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叛抗姫の人形  作者: 聖 聖冬
16/41

蒼猫

ウラノスが眠ってから丸五日、空に異変が現れたと思ったら、ウラノスが消えた。


ウラノスの自室に入り、いつも通り着替えをさせに行くと、ベッドの上に綺麗な蒼色の猫が座っていた。


「猫……蒼色、可愛い」


ベッドから下りた猫の前に屈んで、顔の前に指を差し出してみる。


すると、猫は鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。


指に顔を擦り付けて来て、とても愛い行動をしてくれる。


「これで充分だろ、目が覚めたらこんな姿になってたから色々不便だ。お腹空いたし体も汗で気持ち悪い、喉も乾いた」


自分の体を舐めて毛繕いを始めた猫は、確かに言葉を発していた。


あまりの衝撃に言葉を発せないでいると、猫は舌を少し出したままこちらを見る。


「取り敢えず服は良い、五日間の間世話をしてくれた事感謝する。舌が出たままだった」


よくありがちな仕舞い忘れた舌を口の中に戻した猫は、前足を舐めながら顔を擦る。


不機嫌そうな顔を上げて、ドアノブに飛び付いてドアを開ける。


「こっちゃ来い。あんたさんの友人のも一緒に、特殊武装を強化してやる」


廊下に出た蒼猫に付いて行き、ゆらゆらと揺らしている尻尾を眺める。


「ウラノスは?」


「私がウラノスだが。少々気が立っている、黙って付いて来い」


「触るのは駄目?」


「辞めろ」


綺麗な毛並みを見ていると、どうしてもウラノスに手が伸びそうになる。


元の姿からは考えられない程態度は悪く、猫の性格が反映されているのだろうか。


「その姿も具現化化学?」


「違う。呪いだ、遥か昔に聖冬にされた」


「悪い人じゃないですか」


「良い人だ、これ以上に無い程な。この姿で抑えてくれただけでも感謝た、本来なら私も獣になる筈だった」


ELIZAが姫輝を呼び出したのを確認して、ウラノスが前で止まった扉を開ける。


少しだけ開いた隙間からするりと部屋に入ったウラノスに付いて行くと、自動で部屋の明かりが点灯する。


大掛かりな機械の前にはパソコンとデバイスが五台ずつと、モニタが八台設置されている。


机の上の電子キーボードの前に座ったウラノスは、何度か打ち込みを試みるが、猫の手ではまともに打つことも儘ならない。


「ELIZAを寄越せ。お前が操作しろ」


「偉そうですね。もう少し人に頼む態度を見せて下さい」


「ういうい。私は無理なんで早くやってくだせー、パスワードも忘れちまいましたんで、おねげーします」


「ELIZAパスワードの解析に入って、これが終わったら触らせてもらいますからね」


椅子に座って電子キーボードの文字を見て、ELIZAが予想したパスワードを次々に打ち込んで行く。


無限にあるパスワードの組み合わせの中から、たったひとつを見つける事は殆ど不可能に近いが、ELIZAにはあらゆる機械の痕跡を辿って、それに辿り付くことが出来る。


作業が始まった約五分後、背後で扉がノックされると、右上のモニタに廊下が映し出される。


「姫輝だ、呼ばれたのはこの部屋で合ってるよな」


「入って良いぞ」


ウラノスはマイクの前に口を近付けて、また偉そうに姫輝に入室を許可する。


首根っこを掴んで後ろに放り投げると、ウラノスは綺麗に着地をして姫輝の足下を回る。


「何だこの猫は、ウラノスも居ないし。可愛いな、丁度鰹節持ってるぞ」


姫輝が出した鰹節に食いついた隙に、両手で体を掴まれて撫でられている。


爪を出して姫輝から抜け出したウラノスは、電子キーボードの上に寝転がって、鰹節を抱えながら眠り始める。


