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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第三章 小深山章次編
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排除

「待って、戸山君。まだ小深山君の能力についての話が済んでないよ」


 今まで押し黙っていた七原が、不意に、そう言った。


「確かにそうだな。すっかり忘れてたよ」

「おい、戸山。忘れてたのかよ。忘れんなよ」


 小深山が非難の声を上げる。


 小深山が、さりげなく口をはさんできたのは、話しづらそうにしている七原への配慮でもあるのだろう。やはりモテる男は違うのである。


「……まあ、小深山の能力は、たいした問題にならないだろうからな。さっきの話でもあったように、小深山の能力は洗脳によって生み出されたものだ。自身の意志じゃない分、排除は簡単だと思う――」

「そうか。じゃあ、すぐに排除してくれ」

「そんなに焦るなよ、小深山。話は最後まで聞いてくれ――排除には、能力者本人が能力を捨てる意志ってのが必要なんだ」

「意志はあるよ。そんなもん、必要ない」

「いや、そんな漠然ばくせんとしたものじゃ駄目なんだ。自分の能力と、それを生み出した原因を、しっかり理解できていて始めて、本当の意味で捨てる意志を持つ事が出来るんだ。適当で済む話では無いんだよ」

「そうなのか……やっぱり、戸山の話は面倒だな」


 小深山は他人事のように言う。

 無理も無い。思い出せない記憶がいくつもある所為で、ピンと来ていないのだ。


「自分の能力については、はっきりと思い出したのか?」

「ああ。司崎を襲っていた記憶なら、戻ってきたよ」

「じゃあ、あとは能力を生み出した原因だな」

「そうだな……戸山は何が原因だと思ってるんだ?」


 『俺に聞かず、洗脳した兄に聞けよ』と思うが、兄を問い詰めるのは気が引けるのだろう。

 俺は仕方なく、自分の考えを話す事にした。


「小深山が何故、能力を得たかってのは、俺にとっても難問だったよ。小深山は容姿が良くて、何でも出来て、コミュ力もある。そんな奴が、トラウマなんて抱えるだろうか、って」

「『だった』って事は、もう分かってるのか?」

「ああ」

「じゃあ、教えてくれ」

「そうだな――小深山の人生における一番のトラウマは……失恋だよ」


 俺は勿体振もったいぶりながら、そう言った。

 それで、小深山兄の様子をうかがっていたのだ。

 小深山兄は天井を見つめるだけで反応は示していない――おそらく、これで正解という事なのだろう。


「失恋か……そうだな。俺も結構、失恋はしてるよ。いつも、こんなつもりじゃなかったって感じになるんだよな。それで派手に喧嘩して別れるんだ」

「いや、俺がしてるのは、逢野芽以さんの時の失恋の話だよ」


 小深山は驚いて目を白黒させるが、すぐに合点がてんがいったという顔になる。


「……なるほど。その事か」

「洗脳された時の記憶が戻ったのか?」

「ああ。思い出したよ――俺は最近、兄貴と芽以さんの話をしたんだ」

「どういう話だ?」

「兄貴に話を聞いて貰ったんだよ。むかしの失恋の話をな――俺の初恋の相手は幼馴染みの逢野芽以さんだった。芽以さんは俺より三歳年上で、俺が思春期を迎えた頃、芽以さんは大人に近づき、どんどん綺麗になっていっていた。彼女には本当に真剣に憧れてたよ。だけど、芽以さんは、いつだって兄貴を見つめていたんだ。芽以さんに兄貴の話を聞くと、兄貴は頭の回転が速くて、喋ってて楽しいと言っていた。それを聞いた俺は、ずーっと、もどかしい気持ちだった。兄貴に追いつきたい……そう思ってたんだ」

