少女ライラ[1]
先ほどの少女、教会で羊飼いの隣に座っていた子供の名はライラといった。西洋風の目の大きな顔立ちのはっきりした出で立ちで天真爛漫な彼女は、村にいる大人たち、特により年老いた者たちの間で人気があった。
ライラの父は診療所の医者で、腕はたったが愛想がなく村人たちの間であまり評判は良くなかった。しかし、彼女はそんな父親が誰よりも好きで、暇さえあれば診療所に通った。診療所はそれほど混雑しているわけではなかったが、それでも毎日何人かは患者が訪れた。もちろんほとんどが本当の病気を持ったものだったが、なかにはこのライラ目当てでここに通うものもいた。ライラはまるでその診療所のマスコットのような存在で、患者の中には彼女を本物の天使と信じているものもいた。
「ライラちゃんの背中には羽が生えていて、きっといつかは天の国へ行ってしまうのだろうね」
いつかこんなことを言った肺病の老女がいた。
「羽なんかないわ、それにこの村が好きだから、ここ以外のどこへ立って行く気はないの」
「本当かね?じゃあまた明日もここに来ればライラちゃんに会えるかね?」
「会えるわ、明日も明後日もその次もずーっと」
実際、ライラはほとんど毎日診療所を訪れた。学校のいる午前中はいないこともあったが、太陽が頂上を少し過ぎた頃になると学校と診療所の間の坂道を登って家には帰らずそのまま診療所を訪れた。カバンは待合室のソファに置いてまず父親のところに行って、診療中ならそばで話を聞いていて、そうでなければ父のお手伝いをした。
そんな幼い少女に父親の手伝いなど務まるのかとおおもいだろうが、彼女にしかできない仕事もあった。先述の通り彼女は患者たち特に高齢の患者の間で非常に人気があった。その人気が診療の役に立つことが度々あった。
「こんなにがい薬は飲とてものめねえ、ライラちゃんもっと甘い薬がないか親父さんに聞いてみてくれないか。ないなら俺は飲むのはやめにする」
これは昔、待合室にいた末期がんの患者の言葉だ。
「ダメよ、飲まなきゃ。お父さんが出す薬にはみんなちゃんと意味があるんだから。苦くて飲むのが嫌な薬を出してるってことはそれでも必要だってこと。きっとそれを飲まないと病気は治らないわ」
「でもねライラちゃん、これはあんまり苦すぎるぜ」
ライラはその言葉を聞くと診療所の奥へ走っていた。
「ライラちゃん、怒らせちゃったかな?でも本当に飲める苦さじゃねえんだ、毒でも飲んでるように身体中が拒否しやがる」
患者が隣の妻に向かってそう言いながら笑っていると、ライラは患者の元へ戻ってきた。
「ライラちゃん、どこへ行っていたんだい?」
「これを取りに行っていたの」
そう言って見せたのは、深い緑色をした丸薬だった。
「なんだいそれは、代わりの薬かい?」
「んーん」
少女は首を振った。
「昔ぎょーしょーにんから父さんが買った東洋のお薬。とーってもとーってもにがいの」
「行商人なんて難しい言葉を知ってるね、でもそんなにがい薬ならなおさら飲めないよ」
「違うわ、これは私が飲むの」
患者は少女のいう意味がよくわからなかった。
「ライラちゃん病気なのかい?」
「そうじゃない、私がこれ飲んだらおじさんもその薬を飲んで。ね、それならいいでしょ?」
ライラはそう言って患者の目をじっと見た。
「全くライラちゃんには敵わないわね」
患者の妻はそう言って、患者の方を見た。
「全くだ、何年生きたって敵う気がしねえ」
結局その患者は死んだが、最後までライラの言うことを聞いて薬を飲んだおかげで思っていたよりずっと長生きした。最後は家族に囲まれた安らかな死だった。