M029
西暦二千九十九年、この世界は大きく変わった。
西暦二千二十二年、各国で同時多発テロが発生し、政府の信頼は地に落ちた。
各地で暴動が起き、テロが相次いだ。
政府は機能を失い、国は事実上死んだ。
アメリカ、中国、インド、オーストラリア、韓国。
そして、このイギリスも例外では無い。
政府としての機能を失った六つの国は制府フォーストールガバメントとなり、テロリストの殲滅に力を入れだした。
制府は手始めに、一般市民の体内に小型のチップ、Administratorchipを入れた。
ASCを体内に入れた者は、制府に常に健康状態と居場所を送られる。
制府が怪しい人物を調べ、テロリストと判断すれば、体内のASCが爆発して未然にテロを防ぐ。
制府は銃の開発と製造を規制し、テロに使われる武器を押さえた。
現在開発と製造が行われているのは、未政府として生きている国と、制府の施設内だけ。
先進国は何とかテロを抑えるに至ったが、発展途上国では、もはや制府すら存在が無かった。
そんな中、何も被害を受けなかった日本、ロシア、ドイツ、イタリア、フランスは、大幅な軍事強化を行い、テロリストに対する万全の体制を整えた。
二千五十二年、アメリカ制府はテロリストの殲滅に成功し、制府の力を確かなものにした。
それを境に、各国のテロリストは、徐々に鎮圧されていった。
二千八十四年、アメリカ制府が開発、保有していた最新型核兵器、ハンマーヘッドがテロリストのハッキングにより、世界中にばらまかれた。
これを侵略と取った政府は手を取り合い、更に対策を固めた。
日本は再び大東亜を纏め上げ、帝国時代を思わせる程の軍事力を誇り、海では右に出る国は存在しない。
在日米軍が駐屯していた基地は、帝国軍に再利用され、呉や横須賀の軍港では、再び軍艦が製造され、燃料には使用済み放射性廃棄物を使用する、最先端技術が使われている。
イギリスでは、日本からこの技術を使った軍艦を輸入し、海からのテロリストを排除する。
主に海外で活動していた、上位のMI6のエージェントが召集され、テロリストの対応に当たっている。
「M029、もう一度作戦の確認だ。今回の作戦はテロリストの乗っている旧式軍艦、つまり放射性廃棄物が燃料じゃない軍艦の制圧だ、テロリストの生死は問わんそうだ」
「分かってる」
小型高速艇の上で、運転手と二人で目標の旧式軍艦に接近する。
耳に付けたインカムからは、通信士である男の声が聞こえる。
小型高速艇は、音を立てずに軍艦に近付いていく。
M029は幼い頃から使ってきた銃の状態を確認して、脇のホルスターに仕舞う。
「今回制圧するのは、Iowa級戦艦のIowaだ。これはアメリカが奪われた物だが、何故かイギリスに来やがった」
余程暇なのか、どうでも良いことを喋り、なかなか黙る気配が無い。
耳を通り抜ける雑音を気にせず、今回組むことになった運転手の横に立つ。
「銃の準備は良いのか? 声出し確認でもしとけよ」
「抜かり無い」
「そうかい」
高速艇を操縦しているボリスは、自動操縦に切り替えて、自分の銃をひとつずつ確認していく。
ボリスはアサルトライフルのIMIガリルを用意して、服にマガジンをいくつか入れる。
「しっかし、二人で制圧しろとはな。上も無茶な事を」
「本土に来られたら、主砲の餌食だ。そうなったら、それこそ無茶になる」
ボリスはフラッシュバンを投げて、M029に渡す。
それを受け取り、ピンの持ち手をベルトに引っ掛ける。
付けてあったコンカッショングレネードを外して、ボリスに投げ渡す。
それを受け取ったボリスは、笑顔で右手を軽く上げて、有難うと言う。
人を殺す武器を渡されて、笑えるヤツの気が知れないと思いながらも、自分はいつも銃のメンテナンスをしている。
それは人を殺す為であり、自分を守るものでもある。
だがM029は、そんな自分に嫌悪感を抱けずに居た。
何故なら、貧困区域で生まれた子どもは、人を殺してでも生きていかなけばならない。
それは生活の一部であり、日常でもあったから。
拾われた時から訓練をさせられ、人を殺す為に育てられてきた。
M029と言う名を貰い、MI6のエージェントにもなった。
情報を集め、母国に持って帰る。
