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叛抗姫の人形  作者: 聖 聖冬
12/41

メイドマフィア

車が止まる前に飛び下りて、ウラノスクイーンの住んでいる豪邸のドアを蹴破って、家の中の様子を確認する。


エントランスは散らかっていて、奥のグランドフロアには、大きな肉片が転がっている。


先程の傀儡を思い出して、グランドフロアの肉片に近付く。


不快な臭いを放つ肉片は、腐りかけで、明らかに生者のものではない。


ウラノスクイーンの部屋は最奥。


それを考えると、一階のフロアにドルトの部下は居ない。


二階から戦闘の音が聞こえる事から、その予測は確実に的中している。


追い付いたGz9と合流して、隣の部屋を抜けて階段を駆け上がる。


サプレッサーを外して、壁に向かって発砲する。


展開していたエコーロケーションが、二階フロアの構造をスキャンして、立体データに起こす。


途中で人型に反射した地点に、赤い点を置いてGz9にそれを送信する。


キンバーカスタムIIを手に持ったGz9は、廊下の右を確認して、自分は左を確認する。


ドルトの部下が居ない事を確認して、立体データを見ながらウラノスクイーンの部屋に向かう。


美術品ひとつ無い廊下は、豪華な邸宅とは思えない程質素な内装だ。


赤い点が近付くにつれ、戦闘音が徐々に大きくなってくる。


壁に背を着いて廊下の奥を確認すると、ウラノスクイーンの部屋のドアの前で、メイド服を着た女性が、アサルトライフルを構えて、石像の後ろに隠れるドルトの部下を撃つ。


背を向けているドルトの部下を撃って、ホルスターにスプリングフィールドを仕舞って、両手を上げて壁から出る。


「何方か御存知無いですけど。もうひとり隠れてますよね」


FN F2000を構えたままのメイドは、奥の手として隠れていたGz9に、出て来る様に促す。


同じくキンバーカスタムをホルスターに仕舞ってから出て来たGz9は、無表情でメイドを見つめる。


「随分と大きくなったな。マフィアだった時とは大違いだ」


メイドはFN F2000を下ろして、メッセージを送信してくる。


文面は、こちらに来てくださいと書いてある。


手を下げて歩いて行くと、メイドは丁寧に一礼する。


「ウラノスクイーンさん。おふたりの客人がいらっしゃいました」


「入れてくれ」


メイドはドアを開いて、部屋に入れてくれる。


広い部屋の奥で、ひとり椅子に座っているウラノスクイーンは、パソコンと向き合って作業をしている。


最後に入って来たメイドは、ウラノスクイーンに紅茶を淹れて、ティーカップを机に置く。


「報告に来たけど。要らなかったか?」


「そうでも無い。お前たちの顔が見れただけでも嬉しいぞ」


「本題に入る。命令通りドルトは消した、それを追求する者も居ない」


「追求する者は居らんだろうが、頭の悪いのが消しに来るぞ」


ウラノスクイーンが言うと、背後のドアが破られて、ドルト邸の時よりも大きな傀儡が突っ込んで来た。


Gz9と対象に避けて、すれ違う傀儡の足を撃つ。


ウラノスクイーンの机の前に素早く移動して、サーブスーパーショーティを両手に持ったメイドは、傀儡の膝から下を消し飛ばす。


コンパクトショットガンを捨てたメイドは、M134を床下の収納から出して、腹から下を穴だらけにして分断する。


上半身だけになっても動き続ける傀儡を、スプリングフィールドで撃ち続けても、火力が足りない。


「早く此処から出るぞ」


新手の覆面集団を足止めしているGz9は、フラッシュバンを廊下に投げて、ウラノスクイーンを抱えて部屋の窓から出る。


銃口を廊下に向けてM134を置いたメイドは、手を離しても撃ち続ける様にしてGz9の後に続く。


ウラノスクイーンのパソコン持って、火を着けてから窓の外に出る。


庭に生えていた木をクッションにして、地面に落下する。


枝が腕に刺さったのは誤算だったが、まだ覆面の集団は追い付いて来ていない。


庭の柵を飛び越えて、Gz9たちが乗った車の屋根に飛び乗る。


