Alice In Unreadable
ウラノスクイーンからどうしてもと呼び出されてから三十分、帰りたくもなかったイギリスにまた戻って来た。
時計は二十一時六分、無機質な街の道路で無人タクシーを拾う。
迎えを寄越すと言っていたが、面倒な事になるのは見えている為、断りの言葉を言った瞬間通信をぶち切った。
MI6本部前で下りて、殆どの者が知らない裏口から入る。
薄暗い通路を進んで行くと、薄らと赤い何かが動く。
暗視に切り替えると、ウラノスクイーンの秘書である、サイファが立っていた。
「おかえりM029」
「今はアンジェリカ」
「アンジェリカ、まるで人だねー」
「今も昔も人だけど」
「まぁ良いです。付いて来て下さいな」
大人しそうな見た目に反して、軽い口調なサイファの口調に未だ慣れない。
この掴めない感じがウラノスクイーンが好みそうで、余計に腹が立つ。
案内された先はウラノスクイーンの部屋に直通しているエレベータで、人が三人乗ったら一杯になるくらい小さい。
わざと私を壁に追い詰めてくっついてくるサイファを引き剥がそうとするが、強化programが無いと本当に非力だ。
「気を付けてね、開いたら色々大変だから。私あれ苦手なのよー、うねうねしてぬるぬるするあれが」
サイファが天井に張り付くと、エレベータのドアが開く。
開いてから数秒、何も来る気配も無く、通路が伸びているだけだ。
「ほら、何も出て来ないから行く……ぅぅわぁぁ」
天井から紫色の触手が伸びて、反射的に張られたディストーションごと足に巻き付く。
警告音と共にELIZAが暴れ出し、ベイルアウトのボタンを連打する。
出て来たサイファは、天井に吊るされている私を見て、楽しそうに笑っている。
「降ろせ悪代官の側近、後で二人まとめて捻り潰す」
「仕方が無いでしょ、外敵排除のトラップなんだから」
「敵なら招くな」
「テロリストは敵ですけど、ウラノスクイーンには手を出すなと言われてますし。いや、味見くらいは」
「触ったら撃つ」
「なら一生ぬるぬるに巻き付かれてるつもりですか」
ナイフで触手を切ろうとしたが、ぬるぬるで上手く刃が入らない。
力を抜いて脱力すると、触手が解けて床に落下する。
「もう帰りたい。お風呂入りたい」
「んもう、我が儘ですね。私が舐めま……」
「触れるな、近付くな。性癖が移る」
「可愛いですねー、あまり騒ぐと食べますよ。指一本残さず食べますから安心してねー」
この声音と顔では判断し難いが、ウラノスクイーンの教えでは、脅す時は冗談を使うなと言われている。
人を食べるとなると、このサイファは確実に人の皮を被った化け物。
それを気付かれずに生きてきたと言う事は、噂にされる前に喰い殺した事になる。
舌先を出して微笑む口は、既に誰かを食しており、その気になれば一切の躊躇いも無く噛み付いて来る。
そんな喰人鬼に背中を見せられる訳もない。
「あら? そんなに警戒しなくても良いのにー、貴女に手は出せませんよー。ウラノスは食べ損ねましたけど、貴女なら食べられそうなんですけどねー。残念ですよねー」
「イカレてる、貴女たち全員ズレてる」
サイファが壁に手の平を着けると、ウラノスクイーンの部屋が現れる。
床に座って猫じゃらしで猫と遊んでいたウラノスクイーンは、サイファの姿を見てすっと立ち上がって、何事も無かったのように椅子に座る。
「久し振りだなアンジェリカ」
「久し振りウラノスキャット」
「あー! 兎に角データを送れサイファ」
「分かりましたウラノスキャット」
「話が進まん、もう終わりにしろ」
転送されてきたデータには、ウラノスの居場所に今のMI6の現状、そして国外の情報が載せられていた。
下に進むにつれ重要度が上がり、この国の現状がいかに悲惨かよく分かる。
「エージェントの革命側、つまり貴女が率いてる方がPrincess Side。保守派を率いるエージェントのキマリスの方は、Queen Sideって事?」
