紫炎の女神
全身の痛みを堪えながら、機体の破片が刺さった足を引き摺る。
周りを見回すと、少し離れた木の根本で妃奈子が座り込んでいた。
妃奈子に近付こうとすると、足元がおぼつかず、すぐ隣の木に手を着いてしまう。
すると、木の上から何かが落下して、目の前に落ちる。
霞む目を擦ってよく見ると、既に白骨化した白骨死体が転がっていた。
更にもう一人落ちて来たが、こちらはまだ日が経っていない。
腰のスプリングフィールドを構えて、素早く妃奈子の下に行く。
「見事に撃ち落とされましたね私たち。私の回避は完璧だったのに」
悔しそうにする反面、どこか喜びを感じている様なELIZAは、笑みを浮かべながら多数のデータを整理している。
「妃奈子さん、妃奈子さん。起きない」
何度体を揺すっても妃奈子は反応を見せず、一定のリズムで呼吸を繰り返している。
Arsenalを展開して信号弾を取り出し、スプリングフィールドにリロードする。
銃口を空に向けて引き金を引くと、赤い線を引いて上空で炸裂する。
大きな音と赤い煙が広がり、引かれた赤い線が固まって目印になる。
周囲を警戒していたELIZAが、人型に浮かび上がったサーモグラフィの画像を表示する。
その方角に通常弾を装填したコルトガバメントを構えて、妃奈子の直線上を外れない様に進む。
「抵抗せず、ゆっくりと姿を見せて」
「その声は天使か。良かった、平気なんだな」
木の陰から顔を出した姫輝は、ベレッタを手に持って出て来る。
「無事で良かった。妃奈子も一緒みたいだし、足に刺さってる破片以外は良かったよ」
「姫輝さんは横腹に刺さってる、その箇所だけ服を上げてください。メディカルリペアで治します」
姫輝の腹部から破片を抜くと同時にリペアを打ち、出血を防いで傷を修繕させる。
「これも飲んで下さい」
「次は天使のを治そう」
血液を作り出す薬を姫輝の口に入れるが、中々飲み込もうとしない。
「もうリペアはあれで最後です。水が無いのでこれで我慢して下さい」
姫輝の首に腕を回して屈ませ、口付けをして溜めた唾液を姫輝の口に流し込む。
顔を赤くした姫輝に突き飛ばされて、草の上に尻餅をつく。
「い、いつからそんなにえっちい子に……」
「嫌だった? それなら御免なさい、薬ごと吐き出して」
「嫌じゃないけど、あまり軽くする行為ではないと思うんだけど」
「挨拶みたいなものだと認識してます。それに姫輝さんはよくするか聞いてきます」
立ち上がってズボンを手で払い、妃奈子の様子を見る。
「えっと、いつもそう聞くのは別にあれだよ。からかってるって言うか、そんな感じ」
「分かったので妃奈子さんを運んで下さい」
「……はい」
「別に怒ったり嫌いになったりしませんよ」
反省した様子の姫輝は、妃奈子をお姫様抱っこする。
これだけ待っても誰も来ないのは、少し異常があると判断し、この樹海の外に出る事を優先する。
左足に刺さった破片を引き抜き、止血リペアを打って血を止める。
太股の傷口に包帯を巻き、一先ず応急手当をする。
まだ痛みの残る左足を、引き摺り気味に前に進む。
「ここ、以前にも来た様な……ああ、富士の樹海か。運が悪いな」
「富士の樹海? ならあれは富士山ですか」
「そうだな。出来るだけ早く出よう、完全に陽が落ちかけてる。ここ結構怖いからな」
富士山と平行に走り出した姫輝に付いて行き、三百六十度を常にELIZAと警戒する。
信号弾のポイントが自然消滅したのを確認して、暗くなった樹海に照明弾を撃つ。
暫く照らし続けた後に消える照明弾の光は、姫輝の姿を映し出しては消えて、見失いそうになりながらも、なんとか付いて行く。
立ち止まって妃奈子を下ろした姫輝は、姿勢を低くして樹海の奥を見つめる。
その姫輝の隣で姿勢を低くして、サーモグラフィで索敵する。
「反応がひとり。ふたりですね、あの兎の耳のように垂れ下がった髪はセレナでは? それにその少し前を走ってるのはツヴァイかと」
「なら私が……」
