胸が苦しくなったまま
「頼む」
少年にエリサの事を任せて、ひとりでタイトの病院に入る。
廊下を歩いていると、ひとつの病室の前で、魂が抜けたようにウラノスクイーンが椅子に座っていた。
こちらの足音にも反応せず、唯俯いて座っている。
「ウラノスクイーン。今はまだドイツに向かえない、先に調べたい事がある」
「私にこの席は相応しいのだろうか。ドルトだったら、もっと上手く。もっと冷酷に判断出来ていたのだろうか」
いつまでも引き摺っているウラノスクイーンの胸倉を掴んで、顔の前に引き寄せる。
「それでも前に進まなきゃならない。お前じゃなきゃ俺は今頃こんな所で上司の胸倉を掴んでない」
「ひとりでは道程が長過ぎる。私から扉が開けられないんだ」
「訳の分からない事を言うな。ひとりが寂しいなら俺が居てやる、姫輝も居る。メイドだって、お前を慕って付いて来ている。これ以上は何も言わない」
ウラノスクイーンから手を離して、メイドの病室の中に入る。
中にはタイトと、ベッドで横になっているメイドの隣に、姫輝が座っていた。
「マゴットセラピーで治せないのか」
「来て早々無茶を言うね。あれは体力が要るんだ、今の彼女には使えないねえ」
「そうか。これから出掛ける、メイドを頼んだ。四億入れておく、手を尽くして治せ」
「これでも手を尽くして……」
「微温い。これ以上何も出来ないくらいやれと言ってる」
予め捜査を依頼していたユージーンから、メッセージが入る。
内容をELIZAで確認して、MI6本部に武器の使用許可を申請する。
病室を出て、タクシーに戻ろうとすると、ワンピースを掴まれる。
「武器の使用を許可するから、私も連れて行け」
「なら泣くのをやめろ」
「分かった……もう泣くのは我慢する」
「これから本部に向かう。仕事はそれから」
メイドの努力が無駄になるかもしれない事を承知の上で、ウラノスクイーンにとっては、大きな決断をする。
後ろを歩くウラノスクイーンの手を取って、隣に引き寄せて頭を優しく撫でる。
「痛い痛い……何をする」
「我慢しろ。あと少しだけ」
表では嫌がる素振りを見せるが、実際に逃げる気配は見せない。
今思うと、性別詐称をするのは、任務に当たっている時だけで良い様な気もする。
女と知っても、全員それ程反応もせず、態度が変わることも無かった。
今までの大人とは違って、見捨てたり気味悪がったりしない、こんな大人がもっと早くに周りに居たら、もっと一般的な人間だったのだろうか。
前方に意識を戻すと、他の車を弾き飛ばしたり押し潰したりして、大型トラックが逆走して来る。
センサが働いて、自動で止まったタクシーから、エリサウラノスクイーンにエリサを抱かせて、少年にコルトガバメントを持たせて下ろす。
「行けるな……待て。笑え。よし、頼んだ」
ぎこちない笑顔の少年を送り出して、ウラノスクイーンにディストーションを張る。
「最期くらい楽しそうに笑えって……その先が出て来ないじゃないか」
ウラノスクイーンから貰ったスプリングフィールドを撫でて、ELIZAをユージーンに送る。
薙ぎ倒される車は全てFakeで、人は乗っておらず、唯誘き出すための罠。
上空をステルス戦闘機が通過し、黒いボックスが道路に落下する。
展開したボックスから、大量の銃が姿を現して、M029と言うコードネームを読み取って、銃が抜ける様になる。
ベレッタCx4と、ベレッタRx4を引き抜き、制府軍の旗を掲げたトラックから下りて来た軍人と、間に何も挟まずに睨み合う。
統率の取れた動きで、一列に並んでいっては、順番に銃を構える。
隊列が揃う前に連射して、制府軍を牽制しながら車の陰に入る。
一秒に一万以上の弾丸が飛来して、車を穴だらけにする。
