの中に隠して、マンションの部屋から出る。
液晶に手の平を当てて、施錠をする。
「銃火器最寄り店」
壊れたMK23の代わりを探す為、Information Life Wizard Alchemyに検索ワードを投げ掛ける。
Lifeだけ頭文字の二文字を取ったELIZAの名の由来は、生活を便利にする情報を、魔法使いが錬金術の様に出す事をコンセプトとして、作り出した人工知能プログラムだ。
「ルート案内を開始致します。本日の天気は晴れです、本日もお元気ですね」
角膜に地図が表示されて、目的地の場所に旗が立っている。
車通りの多い道を歩いていると、ウェストミンスター寺院が右手に見える。
以前王族の戴冠式で警備に当たっていた事があり、構造などを知り尽くしてしまった。
ルイシャム・ストリートに入って、民家の間の通りに入る。
マンホールを開けて、体を中に滑り込ませる。
店の入口に着くと、黒服を着ている男がふたり立っていて、片方に止められる。
「MI6エージェント、コードM029」
データ化すると、漏洩した時悪用される可能性がある為、手帳となっているエージェントのカードを見せる。
それを見た男は、店の中に通してくれる。
店の中に入ると、壁には様々な銃が飾られていた。
「どれが良いんだ」
端から順に見ていくが、これと言ったものが無いので、店主に問い掛ける。
「やっぱりベレッタ92Fじゃないか?」
「ベレッタも良いけど、MP-433にする、MK23は置いてないのか?」
店主はベレッタとMP-433を出す。
「MK23は置いてないな、ちょっと前まではあったんだけどな」
「そうか、ELIZA口座の残金は」
「はい、口座の残金は八億二千万と……」
「もう良い、どちらも頂く」
カウンターに置いてある液晶に手をかざして、早々と会計を済ませる。
「は、八億って……兄ちゃん裏の仕事でもやってるのか? ここに来るのは精精テロリストくらいだぞ」
「なら、表の警備は何なんだ」
「警備なんて付けてないよ、この店知ってるのはそう言う奴らばかりだからね」
「……まあ良い、職業は只のエージェント。金を使う機会がなかなか無いから貯まる一方なだけ。あと、仕事が多い所為。弾はこの住所に送ってくれ」
銃を持って店を出る。
マンホールから出ると、先程入口に立っていた二人組が居た。
「おい、お前金持ってるんだろ。死にたくなければ口座キーを教えろ」
突然二人に銃を突き付けられる。
ひとりは後ろに回って、後頭部に銃口を付ける。
「そうだ、ケーキを食べに行こう。ここら辺の美味しいケーキ屋を調べろELIZA」
二人に構わず歩くと、発砲音が二回する。
「ディストーションを展開致します」
ELIZAが言うと、背中の前で弾丸が止まる。
「もっと撃て! どうせ防弾スーツだろ。貫通させてやれ」
弾が切れた二人は、無言で走って逃げる。
「この機能の説明をしろELIZA」
「はい、昨日の手術で取り付けられたものです。MI6の中でも、今は貴方様だけしか実装されておりません。ディストーションは、展開する代わりに動きが制限されてしまいます、そして、展開時間も有限です」
「そう」
トットヒル・ストリートに出ると、警察とテロリストが衝突していた。
街の中で銃撃戦が展開されており、一般市民が逃げ惑っている。
面倒な光景を目の当たりにしたので、角膜をケーキ屋の情報で埋め尽くす。
「あ、このケーキ美味しそう。プリンもパフェもある……って違うわ」
視界を埋め尽くしていた情報を片付けて、車の後ろに隠れていた警察官の隣に行く。
エージェントの手帳を見せて、ドアの後ろに身を隠す。
「MI6か、手伝ってくれ」
「ん、報酬は」
「何を言っているんだ、MI6の仕事でもあるんだぞ」