「私が行きます、私に何かあったら妃奈子さんを連れて逃げて下さい。照明弾を全て渡しておきます」
「待て。照明弾は半分で良い、ここからもう少しで出られる」
照明弾を姫輝に半分渡して、体温を捉え続けている方角に走る。
極力足音を消していたが、前を走っていたツヴァイと思われる人影が、こちらに振り返って銃を構える。
一発の銃声が樹海に響き、私が隠れていた木を掠める。
エコーロケーションを使用したELIZAが、より鮮明に形を捉える。
「ツヴァイ。セレナ」
動きを止めたツヴァイと思われる人影は、もう一発発砲する。
銃口から吐き出された黄色の信号弾が線を引いて舞い上がり、収束してポイントに変わる。
「何だあんたか、弾が当たらなくて良かったな」
「良くないだろ、私たちは危なかった」
後ろから追い掛けて来ていた姫輝は、まだふらふらしている妃奈子と一緒に現れる。
ツヴァイの後ろから歩いて来たセレナは、こちらを見て微笑む。
「流石私の認めた三人だな。道は分かってるでしょうね姫輝」
「あぁ、もう直ぐ出られる」
ポイントをナイフで消したツヴァイが戦闘を行き、その後にセレナ、少し後ろに私、妃奈子に肩を貸す姫輝と並び、二つに分かれて外を目指す。
木が過疎化して漸く外に抜けたかと思うと、ツヴァイとセレナが立ち止まっていた。
木が完全に無くなったと思うと、次は武装した軍が目の前に展開していた。
全員こちらに銃を向けていて、戦車までも動員されている。
同じ様に少し離れた所から出て来たPhantom Princessのメンバーも、同じ様な状況に動けずに居る。
隊列の真ん中が割ると、綺麗な黒い髪の女性と、護衛と思われる白い髪の少女が出て来る。
「天皇陛下の御前だ、低頭しろ」
指揮官と思われる男がそう叫ぶと、全員が一斉に膝を着いて低頭する。
「何をしている、貴様らもだテロリスト」
言われるがまま低頭すると、天皇陛下と呼ばれた女性が口を開く。
「こんなに……大勢の前で……むり」
「なんでー楽しそうなのに。ほら、早く言っちゃおうよ」
「無理です……こんなに沢山なんて……」
「早くしないと、あの人たち姿勢辛そうだよ」
逃げようとする天皇陛下の腕を掴んでいる少女は、小柄にも関わらず一歩も動かない。
涙目の天皇陛下は、指揮官の男を見る。
見られた指揮官は慌ててそっぽを向いて、見て見ぬ振りをする。
「ほら、皆も私と同じ意見みたいだしね。やろうよ」
「なら……いつものを」
「分かったからやろうよー」
少女を抱き締めた天皇陛下は、こちらに向き直って口を開く。
「こ、こここの度は……どうしよう、言葉忘れちゃったよ聖月華ちゃん」
「テキトーで良いんだよきっと、潰すぞイギリス人共が的な」
「駄目だよ、あの中には日本国民が殆どだし」
「ならイギリス人だけで良いじゃんかー」
最早思い出す気も無いふたりは、周りの状況其方退けで馬鹿みたいな会話を始める。
あの少女が鈴鹿が言っていた娘だとは、出来るだけ考えたくない、同名の違う人であってほしいと祈る。
東京方面から飛んで来たikarugaから、先程別れたばかりの鈴鹿が降りて来る。
「聖月華こんな所で何をしている! 申し訳ありません天皇陛下、私の娘が御無礼を。この処分は親である私がお受けします」
「えぇぇぇぇ……鈴鹿さんに罰だなんて……私には……無理です。鈴鹿さんには御世話になっていますのに……」
「心を鬼にして下さい天皇陛下、貴女様は甘過ぎる所があります。罰を与えなければ国民は納得致しません、例えそれが家族であっても、恩人であってもです」
「な、なら……撫でます」
不思議な光景が広がる現場で、撃ち落とされた挙句放置されるなんて、この国に入る前には考えた事も無かった。
素早く飛び出したツヴァイが、捨てた銃を拾い、天皇陛下に銃口を突き付けて、日本軍人に見える様に回る。
「ツヴァイ今すぐ離せ、イギリスを潰す気か。その御方に銃を向けただけで国がひとつ滅ぶと思え、今ならばまだお許し頂ける」