角膜に映る項目を選択していき、コンカッショングレネードを選択する。
それに反応したボックスから、コンカッショングレネードが飛んで来て、寸分違わず手の中に入る。
ピンを外して、車の下に置いて隣の車に走る。
ディストーションが限界距離に到達して、自分の下に戻って来る。
ユージーンから送られてきたメッセージを思い出して、自分の罪状を改めて確認する。
犯した罪はたったひとつ、国家転覆共謀の疑い有り。
国に尽くして来たエージェントを、不都合になったら切り捨てる。
嫌いな大人の、自分勝手な大人の典型的で、今の世界の常識。
こんな言葉がある。
常識は真実では無い。
公共的優しさは思いやりではない。
愛情は有限で、人から人に受け渡される物。無償の愛はこの世に存在しない。
今まで貰ってきた愛情を他人、または子どもなどに渡して、ささやかな愛情を見返りとして貰う。
こうして成り立ってきた愛情は、遂にこの時代に尽きかけていた。
全てひとりの生物学者が発した言葉で、確か名を『ウラノス・レイ・セイクリッド』と言い、彼も悲惨な人生を歩んでいたと……
胸を一発の弾丸が貫き、遅れて思考が途切れて、身体の反応が鈍くなる。
直線上に立っていたのは、ずっと前に制府革命戦線で戦った、陸軍少佐アントラ・レスファールだった。
視界が一瞬で真っ黒に切り替わって、いつの間にか淡い光を放つ部屋に立っていた。
目の前の女性は、整った顔をくしゃくしゃにして、子どもの様な笑顔で抱いている子どもと遊んでいる。
その腕に抱かれた少女も、同じ様に楽しそうに笑っている。
最初は屈託の無い笑顔に見えたが、女性の笑顔は、どこか悲しそうだった。
「どいつもこいつも……楽しそうに上手くも笑えないのかよ」
無理をして、何かを押さえ込んで少女を笑わせる女性を見ていると、何故か、懐かしさと温かさで胸が苦しくなる。
頬を伝う何かを袖で拭って前を向くと、いつの間にか、目の前に居た女性に手を引かれる。
「綺麗な翼ですね」
女性の背中には白い翼が生えていて、とても幻想的な光を放っている。
よっぽど疲れているのだろうか、こんな事では驚けない自分に、このままでもう良いんじゃないかと、他人事の様に思ってしまう。
「大きくなったな天使」
その声を聞いた瞬間、涙が一気に溢れ出して、全てを思い出す。
育ての親であり、不器用ながらも生き方を必死に教えてくれた人であり、無差別殺人によって、失った大切な人。
「ウタさんの……いえ、お母さんのお陰です」
背の高いウタに、衝動的に体が抱き着きに行く。
だが、ウタはそれを右手で押さえて、頭をわしゃわしゃと掻き撫でる。
気持ち良いものではないが、その感触がとても心地好くて、痛くても手を払う事が出来ない。
それから暫くすると、ウタは手を離して思い切り体をくっつけ合って、腕を背中と腰に回して抱きしめる。
「泣くな、涙を拭いて顔を上げろ。前を向いて歩き続けろ、これが私からの最後の教示だ」
「はい、お母さん。私はあなたの娘で幸せでした。いえ、これからもずっと幸せです。こんなにも恵まれているのですから」
少し痛いくらいの抱擁は、渡し切れなかった愛情を全て注ぎ込むように、強く強くなっていく。
「さあ行け。此処から歩き出す魂に、Uranosの祝福を。Uranos Bless You」
言った後に、子守唄の様にウタが何かの歌を歌い出す。
頭に刻み込むように聴きながら瞼を瞑ると、徐々に雨音が耳に入って来る。
光に邪魔をされて、目が痛む中、瞼を開く。
制府軍に撃たれた後、死んだと判断されたのだろうか、そのまま捨て置かれて、血塗れの水溜りに寝転がっていた。
視界に映ったのは、一部だけ晴れている空に落ちて行く天使。
