帰り道
小深山家からの帰り道。
俺と七原は微妙な距離を取って歩いていた。
日が傾き、街が少しずつオレンジ色になっていっている。
夕暮れ時は、何故こんなにも感傷的な気分になってしまうのだろうか。
――その心の隙間を埋めるように、七原に語りかける。
「玖墨に会ったとして、それから、どんな展開になって、どのくらい時間が掛かるか分からない。一応、仮眠を取っておくべきだと思うんだよ。あと、遠田に事情を話しておかないといけないな。まあ、遠田にもメッセージは来てるだろうけど……」
あの後、俺の携帯と七原の携帯に、玖墨からSNSでメッセージが届いたのである。
その内容は『戸山望と七原実桜、そして遠田彩音の三人で来てくれ』というものだった。
「七原は、また遠田の家に行って、仮眠させてもらってくれ」
……そんな話をしているが、七原の反応は薄い。俯いたまま、ただ足を進めている。
何とか誤魔化そうとしているが、もう無理なようだ。
――その時、七原の瞳から、涙の粒がこぼれ落ちた。
「ごめん、戸山君……」
「七原、泣かなくていいよ。今回のは仕方ないだろ。青星さんの能力はそういう能力だったんだから」
「ごめんね。気を遣ってくれてるのは分かってるんだよ。でも、どうにもならないの……戸山君を裏切った事が悔しくて、悲しくて」
「そんな事は別に構わない。ってか、裏切られたなんて一ミリも思ってないよ」
「でも、私、足手まといだったよね?」
「足手まといか……。そこが七原の問題点だな」
そんな返答をされるとは思わなかったのだろう。
七原は顔を上げる。
目元の涙が、きらきらと光った。
「七原は洗脳されて、自分の行動が正しいと思わせられてたんだよな?」
「うん」
「それなら、何で俺を全力で止めなかったんだよ。七原なら、俺を小深山兄に近付かせない事が出来たはずだ。俺に対する遠慮があったから、こうして俺が小深山兄の能力が排除される結果になったんだろ?」
「そうだけど……」
「いつも、俺が正しいとは限らない……いや、間違える事の方が多いかもしれない。そういう時には、七原の力が必要なんだ。だから……」
「だから?」
「足手まといとか、足を引っ張るとか、そういう事は考えるな。正面から殴り掛かって来てくれ」
「それって、どうなのよ?」
七原は泣きながら、少しだけ笑った。
「俺は、それだけ七原を信頼してるんだよ」
「信頼?」
驚きからだろうか、七原が口を開けたまま静止した。
「……そこまで呆気にとられることはないだろ。確かに、俺の口から出てくるような言葉じゃないかもしれないけど」
「いや。そういう意味じゃない訳でもないんだけど……」
そういう意味じゃねえか。
「実は楓にも言われた事があるんだよ。『望は誰も信用する事なく生きていくんだろうな』って」
「そうだね。戸山君って、そんな感じがするよ」
「だけど、まだ七原と出会って一週間しか経ってないのに、不思議と七原の事は信頼してるんだ」
「同じクラスになってからだから、私達、一ヶ月前に出会ってるんだけど」
「先週の今頃はまだ話した事も無かったって話だよ」
「そうだね。ごめん、茶々入れて……本当は嬉しいの。信頼か……そんな事を思っててくれたんだね」
「今回の件だって、後で考えたら、あの時、七原の方が正しかったって事になるかもしれない。未来なんて分からないからな」
「そうか……そうだよね……って、そうなったら困るのか」
「だな。そうなって欲しくはないけど、その可能性だって十分にあるんだよ。だから、泣くには早すぎる」
「怖い事、言わないでよ」
「そうならない為に頑張ろうな」
「……うん。そうだね」
とりあえず、七原が落ち着いて良かった。
七原の涙に、こんなにおろおろさせられるようになるとは、三日前の俺でさえも全く予想できなかっただろう……。
「……ああ、そうだ。七原に一つ謝っておかないといけない事があったんだ」
「何?」
「逢野と小深山が幼馴染みという話を、七原から聞いたって佐藤に言っちゃたんだよ。話の流れ上、そう言うしか無くてな。迷惑を掛けるよ」
「うん、わかった。それは大丈夫だよ。うまくやるから……そうだ。私も一つ言っておかないといけない事があった」
「何だ?」
「排除が終わった後、私、青星さんと話してたでしょ?」
「ああ。洗脳の事、謝られたんだろ?」
「うん。その時、戸山君は先に外に出て、小深山君と話してたよね?」
「ああ」
「その話を少し聞いたんだけど――」
「ああ、あれを聞いてたのか……」
その時の会話を思い出す――
「ところで、小深山は今でも芽以さんに未練があるか?」
七原を待っている手持ち無沙汰な時間、俺は小深山に訊ねたのだった。
「……もう、未練なんて無いつもりでいたんだけどな。今回の事を考えると、自分で気付いてないだけで、まだ残ってるのかもしれないな」
……となると、逢野亞梨沙が言っていたとされる『小深山が彼女に逢野姉と同じものを求めてるという話』も、まったくの言い掛かりという訳でもないのかもしれない。
「なあ、小深山。『排除』の恩を振りかざす訳じゃないけど、一つだけ、思った事を言わせてもらっていいか?」
「ああ。いいよ」
「次に付き合う相手は、小深山の悪いところを知っていて、それでも好きでいてくれるような奴を選んだ方が良いんじゃないかと思うんだ」
「は?」
「別に巨乳じゃなくてもいいじゃないかって話だよ。声も若干低めだけど、あいつは……」
話し出したものの、その先をどう言おうかと考えていると、小深山は、俺が逢野亞梨沙の事を言っていると気付いたようで、
「確かに、戸山の言う通りかもしれないな」
と呟いた。
「決断は早くしたほうがいいと思うぞ。そいつが他の人を好きになってからじゃ遅いんだからな」
回想を終えた俺は、自分の顔が赤くなっていくのを感じていた。
「――ああ、柄にもない事をしたよ。何であんなに偉そうに言えるのかと、今になって恥ずかしくなるけど、あの時は、そういうテンションだったんだ。笑いたければ笑え」
「違うの。そんな事を言いたいんじゃなくて――あれって亞梨沙の事を言ってくれたんだよね」
「……ああ。そうだよ……ああ。確かに出しゃばりすぎだ。逢野と話した事も無い俺が、そんな事を言うのは気分が良くないって事だよな?」
「違う……亞梨沙は戸山君に、あんなに酷い事を言ってたのに、亞梨沙の事を言ってあげるなんて……戸山君、格好つけすぎだと思う、って言いたかったの」
「別に格好つけてた訳じゃねえよ」
「つけてる。格好いいもん。ああいうのはやりすぎだよ……男の子が男の子に惚れちゃう事だって……あるんだからね」
「七原、それは委員長に影響を受けすぎだ」
「でも、相手が小深山君なら太刀打ちできる気がしないのよ」
俺達は二人で笑い合う。
……やはり、これがいい。
七原と真面目な話など、したくないのである。