「すごい凄い! 今の動き速かったね」
「黙ってろ聖月華」
「セレナ早くikarugaに」
「時間切れだツヴァイ」
瞬間移動の様にツヴァイの銃を弾き上げた鈴鹿に続き、少し出遅れた聖月華だったが、ほぼ同時にツヴァイの体を掬い上げる。
浮き上がったツヴァイの腹に中段蹴りを入れた鈴鹿が、銃を絡め取る。
「銃が無い!」
そう叫んだ聖月華は、ツヴァイの持っている銃を指差す。
二発の発砲音が鈴鹿と聖月華に向けられるが、鈴鹿は絡め取った銃を発砲して、飛来した弾丸を弾き、聖月華は腰の剣で弾丸を斬る。
常識から外れた技に、ツヴァイはもう一度引き金を引こうとするが、反撃に切り替えたふたりの挟撃を防ぐのに精一杯で、追撃を許してもらえない。
ツヴァイは次第に付いていけなくなり、銃を弾き落とされて、首元に聖月華の剣、目の前に鈴鹿の銃が向けられる。
「投降しろ。動いたら聖月華の剣が濡れるぞ」
「楽しかったねママ」
「戦闘では遊ぶなと言ったろ聖月華。どんな相手にも手を抜くな」
「ママも加減したじゃんかー」
親子の言い合いに挟まれているツヴァイは、瞼を閉じて迷惑そうに突っ立っている。
その言い合いの光景を見た天皇陛下は、落ち着かない様子で泣きそうになり、場に収集がつかなくなってきた。
爪を弄り始めたセレナは、ASCを使用して何かをしている。
妃奈子と友希那は、一緒に日本軍の兵士に甘味を配り歩き、全員と打ち解け合っている。
愛奈はデバイスとパソコンを併用で使い、ウラノスの髪飾りのデータを解読する作業をしている。
妃奈子の下に行き、盆の上に乗っていたケーキを貰い、木の根本に座って口に運ぶ。
「何事か天月大佐! 少佐!」
緩みきった部隊の真ん中に、ボリューム調節を間違えたアンプの様な声が響く。
全員の視線がそちらに向くと、叫んだであろう女性が戦車の上から飛び降りる。
「げっ……何でこんな所に阿南陸軍大臣が、剣と銃を隠せ聖月華」
「鬼が来た……」
呼ばれた鈴鹿と聖月華は硬直して、背中に剣と銃を隠す。
綺麗な姿勢で歩いて来た陸軍大臣は、ふたりの前で立ち止まり、手をパーにして振り上げる。
振り上げられた手が鈴鹿の頬に向かって下ろされたが、空振りに終わる。
「何故避ける天月大佐!」
「阿南さんの張り手は痛いからです!」
「だからやるんだろうが馬鹿者!」
「ひとつだけ言わせてください!」
鈴鹿がそう叫ぶと、陸軍大臣はもう一度振り上げた手を止めて、「何だ」と問う。
「ウラノスが連れ去られました!」
「それを早く言わぬか馬鹿者! 報告せずこんな所で遊んでいるなど言語道断! 罰として戦車を引いて帰れ!」
「いや、冗談ですよね」
突然小さな声になった鈴鹿は、この次の言葉を悟っている様な顔をしている。
「私が冗談を言った事があるか天月! まだこの前の罰も終わっとらんぞ! 何時になったら子ども気分から抜け出すんだ!」
「ウラノスが置いていったハンカチが有るのですが、それはどうでしょうか」
「……後で私の部屋に来い。今日は帰って良し! 気を抜くな天月!」
「はっ!」
ELIZAがふたりのひそひそ話を拾っていた為、裏の取引を盗み聞きした形になった。
同じタイミングに大きな溜息を吐いた愛奈も、恐らく聞いてしまったのだろうと思われる。
愛奈は立ち上がると、鈴鹿のポケットからハンカチを引き摺り出す。
「これ、ウラノスおじ様のハンカチですよね。以前借りた事があります、返してもらいますから鈴鹿さん」
「唯一の取り引き道具を渡せるかよ」
素早く取り返した鈴鹿が、背中にハンカチを隠して、追い駆けっこが始まる。
死角から入り込んで、鈴鹿の手の中からハンカチを取ったのは、それまで唖然と見ていた天皇陛下だった。
「こ、これは……私がウラノス様に……差し上げた物です……もう一度お渡しするので……返して下さい!」
「へ、陛下。御手をお離し下さい、私の首が掛かっておりますので」