遥か上空の天使に向かって手を伸ばす。
「その翼、私にも下さい」
天使が見えなくなって、諦めて腕を下げようとすると、誰かに手を掴まれる。
逆さに映った顔は、どこかで見た覚えのある顔だが、全く思い出せない。
「翼なら私があげる」
少女はウラノスクイーンを思わせる不敵な笑みを浮かべると、手を強く握る。
血と硝煙で汚れたワンピースが、雨に濡れて体に張り付ついて、不快感が凄い。
収束したボックスはそのまま放置され、ベレッタCx4とベレッタRx4も転がっている。
「誰」
「私は通りすがりの叛逆者。おはよう元エージェントさん」
「名前は」
「私はセレナーデ・ライオット。Phantom Princessのリーダーをしているんだけど……」
痛む体を無理やり起こして、全身が軋む痛みを押し殺して、二丁のベレッタをセレナーデに向けて構える。
驚く素振りも無ければ、道路を歩いて会話を続けるセレナーデに、指を指されて問い掛けられる。
「貴女は捨てられたのにまだ戦うの?」
「テロリストが嫌いなだけ、エージェントでなくともこうする」
遥か遠く、少女の頭の上で何かが反射して、光が目の中に入る。
今日は今までなら有り得ないが、イギリスでは日が沈まぬ日となっている。
何処かから現れた二つ目の太陽が、一つ目と交代して地球を照らし続けているからだ。
ある宇宙を研究していた研究者は、第二の太陽が地球を照らし続ける日、必ず良からぬ事が起こると騒いでいた。
それを逆手に取ったテロリスト、『シャントル』が、今日と同じような日に、アメリカのハンマーヘッドが世界にバラ撒かれた。
世界が一番警戒する日に、Phantom Princessのリーダーは、堂々と歩いている。
「貴女が嫌いなのは自分勝手な大人。ずっと見てきたから、消えたくないなら変わらないと」
「変わるくらいなら、消えた方がマシだから」
ポケットからデバイスを取り出したセレナーデは、映像を送信する。
角膜に映ったのは、少年とエリサだった。
暗い部屋の真ん中で手と足を縛られて、少年がエリサに寄り添う様に座っている。
きちんと守っているんだと、少しだけ感心する。
「MI6のトップと一緒に居た三人は、私たちが回収させてもらった。あとひとり居たが……」
両手の銃を撃ちながらセレナーデに接近するが、全方向から弾丸が壁の様に飛来して、セレナーデに向かう弾丸を弾きながら、こちらに襲い掛かる。
ディストーションを張りながら、ベレッタを捨ててボックスと繋ぐ、ボックスに吸い込まれたベレッタと入れ替えて、トレンチガンに装着する剣を選択する。
鞘を右手で掴んでから腰に付けて、背後から足を狙って撃たれた弾丸を斬る。
項目をもうひとつ選択すると、ボックスからミサイルが発射されて、全方向のテロリストの銃を無力化する。
右手で抜いたコルトガバメントをセレナーデに向けて、生き残ったテロリストと膠着状態を作る。
「セレナ。もう良いのでは?」
「そうね、友希那。取り敢えず連れて帰りましょうか」
「では、セレナから銃を離して下さい。痛い目に見ますよ」
突然ユージーンからメッセージが届き、勝手に開封される。
ELIZAが箱から出て来て、以前と同じ人型をしている。
「何色々勝手にしてくれてるんですか! ユージーンとウラノスと姫輝とその他色々の人が心配してたのですよ! メッセージが送れないって何回も試してもらって」
「忙しいから黙ってて。私は今テロリストと睨み合ってるの」
p90を構えた友希那と呼ばれていた少女は、シェイクハンドで仲間に指示を出す。
生き残ったテロリストが、一斉に銃を構えて、多勢に無勢となる。
「私を撃っても良いけど。この世界は停滞を続ける事になる」