「そうだな、私たちは王室の姫様を支持している。今の貧困格差打開を主な目的とする、そしてキマリスが支持している女王は、王室の威厳を保ち続ける事を目的としている」
それを聞くと明らかにPrincessの方に付くと思われたが、数は明らかに差があり過ぎる。
女王に付いているのはエージェントの約六割、そして陸軍と海軍。
姫に付いているのは四割のエージェントと海軍の一部、そしてウラノスクイーンが吸収した警察。
軍の主力があちらにあるのなら、こちらに勝ち目はまず無い。
そこでそれに対抗する文書が、その下に続いていた。
ひとつ、女王を王座から引きずり下ろし、姫が戴冠式を行う。
ひとつ、Phantom Princessを使って外国からも人を集める。
ひとつ、日本、ドイツ、ロシアと手を組んで徹底抗戦をする。
既にこの世界の形は決まっており、制府と政府で対立している。
政府に協力を仰ぐことは容易いが、制府の統治下である国の人間を信じるとは思えない、
「手を組まない意思を表明している国はロシアだけ。あとはウラノスの協力で共同戦線を張る事になった」
「あの日本ともですか」
「あぁ、政府連合軍は日本を総大将に据える気だ。今参加しているのは日本、ドイツ、イタリア、制府反対派のフランスも者が一部。その他の国も続々と集いつつある」
「事実上の第三次世界大戦。次は地球が持たない、核によって人間は居住可能地域を狭め、人口が限界に達して物資の奪い合いが始まり……」
「なら」
横から口を挟んだサイファは、私を見て言葉を続ける。
「なら、このまま好き放題させる気ですか? 我々は以前の様に人間味溢れた生活に戻りたい、争いが起こってもまた手を取り合える。そんな世界が好きだった」
「サイファも制府の被害者、家族を奪われ売り飛ばされここに逃げ着いた。足の裏を傷だらけにして逃げて来たんだ、誰にも話を聞かれずにな」
「今の制府に満足している人から奪う事になる。そんなのは間違ってる」
「なら、奪われた私たちは、指を咥えて富裕層だけが私腹を肥やす光景を見ていろと?」
「まぁ、喧嘩してくれるなふたりとも。私たちは仲間だ、アンジェリカが居なければ私たちは不利になる」
頭を下げて一歩下がったサイファは、退室して行った。
「そろそろPhantom Princessのゲリラライブが始まる頃だな」
そう言われて時計を見ると、二十二時前にまで進んでいた。
ウラノスクイーンは天井から大きなモニタを出すと、丁度画面が廃墟の映像に切り替わる。
愛奈が全世界に飛ばしたウイルスは、自動的にASCからASCに飛び回り、地上に居ても上空に居ても地下に居ても感染は避けられない。
最初に出て来たのはセレナで、口元が出ている狐のお面を着けて、大きなデバイスを出して画面をこちらに向ける。
画面には『Alice In Unreadable』と書いてあり、画面が切り替わって『By Phantom Princess』と表示される。
ドラムのクラッシュシンバルから曲が始まる。
ノスタルジックな曲調が頭の中に留まり、一番最初に配信された曲を超えた、更に良い曲になっている。
その歌を最大限に引き出しているのは、妃奈子の透き通った声と、高い演奏技術。
サビに入る前なのにも関わらず、コメント数が二億を超える。
曲が終わった時点で、コメント数数と評価数は二十億を超えている。
コメントと評価はサビに入った瞬間爆発的に増え、世界の人口の九割以上が評価した計算になる。
コメント欄を見ていくと、特に妃奈子と友希那に対するものが多い。
「ボーカルとギターの子めちゃくちゃ可愛いー。全員レベルたけー! 歌姫降臨! ギターの子可愛いのにスゴイ上手い! etc……」
面倒になったELIZAは、死んだ魚の目で溢れ出したコメント欄を蹴り飛ばす。