待機状態だった車は直ぐに起動して、僅か二秒で百五十キロに到達する。


公道を走っていると、後方から黒い車が追い掛けて来る。


覆面が窓から身を乗り出して構えたのは、弾頭に時限爆弾が付いているRPGだった。


「マジックヒューズのつもりか。Gz9、そのメイド銃持ってないか」


助手席の方の窓が開けられると、Dragunovをメイドから手渡される。


「撃ってきたぞ、 間に合わないな。はははっ」


陽気な声でそう言うウラノスクイーンは、遊園地のアトラクションの様に楽しんでいる。


コンカッショングレネードを投げて、ディストーションを張る。


撒き散った鉄片が、時限爆弾を先に爆発させて、連鎖で弾頭も爆発する。


「冗談じゃない。こんな手で何時までも乗り切れるか」


隙が出来た内にDragunovを構えて、助手席の男を狙撃する。


放たれた弾丸は男の顔スレスレを通過して、後ろの車のタイヤを貫く。


「下手だな」


「うむ下手だ」


「この近距離で外す人、初めて見ました」


「お前ら後で覚えとけよ」


Dragunovをメイドに返して、コルトガバメントを構える。


「どうでも良いけど。この先でオラリオンがテロリストと交戦してるらしいぞ」


「なら其処で全て潰そう。こんな所で下手に動いたら市民に被害が出る」


屋根から車内に入ると、Gz9は遠慮無く車を飛ばす。


テロ組織と交戦している地点に近付くにつれ、車が少なくなっていく。


左前方で地を揺らす程の轟音がすると、背の高いビルが崩壊を始める。


「このまま行ったら潰れるか、それともぎりぎりか」


「無事に行けるに命賭けた」


「私は死にたくないので下りさせて頂きま……」


「まて。お前は私のメイドだろう。御主人様を置いて何処に行くのだ」


地面に自由落下をし始める瓦礫の雨に、Gz9は笑みを浮かべながら突っ込む。


助手席のメイドは、後部座席のウラノスクイーンと言う人間シートベルトに押さえ付けられて、身動きが取れない。


その代わりにウラノスクイーンの小さな手を、ひと回り大きい手でぎゅっと握りしめる。


ビルだった物の影に入ると、本格的に恐怖が膨れ上がるが、今下りた所で、こいつらと死ぬかひとりで死ぬかの違いでしかない。


それなら少しでも生存率がある方を選んで、前だけを見てじっと座る。


轟音を響かせて落ちて来るビルを、スレスレで抜けると、後ろから追い掛けて来ていた車が、下敷きになって姿を消す。


Gz9は車を止めて、潰れた車の後部を蹴る。


「蹴って直るか馬鹿。今は目の前のオラリオンに加勢して来い」


煙草に火を着けたGz9は、スプリングフィールドをリロードして、気怠げに歩き出す。


Gz9の吸っている煙草を撃ち飛ばしたメイドは、笑顔でGz9のスーツから煙草とライターを没収する。


「体は子どもの主が居るので。煙草は控えてもらっても良いですか?」


「ストレス発散すら許されないのか。税払ってるんだから良いじゃないか」


「誰の体が子どもだ。私は悠久の時を生ける……」


「良いから黙ってろよ馬鹿共」


「字も読めねえ馬鹿に言われたくねえよ」


ウラノスクイーンとGz9が同時に言って、それを知らないメイドは、細かく瞬きをしてこっちを見る。


学のあるふたりと言い合いしても勝てる気がしない為、黙ってスプリングフィールドをリロードして、オラリオンの隊員が身を隠している瓦礫の後ろに行く。


付いて来たメイドは、担いでいたDragunovにバイポッドを着けて、姿勢を低くして構える。


「こちらGz9。こちらから確認出来たのは二十二人。一番手前のバスの後ろに八人その他はその後の瓦礫」


戦場を横から見ているGz9は、通信士として通信制限フィルタを抜けて、オラリオンの隊員とメイドに報告する。


「きちんと俺のELIZAのセキュリティ抜けろよ。通信士は無制限で繋げるんだろ」


「難解過ぎるんだよ。あ、今ウラノスクイーンが突破した」


突然目の前に、小さなウラノスクイーンが視界を埋め尽くす程出てくる。


角膜でチビウラノスの列に巻き込まれたELIZAは、画面の中を転がってフレームアウトする。