「今は休暇期間中だから。普通でも金は貰ってる」
「分かったから、取り敢えず手伝ってくれ!」
ドアの陰から出て、コルトガバメントの射程距離内まで接近する。
先程買ったベレッタを左手に持って、二丁拳銃で応戦する。
「ディストーションを展開致します。耐久時間残り八秒、七、六」
「五月蝿いし邪魔」
ディストーションが展開されている為、こちらの弾丸も止められてしまう。
こちらも攻撃が出来ないが、あちらも攻撃が出来ない、この間にテロリストとの距離を詰めて、即死する程度の射程距離には入っておきたい。
途中、乗り捨てられていた車を発見したので、その車に乗り込む。
アクセルを全開に踏んで、乗り捨てる。
そのまま走っていった車は、テロリストの一部を吹き飛ばしながら、店にぶつかってやっと止まる。
違う車の陰に隠れて、残ったテロリストの殲滅に当たる。
弾の切れたベレッタをホルスターに入れて、MP-433を取り出す。
コルトガバメントをリロードしている間は、MP-433を撃ち、何とか間を持たせる。
撤退を開始したテロリストは、車に乗って退散していく。
命からがらの逃亡虚しく、車でバリケードを作っていた警察に捕まる。
「ディストーションを使い切ってしまいました。本日の分は……」
「もう良い」
報酬の約束をしていた警察官の下に行くと、手を差し出される。
「協力感謝する」
だが、M029はその手を握らない。
「協力をした気は無い、報酬の為」
「分かったよ、報酬は何が良いんだ。あまり突飛なのはやめろよ」
今月は金欠になる事を覚悟した様な言い方をして、警察官は肩を落とす。
「最近美味しいと口コミがあるケーキ屋に連れてって」
「そんなんで良いのか? 俺はなんか、もっとこう、めちゃくちゃ言うかと……」
「道が分からないから、道案内が欲しかっただけ」
警察車両の助手席に乗って、シートベルトを締める。
「道案内なら、ELIZAにお任……」
「黙ってて」
警察官が運転席に乗って、エンジンをかける。
目を瞑って到着を待っていると、途中で警察官が口を開く。
「名前は?」
「M029」
「いや、コードネームじゃなくて」
「コードネーム以外、俺と識別する呼称は与えられていない」
赤信号で車が止まると、前を大量の人が横断して行く。
通行人のひとりがこちらを見て、不意に銃口をこちらに向ける。
意表を突く行動に、反撃の体勢が整っていない。
ディストーションは使い切った、相手より先に撃つのは間に合わない、そんな事を考えている内にも、銃を持っている男の指は引き金を引いていく。
シートベルトの金具を撃ち壊して、警察官の上に覆い被さる。
「邪魔なんだよ、ケーキ屋くらい普通に行かせろ!」
叫んだ警察官は、ハンドルを見て声を荒らげる。
弾は運良くハンドルに当たって、貫通すること無く止まっていた。
振り返って、コルトガバメントの引き金を引く。
カチッと音が鳴るだけで、発砲音が響かない。
こんな時に動作不良が起きる。
「大丈夫か、当たってないか?」
「行って、轢き殺して」
車は急激にスピードを上げ、テロリストの回避行動虚しく、その体を吹き飛ばす。
「やっちまった。救急車」
「要らない。ケーキ屋に行こ」
「馬鹿言うな、テロリストだろうと轢いちまったんだぞ?」
「轢いちまったんじゃなくて、俺たちは意図的にあいつを轢いた。ケーキ屋に行こ」
言い合いをしている間に、テロリストは血を流しながら、裏路地に逃げてしまう。
助手席から出て、テロリストを追い掛けようとすると、警察官にシートベルトを巻き付けられて止められる。
「やめて、仕留めないと。いや、やっぱりケーキ屋に行こ」
「ケーキケーキ五月蝿いんだよ、殺した後のケーキとか喉通らんわ」