「Princessが来た」
ツヴァイが狐の面を着けたセレナにそう言うと、複数の男と女に連れられたイギリス王室の第一王女が現れた。
ウラノスクイーンの方を見ると、当然の様に画面を眺めて、口角を上げている。
「一体何を考えているのですか」
「言ったろ、姫をこの国のトップに帰り咲かせる。制府なんかに支配されるのはもうまっぴらだ」
「王室に政権が戻ったとして、その先イギリスはどうなるか見えているのですか」
「さぁな、少なくとも今よりは良くなる。王女はもっと民と触れ合いたいと思うておる、それを規制しているのが制府だ。国の象徴が見えぬは光が見えぬも同じ、王室とは本来そうあるべきだ」
画面の前に立ったイリス姫は、丁寧にお辞儀をしてから、ひと呼吸おいて口を開く。
「お姉様お元気ですか?」
そう言って手を振ったイリス姫に、ウラノスクイーンは溜息を吐いてASCを操作する。
画面中の姫も同じく操作する。
「きちんとしろ。ASCを内蔵した者、そしてデバイスやテレビをハッキングされた全人類が見ているのだぞ」
「えへへ、久し振りだから嬉しくて。では、本題に入ります。えっと、潰しますね御母様、貴女を担ぎ上げて国を腐敗させている虫諸共。塵と芥が残ると思わないで下さいね」
親に対する宣戦布告をした瞬間、再びコメント数が増える。
「えっ? ウラノスクイーンって王族?」
「ん? まぁ、少し前までな。追放されてMI6総括まで上り詰めたんだ、卑しいと罵って私を追い出したあいつに復讐する為に」
こんな状況でも笑顔を見せているふたりだが、目に光が入っていない気味の悪い瞳をしている。
「大変だ! 陸軍がこの廃墟を包囲してる」
恐らく見張りをしていたテロリストの仲間が、切羽詰まった様子で駆け込んで来る。
そこでウラノスクイーンはモニタを戻し、誰かと通信を繋ぐ。
「行ってくるウラノスクイーン」
「うむ。せいぜい死なんようにな」
「本当に嫌な人」
「行ってらっしゃい」
「……行ってくる。あと、帰って来たらお腹いっぱいになるまで和菓子を奢ってもらう」
裏口の通路に出ると、サイファがケースを差し出してくる。
「暗証番号はいつも通りだから、帰って来たら窒息するまで抱き締めてあげる」
「かえって来難い事言わないで。まぁ、三年振りには良いかもね。行って来ます」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
頭を下げたサイファに見送られ、MI6本部を出てタクシーを拾う。
「貴女もエージェントの鏡ですねー」
「今更私の娘と言った所で、あの子には不利益しか無いだろ。なら、私は最初からあの子と関係は無い。いち上司と部下だ」
「とか言ってても、あの子の幼い頃の写真を見つめているのですから、やはり未練はあるでしょうね。本当は行くなと言いたいのではー?」
「ははっ、言いたいに決まってるだろ。傷を付けて帰ってくる姿を見ただけで、私は死にたくなるよ。私の命令なら尚更だ」
MI6本部からそう遠くないライブ会場に到着して、建物の陰に隠れる。
肉の壁となって立ち塞がる彼らは、完全武装の上、隙間の無い陣を敷いている。
「ひっさしぶりだなM029! またお前の通信係を出来るなんて思わなかったよ、元気そうで何よりだー!」
「貴方も相変わらずね。早速だけど誘導お願い」
「おぉ、喋り方が女っぽいな。俺が知らない間に出会いがあったのか?」
「そんな所。さぁ、後で話してあげるから」
Programが起動すると、視界に線が引かれて、距離や高低差が詳細に表示される。
視界の左隅にArsenalの状態が表示され、四肢の状態まで表示される。
コスチュームが変わったELIZAは、情報の壁に囲まれて、ASCのコントロールをしている。
「全く、Programを介入させるなら事前に言えっての。調節が大変なんだよ」
