取材班は勇者の後に
世界は魔王出現による脅威で震え上がっていた。
遠く、北の山脈地帯の一角に、一夜にして不気味な魔王城が出来ていたのだ。辺りには暗黒の雲が立ち込め、おどろおどろしい生き物の鳴き声が咆哮する。
城下町ではどこそこの村では娘が攫われた、焼き討ちにあったと、噂が絶え間なく話された。
このままでは、人間社会が危ない。誰もが勇者の登場を待っていた。
そして魔王出現から半年、神のお告げが降ったのである。
「時は来た。定められし者達が城に集い、悪しき者共を討ち滅ぼす旅に出るであろう。」
まず、城の近衛兵が剣士として名乗りを挙げた。神の御印が手の甲に輝いていた。聞くと神より、立ち上がり魔王を討ち滅ぼせとの言葉があったという。
そこから次々に仲間が集って行った。
屈強な体と盾を持つガーディアン。攻撃に特化した美丈夫の魔法使い。付与魔法が得意な若く可愛らしい魔女。回復魔法が使える不良神父。元は木こりや軍の魔法使いなどだったが、皆それぞれに御印を手の甲に宿していて、神の言葉を聞いていた。
そしてもう2人…。
冴えない時計屋次男坊と、貴族婦人の愛人で無名画家の男が、同じく手の甲に輝く御印と共に城に上がったのだった。
両方とも体がひょろく、とてもじゃないが戦えそうな雰囲気ではない。そしてかの時計屋と画家の男達が神から賜った言葉は「戦いには加わらず、その様子を記録し後世に伝えよ」との事だったそうだ。
元々時計屋の次男坊は、文章を書くのが好きな男だった。画家は言わずもがなである。要するに、勇者一行の英雄譚を文章と絵を持って後世に残せという事だ。
こうして剣士をリーダーとした勇者一行とその取材班は、魔王討伐の為に北の山脈を目指したのだった。
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北の山脈に近づくにつれ、魔物が増えていった。勇者一行は最初こそ苦戦しつつも、それぞれの個性を活かし、連携を組み、順調に歩みを進めていった。
困ったのは取材班だ。体力はなく、戦闘技術も皆無な為、どうしても勇者一行の足を引っ張る。いざ魔物との戦闘が始まると物陰に隠れ、時計屋と画家はその様子を必死にメモしているのが常だった。
最初の方は皆、仲が良かった。しかし徐々に軋轢が生じる。戦闘に加わらず、影からこっそり伺う取材班に対して不満が募っていった。食糧も寝床も何もかも、何故、取材班と同等なのか、と。付いてくるなら自分達で全て調達すべきだと魔法使いが言い、他の3人も賛同した。リーダー格の剣士だけが反対したが、結局その主張が通り、取材班は別チームとして勇者一行を追うことになった。
時計屋は「仕方がないね」と言い、自慢の銀の懐中時計を撫で、画家も「仕方がないね」と言い、自分の羽根ペンを撫でた。
魔王城までの道のりは辛く厳しくもあったが、順調だった。
勇者一行に遅れを取らないように、取材班も懸命に後を追う。ひとたび戦闘が始まれば、物陰に隠れ、一心不乱のその様子を伺う。1人はその戦闘の様子を出来るだけ文章にし、戦い方、弱点など可能な限り書き込んだ。もう1人は魔物の精密な姿を木炭でスケッチした。時折羽根ペンで描いたりもした。失敗と反省と工夫を繰り返しながら、勇者一行も取材班も成長したのだった。
旅の傍ら、時計屋は過酷ながらも、旅の素晴らしさにしばし感激していた。街にいては知りえなかった様々な物。それぞれの土地に伝わる伝説、見た事もない動物、初めて体験する食べ物、息を呑むような美しい景色。その素晴らしさの端々を小さな手帳に書き込む。その度に自慢の銀の懐中時計をそっと撫でいた。
画家は、北の山脈に近いある村で、運命の出会いを果たした。旅に出るまで、とある貴族のご婦人の愛人をしていた画家だったが、これは絵を描く為である。婦人に対しては特に想う事はなかった。が、その娘をひと目見た途端、画家は愛を知った。娘に頼み込み、絵を描かせてもらった。木炭の優しいタッチで描いた、娘の肖像画だ。そしてその肖像画を、画家は大事そうに自分のポケット収めたのであった。
時計屋は「楽しいね」と言いケラケラと笑った。画家も「楽しいね」と言いケラケラと笑った。見上げた夜空には満遍なく星屑が散らばっている。2人がひっそりと流した涙の落ちる先は、誰にも分からなかった。
