エピローグ
その夜、仮眠を取っていると、玄関のチャイムが一度だけ鳴った。
誰だろう……なんて考えるまでもない。
チャイムが一度だろうが、何度もだろうが、俺を訪ねてくるのは優奈くらいのものである。
そして優奈が一度しか鳴らさない時は……。
ドアを開けると、優奈が一人で佇んでいた。
「麻里奈は?」
「ぐっすり眠ってる……」
「そっか……上がっていくか?」
優奈が頷いたので、家に招き入れる。
優奈はリビングのソファーに、ちょこんと腰掛けた。
俺は優奈に暖かい紅茶を出す。我が家のデフォルトが紅茶なのは、優奈がコーヒーを好まないからである。
しばらく優奈が話し出すのを待ったが、何も言わないので、俺の方から訊ねた。
「何かあったか?」
すると、優奈の顔に静かな怒気が漲る。
「『何かあったか?』じゃないでしょ……あんたは今日も能力者を排除したんでしょ? 何で、わたしに言わないの? これはわたし達の問題なのに……」
嗅ぎ付けられていたようだ。
隠しているつもりったのだが……。
「優奈の手は必要なかったから呼ばなかったんだ。それだけだよ。人数が増えればいいってもんじゃないんだぞ。むしろ、混乱を来すだけだ」
「そうかもしれないけど……大体、何なのよ? 最近、能力者が多すぎる……」
「確かにそうだな。ペースが上がってる感があるな。だけど、能力者には惹かれ合うって性質がある以上、仕方がない事だろ? 一人の時は、一人を引き付ける力、二人になると二人分の力になる」
「そうやって増殖していって、すでに私達の周りは能力者だらけになってるのかもしれない」
「いや、俺達に能力者を嗅ぎ分ける洞察力が身に付いたって事かもしれないだろ」
「そうね。それも否定しない。だけど……」
こうなったときの優奈は、とことんネガティブだ。
「優奈、これは良いことだよ。能力者が次々と手繰り寄せられている、この状況はな」
「何がいいのよ」
「潜伏されるよりは、ずっといいだろ」
「でも、あんたに嘘ばかりつかせてる。貧乏くじを引かせてる」
「何だよ。急に」
「もう、いいから。自分の事は自分でする。あんたをこれ以上、この終わりのない闘いに巻き込む事は出来ない」
「俺はこれでいいよ。いつか排除に失敗して、楓のような排除能力者が現れるかもしれない。でも、それまで出来る限りの事はしたいんだ」
「駄目。この闘いの先には、どう転んだって絶望しかない。そんなのに他人を巻き込んで良いという道理は無い」
「でも、俺はこれでいいんだよ。優奈を守る為になら何だってする」
「もういいよ。そんな嘘は。中学生の頃なら信じられたけど、今は無理……」
「無理とか言うなよ。俺は今でも、お前が好きなんだぞ」
「いや、あんたには実桜さんがいる。実桜さんはあんたに好意を持っているよ。何回生まれ変わったって、こんな幸運は起こり得ない。何に拘ってるんだか知らないけど、この幸運は大事にすべきよ。あんたのことは排除が必要な最後の最後の時だけ呼ぶから、あとは実桜さんとの時間にすればいい」
結局、優奈は排除能力者の俺がいないと、抗う術がなくなる。
だから、俺を取り逃がさない為に、どうすべきかを考えた結果が、この言動なのだろう。
しかし、俺には俺のやり方がある。
俺は現状を維持したいのだ。
だから俺は、また嘘を吐く。
「確かに七原は魅力的だ。だけど、優奈とは積み重ねた時間が違うだろ? 俺は優奈の方が好きだよ。優奈以外なんて考えられない。だから、優奈に好意を持ってもらう為には何だってやるさ」
俺が、こんな格好つけたセリフを吐いていると知れたら、笑いものになるだろう。
しかし、優奈にはこのくらいストレートに言わないと通じないのである。
「今まで通り、あんたの気持ちには応えられない。それでもいいの?」
「ああ、それでもいいよ」
それがいいのだ。
俺にとっては、この関係が一番都合が良い。
双子の能力に手を下す事が出来る日まで、この関係を維持しなければならないのである。
「じゃあ実桜さんの事はどうするの?」
「七原は遠田と同じくらい有用だ。口も固い。だから、七原の気持ちが続く限り、手伝ってもらうよ。まあ、さっきも言った通り、七原は魅力的だ。あわよくば、ハーレムエンドに持ち込みたい」
「しんで」
とは言うが、優奈は話に納得した顔である。
そして、「ありがと……話を聞いてくれて」と、しおらしく言うので、俺は「ああ。また、いつでも来い」と言って送り出した。
ドアが閉まると、俺は、ほっと胸を撫で下ろす。
丸く収まって良かった。
七原の事を、あんな風に言わなければならなかった事で、心にずっしりとした痛みが広がるが、俺が決めて俺がやってる事なのだ……仕方ない。
――しかし、よりにもよって今日、優奈が現れるなんて本当に肝を冷やした。
今は隠し事が多すぎて頭がパンクしそうな所なのだ。
まず、これから玖墨と会う事は、優奈には絶対知られる訳にはいかない。
玖墨は今まで出会った中で一番と言えるほど質の悪い能力者だ。
そんな奴を相手に立ち回らなければならない。厳しい状況になるだろう。
双子の出陣となれば、話が更に複雑になってしまう。
そして、双子に絶対に知られてはいけない事が、もう一つある。
小深山にも口止めしておいたから、今、双子に伝わってないのなら、もう伝わる事は無いだろうが……あの日、指導室には俺と早瀬以外に、もう一人の人物がいたのである。
発火能力という危険な力を排除しなければならないその状況、失敗は許されなかった――だから俺は楓を呼んだのだ。
俺は今でも楓と繋がりを持っているのである。
第三章 完