「後免ごめん。じゃあ案内を開始する、まずはそのケースをアンロックした後、思い切り右にあるビルに投げろ。そのビルはウラノスクイーンがこの時の為に用意したから人は居ない、その点については安心しろ」
言われた通り、ケースにM029と入力して解錠した後、身体強化Programを展開して、ビルの硝子を割って中に入れる。
目の前に十秒と表示されて、ユージーンから離れる様に指示が出される。
指示通りに建物から離れると、タイマーがゼロを示した瞬間に爆発が起こる。
一部の隊が包囲網を離れた箇所を狙って、強行突破を試みる。
ArsenalからベレッタCx4を引き抜き、特殊部隊の隊員に叩き込む。
反撃をディストーションで受け止め、囲まれる前に前に進む。
偽装されて埋まっていた対人地雷が目の前で展開して、顔の前に飛び上がる。
右に伸ばしていたCx4では確実に間に合わず、ディストーションも背後からの弾丸を防ぐのに精一杯。
だが、対人地雷は起爆せずに、不発のまま地面に転がる。
安心する暇も与えず、弾丸が袖を掠める。
「どーん!」
突然目の前に現れて早々、不発の対人地雷を蹴り飛ばしたGz9が、スプリングフィールドで狙いを定めて、対人地雷を無理やり起爆させる。
「Gz9」
「アンジェリカ、私の本名も知っとけ。グラーフ・ツェルフランス。グラーフでもツェルシーでもどちらでも呼んでくれて構わない」
「有難うグラーフ」
「うぉっ……と」
隊列を立て直した陸軍が再び銃撃を再開して、グラーフの髪を二本程持って行く。
目の前に現れたゴッドアイが弾丸を受け止め、小銃で一蹴する、
上空から降って来たツヴァイが、多数のゴッドアイを引き連れて、担いでいたサーブショーティで、息のあった軍人にとどめを刺す。
「こんな所でお話しないで下さい。隙を見せるなんて貴女らしくないですねGz9、ゴッドアイの狙撃でも殺せましたよ」
「何でふたりがここに」
「何故と言われましても、ウラノス……」
「ウラノスクイーンにお前を死なせるなって言われてな、超面倒だが来てやったんだ。煙草数直前だったのに邪魔されて、気分が悪い」
Gz9が、転がっていた鉄片を拾い上げて投げると、爆発で飛び散った破片の後ろに隠れていた軍人に突き刺さる。
それでも尚イライラしているグラーフに、ツヴァイが何かの薬を渡す。
「私も今そうなので、胸の辺りがとても変な感じです。あとお腹と腰と頭が痛いです」
「悪かったな気を遣わせて、そうだよ生理中だクソ野郎。落ち着いて一服くらいさせろや!」
パッケージごと口に放り込んだグラーフは、隊列を組み直そうとしていた軍人に、容赦無く蹴りを入れたり殴ったりする。
それに怯んだ新米兵は、腰を抜かして死んだフリをする。
「行きますよGz9。そんな小物に構っていられません」
「あなたが結婚出来ない理由がよく分かった、その性格直してください。折角美人なのですから、あと煙草ですね」
血が滴る拳をだらりと垂らしたグラーフは、長い髪を束ねて手に付いていた血で髪を濡らす。
弾の切れたショーティをゴッドアイに仕舞い、入れ替わりでDragunovを構える。
「おらおら! 反撃しねぇと死んじまうぞ、あたしを楽しませろよなぁ!」
人が変わったかの様に暴れ出したグラーフは、深紅の髪を揺らして残忍な殺し方を続ける。
頭を潰し骨を砕き、死体で生者を殴打して、獣の様に蹂躙する。
「Gz9かなりストレス溜まってたんだろうな、あいつも元々殺し屋だったからな。いつも穏やかな人は大体ああなるよな」
「ユージーン煩い」
「まぁ、建物に入ったらこっちのもんだから助かるか」
「そうね」
静かなツヴァイと騒がしいグラーフは、対象的な戦い方をしているが、体にどれだけ弾丸を浴びても全く気に止めない。
「見てる場合じゃないか」
ふたりが開けた道を走って行くと、何かに足をとられて転倒する。