「どうだ、そんなセキュリティ如きで私を止めようなど……」


「唯のウイルスだろ。迷惑だこんな時に」


ELIZAが小銃を持って、チビウラノスを撃ちまくって消して行く。


撃たれては粒子になって消えて行くチビウラノスは、増殖する事もなく掃討される。


「な、何か小さいウラノス様が……ぁぁぁぁ」


下で混乱を始めたメイドは、誤射をしてバスを爆発させる。


一瞬にして八人のテロリストを葬ったが、本人は視界のウラノスに気を取られて、戦況確認どころではない。


「なんか緩くないか。こんな緩い戦場は初めてなのだが」


「私も殆ど見た事が無いくらい緩いな」


笑って答えたウラノスクイーンは、ウイルスを操作してメイドに嫌がらせを続ける。


Dragunovをウラノスクイーンに向けて、手に持っている携帯ゲームを撃ち抜く。


「うゃぁぁぁ! やっとカンストしたのだぞ!」


「直りました、ウラノス様が消えました」


耳元の騒がしい音と、足下の安堵の声に挟まれて、ここを家のリビングと錯覚しそうになる。


「おいM029。撃つ時は仕留める時だろ」


「上官仕留めたら上がうるさい。それに、まだ利用価値があるから仕留めない」


Gz9が持っている煙草を狙撃して、再び煙草を弾き落とす。


「煙草は吸うな。一利無しだぞ」


「意味分かってないけど言ってるだろ」


「五月蝿い。皆がそう言ってるから一利無い」


「なら帰ったら酒に付き合え」


Dragunovをメイドに返し、スプリングフィールドを構えて、爆発したバスの後ろに身を隠す。


気を取り直して対峙し合うと、倒れたビルの隣にある建物の屋上で、何かが光る。


「ウラノスクイーン狙われてるけど、この際死んでくれ」


言った後、屋上から人が落ちて、地面に落下する。


「どうだ、ウチには優秀なメイドが居るだろ?」


気弱なメイドだが、戦場での顔付きは凛々しいものに変わり、何処かから現れた多数のモニタに囲まれている。


「屋上なのに下からどうやって落としたんだ」


「特殊武装です」


そう言うと、隣に球体の鉄の塊が浮かんでいた。


カメラのレンズみたいな所を覗き込むと、中に機械が色々と内蔵されている。


「今M029さんの顔が映ってますよ」


特殊武装格差に、MI6の闇を見る。


「ついでに私のも見せてやろう」


物陰に隠れずに堂々と歩いて来るGz9だが、テロリストは誰ひとりとして撃たない。


それどころか、瓦礫の後ろに隠れていたテロリストが、全員悲鳴を上げて出て来る。


胸から血を出して一斉に倒れたテロリストは、そのまま動かなくなる。


「ASCとELIZAを使って幻を見せる。そしてASCを爆発させる事も出来る。ハッキング出来たらの話だがな」


再び海溝程段差のある格差を感じる。


そんな能力があるのならこっちに回して欲しかった。


近接戦闘では使えない壁よりも、敵を無効化して爆発させる方が、頗る楽だ。


「姐さん! 元気でしたかー!」


隊員のひとりがメイドに飛び付いて、メイドの周りを他の隊員を囲む。


メイドに飛び付いた少女は、こちらを一瞥すると、突然銃口を向けてくる。


「姐さん何で男なんて連れてるんですか。姐さんには私たちがいるじゃないですか」


「この御方はM029さんです。ブラッディクロノスと呼ばれている。ウラノス様を一緒に守ってくれたんです」


たった今送られて来たメッセージを開くと、差出人は匿名で、私だけの姐さんに何かしたら殺すと書いてある。


やってみろと送り返すと、少女はメッセージを見て引き金を引く。


ディストーションで弾丸を止めると、少女はナイフに切り替えて、斬りかかってくる。


一歩左にズレて突きをかわして、少女の顔を鷲掴みにして、膝裏を踵で折って地面に叩き付ける。


ナイフを取り上げて、メイドに手渡す。


「私の姐さんに、気安く触んな!」


脳震盪で暫くは立ち上がれない筈だが、想像以上の回復速度に虚を突かれる。


なんとか蹴りを腕で受けたが、回転してもう一撃浴びせようと伸びた足が、メイドの突きに相殺される。


