目的地
――さて。
玖墨に指定された時間が近づいて来た。
さっと着替えを済ませ、優奈に気付かれないように、静かに玄関ドアを開けて、外に出る。
今夜もまた少し肌寒い。
俺は足早に七原達との待ち合わせ場所へと向かった。
俺の家と遠田の家、そして、今回の目的地を考慮に入れて、集合場所は駅である。
駅に到着すると、この時間だが、割と人通りがあった。駅構内の照明も煌煌と輝き、待ち合わせ場所をここにしておいて良かったなと思う。 遠田がいるといえども、やはり心配は心配だ。
南口から入ると、俺を見つけた七原と遠田が歩み寄って来る。
今夜は昨晩と違って尾行をする訳ではないが、いざという時に、ちゃんと動ける服装で来てくれと、二人には言っておいた。
七原は黒のシャツに白系のズボン。地味な服装ではあるのだが、七原が着ると華やかに見える。
そして遠田は、黒の味気ないジャージだった――やはり。
遠田が俺をじとっとした目で睨む。
「『元ヤンだから、やっぱりジャージなんだな』って思っただろ」
しかし、これはこれで良いのである。
手足が長いせいもあるのだろう、そのジャージはとてもよく似合っていた。
むしろ、飾り気のない服装だからこそ、顔立ちの可愛らしさが強調される。
「ジャージは私達にとって正装なんだ」
遠田は訳の分からない主張を始めた。
「わかってるよ。別に悪くは思ってねえよ」
「でも、七原さんを見る時の目と、全然違うんだが」
それに関しては否定できないので、話題を移す事にした。
「いや、今は、そんな事を言ってる場合じゃないだろ。さっさと行くぞ。だいぶ歩かないといけないんだからな」
俺達は駅構内を通り北口から出た。
玖墨に指定された場所は、ここから山側なので、ずっと緩やかな登り坂が続く。
住宅地に入り、人通りの少ない道を行き始めると、俺は後ろを歩く遠田に訊ねた。
「司崎について調べてくれてると言ってたよな? 何か分かったか?」
「いや、あんまりだ。新しい情報は掴めなかった」
「そうか。まあ、中々難しいよな……じゃあ、司崎の人物像についてもう一度教えてくれないか? 聞き逃してる事もあるかもしれない」
「ああ。わかったよ」
遠田は一呼吸置いて説明を始めた。
「この街で司崎肇という名前が知れ渡り始めたのは一年前だ。司崎は結構強引な手法で荒稼ぎをしているらしい。恨みを買い、他の勢力と暴力沙汰になる事も度々なのだそうだ。しかし、彼は決して屈しない。そして、彼は判断を誤らない。いつだって適切に対処するんだ。そうしている内に彼は既存の勢力にも新興勢力にも顔が利くようになり、もはや、この街の『堅気じゃない連中』の中において、司崎の名前を知らない奴はいないという状況になってる」
「そんな状況をたった一年で作り上げたんだな」
「ああ。これは小さな街での、表には出ない小さな出来事だ。しかし、それでもやはり異常であるとしか言えないと思う」
「昨日も見て思った通り、司崎は間違いなく能力者って事で決まりだな」
「ああ。間違いないと思う……そして、もう一つ。謎が謎を呼んでいるのは、司崎が、それほど儲けてるのに、別に派手な生活をしている訳でもないという事だ。金はどこに消えているのかという事が様々な憶測を生んでいる」
「玖墨に流れてるんだろうな。玖墨が裏で糸を引いているという事なのだろう。結局、司崎は玖墨の言いなりって事だと思う」
「それは玖墨さんが未来が見えるという強い能力を持ってるから?」
と、七原が俺に訊ねた。
「まあ、そういう事だろう」
「考えてみれば本当に凄い能力だよね。ある意味、無敵じゃない?」
「まあ、どこまで本当か分からないからな。人間が持つ事が出来る能力なんて限られてる」
「未来予知なんて人間の持ち得る能力の範疇には無いって事ね」
「まあ、無さそうだって事だ。どっちにしろ、今、判断するには情報不足だ……ところで、司崎が連れていた連中は――あれはどういう集まりなんだ?」
俺は再び遠田の方に向き直って、問い掛けた。
「うーん……言うなれば、ただの取り巻きって感じかな。基本的に、司崎は一匹狼だ。彼らには目もくれない。新しい組織を作るつもりはないのだろう。いてもいなくてもいいから、拒絶するでもなく、好きにさせてるという感じだ。まあ、司崎に関する新しい情報が得られなかった代わりに、その取り巻き連中からの協力者が増えた。連中の中では、より司崎に近い人物だ。これで情報が入ってくるスピードは格段に上がったと思う。司崎は今、繁華街近くの病院に入院しているんだが、何か変わった事があったら、すぐに連絡して貰える手筈になっている」