右の足首に絡み付いている何かを確認すると、虫の息まで衰弱している軍人が、虚ろな目で私を見る。
「助けて……僕はまだ、大切な人の為に」
「……有難う、お休み。貴方に神の祝福よあれ」
ウラノスクイーンから貰ったリペアを男に打って、回復する前に瓦礫に縛り付ける。
廊下を進んで行くと、左の方向から大きな音がして、壁がぶち抜かれる。
土埃の中から出て来たのは、千切れた腕を持ったグラーフで、私を認めると腕を投げ付けてくる。
咄嗟に飛び退いて着地すると、既に間合いに踏み込んでいたグラーフの拳が、脇腹を打ち抜く。
吹き飛ばされて廊下を転がると、弾丸が上を通過して、グラーフの胸元に刺さる。
「早く立って下さいアンジュさん、あの人はウラノスが送り込んだ間者です。やはり、あの人はウラノスクイーンから指令を受けていなかった」
撃ったツヴァイ目掛けて駆けたグラーフを、ディストーションで無理矢理止める。
「その麻酔結構強いんですよ……成程、貴女の意識は関係無いのですか。左眼を何とか閉じさせて下さい」
「訳が分からないけど分かった、ディストーションがあと二秒で崩壊するから援護して」
砕けたディストーションの破片を掴んで、グラーフの左眼目掛けて振り抜くが、破片ごと拳で吹き飛ばされた体が、容易く後方に向かって吹き飛ぶ。
「十分です」
ツヴァイの放った弾丸がグラーフの左眼を貫き、動きを止めた体が地面に崩れ落ちる。
撃ち抜かれた左眼には炎が灯っており、傷を無かったかのように治して消える。
「アブソルートですか、やはりウラノスクイーンの推測は合っていました。早速報告を」
「待って、説明責任があるでしょ」
「手短にします。ウラノスの左眼は特殊で、いえ、劫初の十家の左眼には炎が灯ります、それぞれ違う色をして、それぞれに違う能力があります。今回は詳細不明なウラノスのものと見て良いでしょう」
「ウラノスでさえ敵でしたか。いや、まだ決めつけるのも早いか」
身体強化Programを展開して体を大きく見せ、カチューシャで髪を短くして当初の姿に戻る。
久し振りにM029に戻った訳だが、あまり違和感も無く、こちらの方が落ち着く。
でも、姫輝はあまりこの体が好きではない、理由は分からないけど、素っ気ない態度になってしまう。
気を失ったグラーフを背負って、ツヴァイに頷く。
先行するツヴァイに続き、壊れた壁をくぐり抜けてショートカットし、階段を駆け上がって廃墟の最上階に到着する。
ドアを開けて外に出ると、王女が紅茶を飲んでいて、和んだ雰囲気で全員が会話を交わしていた。
「賑やかですねテロリストにしては」
「まぁ、元気に越した事はない。あとはどう脱出するかだけど、また強行突破?」
「いえ、もうすぐで軍は引き上げる筈です」
「どうし……」
ポケットのデバイスが突然アラートを鳴らして、けたたましく危険を教える。
イギリス国内には警報と共に避難指示が出され、軍は急いでいてロクに統率も取れていないにも関わらず引いて行く。
気を失っているグラーフを寝かせると、遠くから轟音が響き、イギリスの街に反響して転がる。
音がした方向をズームすると、海に浮かぶ巨大な鉄の塊が見え、それが何キロも離れて何隻も並んでいた。
暫くして何かが風を切る音がした後、鈍い音を立ててどこかにぶつかる。
刹那、爆発が発生して、街を粉々に粉砕する。
更に拡大して詳細を確認すると、陣形の中央に鎮座する戦艦の甲板に立っている女性と、何百キロも離れているにも関わらず、しっかりと目が合う。
「ロシア海軍の到着みたいですね。そしてその左には日本海軍、その後にはドイツ海軍。私たちの後ろにはイタリア海軍」
「あれだけの数の侵入を、何故この国は気付けなかったのですか。この国だけではなく、全世界で」
「簡単な事ですよ、他国は逆らったら潰されると怯え、このイギリスの報道局の人々や、レーダー、衛星システムを管理する者はひとり残らず処分した。補充されても同じ様に始末した」