時に人を殺して情報を手に入れたり、手に入れた情報を守った。
「そろそろだ。これだけ近付くと、迫力が違うな。よし、準備しとけよM029」
ボリスの言葉を聞いて、右のホルスターに差してあったMK23を手に持つ。
サプレッサーを装着して、甲板までよじ登る。
巡回していた四人の見張りを撃ち殺して、ボリスが来てから艦内に入る。
「道案内」
通信士のユージーンにそう言うと、データが送られてくる。
艦内の地図が目の前に浮かび上がり、角膜に映る。
艦内を地図のルート通りに進んでいると、巡回しているテロリストの姿が見えた。
分岐する通路に身を隠して、テロリストが近付くのをじっと待つ。
地図の中の青い点は、ボリスの居場所を示すもので、自分よりも先に進んでいた。
角から出て、テロリストの右目を撃ち抜く。
走って道を進み、司令室の前まで辿り着く。
見張りは運良く居らず、ボリスももう少しで到着しそうだった。
「M029。そこが司令室だ、突撃しちまえ」
「中の状況は分かるか」
「分かるかよ」
「言ってみただけだ。期待はしてなかった」
ドアノブに手を掛け、素早く捻って肩でドアを押しながら部屋に入る。
中に居た四人を素早く撃ち、制圧に完了する。
机の上には地図が広げられており、ペンで航路が書かれていた。
「今更手書きで地図か。データ化しなかったのは漏洩を防ぐ為か、中々だが、こうも弱ければ意味が無い」
地図のデータを本部に送り、椅子でボリスの到着を待つ。
「M029そっちの状況は」
ボリスから通信が入り、状況確認を行う。
軍艦の自沈を防ぐ為に、船底を押さえていたボリスが、爆弾を押さえたようだった。
「司令室は制圧した。操舵してイギリス軍港に届ける、ボリスは直ぐに……」
「くそっ!」
一発の銃声の後、ボリスの声のがして、何発か発砲音が聞こえて通信が途切れる。
「ユージーン、ボリスはどうなった」
椅子から立ち上がり、司令室から出て、船底に向かって歩く。
一つ下のフロアに下りると、テロリストが二人一組で巡回していた。
上がってきた時よりも警備が抜かり無い。
「気付かれたか」
「ボリスに埋まっているASCの光が消えた。恐らくは……」
「分かってる。こちらの地図でも確認した」
見張りを手際良く片付けながら、船底へと進む。
艦内は徐々に慌しくなり、侵入者を見つけ出そうと、総出で艦内を走り回る。
「居たぞ! 撃て撃て撃て」
背後から弾丸が飛来して、体に鉄が突き刺さる。
フラッシュバンのピンを外し、後方に投げて一気に通路を駆け抜ける。
通路の閉まり始めたシャッターをくぐり、船底に下りる階段に着く。
階段を下りると、八人のテロリストの輪の横に、ボリスが転がっていた。
階段を半分程下りたところで、MK23を構えて、テロリストのひとりを撃ち抜く。
散開したテロリストは、直ぐにこちらに気付き、数打ちゃ当たるの理屈で撃ってくる。
「この船はもう駄目だ、自沈させろ! 司令も殺られた」
「させるか」
階段から飛び降りざま、二人のテロリストを撃ち殺す。
マガジンを地面に落とし、リロードする。
こちらに銃も向けず、何処かに走ろうとする男を優先的に撃つ。
MK23に弾丸が命中して、銃身が破損する。
左のホルスターからコルトガバメントを取り出し、テロリストの脳幹を的確に撃ち抜く。
残弾が無くなったテロリストは、銃を捨てて逃亡を始める。
足を撃ち、転んだテロリストを二人拘束する。
「ユージーン。残ったのは二人、どちらも拘束した。ボリスは予想通り生きてそうにない」
「そ、そうか。またあいつらが来るかもしれないから、警戒な」
「分かってる」
撃たれた箇所から出ている血を止めて、包帯を巻く。
腹部を二箇所と、左腕を一箇所撃たれていた。
腕の弾丸は貫通していたが、腹部の二発は体の中にあるようだ。
「帰ったら抜いてもらうか」
よくデータ書籍を読むと、主人公などが自分で弾を取り出すが、そんなものは悪化させるだけで、格好良く見せる為の強がりだ。
そんなひねくれた事を思っていつも読んでいるが、実際体内に埋まっているとなると、心底気分が悪い。
壁に背を着いて、ずるずると床に座り込む。
撃たれたことによる痛みは無いが、疲労感は蓄積するようだった。