魔王城も程近い、山の麓での戦闘中、負傷した魔物が逃げ出し、取材班と鉢合わせをした。襲い来る魔物から画家を庇って、時計屋が怪我をした。戦闘経験のない2人とって、やはり魔物は脅威である。その後勇者一行によって魔物は退治されたが、時計屋は深手を負っていた。神父によるヒーリングで多少良くなったものの、全快ではない。それでも痛む傷を抑え、取材班は勇者一行の後を追う。何が何でも「仕事」を全うする為に。
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最終決戦の場、迎える魔王に勇者一行は戦いを仕掛ける。が、一向に歯が立たなかった。これまでの戦闘は一体何だったのかと、誰もが疑問に思う程だった。圧倒的な力の差に目眩がした。
肩で息をする彼等は、すでにボロボロだ。離れた所に取材班の2人がいる。時計屋はこの状況を食い入るように見つめ、画家は1番上等の紙に羽根ペンで必死に描いていた。
もう、みんな虫の息だ。保たない。
時計屋は、自慢の銀の懐中時計を握りしめ、覚悟を決めた。そしてその時だった。
カキン
辺りの様子が一変した。
溢れ出る魔力。
何か強大な魔法が発動した様だった。
魔法使いがやったのか?いや、違う。彼もまたこの状況に驚きを見せている。剣士が慌てて魔王の方を見ると
魔王が硬直していた。
微動だにしない。
否、よく見ると違う。
魔王の周りだけ、時間が止まっているのだ。
どさり
剣士が振り返った音の先には、時計屋の男が倒れていた。剣士はそばに駆け寄り時計屋を抱き上げる。まだ息はあった。大丈夫かと問うと、時計屋は笑って「頼みがある」といった。銀の懐中時計を握りしめたその手の甲には神の御印が輝いていた。
時を止める魔法を使ったのは時計屋だった。
その銀の懐中時計は特別だった。魔法が1回だけ使えるのだ。それ故、魔王と対決するその時まで温存しておかねばならない。剣も魔法も使えない時計屋にできる事は、勇者一行の戦い方を見、敵の生態や弱点を観察することだけだった。いざという時、己と画家を守る為に。
画家が持っている羽根ペン。命を削り魔物を描いた時、紙の中に閉じ込める事が出来る特別な物だった。自分の役割を認識した絵描きは、いかに魔物を素早く精密に描けるかを練習していた。
少しずつ、旅の過程で魔物を本に閉じ込めた。画家は思う。もしも勇者達が魔王を倒せなかった場合、封印するのは自分の役目だろう。おそらく魔王を封印した時、自分の命は尽きる。それはきっと時計屋も同じだ。王には言わなかったが、神からの言葉はこうだった。
「戦いには加わらず、その様子を記録し後世に伝えよ。しかし、もしもの時は其方が最後の希望だ。すまない… 」
自分たちに特別な能力はない。特別なのは道具。だが道具に選ばれてしまった以上、役目を全うするしかない。例え命がけだとしても。
時が止まった魔王。虫の息の勇者一行はただただ見守るしかない。画家が泣きながら、それでも全神経を集中させて描きこむ。時間を止めていられるのはそう長くはない。
程なくして絵描きが倒れた。
決着がついた瞬間だった。
画家の描いていた絵が光り、魔王を吸い込んでいったのだ。脅威が過ぎ去った瞬間であった。
あとに残ったのは精密な魔王の姿絵。ペンを持つ画家の手の甲には、神の御印がこうこうと光っていた。
彼等は命が終わるつかの間、この旅について安らかに思案した。
時計屋は「…………」と何か囁き、旅の感動を詰め込んだ手帳をポケットから出した。画家も「…………」と何か囁き、愛しい女の姿絵をポケットから出した。そして同時に目を閉じ、そこから2度と目を覚ます事はなかった。
彼等が最後に思ったのは一体何であろうか。
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その後、一行は国へと帰還した。時計屋と絵描きの描いた魔物と勇者達の記録は、後世において多いに役に立った。あらゆる魔物の絵姿が細部に渡ってかかれ、戦闘の際の細かな様子まで記録してあったのだ。複写され、幾人かの手元に渡り、重宝された。
最初に時計屋と画家が描いたオリジナルはというと、魔王の姿絵と一緒にまとめられた本となっていた。そして約束通りにあの娘の元へ渡った。そう、時計屋が剣士に託した頼みとは、画家が愛した村の娘へその本を渡して欲しいとの事だったのだ。
文字も読めぬであろう彼女はその本を抱きかかえ、静かに泣いていた。
その本の最初のページにはこう記されている。
「 その勇気と優しさ、聡明さに皆がひれ伏すだろう。貴方達が誠の勇者であった事を私は忘れない。」