「私たちは少しでもそこから目を逸らす陽動を、今までしてたってことですか。何も伝えられずに傷付いて、中には死んだ人も居た」
誰かに肩を掴まれて無理矢理振り返らされると、姫輝に両頬に手を添えられる。
「お前の御母様も同じ様な状況で殉職したから、そう言う気持ちも分かる。だけどな、それでもセレナは決断したんだよ、お前たちが躊躇って死なない様に、辛かったんだけ……ど、左だ……」
瞳を飛び出して頬を伝って行く彼女らは、私の顎の先で巡り会い、旅立っては溢れ続けている姫輝の傷口から流れる血と合流する。
二発目の銃声で頭に付けていたカチューシャが二つに割れて、三発目の静かな銃声で軍人が倒れる。
「リペア痕にリペアを少し前に打った時に出る症状、血管が浮き上がってる。アンジュの服にはリペアの容器にしか使われていない、マラカイトの破片。どういうつもり?」
「姫輝! 目を開けて、私の頭を撫でて下さい。よくやったって、よく頑張ったって。一度でも良いから、楽しそうに上手く笑ってみて下さい……」
反応しない姫輝に呼び掛けるが、指を動かす事も無い、それどころか、鼓動が少しずつ遅くなって行く。
「リペアを……」
「落ち着け馬鹿! 本当に殺す気か」
頭を押さえながらふらふらと立ち上がったグラーフが、取り出したリペアを撃ち抜く。
左眼を瞑っているグラーフは、歯を食いしばってもう一度発砲して、私から姫輝を引き剥がす。
倒れた姫輝を受け止めたツヴァイが、ゴッドアイの武器を全て私に向ける。
「リペアは火薬と反応して毒になる、弾丸を体内に入れたまま打つのは危険」
「なら、このまま見捨てろと言うのですか」
「元々は誰の失敗だ、こうやって教えてやっただけでも私たちは甘過ぎる。お前は失敗に失敗を積み重ねるのか」
「下がっていてくださいアンジュさん、私たちが治療しますから」
階段の下から多数の足音が聞こえ、妃奈子と友希那が屋上のタンクに紐を括り付けて、下の階に降下する。
硝子が割れた音がすると、直ぐに銃撃戦の音が鳴り響き、断末魔の叫びが廊下から聞こえてくる。
Arsenalをゴッドアイとの間に出して、下の階に続く階段を飛び降りて、殺せなかった勢いは壁にぶつかって無くす。
下の階から上がって来た軍人を先に撃ち殺し、後続と膠着状態になる。
Arsenalを再び展開して、コンカッショングレードとウィンチェスターM1897を手に取り、階段を全部飛ばして降りる。
直ぐに捉えられて小銃の連射を浴びたが、全てディストーションで防ぎ切り、コンカッショングレードを階段の下に投げる。
静かになった階段を飛び降りて、ぐちゃぐちゃになった肉片の隣に着地してから、窓を突き破って正面の入口に降り立つ。
次々に小隊を雪崩こませていた道に立ち塞がり、ウィンチェスターを軍人目掛けて撃つ。
軽く百人以上が並んでいた軍人は、うつ伏せに倒れて銃を構え、いくつもの銃の壁を作り上げる。
「Fire!」
合図と同時に一斉に引き金を引かれた小銃が、壊れかけのディストーションを容易く貫いて、鉄の壁になって目前まで迫る。
体が大きく後方に吹き飛んで、全身の感覚が無くなる。
全身に弾丸を受けてもはっきりとある意識が、立ち上がって剣を取れ、人の情すら捨てて唯壊せば良いと、冷たい感情が脳を支配する。
立ち上がってArsenalから剣を引きずり出して、一歩進むごとに大量に血を落とす体が、血溜まりを作る。
「化け物だ」
「殺しようがないじゃないか!」
「もう一度だ、 Fire!」
怯んで手元が狂ったのか、鉄の壁は左腕に集中して、そのまま腕を持っていく。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
蒼い炎が吹き出た左手に感覚が戻り、変な模様の付いた腕に形を変える。