「随分と重要な存在なのですね。貴女にそれ程の価値があるのでしょうか」
「そう。私を撃った瞬間、貴女は拾った命を必ず散らす」
「そうなりそう」
ELIZAが友希那の腰にあるコルトガバメントを解析すると、中身が強力になっていて、射程も威力も桁外れ。
そしてあのミサイルの雨を汚れひとつ付けずに出て来たと言う事は、まるで違う次元に飛んで回避した。それ位不可能に近い技だ。
コルトガバメントを仕舞って、ボックスに剣を戻す。
「あの武器が入った箱の名前は、『Arsenal』と言って、意味は武器庫と言う意味です。M029さんが接続しないとビクともしません」
収束と言うのを選択すると、Arsenalは姿を消す。
「これは新しい特殊武装?」
「そうですね。Arsenalに一度仕舞えば、勝手にリロードやメンテナンスをしてくれます」
「それで、こんなものを送り付けて、次は何をさせられるの?」
「そうですね。自由に生きなさいって言ってましたけど」
自由に生きろと言われても、今まで規則に縛られて来た生活から抜け出すのは、少しだけ違和感と不安がある。
取り敢えず家に帰ろうとすると、セレナーデに手を掴まれる。
「もうPhantom Princessの一員なんだから、貴女は私たちに付いて来て」
「入りませんから。家に帰って仕事を探します」
丁度家から近い事もあり、歩きでマンションに向かう。
仕事が無いのは違和感があるが、使命などに迫られることも無く、少しだけ開放感的なものがある。
そう言えば日本の艦隊がイギリス軍港に到着したと聞いた、家に帰った後に見に行ってみよう。
道を渡ってマンションに入る。
エレベーターで百階まで上昇して、ドアのロックを解除する。
家の中に入ると、静かさで満たされた部屋に、溜息が響く。
リビングに入ると、捕まったと聞いた姫輝が、グラスに入った酒を飲んでいた。
「何をやっているのですか、飲み過ぎはあまり良くありません」
振り返った姫輝は、目を擦って何度も瞬きをして、ゆっくりと手を伸ばす。
その手を掴むと、引き寄せられて体勢を崩す。
前のめりになって姫輝に突っ込み、上に乗って押し倒す形になる。
「化けて出たか。会いに来てくれただけでも……」
「寝惚けてる場合じゃない。少年とエリサを取り戻しに行かないと」
転がっていたクッションで顔を押さえられて、姫輝上から転げ落ちるて上下反対になる。
「会いに来る時くらい血塗れの服じゃなくて、もっとお前に似合う可愛い服を……」
「だからって脱がそうとするな、中に潜るな」
ワンピースの中に手を入れた姫輝は、下から顔を入れて中に収まる。
クッションを掴んで、姫輝の頭に何度もぶつけるが、全く止まる事は無い。
横腹に指が当たる度に擽ったさに襲われて、体を跳ねさせると、面白がって擽ってくる。
それを耐えること四回目、流石に両方疲れて、姫輝は動かなくなる。
「そろそろ退いて下さい。私は早く助けに行かないと」
「行かせるか。どうせまた居なくなる気だろ、もう何処にも行くなよ。お前まで居なくなったら、私はもう生きてけないぞ」
「居なくならないから退いて下さい。流石に怒りますよ」
「居なくなるならないじゃなくて、私をひとりにし過ぎなんだよ」
鬱陶しいと言う感情が芽生える前に姫輝を退けて、コップに水を入れて顔にかける。
次に速効性の酔い醒ましを飲ませて、もう一度水を汲んで飲ませる。
徐々に目が元に戻っていく姫輝は、机の上の酒瓶を見て、目を瞑って記憶を掘り返し始める。
頬を叩いて現実に引き戻して、両頬を手で挟んで目を合わせる。
「おかえり」
「ただいま。出掛けるから、付いて来たいなら来る。待ってるなら座ってて」
「行く。お前と永遠に一緒に居る。結婚しよう」
「今は御断りします。はい、準備して下さい」