ウラノスが抱えている鰹節を取り上げて、姫輝に投げて渡すと、恨めしそうにウラノスがこちらを睨むが、作業が出来ないので早く退いてほしい。


口を大きく開けて欠伸をしたウラノスは、気怠そうに立ち上がって姫輝に飛び掛る。


じゃらされているウラノスを脇目に、ELIZAが次々に導き出す予想のパスワードを打ち込む。


予想と同時にパスワードを打ち込むELIZAは、いつもと違う真面目な顔でセキュリティの隙を見つけようとしている。


「どう?」


「全く隙が有りません。キーボードの叩いた数で何とか絞り込みましたが、やはり流石と言うべきでしょうか」


荒々しく部屋のドアが叩かれると、驚いたウラノスは私の足下に隠れる。


姫輝がドアを開けると、秋奈が部屋の中を見回して、私の背後に立つ。


「何してるのかしら? 情報の抜き取りならここで消すけど」


「ウラノスから頼まれたのです、パスワードを忘れてしまったとの事で」


「ふーん。まあ良いわ、ちょっと退きなさい。面倒なら退かなくても良いけど」


「えっ、軽い」


立ち上がる事暇も与えず、秋奈は私の太股の上に座って、電子キーボードのローマ字を打っていく。


「これは違う。これも違う、これもこれもこれも違う」


「あの……」


「ほい出来た。どうぞ、あれが迷惑かけて本当申し訳ないわ、またお茶でもしましょうね」


可愛らしい笑顔で部屋から出て行った秋奈は、ELIZAが予想もしていなかったパスワードで、しかも一分以内で開けてしまった。


足下から机に登ったウラノスは、目を丸くしてパスワードが解除されたパソコンを眺めて、真ん中のフォルダを開く。


「あいつ昨日変えたのに何で分かったんだ、このフォルダは前にも解除してたのか。気付かなかった」


フォルダの中には、人型のウラノスの写真で溢れ返っていた。


中には車椅子に乗りたての頃であろう、鈴鹿に補助されながら乗る練習をしている姿をや、車椅子に座っているウラノスを真ん中にして、全員で写っている写真もある。


この時から友希那はウラノスから一番離れた場所で、妃奈子の腕を両手で掴んでいる。


それぞれの顔を見ていると、性格が大体分かってくる。


優しく微笑んでいるウラノスと妃奈子と妃咲部は、恐らく温厚で包容力のある人柄だろう。


子どもの様な無邪気な笑顔な鈴鹿と七凪は、自分の事よりも、相手の事をつい優先してしまう人柄だと思われる。


無表情な秋奈は、上手く表現が出来ないだけで、自然ならもっと上手く笑える人だ。


それを裏付ける様に、部屋から去って行く時の笑顔は、鈴鹿と七凪に負けない程のものだった。


気怠げな顔をしている凛凪は、普段何もしないだろうが、いつの間にかやってくれている、陰で努力するタイプなのだろう。


一番ウラノスから離れている友希那は、顔を少しウラノスに向けていて、心の中ではもっと良い関係を築きたいが、照れ臭いのだろうと予想出来る。


その隣の写真には蒼猫が写っていて、バルコニーで丸まって寝ている。


フォルダを閉じたウラノスは違うフォルダを開いて、特殊武装の情報が書かれているページに飛び、私の首元を見る。


「Dummy programは消しとけよ、それで不備があっても困る。あと紋章が見えるようにしておけ」


「分かりました」


programをアンインストールして、ELIZAのフィルタを全て外して、ネットワークを遮断する。


情報が入って来るのは五感だけで、風向きや風速など、室温湿度時刻、全ての情報が目に見えなくなって分からなくなる。


今はそれがとても不安で、ひと昔前までこんな生活をしていた人類が凄く思える。


鎖骨辺りに刻まれた、Administrator chipが入っている証の紋章が見えるように服をずらして、ウラノスの指示を待つ。