「大人しくして下さい。私を困らせないで」


「は……はい」


「申し訳ありませんM029さん。ウチの狂犬が御迷惑を掛けまして」


「いや、これ位の方が期待出来る」


深々と頭を下げたメイドは、少女を睨んで、立ち上がるウラノスクイーンの服に付いた汚れを叩く。


気まずい空気に包まれると、自然に各々がそれぞれの場所に戻り始める。


自分も自分の家に向かうと、ウラノスクイーンとメイドが付いて来る。


「何か用か」


「私たちの家もこっちだ」


「お世話になります」


一旦立ち止まって、戦場を指差して声を上げて、全力で走り出す。


「あ、M029が逃げた」


「追い掛けます」


「そんな簡単に捕まるか」


「失礼致します」


追い付いたメイドに右腕を掴まれて、よく分からない捻り方をされて体が勝手に沈む。


左手を地面に着いて踏ん張って、メイドの腕を蹴り上げて払う。


左手で蹴り上げた足を掴んだメイドは、俺を地面に叩き付けて、ワイヤで拘束する。


programを解除して、小さくなった体で拘束を抜ける。


フラッシュバンを投げて視界を奪い、Compact Capsuleからワンピースを取り出す。


建物の陰に隠れて、スーツからワンピースに着替える。


カチューシャとスーツをCompact Capsuleに入れて、スプリングフィールドとコルトガバメントを、ワンピースの中に隠す。


前髪を整えて、変声Programを解除する。


ビルの間に走って入って来たメイドは、何かを小声で呟く。


大気に分散した音の振動を収束して拾い、ELIZAに解析させて音声にさせる。


「見失いました。目の前の女性に聞き込みを開始します」


意識を周囲に戻すと、いつの間にか目の前にメイドが立っていた。


浅く頭を下げたメイドは、隣を通り過ぎて、後ろに居た女性に話を聞き出した。


安堵の息を吐いて、直ぐに気を引き締め直す。


陰から出て、ELIZAが手配していた無人タクシーが前に止まって、ドアが自動で開く。


後部座席には既に先客が乗っており、後頭部に何かが突きつけられる。


大人しくウラノスクイーンの隣に座ると、Dragunovを構えたままのメイドに挟まれる。


メイドが窓を開けて、上空でホバリングしていた小型遠隔操作機を、Capsuleに収容する。


「連れないやつじゃな。部屋は余っておるんじゃから、ふたり増えただけでは大差ないだろう」


「家建ててやるからそっち行け」


「そうじゃな。皆でそちらに行こうか」


「お前たちだけだ。俺はあの景色が好きなんだ」


「ならばあれよりも高いのを建ててしまえばよかろう。恒河沙とか言う訳の分からん単位まで貯まっておるではないか」


人の口座の情報を勝手に表示したウラノスは、溜息を吐いて太股の上に頭を置く。


殆ど重さを感じない程軽いウラノスは、人の太股の上で、気持ち良さそうに寝息を立て始める。


「M029さんって、女装趣味があったのですか?」


ウラノスの頭を撫でているメイドは、ワンピースの裾をつまんで、端をひらひらと揺らす。


「趣味と言うか、本来はこっちなんだろうけど。一応生物学上は女だし」


「女なのですか? 私も無い方ですがM029は更に無いですね」


「何の話」


「起伏です」


どいつもこいつも胸の話ばかり、日本に行っても母国に居ても、するのは起伏の話ばかりでうんざりする。


そんなにこんな物が必要なのだろうか、起伏があろうがなかろうが、変わるのは邪魔か邪魔じゃないかくらいだと思う。


胸を潰す技術など研究されている訳も無く、あるのは晒など、手間のかかる物しかない。


その晒を外して、起伏がある事を証明する。


「どんどんバレるな、性別詐称が。無関係のメイドまで」


肩を落としていると、頭を優しく撫でられる。


「今更初めましてと言うのも何ですが、オラリオンの隊長、zweiです」


突然勢い良く起き上がったウラノスは、入って来た情報をELIZAで確認すると、険しい顔に変わる。


表みたいな物を確認する視線は、左右上下に動いた後、真ん中で止まって、大きく深い溜め息を吐く。


