事件[2]
「この村に人に化けた狼がおる。そして、そいつらが村人を毎晩襲っておる。」
村人は村長がそう伝えた時、あっけにとられた。村人にとって、それはあまりに衝撃的すぎて現実離れしすぎていた。だから、いくら村長が正直な人間で冗談で言っているのではないと理解していてもその言葉を受け入れられなかった。村長は、村人の様子を見てなんとかこの真実を伝えなければと思った。そこで、これまでの経緯を順序立てて話し始めた。
「何年か前、前の村長、つまり私の父が亡くなる前私にある話をしたんじゃ。くれぐれも秘密にするようにという前置きとともに父の口から聞いたその話を当時の私は話半分に聞いておった。それはとても信じられないような話であったし、また信じたくないような話じゃったからな。」
長老はそこで一度間をおくと、教会の天井を見つめながらボソボソと語り出した。
「三年ほど前、知っているものもおろうが金物屋の長女ロゼがいなくなった。彼女は行方不明と告げられていたが、実は彼女の死体を見たものがおった。そうじゃな、羊飼い?」
村長の言葉で、中列にいた一人の女性に皆の視線が集められた。若い、色の白いその女性は視線に応じて立ち上がり、熱を込めて話し始めた。
「その通りでございます長老様、私はいつもの通り丘で羊の見張り番をしていましたが、その日羊たちの様子がへんでした。どんなに言っても森の方へ近づこうとしないのです。どうしても森で手に入れなくてなならないものがあった私は、諦めて湖の近くに羊たちを置いて自分一人で森に入っていきました。するとそこにとんでもないものがあったのです。」