目の前に特殊武装強化programが送信されたと言う通知が届き、開く、保留、削除と、三つの選択肢が出る。


開くを選択すると、小さな蒼猫が画面に溢れ返り、ペアになったり、時には三匹一塊になってじゃれ合い、視界がお祭り騒ぎになる。


現れた一本のメーターが満タンになると、蒼猫が一斉に弾け飛ぶ。


粒子になった猫が完全に消えるが、強化された感覚は全く無いが、ウラノスは満足気にデータを眺めている。


「どれ、ひとつ試してやる」


机の上のナイフを咥えたウラノスが斬り掛かって来るが、ELIZAの展開したディストーションが刃を止める。


ナイフを捨てたウラノスは、爪を立ててディストーションを引っ掻いて爪を研ぐ。


「物理が防げる、これは凄い進化」


「それだけじゃ無い。ほれ、次はこっちゃ来い」


「おお、ならディストーション張ってても弾丸は相手に届くのか?」


「良いから姫輝もこっちゃ来い」


ドアノブに飛び付いてドアを開けようとしたウラノスだったが、ドアノブは下がる事無く、飛び付いたウラノスは宙にぶら下がる。


「ははは、面白い遊びだな」


「煩い、早く開けろ。抱き上げるなー」


左腕でしっかりとウラノスを捕まえた姫輝が、ドアを開けて廊下に出る。


突然床が近くなったと思ったら、硬い衝撃に全身を打ち付ける。


--------


次に目が覚めたのはベッドの上で、涙の跡が顔に残っている姫輝は、私が目覚めたのを確認すると、隣で眠っている人の姿に戻ったウラノスを見て、また暗い顔をする。


起き上がろうとすると、腹部に痛みが走る。


「動くな。もう少しだけ寝てろ」


体をベッドに戻してウラノスを見ると、胸の上下運動が非常に僅かで、呼吸をしている音も殆ど聞こえない。


虫の息のウラノスには心拍計が繋がれているが、常に警告音が鳴り響いている。


目を僅かに開けたウラノスは、私の方を向いて微笑むと、涙を流して鼓動を止める。


姫輝の後ろに立っていた秋奈がカーテンを開けると、曇り空が割れて、光の粒子になったウラノスが落ちて行った。


「ウラノスは……」


「貴女の中よ、どうせまた来るだろうけどね。兎に角命拾いしたわね、あいつの臓器が無ければ今頃死んでたわよ」


割れた空の隙間から星が顔を覗かせた夜空は、何も変わっていない。


息を切らして部屋に入って来た友希那は、部屋の中の状況と、窓の外の空を見て、溜息を吐く。


続いて入ってきた妃奈子と鈴鹿は、手を合わせて瞼を閉じる。


そんな中、ドアが四回ノックされると、車椅子に座ったウラノスが、自然に入って来る。


「歓迎降臨〜。ようこそ〜、治った様で良かったよアンジュ」


「あんな事二度としないで。本当に莫迦なんじゃないの」


「後免って友希那。でも客人を死なせる訳にもいかないだろ」


「でも、お父さんの体はぐちゃぐちゃ。いくら化学で治るとしても、それはその場凌ぎにしかならない」


友希那の真剣な表情を見たからか、ウラノスは何も言えずに固まる。


「大変ですよウラノスさん! 国家が天皇陛下の元に参上しろと言っています。今表にお迎えが来ています」


息を切らして走って来た少年は、赤い紙をウラノスに渡して、額の汗をタオルで拭う。


赤い紙を受け取ったウラノスは、内容を読み終えると、瞼を閉じて呼吸を止める。


五秒目で口を開けて、この場の全員に指示を飛ばす。


「お前たちはこの屋敷から直ぐに出ろ。セレナと護衛は地下の射撃訓練所に居る。お前たちはドイツに向かって、JBと言う人物を頼れ。秋奈と都子はそれの手助け。鈴鹿は凛凪と七凪で本家の警備強化。あらたはセレナたちに付いてってやれ、健闘を祈る。皆を守ってやれよ友希那、頼んだ」