「私が用意した物を後ほど差し上げますから、そちらを阿南さんにお渡し下さい」
「陛下に賛成。手を離しなさい鈴鹿」
「聖月華も引っ張り合いするー!」
事がひとつ鎮火したらまた燃え上がる、この四人が揃うと厄介な事が起こらないと、ELIZAが呆れ顔でメモをとる。
特に天月親子と書き足したELIZAは、メモを蹴飛ばして寝転がる。
足を伸ばして隣に座った妃奈子は、腕にしがみついている友希那の頭を太股の上に乗せて、猫を愛でるように頭を撫でる。
「天皇陛下も明るくなられましたね。ウラノスさんのお陰でしょうかね」
「貴女たちは皇族とも関わりがあるのですか、一体何者なのですか」
「私は聖家の長女ですよ。皇族と聖家は代々深い関わりが少し前まであっただけですよ、昔は皇族の懐刀だったみたいですよ。第二次世界大戦後皇族が権力を失ってからは、その関係も終わりを迎えましたので」
「その名残って訳ですね。ウラノスなら調べましたが、とてもとても驚きました。ASCの開発やELIZAを作り出したのは知っていましたが、アルビノの上にイニシエーターだとは」
目が合う度に妃奈子の腹に顔を押し当てて顔を隠す友希那も、少しだけ遺伝が出ているのか、純白で作り物みたいな肌をしている。
特にイニシエーターは特異中の特異で、世界で確認されているのは五人だけだ。
その五人はそれぞれ違う能力を持っている、ロシアにふたり、ドイツにひとり、その中でウラノスだけが詳細を発表されていない。
ウラノスと同じくアルビノとイニシエーターを持っているのが、ロシアのアズュール・ディア・アズライトと言う名の女性。
ロシアでは二番目の権力者で、大統領の補佐をしながら研究者でもある。
「でも、ウラノスさんの髪が蒼いのは何故か知ってますか?」
「いえ、アルビノなのに白色じゃないのは、少し気になっていました」
「そうですね。時間が経てば白くなってくるのですが、空へ落ちる度に蒼色に戻るんですよ。まるで空の色を吸い込んだみたいに、空に落ちる事すら信じられないですけどね」
「なんとなく分かる気がする。あの人はいつも皆を見守ってて、とても大きな心を持っている。あの人は生物じゃなくて、生命だとしたら納得出来る。この世界は解き明かせないものばかりだから」
友希那は何故か有難う御座いますと丁寧に御礼を言い、友希那を起き上がらせて立ち上がる。
それを見て素早く立ち上がった友希那は、ハンカチを取り合っている四人に向かって歩く。
「貴女たち、それを今すぐ天皇陛下にお返し下さい。早くしないとお祭りが始まってしまいますよ」
「私は遠慮しておくわ、考えてみれば私には無関係だし」
「わ、私のですから……早く返して下さい」
「陛下。一旦離して下さい、破れてしまいますよ?」
妃奈子の目を見た瞬間手をパーにした天皇陛下は、愛奈に支えられて私の隣に歩いて来る。
離す気配の無い天月親子は、妃奈子を見て口元に笑を浮かべる。
ナイフにハンカチを巻いた鈴鹿は、私が腰掛けている木の幹に投げる。
突き刺さった音を合図に、鈴鹿と聖月華が妃奈子に攻撃を仕掛ける。
鈴鹿の拳を取り出した聖書で防ぎ、聖月華の中段蹴りを同じ蹴りで返して相殺する。
それを見て飛び出した友希那が、聖月華に体当りをして引き剥がす。
座り込んでいたセレナとツヴァイと飛び越えて、友希那と聖月華が取っ組み合う。
「久し振りだけど、やっぱり友希那の方が強そう。来てくれて嬉しいな!」
「残念だけど、妃奈子を怒らせると妃咲部と同じくらい強い。貴女が居ない時に一度ぶつかったけど、屋敷内がめちゃくちゃになったし」
「弱いなら要らないや、早く退いて!」
「ッッ、なんて力」
飛び退いた友希那に対して、聖月華は距離を開けさせずに追撃する。
鳩尾に前蹴りが入った友希那が、五メートル程吹き飛ばされ、草の上を転がる。
既に追い付いていた聖月華は、仰向けに倒れた友希那の上から拳を振り下ろす。
その聖月華の拳に聖書が当たり、拳が友希那の顔の横に逸れる。