「そうか。遠田は本当に頼もしいな。助かるよ」
「ああ……だが、やはり玖墨という人物については一つも情報が得られなかったな」
「それは仕方ない事だと思う。玖墨と繋がってるのは司崎だけだ。司崎が何か言わない限り、そのルートからは情報は得られない」
「玖墨さんに関しては、小深山君のお兄さんと、亞梨沙のお姉さんに話を聞くしかないよね?」
「ああ。今、その話をしようと思ってた。ついさっき、電話で、その二人に少しだけ話を聞いたんだ」
「いつの間に?」
「七原や遠田と別れてからだよ」
それを聞いて遠田は顔を曇らせた。
「こっちには仮眠を取れと言っておきながら、自分は、そんな事をしてたんだな」
「仮眠できたの?」
七原が心配げに見つめてくる。
「まあ、それなりに」
本当は優奈にも邪魔に入られて、ほとんど眠れなかったのだが、そんな事を、ここで愚痴っても仕方がない。
「で、玖墨さんの情報は貰えたの?」
「まあ、有用かは微妙なところだけど、逢野姉は色々な話を聞かせてくれたよ」
「不思議なんだけど、亞梨沙のお姉ちゃんは、戸山君に会った事も無いんでしょ? 何で、そんなに積極的に情報提供してくれるの?」
「ああ、それは小深山兄のお陰だよ。小深山兄は逢野姉に久しぶりに連絡したらしいんだよ。その時、俺の名前を出してくれたらしい。だから逢野姉は今回の件に協力を惜しまないと言ってくれたんだ」
「そうなんだ。戸山君って本当に上手くやってるよね」
「ただの偶然によるものだけどな。まあ、とにかく、そんなこんなで、話を聞かせて貰ったんだが、逢野姉からも、小深山兄からも、玖墨に関しては微妙な情報しか得られなかった。掴み所のない奴だとか。あまり他人と交わらないとか。自分の事は語らないとか。そんな話しか聞けなかった。玖墨と撮った写真もなく、卒業アルバムにも載ってないから、顔さえも分からない」
「え? 卒業アルバムにも載ってないの?」
「ああ。玖墨本人が学校に掛け合って、載せないようにしたらしい。そもそも、玖墨は集合写真にも写ろうとしないって話だ」
「徹底してるね」
「ああ。だから、逢野姉に玖墨に詳しい人物を探してくれないかと頼んだんだが――」
「え。そんな事まで頼んだの? 今まで、そんな事しなかったでしょ? 頼んだ人に危険が及ぶかもしれないって」
「相手は俺を排除能力者と知って接触してきたんだ。俺達が玖墨の周囲を調べる事くらい想定しているだろう。こっちのことは既にバレている。慎重になってる場合じゃない」
「そうか、確かに……で、玖墨さんに詳しい人物は分かったの?」
「そもそも、玖墨と断続的に会話を交わしていたのが小深山兄だけって事らしい」
「そうなんだ……」
「でも、そんな話の中で一つだけ分かった事があった」
「何?」
「そもそも、小深山兄は最初、小深山弟経由で逢野姉に玖墨の居場所を聞いていたらしい」
「それで見つからなくて、司崎さんから玖墨さんの居場所を聞き出そうとしたんだね?」
「そう。その司崎から情報を聞き出そうとするより前に、逢野姉は玖墨と小学校から同じという奴を見つけていたらしい。そいつは玖墨とほとんど親交がなかったが、玖墨の家の場所を知っていたんだよ」
「え? 本当に? 玖墨さんの家が分かってるの? それって物凄く重大な事じゃない?」
「ああ。でも、分かったのは家があった場所ってだけだった」
「どういう事?」
「小深山兄はそこに小深山を送り込んだんだが、その場所に、もう家は無かった」
「無かったって?」
「塀のある立派な家……だったのだろうが、その場所は更地になっていた」
「間違いないの?」
「ああ、その塀についている表札には玖墨と書かれていた。周囲の建物は比較的新しく、新興の住宅地だ。だから、その家が古くなって取り壊されたって事も考えにくい。小深山兄は、火事か何かあって取り壊したのかもしれないと推測したと言っていた」
「なるほど。そういう事だったんだね」
「それじゃあ、どうしようもないな」
七原と遠田は残念そうな顔をする。
そんな七原と遠田に、俺は自分の携帯の地図アプリを見せた。
「実はな……その場所がここなんだよ」
「え? ここって……」
「ああ。そうだ。俺達が今、向かっている場所だ」
「え」
「は?」
七原と遠田は息を呑んだ。
「あと少しで到着だよ。そこには何が待っているんだろうな?」