ウラノスは友希那の両手を握ってから、後頭部に手を添えて、自分の額と友希那の額を、合わせながら言う。


「今言っとく、おかえり」


「我が娘ながら怖いな」


待ち疲れたのか、軍服を着た男が二人部屋に現れ、ウラノスを強制的に連れて行く。


友希那は不安そうな顔を辞めて、壁の中から出てきたchipを手に取り、自分でパソコンに接続する。


何かのデータをインストールし終えて、部屋から走って出て行った。


妃奈子も後を追って部屋を出て行く。


「警備の強化か、心配するなよ2人とも。私ら三人に任せとけ」


「貴女たちなら心配する様な弱さじゃないからして無いわ。心配なのは友希那とウラノス」


「そうだな。まぁ、私らに出来るのは支えるくらいだろ」


「その通りだね鈴鹿。僕たちは他人の心配をしていられないよ、全ての家を守り通そう」


ドアを開けて現れたのは、ひじり聖冬みさとと戦った場所に居た、大剣を振るっていた人だった。


その人は私を見ると、謎の殺意を放つ。


「本家は相変わらずかティエオラ。トーリが迷惑かけてないか?」


鈴鹿はティエオラの顔を両手で挟んで、無理矢理自分の方を向ける。


「別にかけてないが、あの少女は何だろうか」


「元MI6のエージェントをセレナが引き抜いたんだよ。以前の様に騒ぎを起こすなよ、お前の早とちりで」


「悪かったとは思ってる。あの時は記念日をすっぽかされた次の日だったから」


「まぁ、そう言う可愛い所も含めて、あいつはお前の事が好きなんだろうな」


顔を両手で覆ったティエオラは、後ずさりながら部屋を出て行った。


「うし、私たちも行くか凛凪。こっちは心配しなくて良いからなふたりとも、私たち三人に任せとけ」


「心配はしてないわ、あなたたち三人ならするだけ無駄だし。一番心配なのはJBが協力するかどうかじゃない?」


「してくれるさ。あいつは面倒見も良いし、ウラノスが予め頼んでいるだろうし」


「うん。そうね、今考えても仕方が無いしね。行きましょ秋奈」


ずっとデバイスと向き合って何かをしていた秋奈にそう言うと、一瞬視線を外したがまた直ぐに戻す。


「私に命令しないで頂戴。まだ更新が終わってないから先に行ってて、また面倒な物を」


「出来次第データを送りなさいよ。友希那が一番最優先だから」


「分かってるわよ。ん、終わったからもう良い」


部屋から出て行った三人を姫輝と見守り、部屋にふたりきりになる。


「私たちも行きましょうか。セレナたちを迎えに行きましょう」


この部屋にあるエレベータのボタンを押すと、本棚が左右に開く。


ドアを手で押さえて閉まらない様にしている姫輝は、私の方に手を伸ばす。


「お先にどうぞ」


「有難う」


姫輝の手に自分の手を乗せて、先にエレベータに乗り込む。


今度は姫輝の手を引っ張って、エレベータの中に引っ張り込む。


そのまま勢い余った姫輝に、壁際まで追い込まれて、姫輝の控え目な起伏に顔が埋もれる。


「ご馳走様です」


「すまんな無くて、硬いだろ」


「姫輝さんのならどんなでも好き……好きよ」


「ッッッすまん、少し良いか」


スーツの袖を口元に当てた姫輝は、壁の方を向いて大きく息を吸った。


「あの……頑張って言ってみたのに、何も言われないのが一番……」


「可愛過ぎるだろぉぉぉ! 可愛いわ、顔も声もオーラもでら可愛いわ!」


突然叫びだした姫輝は、隠していただろう方言をだだ漏れで叫ぶ。


頭に血が上って顔が熱くなった為、姫輝の手を離して顔を扇ぐ。


こちらに向き直った姫輝は、私の顔を見てご機嫌そうにふふっと微笑む。


「わ、私だって姫輝のその笑顔が好き。何故か会話の途中時折ふふって笑う。それがとても好き」


「顔には出さないが言葉には出すんだな。最初あった時はとんだクソガキかと思ったけど、まさかこんなに可愛いとはな」


「もう着きますよ。可愛い姫輝さん」


「そうだな可愛い天使」


エレベータの扉が開くと、発砲音と鉄がぶつかり合う音が響く。


迷路の様になっている地下を歩いていると、開けた場所でセレナと元エージェントが交戦している。


「いい加減に膝を付いたら?」


「疲れてるけど、まだ一撃も貰ってない」


左手で剣を持っている少年は、右手のコルトガバメントをセレナに向けて、容赦なく発砲する。