「如何されましたか?」


「カナダとポーランドとスペイン。そしてフランスが制府になった。経済にどう影響が出るか」


制府となった国は、必ず国内での貧富の差が出る。


一部の者は切り捨てられ、生活が保証される者は多くない。


そうなると、犯罪が爆発的に増加し、このイギリスにも良からぬ輩が入ってくる可能性もある。


唯でさえ多忙なMI6の諜報の仕事が四つも増えたのは、本格的なブラック組織に変貌しかねない。


殉職率の高い仕事にとって、諜報活動の範囲が広がって連携が薄くなるのは、死人が更に増える事になる。


情報が遅れた国に発展は無く、全てにおいて有利に進む事は無くなる。


更に言えば、滅ぶのは確実。


近年結果を出し続けているMI6は、王室から勲章を授与された事もあり、価値を上げた。


その反面、今回結果が出なければ、発言力は弱くなり、軍需部が確実に好機と見て吸収しようとする。


MI6が軍に吸収されると、エージェントは使い捨ての道具にされかねない。


元々身寄りのない者が多いMI6は、昔の様に大事にされてはいなかった。


その考えを改めさせたのがウラノスクイーンであり、野良犬の集まりを纏め上げて、ここまでの大きな組織にしたのも、ウラノスクイーンだった。


百年以上トップの座に着いているウラノスクイーンは、全エージェントの母と呼ばれる程評判が良い。


他国のエージェントも慕う者が多く、裏社会で有名な殺し屋でさえも、ウラノスクイーンの命を狙う者は居ない。


「俺が行こうかウラノスクイーン」


一応世話になっているのもあり、此処は危険な任を請けて、少し位不安を減らしてやっても良い。


そんな事を思っていると、ELIZAが白いボードに『優しいですね』と書いて、笑顔でボードを揺らす。


「別にそんなんじゃない。エージェントとして当然の仕事」


ELIZAを放っておいて、チラリとウラノスクイーンを見ると、目を瞑って深く考えている。


頭の中で莫大な量の情報を処理するウラノスクイーンは、瞼を開くと呟く。


「ドイツに行け」


「……分かった」


「司令はドイツに到着したら送る」


「……分かった」


てっきりフランスなどに送られるのかと思っていたが、制府ですらないドイツに送られるなど、誰が予想出来ようか。


無人タクシーが家の前で止まると、料金はきっちり俺の口座から支払われる。


タクシーから下りて、ふたつのセキュリティを通過して、エレベーターに乗る。


百階に着いたエレベーターは、ゆっくりと扉を開く。


扉の奥で待ち構えていた男は、手に持っていた銃を連射する。


いつも通りディストーションが展開して、全ての弾丸を防ぎ切る。


コンカッショングレネードが足下に投げられ、ディストーションを貫通してウラノスクイーンに襲い掛かる。


ウラノスクイーンを庇って覆い被さるが、メイドがその前に立って全て受ける。


「zwei!」


駆け寄ろうとするウラノスクイーンを引き止めて、エレベーターを一階に向かわせる。


ELIZAに救急隊を呼ばせて、ぐちゃぐちゃになったメイドを抱えているウラノスクイーンに、行き先をタイトの病院に設定したタクシーの情報を渡す。


「早く行け、死ぬぞ。ELIZAがASCの反応をあと八つ感知した、止めておくから行け。絶対に死なせるなよ」


「ひとりで大丈……」


「優先順位を考えろ。俺は一番底辺だろ」


何か言いたげな顔をしていたが、振り切ってメイドを引き摺って運び出す。


家のデバイスに送信したメッセージを見て、階段で駆け下りて来た姫輝が、ベレッタを持ってメイドを抱え上げる。


「頼んだ姫輝」


「任された。行くぞウラノス」


百階のボタンを押して、スプリングフィールドを準備する。


大きく息を吸って、短く全て吐き切る。


気合の入った体は、常に緊張感に包まれて、SixSenseまでもが研ぎ澄まされる。


別れる前に頷いて、信頼して送り出してくれた姫輝の顔を思い出して、緊張し過ぎた体と気持ちを解す。


Light a fireと心の中で唱え続ける。