水平に浮いている聖月華を蹴り上げた友希那は、聖書を拾って素早く立ち上がり、持ち主の妃奈子に返す。
「もう、女の子なのに顔に傷を付けて」
聖書を受け取った妃奈子は、友希那の頬に手を添えて指で撫でる。
友希那は瞼を閉じて、妃奈子を感じるのに集中する。
体勢を立て直した鈴鹿と聖月華は、そんなふたりを見て表情を変える。
「妃奈子、友希那。今から加減は出来ないぞ、殺す気で来い」
「私も本格的に遊ばせてもらおっかなー、妃奈子さんとやりあうのが楽しみ」
「最初は加減する所、本当に似てますね貴女たち親子は。ウラノスさんにも都子さんにも注意されてましたよね」
「そうだったな。今からは後悔させないように楽しませてやるよ」
ナイフを抜いたふたりは、全身を脱力させる。
武器ではなく聖書を開いて読み始めた妃奈子の左眼に、紫色の炎が灯る。
「紫炎の聖女」
それを見た瞬間、ELIZAが聞き覚えの無い言葉を呟く。
「紫炎の女神?」
「妃奈子は本人じゃないです。そう呼ばれたのは四十九代目当主と五十代目当主、千代田と梓。第二次世界大戦中の、このふたりの当主です。」
震える陛下を抱き締めている愛奈が、真剣な眼差しで四人を見つめながら言う。
「私が以前読み聞かせた本に出てきましたよね。紫炎の女神はひとりと思われていましたが、今ここで繋がりました。日本の弩級戦艦の艦長であり、たった一隻で敵国の基地を潰した英雄」
覚えているような覚えていないような、そんな話を聞いたことはあるが、どうもはっきりとしない。
そんな話をしていると、銃声が樹海に響く。
反射的に顔を上げると、倒れている友希那と、銃を取り出した妃奈子が視界に入る。
「機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい! 制府と言う悪魔に取られた時間を買い戻し、主である私のお母様の為に栄誉を手に入れなさい!」
「あのなぁ、私は主が変わった事に悔いてるんだよ。どういう顔して生きてきゃいーのか分かんねーんだよ!」
「私には戦うしか道が無い、だから貴女には倒れて貰う!」
瞬間移動と言って良い踏み込みだが、妃奈子に近付いた瞬間、糸が切れた様に地面に倒れる。
妃奈子の左眼の炎が大きくなっており、都子と同じ色の韓紅の髪が揺れる。
「駄目。妃奈子が止まらなくなる、お願いアンジュ」
「はぁ、問題だらけの名家さんですね。貴女たち三家は、撃っても大丈夫?」
「駄目に決まってる」
「まぁ、聞いといてあれだけど。危なくなったら撃たせてもらう」
銃は最終手段と言う事で、最初にナイフで仕掛ける事にする。
その為にはあの左眼を無効化しつつ、妃奈子の戦闘力を上回らないといけない。
無効化の仕方など分かる訳もなく、天月親子と同じ末路を辿るのが見える。
それはどんな手段を用いても、結局は同じ結末に辿り着いてしまう。
完全に詰んだこの勝負は、最初から勝負とも呼べなかったのかもしれない。
そんな中この事態を収めたのは、都子の振るった、たった一閃の太刀だった。
全く感じられなかった殺意に、死角から切り込まれた妃奈子は気付く筈も無く、横腹に食い込んだ太刀の峰に吹き飛ばされる。
たったひと振りで妃奈子を沈黙させた都子は、仰向けになって倒れている私に手を差し出して、起き上がるのを補助してくれる。
「申し訳ないわね私の娘が。煽ったあの馬鹿共もそうだけど、結局は妃奈子の未熟から生んだ結果。本当に申し訳ないと思ってるわ」
深々と頭を下げた都子は、次に天皇陛下の前に膝を着き、同じ様に謝罪をしてから頭を下げる。
漸く起き上がった天月親子は、都子の姿を認めると、突然縮こまる。
正座をしているふたりの方に振り返った都子は、ふたりを鞘で軽く叩く。
今回のお咎めはそれだけて済んだが、次は無いと必要以上に脅される。
こうして樹海の事件は終わりを迎え、私たちは天皇陛下の乗るikarugaに乗せてもらい、無事にドイツ行きの旅客機に乗ることが出来た。