少年が引き金を引く前にセレナが剣で往なし、銃口から吐き出された弾丸が部屋の天井に流れる。


セレナが銃を構えるが、剣を逆手持ちに持ち替えた少年が、銃を弾き飛ばす。


「この、やってくれたなzwei」


空いた左手にナイフを握ったセレナは、少年に向かって突きを繰り出す。


少年は首を傾けて躱すが、セレナは後ろに飛び退かない事を予想して、腕を右に薙ぎ払う。


しかし、少年はそれを予想していたのか、セレナに体を寄せて体当たりで倒す。


倒された勢いを利用して、巴投げで少年を飛ばそうとしたが、剣を地面に突き立ててセレナの上に落ちる。


「お前たちもう行くぞ」


「私を見下ろすなんて良い度胸ね」


「後免」


姫輝の言葉が聞こえていないのか、ふたりは睨み合いを続ける。


無言でセレナの上から退いた少年は、こちらに気付いたが、全く気にせずに地面に転がっている武器を拾う。


「ちょっと何で辞めるの。まだ勝負は終わってないけど」


「人が来た」


「さっさと言いなさいな、本当必要最低限しか喋らない所直したら? みっともない所見せてしまったじゃない」


「考えは良かったけど、こうも体が軽いと意味が無い。あれなら左手で気を引いて、右手の剣での突きの方が良い」


剣を鞘に収めてセレナに渡した少年は、こちらを向いて頭を下げる。


「改めて挨拶する。M029と同じく、元ドイツのエージェントzwei」


「それはコードネーム?」


「カタリナから貰った名だ」


「宜しくツヴァイ。私とも一戦お願い出来ない?」


ツヴァイは少し考えた後、無言で頷く。


「武器は?」


「今から出す」


Arsenalを展開して、トレンチガンの剣を右手で引き抜き、腰のスプリングフィールドを左手に持つ。


「お前たち程々にしとけよ。ドイツに発つんだぞ」


「分かってる。同じ戦線を張る者として実力を知っておきたいだけ、心配しなくて大丈夫」


無表情のツヴァイと向かい合い、間合いと呼吸を測る。


Arsenalが収束した瞬間に踏み込むと、ツヴァイも全く同じタイミングで踏み込む。


剣と剣がぶつかり合って分かったのは、ツヴァイにそれ程腕力は無い。


だが、それを補う程の技術で、剣に無駄無く力が伝わって一撃を重くしている。


直ぐに剣を引いて顔の前で剣を回したツヴァイは、銃を下から潜り込ませていて、死角からの攻撃にディストーションで対応する。


反撃しようと剣を構えたが、ツヴァイの前蹴りで体を後ろに飛ばされる。


鳩尾に爪先が突き刺さり、熱さと鈍痛が同時に襲う。


そこに間髪入れずに斬撃を繰り出すツヴァイの剣に対応するのが精一杯で、反撃をさせて貰えずに壁際まで追い詰められる。


「ELIZA。sacred」


「コード承認」


ツヴァイは地面から突き出たディストーションの刃に剣を弾かれ、大きく背後に飛び退く。


特殊武装強化で形を変える事が可能になったディストーションは、決められたコードを認証させる事により、どんな物にでも形を変える。


「ローズクォーツ」


「承認」


ツヴァイを中心にして広範囲に展開したディストーションが、ツヴァイを包み込む様に薔薇の形に姿を変える。


「雷霆万鈞」


ツヴァイを取り逃がした薔薇がバラバラになり、数万の刃となって降り注ぐ。


「チッ」


「そこまでだ天使。やり過ぎるな」


姫輝に肩を掴まれて、高揚感に支配されていた頭が、目の前の状況を見て唖然とする。


我に返った途端にディストーションは消え、ツヴァイも地面の剣を拾っていた。


姫輝を見ると少し怒った顔でこちらを見ていて、セレナはツヴァイに何か文句を言っている。


「御免なさい。久し振りだったから高揚感に身を任せてしまって、えぇっと……」


「分かったから直ぐ泣こうとするな。踏みとどまっただけでもえらい、そういう世界で生きてきたんだ、これから覚えてけば良い」


私の頭に手を伸ばした姫輝の手を掴んで、姫輝の方に押し返す。


「叱らないと行けないのにそれは駄目。だからそれは受けられない」


「お前も中々面倒なんだな。ウラノスから話を聞いてさ、天使と同じで大変だったみたいだ。直ぐに手が出たりとかあったりもしたそうだし」


「ウラノスがやってたから私もやって良いなんて事は無いです。なので、やっぱり駄目です」


