事件[3]
「お姉ちゃん何を見たの?」
女の隣に座っていた幼い少女は震えながら聞いた。賛美歌を歌っていた少年たちも、子供達は皆同様に怯えた表情をうかべている。それに気づいた羊飼いの女は村長の方にを向いて目で合図し、村長もそれを察して無言で頷いた。羊飼いはそこで子供たちに向けて次のように答えた。
「ムラサキカグヤのお花畑よ。森の中に一箇所だけ木の生えていない広い場所があって、そこに幻の花ムラサキカグヤがたくさん咲いていたの。羊たちと一緒にいろんな場所へ行った私も見たのは初めてだったわ。」
子供たちはそれを聞いて皆笑顔になり、隣にいた少女も今は震えが止まっていた。
「長老様、私この子たちを連れて外に出ますわ。みんなもムラサキカグヤについてもっと知りたいでしょ?」
子供達は一斉に騒ぎ出し、皆羊飼いの元へと集まっていった。
「そうじゃな、それでは子供達は羊飼いに任そう。大人たちは残って話の続きを聞いてほしいがのう。」
羊飼いは10人ほどの幼い子供達を連れて外へ出た。春の穏やかな空がそこには広がっていた。羊飼いは子供達を丘の上のいつも羊を放牧する草原に連れて行った。そして、自分は石の上の高いとことに座って、その周りに子供達を座らせた。
10人ほどの子供の中にはさっきの少女もいて、一番前に座っていた。彼女は手を挙げて羊飼いにこんな質問をした。
「羊飼いのお姉ちゃん、ムラサキカグヤを本当に見たの?」
子供達は途端にざわつき、期待の眼差しで羊飼いの方を見た。羊飼いは少し子供達の方を見て黙った後、おもむろに口を開いた。
「ええ、さっきも言ったけど森の中に咲いていたの。そこだけ日の光があったていたからすぐわかったわ。」
「きれいだった?」
別の少女が今度は質問した。
「本当に。ムラサキというより赤だったけど、まるで宝石のように輝いていたわ。」
それからしばらく子供達はムラサキカグヤについて熱心に質問し、羊飼いはそれに丁寧に答えた。子供達はみんな自分も見てみたいから連れて行って欲しいと言ったが羊飼いは場所を忘れたと言ってそれをごまかした。それから陽射しが傾き、夕方になるまで子供達は花畑でムラサキカグヤを探し続けた。青や黄色の綺麗な花がたくさん咲いていたがムラサキカグヤはついに見つからなかった。赤い花もあったが、それはベニユリという別の花であった。子供達は、次第に諦め始め最後は羊飼いと一緒に教会の方へ帰って行った。