スッと立ち上がった姫輝は、クローゼットからスーツを出して、素早く身に纏う。
ベレッタを腰のホルスターに差して、黒い革手袋を手に付ける。
自分もワンピースを脱いで、スーツを身に纏う。
晒で胸を潰して、髪をカチューシャで纏める。
黒い革手袋を手に付けて、指を動かして馴染ませる。
角膜に通信開始の文字が表示されて、ウラノスクイーンの顔が映る。
「あの少年のお陰で無事本部に帰れたぞ。是非MI6のエージェントに欲しいな」
「あんたを送り届けた後テロリストに捕まったけど。今からPhantom Princessの本拠地に救出に向かう」
「そうかそうか、もうMI6に戻してやれん、上にお願いしたけど門前払いでな」
「もう良い。働かなくても大丈夫だから」
姫輝にエレベーターを呼んでもらっている内に、鍵を施錠してエレベーター乗り場に向かう。
丁度到着したエレベーターに姫輝と乗り込み、マンションから出る。
ELIZAに人工衛星をハッキングさせて、セレナーデの居場所を追跡させていた為、アジトまで戻る筈。
其処を叩いてしまえば、三人は逃げる事が出来る。
「こっちだ。名前はまだ教えてくれないのか、なんて呼べば良いか」
マンションの地下駐車場に向かう姫輝に続いて、少しだけ考える。
「アンジェリカ、アンジュで良いけど。そこは姫輝さんに任せます」
「分かった。天使って呼ぶからな」
「アンジュでもアンジェリカでもないし。まあ良いですけど」
「あった、これだ」
一台のスポーツカーの横に立ち止まった姫輝は、コードを打ち込んで解錠する。
デバイスと車のデバイスを繋ぐと、車にエンジンがかかって、全てのシステムが起動する。
車が地上まで運ばれて、陽の光の下に出る。
デバイスにセレナーデの現在地を送って、姫輝がそれを確認してその地点に向かう。
ウィンチェスターM1897をArsenalから取り出して、剣を腰に着ける。
特殊弾頭と通常弾頭を入れ替えて、リロードする。
ベレッタCx4を姫輝に渡して、ディストーションを半分譲渡する。
「ディストーションを張る時は自分、あとELIZAが自動で判断するから。ELIZAもディストーションも共有ね」
「サンキュ。テロリストの地点、制府のCabinet ministersのひとりの家だけど。本当に合ってるのか?」
「どうだろう。娘が居るとは聞いてたけど、確か姉妹だった様な」
「では私から情報を提供しよう」
通信が繋がれたままだったウラノスクイーンが、家系図を表示して説明を始める。
「彼奴にはふたりの娘が居る。ひとりは学校に通っている妹、そしてもうひとりが縁を断った姉。実際その家には姉しか住んでいない、テロリストの集まりとなっていようが、広大な敷地な為誰も気付かない」
「ならテロリストの巣窟か。姫輝を連れて来なければ良かったかな」
「御荷物で悪かったな。だがそれは実際戦闘している所を見てから言ってくれ」
「一度祭りの時に見たけど、結構ぎりぎりそうだったけど」
「あれは違う。ほら、もう着くぞ」
ベレッタCx4を持った姫輝は、少し離れた所に車を止めて、車を待機状態に設定する。
ウィンチェスターM1897を布の袋に入れて、衛星から映像を送らせ、見張りを把握する。
「見張りが居ない。姫輝は右、私は左を対応するから」
無理に裏から入らず、正直に真正面から行く方が、セレナーデも分かり易いだろう。
道路を渡って正門の前に行き、丁寧にインターホンを押す。
自動で門が開くと、挨拶代わりに対人地雷が起動して、地中から目の前に飛び上がる。
こんな事だろうと予測していた為、容易くそれに対処する。
目の前の対人地雷ひとつを前蹴りで蹴り飛ばして、庭に大きなクレーターを作る。