「分かった。なら、罰としてこうだ」


私の頬に手を添えた姫輝は、瞳に溜まっていた涙を指に乗せる。


「行くわよ。全く、貴女は甘々ね」


ツヴァイを連れて隣を通ったセレナは、姫輝にそう言ってエレベータに乗る。


「そうかもな」


それに続いてエレベータに乗り込むと、大きく揺れた後、上昇が停止する。


デバイスで何度も上昇を選択するが、エレベータは全く動かない。


「どうしたの。どうして動かな……」


セレナを抱えて反対の壁にツヴァイが飛ぶと、天井から丸太の様な歪な腕が突き出る。


突き出た腕は、セレナが居た場所をぐしゃぐしゃに引き裂いて、操作するデバイスを砕く。


「Schmutzig Biosか」


「Schmutzig Bios?」


「あの化物の名前。汚れた命の集合体、つまりSchmutzig Bios」


壊れた壁からツヴァイが外に出て、壁を蹴って天井の上に移動する。


ディストーションで壁をぶち抜き、強引に出口を作る。


ワイヤにディストーションを張った姫輝は、セレナを乗せて地上に上昇する。


天井が抜けてツヴァイが落下してくると同時にワイヤを切って、エレベータが自由落下を開始する。


バラバラに崩壊したエレベータの破片を使って、ツヴァイと離れない様にする。


ふたりで破片の上に乗り、Schmutzig Biosの上に位置を変える。


「本当に成功するんだろうな」


「どうだろう。でもこのまま死ぬよりマシ」


「巫山戯てるのか、宛にならない元ナンバーワンだな」


「エージェント辞めてからはずっとこんな感じ」


破片を蹴り飛ばして、ポケットからYAMATOを取り出す。


「YAMATOを展開します。この地形では危ないですが、乗り切れるか面白そうですね」


スコープを表示した視界に、緑色の血を流した化物が映る。


「サポートしてやる」


コンカッショングレネードを下に向かって投げたツヴァイは、続けて特殊弾頭に装填し直して化物を撃つ。


「ロック……って」


瓦礫を圧縮して作られた弾丸が、火を纏って化物に向かう。


特殊弾頭から散布された粉と酸素に反応して、粉塵爆発を起こす。


「ディストーションを張ります」


爆風に押し上げられて一気に上昇し、天井に体を打ち付けられる。


再び落下しようとした体を姫輝に引っ張り上げられて、部屋の中に転がり込む。


同じく引き上げられたツヴァイは、煤だらけの顔で床に転がっている。


かなり無茶をしたなと思いながら立ち上がり、YAMATOを纏っていた右手を見ると、その向こうの部屋の出入口に蒼猫が座っている。


「ウラノス」


近付こうと一歩踏み出すと、猫は踵を返して廊下に消える。


それを追い掛けて廊下に出て、屋敷の外に出る。


目の前でウラノスが謎のクロークを纏った集団に連れ去られて、ikarugaで離陸して行く。


ディストーションを足場にして翼に手を伸ばすが、爆発的な加速で取り逃がす。


近くなる地面に対しては何も考えておらず、最悪の場合死を覚悟するしか無い。


そう思って瞼を瞑ったが、何かに衝撃を吸収されて抱きとめられる。


「間に合いましたか。怪我が無くて良かったです」


ほっとした表情の妃奈子が歩み寄って来て、私を抱き抱えている誰かの肩に手を置く。


地面に下ろされて御礼を言おうと振り返ると、黒いドレスを着た骸が立っていた。


「骸が立って、もう何でも有りなの」


「これは私たち劫初ごうしょ十家じっけだけですよ。聖、雨宮、九条、神無月、レインワーズ、ダルク、バートリ、セイクリッド、ヴァイリンガー、ライオット。この十家が始まりの名家と貴族」


「レインワーズ」


「はい、貴女の御名前です」


アンジェリカ・レインワーズと目の前に表示して、手を伸ばして感触の無い名に触れる。


「その骸は劫初十家しか出せないの?」


「出すと言いますか、儀式で二十一グラムを留めたまま死ぬ。Angelic Keresと言う儀式です、それをする事で骸は残り、その血を引く者の声に応えて動きます」


「そんなの聞いた事無いです」


「遥か昔に終わった儀式ですからね。十家の会議で聖家の十代目の提案で終わらせたものでしたが、その後も望んだ当主がAngelic Keresを行いました。今私が糸で操っているのは四代目、ひじり 秋音ときね