サプレッサーを着けて、コルトガバメントも待機状態にする。


準備が終わったと同時に百階に到着すると、再び男が連射する。


先程と同じくディストーションを張って、全て防ぎ切った後、同じ様にコンカッショングレネードを投げられる。


「プロに同じ手は無いだろ」


ディストーションを前方にスライドさせて、炸裂直前のコンカッショングレネードを、男の足下に返す。


ディストーションを体の前に戻すと、炸裂したコンカッショングレネードから、数多の鉄片が飛び散り、男を八つ裂きにする。


エレベーターの扉を開けるボタンにテープを貼って、扉が閉じないようにする。


これでエレベーターは使用出来なくなり、運悪く巻き添えになる人間は来ない。


炸裂音で暗殺者の場所を探知していたELIZAは、フロアのマップに赤いマーカーを置く。


マーカーに向かって廊下を走っていると、小さな男の子が通路から出てくる。


「此処は危な……」


拳銃をこちらに向けた少年は、笑顔で引き金を引く。


ディストーションが間に合わなかった為、弾丸が頬を掠める。


御礼に廊下の硝子に叩き付けて、腹に蹴りを入れて気絶させる。


「子どもを使うなんて……制府の仕業でしょうか」


「分からない。言えるのは狙われているという事だけ」


「今の発砲音でエコーロケーションをもう一度使いました。ふたりがこちらに向かって来ています」


片方の暗殺者の方に走り、後ろから来る暗殺者との距離を離す。


「来ます」


「分かった」


前方にスーツの男と、血を流して倒れている少女が居た。


スーツの男はこちらを認めると逃走し、少女の血はどんどん広がっていく。


罠とも疑ったが、実際に無理強いさせられて囮にされた少女を、仰向けにする。


予想通り少女の下から飛び出した対人地雷を、思い切り蹴り飛ばして、硝子を破ってマンションの外に出す。


少女の傷口の血を止めて、先程の少年の隣に寝かせる。


「まだ意識はあるな。しっかりしろ、助けてやる。だから待ってろ」


「ありがと……お姉ちゃん」


少女の頭を優しく撫でるが、痛いと言われたのでやめる。


撫でるのも案外難しいなと、慣れない事はウラノスクイーンで練習しようと決める。


その為には今此処で死ななければならない、臆病になった体と心には死んでもらう。


人の情すら捨てて信じた者に尽くせ、かの生物学者の言葉を思い出して、それに近付けるように頑張る。


後ろから迫って来ていた男を、少女がもうひとつ持っていた対人地雷で片付ける。


飛んで来た破片にびっくりした少女は、虚空で止まっている鉄片を見て、目を丸くして停止する。


「全員建物から離脱しました。逃げられた様です」


少女と少年を自分の家の中に運んで、ELIZAの治療programで、傷を完全に治す。


「後免なさい……真っ白な御洋服を、私の血で汚してしまいました」


「どこか痛いのか。泣くなって、泣かれたらどうしたら良いか」


大きな瞳から涙を流し始めた少女は、赤黒く染まったワンピースを小さな手で掴んで、涙で手を濡らして、血を取ろうとする。


「おい、血は触るな。服ならまた買いに行くから大丈夫だ。それよりも傷の具合は」


洗面所まで抱き上げて、手に付いた血を洗わせながら聞くと、少女は大丈夫と大きな声で言う。


これだけ動かしても大丈夫なら、もう心配無い。


ASCのデータを共有したELIZAは、名前と年齢などを表示する。


「エリサって名前か。あの男の子は知り合いか」


「知らない子だよ。私はあの黒いやつをお姉ちゃんたちにぶつければ、御褒美が沢山貰えるって言われたからやったの」


もしこれが制府の陰謀なら、ウラノスクイーンを消す理由が分からない。


何か重大な情報を握られたのかもしれないし、それ以外の誰かが、目障りに思って消そうとしているのかもしれない。


残念ながら良くない頭では理解することが出来ず、考えるだけ時間の無駄になる。


血を洗い落とした少女は、リビングに走って行き、ソファーに飛び込む。


「危ないからあまりするなよ。何時か怪我する」


寝室から目を擦りながら姿を表した少年は、目が合うと壁に隠れてしまう。