自分の前に飛び上がったもうひとつの対人地雷を、姫輝は遥か上空に蹴り飛ばす。
破裂した地雷の破片が空から降り注ぎ、破片が頭の上に乗る。
気まずそうに、姫輝はそっと頭の上に乗った破片を取り除く。
「ありがと」
「お、おう。なんか後免」
姫輝の顔をじっと見つめていると、恥ずかしそうに視線を逸らされる、
同時に壁の中に足を踏み入れると、両脇の壁から弾丸が放たれる。
姫輝が右、自分が左にディストーションを展開して、罠を処理する。
ふたつに分かれてひと回り小さくなったELIZAは、寝転がってハッキングを継続する。
本人曰く、specは落ちる事は無いので安心して下さい。だそうだ。
警告音が鳴り響き、レーダーが拡大されて、前方に反応を示す。
玄関の上の窓に、発射した後のRPGを肩に担いだ人影が、スコープでこちらを見ている。
姫輝は私の腰から剣を抜いて、下から切り上げて真っ二つに斬る。
次弾が来る前に素早く玄関の前まで走って、立ち止まらずにドアを蹴り開けて突入する。
天井に向けて一発発砲して、RPGを撃ったテロリストを牽制する。
エコーロケーションで索敵しても、人影ひとつ映らず、あくまでも撃ち合いにする気は無い様だ。
フロアを立体に起こして、二階のフロアの半分まで把握する。
「止まれ天使。火薬の匂いだ」
剣を私の前に出して、踏切の遮断機みたいに止められる。
壁に弾丸を大量に叩き付けた姫輝は、崩れる壁の中から、センサーが装備された、壊れた機関銃を引き摺り出す。
「奥に空間が、人影も多数ありますよ」
エコーロケーションを最大範囲まで広げたELIZAが、地下の地形を探ったが、一本道で途切れる。
「ドアがあるか、二階はfakeで本部は地下。それも厚い鉄製の扉で入口は遮断」
「ならぶち破るか」
「姫輝さん程薄くないです。厚さは私程ですから」
「ぶち抜いてやろうか? え?」
喧嘩腰の姫輝を無視して、鉄製の扉を三回ノックする。
中でバタバタと暴れる音がした後、ゆっくりと扉が開く。
「セレナーデ。勘弁してくれって、鍵なら何時も開いてるって」
目の下にクマを付けた女性は、ボサボサの髪を掻き上げて、こちらの姿を認めてから、静かにドアを閉めようとする。
ドアに靴を挟んだ姫輝は、女性に銃を突きつけて部屋の中に入らせる。
だらだらとした足取りで部屋の中に入った女性は、埃をかぶったソファーに座って、大きな欠伸をする。
「セレナーデは」
「この部屋の奥だけど、眠いから早く質問を終わらせて」
再び大きな欠伸をした女性は、今度はソファーに寝転がる。
それを見たELIZAも、何かを解析しながら眠そうに寝転がる。
部屋の奥にあるドアを開けると、広い部屋に、セレナーデと幹部らしき男女が何人か座っていた。
「早かったな。やっぱりウラノスクイーンの右腕は凄いな。合格、Phantom Princessへの加入を……」
「しませんから。少年とエリサを返して下さい」
後ろから続いて入って来た姫輝が、部屋の中に迷わずに入って、机の下で縛られていたふたりを解放する。
「もう用はないから。このふたりに手を出したのが間違……」
ウィンチェスターM1897を構えると、エリサが銃口を手で塞いで、訴えかけるように言う。
「待って。この人たち良い人だよ、私たちを変な人から守ってくれたから」
「良い人は人を縛りません。知らない人に着いて行ったら駄目です」
少年を見ると、首を横に振って、銃を下ろすように言われた気がした。
「さて、そのふたりを助けた私たちだが。次は君を助ける為に呼んだんだけど」
「自分の身は自分で守れます」
セレナーデは口元に笑みを浮かべると、銃を置くように促す。
自分の発言を裏付ける為に銃を置くと、突然顔にマガジンをぶつけられる。