逃げた男を完全に見失い、追い掛けようとするのを辞める。
助手席に戻って、緑色になっていた信号を確認して、道を進む。
「貴方の都合は知らない。俺は殺した後でもケーキは喉を通る」
「アイルだ。俺は通らないんだ、お前いくつだよ。まだ成人すらしてないだろ」
「年齢は十六。何で貴方もケーキを食べようとしているのですか」
「十六でMI6? よっぽど人手不足なのか?」
車が右に曲がると、目的地のケーキ屋に到着する。
「続きは店で」
助手席から下りて、先にケーキ屋に入る。
店内は若い女性で賑わっていて、席が殆ど埋まっていた。
店員が接客に来て、笑顔で空いている机に誘導してくれる。
「おい、M029置いてくなって。あ、連れです」
アイルが店に入ってくると、店員に頭を下げながら向かい側に座る。
「えっと、チーズケーキとチョコケーキといちごパフェと、いちごタルト。あと珈琲」
「俺は珈琲だけで」
注文をするパネルで、全てをオーダーする。
「ELIZA休暇の後の予定は」
「はい、このようになっております。初日の仕事は日本に行くことになっています」
角膜に予定表が表示される。
「四月は休みが三日だけか、日本では何をするんだ」
「日本では天皇陛下と首相に謁見した後、日本との交流だそうです」
「交流? そんなものが必要なのか、協力する条約などを結ぶなら分かるが、ただの交流か」
「裏があるとお考えですか?」
「交流だけなんて、何の意味も無い」
頼んだものが一気に机に届き、机の上が半分埋まる。
「おい、多くないか」
「これくらい何とも……あげないから。私を誘導して取ろうという魂胆?」
「取らねーよ……おいおいおいおい、珈琲にどれだけ砂糖入れるんだよ、色変わってるじゃないか」
「五月蝿いです、苦いのは苦手なので」
角砂糖を六つ入れ切って、スプーンでぐるぐると掻き回す。
それを見ていたアイルは、口を開けて勿体無いと言う顔をする。
珈琲を一口含むと、まだ少し苦い気もする。
もう一個足そうとすると、アイルの手に止められる。
砂糖を諦めて、ケーキに手をつける事にした。
先端のとがっている所から崩して、口に運ぶ。
無言で食べていると、アイルがぼーっとこちらを見つめている。
「美味いか?」
不意に口が動いて、そう聞かれる。
「美味しい。連れて来てくれて有難う」
「今日会ったばっかだけど、お前の笑った顔初めて見たわ。やっぱり笑うと、まだまだ子どもなんだな」
「笑ってない」
自分の顔をぺたぺた触ってみると、少し口角が上がっていた。
今までケーキを食べても、こんなことは無かったのだが、今回は何故か笑っている。
「な? 笑ってるだろ」
パフェに刺さっていたビスケットを、アイルの顔目掛けて投げる。
アイルはビスケットを口で受け止めて、もぐもぐと咀嚼していく。
「ビスケット返して下さい」
「お前がくれたんだろ?」
もごもごもごもご咀嚼して、ビスケットを胃袋に収める。
注文したものを全て食べ終わる内に、アイルは珈琲を四杯も飲んでいた。
カフェインを取り過ぎたアイルは、トイレに駆け込んで行ってしまった為、追加でショートケーキを頼んで待つ事にした。
「M029休暇期間中悪いが、緊急事態だ。直ぐに日本に飛んでくれ、警察官も一緒に居るだろ、そいつも連れて行って構わんそうだ」
「断ります、休暇期間中。何が起こったのですかそんなに焦って」
「取り敢えずマクトさんの命令だ」
「分かった」
椅子から立ち上がると、丁度アイルが帰って来る。
「お? 如何した、何かあったのか?」
「日本に発つ事になった、来る?」
「いや、遠慮しとくよ。妻も子どもも居るし」
「分かった」
急いで会計を済ませて、店から飛び出る。
ケーキ屋の前には、既に黒塗りの車が止まっていて、準備は万端だった。