膝を地面に付いた骸が、妃奈子に向かって低頭する。


差し出された妃奈子の手を取った骸は、立ち上がってくるくると踊る。


屋敷から出て来た友希那は、妃奈子の手を握ってダンスを止めると、骸に触れて塵に還す。


「早くドイツに行こ、踊ってる場合じゃない。その無駄に付いた胸を削ぎ落とそうか」


「んー。なら、貴女の胸に入ってるパット全て出しましょうか? 一体いくつ入れて……」


「それは言わない約束でしょ、遺伝子的にこうなるのは変えられなかったの。私だってこんな事までして見栄を張りたくない」


妃奈子の口を押さえた友希那は、こちらを一瞬見たが、直ぐに逃げようとする妃奈子の方を向く。


友希那の両手を掴んでバンザイさせた妃奈子は、額と額を合わせて友希那を見つめる。


「私は友希那くらいのサイズが一番好きですよ。A以下歓迎です」


「言うな! 歓迎されても……もう大きくならなくても良い様な。いや、でもCは欲しい、あわよくばD欲しい」


「嫌ですよ。A以下が良いです、友希那はA以上になると死んでしまいますよ」


「意地でもならせないつもり、そんなのどうしょうもない。まあ、妃奈子以外に見せる気も使わせる気も無いけど。どっちも不可抗力の話だけど」


「入浴の時に洗いあいっこしましょうか?」


「それ使わせる気しか無いし。そう言う淫らな行為は駄目ですよ」


見つめ合うふたりの横に立った姫輝は、言い難そうにポケットから何かを出す。


「その、言い難いんだけどさ。さっき廊下でパッ……」


妃奈子から顔を逸らして友希那が姫輝を見ようとすると、顔を挟まれて無理矢理逸らせないようにさせられる。


目だけを姫輝に向けようとすると、次は立ち位置を変えて姫輝と被る。


そこまでして目を逸らせまいとする行動から、妃奈子は何かを守ろうとしているのか、互いに依存し合っているのか、だが、姫輝が手に持っている物を見ると、妃奈子の行動を肯定したくなる。


妃奈子は背後の姫輝に手を出して、体の後ろでパットを受け取る。


「友希那バンザイ」


「え、うん」


バンザイをする友希那の前で踞んだ妃奈子は、友希那の黒いワンピースの下から潜って、一気に上昇して胸の辺りで作業をする。


神業の如き早業で作業を終えた妃奈子は、満足そうにワンピースを潜って出て来る。


「妃奈子、突然人前で触るのは遠慮して頂ける? そう言うのは部屋で。あ、でもふたりきりの方が恥ずかしいかも、でも大勢居たらそれはそれで社会的に死にますし」


ひとりで思考に落ちて行く友希那を一瞥して前に歩いて来たセレナは、ツヴァイが手に持っていた服を受け取って、小さな体に纏う。


そう言えばプログラムを解除してしまえば、自分もそう大きくないと気付く。


今までプログラム展開していた体目線で物事を考えていた為、心の中でセレナに謝っておく。


「さぁ、これからドイツに行く訳だけど、そんなに早く発てないの。日本の天皇陛下に挨拶しろと通知が来たから、先に会いに行くわよ」


次々に屋敷から出て来たPhantom Princessのメンバーは、Compact Capsuleから出した、Phantom Princessをイメージしたであろうコートを羽織る。


ツヴァイに手渡されたCompact Capsuleを開くと、肩にPhantomと言う文字が刺繍されたコートが出てくる。


「可愛いとかっこいい、どちらもいける良いデザインのコートですね」


「当然でしょ。ウラノスと友希那のデザインなんだから」


ikarugaの搭乗口で振り返ったセレナは、友希那を見ながら誇らしげに言う。


その視線に気付いた友希那はおずおずと会釈をして、妃奈子の手を引いて反対側の搭乗口からikarugaに乗り込む。


「全員早く乗り込んで。聖家の別荘に敬礼! ここはもう帰って来ては行けない場所、ここに帰って来るのは負けた時、勝った時かのどちらかよ」


セレナの言葉を聞きながら、全員が聖家の屋敷に敬礼をする。

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