その直前、体がふわりと浮くと、瞬く間に背中を地面に叩き付けられる。
「一本ですね」
先程までセレナーデの隣に居た少女が、自分の腕を掴んでいて、笑顔でそう言った。
腕を捻って体を起こして、反撃に右の突きを出すが、軽々と往なされて、膝蹴りが鳩尾に入る。
それを見た姫輝が銃を構えたが、今度はセレナーデの隣に立っていた少女が放った弾丸に、手に持っていた銃を弾き飛ばされる。
「君たちは常に先手を取って来た。だが後手に回った時、あまりにも弱い。君たちは楽に勝ち過ぎた」
「返す言葉も有りません。強いと錯覚していたのかも知れません、今此処ではっきりと分かりました。手も足も出ずに伸されたのは初めてですから」
自分でも意外な程この負けが響き、久し振りに体が負けを悔しがっている。
やり残した事がまたひとつ増えたと、また生きる原動力が増えたと、残念な感情の裏側に張り付いた、生きたいと言う人間の本能が、少しだけ顔を出した。
「じゃあ歓迎するから。今日の任務に早速入ってもらう」
「入るとは言ってないけど」
立ち上がってスーツに着いた埃を払っていると、同じくスーツを着た少年が、目の前に歩いて来る。
「ウラノスクイーンから連絡があった。M029ってのはお前か」
「そうだけど、挨拶も無しですか」
その言葉に反応すること無く、少年はデバイスに一枚の写真を映し出す。
その写真に写っているのは、大人の女性ふたりに抱かれた子どもが三人、全員心から笑っていて、その中の片方はよく見知った顔だった。
「ウタさん。それに抱かれてるのは……私?」
「そうだ。その隣の女の人はウタの相棒、俺の育ての親であり、ブラックスターの隊員」
「なら、私の隣で抱かれてるのは貴方で。もう訳が分かりません」
「ウタとカタリナ、ひと世代前のMI6では有名なコンビだった。彼女らは常に一位二位を独占し、僅かふたりでブラックスターは成績トップ。MI6のエースだった」
ウタは週に四日は必ず家に居てくれた為、エージェントをしているだなんて気付かなかったが、今思えば時々怪我をして帰って来たりしていたのは、任務の時に負ったものだったのだろう。
記憶が戻った今思い返すと、薬莢を机に並べる癖もウタがよくやっていた癖で、知らない間にそれをしていたのは、記憶が無くても体は覚えていたからだった。
「今此処にお前と俺が揃ったって事は、ブラックスターの再来を告げるも同然だろ」
「だからと言ってテロリストに成り下がる気は……」
「ふたりは無差別殺人で殺されたんじゃない。制府から排除されたんだ、今回のお前みたいにな」
双星欠落と、世間を悲しみの底に突き落としたテロ事件は、多くのテロリストを生むきっかけになり、多くのエージェントが死ぬきっかけともなった。
この事件は、いつも通りブラックスターが鎮圧に成功した。
その後、ふたりの子どもを連れていたふたりを、謎の武装集団が襲い、子どもを逃がして死んだ。
制府の上官からはそう聞いている。
だがこの少年が言っている事は、制府が嘘をついていると言っている事になる。
「なら、真相は」
「制府の重鎮の腐敗を偶然握ってしまった。だからふたりは消された、無差別ではなく計画的殺人」
「信憑性は」
「ブラックスターの育ての親。ウラノス・レイ・セイクリッド。死んだと言われているが、実際は生きている。今は三十六歳で日本に居る。その人が言っていた」
ELIZAが見ても嘘は言っていない。
ASCを創り出したウラノス・レイ・セイクリッドは、八年前アメリカ軍と韓国軍、中国軍に追い詰められて死んだと報道された。
世界に混乱を招く元凶とされて、連合軍がたったひとり消す為に、四年も掛けてやっと殺した。
表向きは。