「おい、出て来い」


「聞き方が怖いんですよ。分かってませんねM029さんは」


やれやれと言わんばかりに首を振ったELIZAは、溜め息を吐いてイラッとくる様に言う。


「お姉さんは悪い人じゃないから、安心してこっちに来て」


「既に怪しい」


「調子に乗るな」


「ベイルアウト!」


そう言ってフォルダの中に逃げたELIZAを放っておいて、此方から寝室に入る。


部屋の隅で蹲っている少年は、脅えた表情で俺を見上げる。


少年の前にしゃがんで、目線を合わせてみる。


「あんたも僕を人殺しに使うんだろ。僕はもう嫌なんだ、お前たち大人はいつも自分勝手なんだ!」


「生物学上大人じゃないし。お前を使うより自分で行った方が確実だ」


寝室に入って来たエリサは、俺の肩に短い腕を回して、Ride Onして遊ぶ。


少年は反応を見せる事無く、唯黙って蹲っている。


諦めてキッチンに行って、姫輝が買っていた食材を出して、ボルシチを作る。


「美味しそー!」


エリサはキッチンからいつの間にかスプーンを持ち出していて、椅子に座ってボルシチを待つ。


皿に盛ったボルシチを持って行くと、エリサは早速手をつけ始める。


寝室の少年の前にボルシチの入った皿とスプーンを置いて、エリサの下に戻ると、机に突っ伏していた。


「どうした」


「……不味い」


「……そうか」


「……」


エリサが持っていたスプーンで、ボルシチを掬って食べてみる。


口に入った瞬間、鉄の様な味がして、その後に喉が可笑しくなりそうな程の甘みが襲って来る。


頑張って胃袋に流し込んで、キッチンに戻って反省を始める。


何がいけないのかも分からない状況で、反省していても意味が無い為、姫輝が戻って来るのを待つ。


エリサをベッドに寝かせて、相変わらず蹲っている少年の隣に座る。


「こっち来るなよ」


「俺も端っこが好きだ」


「別に僕は好きな訳じゃない」


「嫌でも乗れよ」


少年が持っていたコルトデルタエリートを床に置くと、目を塞いで見ない様にする。


「アメリカから送られた暗殺者だな、お前たち八人は」


再び黙秘する少年は、心を閉ざす様に、膝に顔を埋める。


「ボルシチ冷めない内に食べろよ。お勧めはしない」


最近は少しずつ姫輝の口調の真似を挑戦しているが、かなり難しい。


声の起伏や言葉遣いは、なかなか直るものでもない。


ユージーンから通信が入り、角膜に承認と拒否の文字が浮かぶ。


承認を選択して、通信を繋ぐ。


「良かった出てくれて。ウラノスクイーンは大丈夫なんだよな、オラリオンの隊長もやられたって聞いたし、今MI6に入った情報で……」


「五月蝿い。MI6に入った情報だけで良い。その前の質問には答えない」


コルトデルタエリートを持って、寝室から出る。


キッチンに座り込んで、出来るだけ声が聞こえないようにする。


「今入った情報で。日本の艦隊がイギリス軍港に到着した。ウラノスクイーンに会いに来たみたいなんだけど、待たせてしまってるんだ」


「分かった。頑張れ」


通信を切って、キッチンから立ち上がって、エリサを抱き上げて、少年の腕を引いて家を出る。


「何すんだ、僕は……」


「黙ってろ。お前を救った恩人が危機なんだ」


「そんなの知るか、助けてなんてひと言も」


「調子に乗るな子どもが。そう言う事は実力をつけてから言え」


黙り込んだ少年は、悔しそうに唇を噛んでいるが、そんなものに構っている暇は無い。


無人タクシーを拾って、タイトの病院に向かう。






















































































































































































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