「そうか……青星さんは、その感情を利用したんだな」


 小深山兄は洗脳によって、その感情を何倍もにふくれあがらせたのだ。

 それが能力となり、形を現したのが、あの思考の高速化である。


 そりゃあ小深山兄も天井をただ見上げるしかないよな、と思う。

 自分がやってしまった事を、物凄く悔いているのだろう……まあ、兄弟の和解とかは後でやってもらおう。

 今は排除の方を優先しないといけない。


 そんな事を考えていると――


「戸山、能力ってものは本当に面倒だな……芽以さんに憧れてたってのは一生隠しておくつもりだったんだよ……だって、恥ずかしいだろ」


 小深山は、そんな風に言って、爽やかに笑う。

 全てを知った上でも、兄に悪感情を抱いていないようだ。

 小深山がこれならば、心配する必要は無さそうだ。


「よし、兄弟そろって排除するぞ」


 これで、やっと終わりだ――


「ねえ、戸山君。ちょっと待って」


 再び七原が声を上げた。


「まだ、何かあるのか?」

「そう言えば、今日、いつものバットを持ってきてないよね」

「そうだな」

「どうするの? あれがないと、排除できないんじゃない?」

「いや、別に無くてもいいよ。代わりの物を調達すればいい」

「え? ……代わりとかでいいの?」

「あのバットは俺の力を最大限に発揮させるものなんだ。今回のケースでは、七原や委員長ほどに能力への未練が無い。代用品でも十分だ」

「そうなの? そんなにゆるいルールなの?」」

「能力を遠くに飛ばすイメージさえ出来れば、それでいいんだ」


 今回の小深山の騒動は双子に伝えていない。

 元から代用品で済まつもりだったのである。


「じゃあ、何を使うの? 手?」

「手でケツを叩けって言うのか?」

「お尻を叩くのは絶対なのね?」

「そうだよ。それだけは避けられないんだ。だから出来るなら、手でやるという選択肢は外したい」

「そうだね。私もそれは止めて欲しい」

「だろ? だから、バットに変わる何かが必要なんだ」


 俺は視線を小深山の方に向けた。


「なあ、小深山。今の話、聞いてただろ? 何か丁度いい物は無いか?」

「ああ、探してみるよ……」


 小深山は首をひねりながら部屋を出て行き、色々な物をき集めて戻ってきた。


「戸山。これとか、どうだ?」

「何だよ、これ」

「アイアンだよ」


 確かに小深山が持っているのはゴルフクラブのアイアンだった。


「小深山、話を聞いてたか? ケツを叩くんだぞ」

「ドライバーよりはマシかな……と」

「似たようなもんだろ」

「遠くに飛ばすって言ってただろ」

「そこだけ聞くなよ」


 さすがに危険――ってか、事件だろ。ゴルフクラブでケツを叩いたら。


「小深山、もっとちゃんと説明しておくべきだったな。排除の際には、それでケツを叩かなくちゃならない。それを考慮してくれ」

「じゃあ、フェアウェイウッドもパターも無しだな」

「なんで、ゴルフクラブばっかり持って来たんだよ!」


 わかったわかったという感じで小深山は頷く。


「じゃあ、これなら大丈夫だろ?」

「これは何だ?」

「ラップの芯だよ」

「無しだよ」

「何でだよ?」

「悪い。これも説明不足だったな。能力の排除は一種の儀式的なものだ。これで能力を排除するのだという説得力があるものにしてくれ。さすがにラップの芯で、能力を排除するというイメージは出来ない」

「長さが足りないなら、ガムテープもあるぞ」

「長さの話はしてねえよ!」


 じゃあ、バットに説得力があるのかと聞かれれば、答えに詰まるところだが、楓に勧められたものだという事が背中を押してくれるのである。


 どうしようか……。

 この近くにスポーツ用品店があったはずだ。そこにプラスチックのバットがあるだろうか……。


 そう考えている間も、小深山は諦めていないようで、部屋中を探し続けている。


「おい戸山、いいものを見つけたぞ。これならどうだ?」


 小深山は『しゃもじ』を握りしめていた。


「有り得ない」


 なんで、よりにもよって『しゃもじ』なんだよ!


「だけど、これは神社で買ってきた神聖なものなんだぞ」

「は?」


 ……たしかに、よく見てみれば、その木製のしゃもじには筆字で家内安全としたためられていた。


 七原が眉間みけんしわを寄せながら、「確かに神社で買ったものなら、それなりの説得力があると言えなくもない……のかな?」と呟いた。


「失敗したっていいだろ? とりあえず、やってみればいい。兄貴が、こんなに辛そうなんだ。早く何とかしてやりたいだろ」

「……わかったよ。やってみるよ」


 ――こうして、真面目な顔をして、男のケツをしゃもじで叩くという、変態界の中でも相当な異端児が誕生してしまったのである。



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