理由
それぞれに思うところがある為か、一度も会話を交わす事がないままに小深山家に到着した。
家の中に入ると、小深山が眉間に皺を寄せながら口を開く。
「なあ、戸山。信じられないだろうけど、俺はこのドアをずっと見過ごしていたんだ……いや見過ごしてたってのも違うな。兄貴の部屋があるとは分かっていたんだ。だけど、入ろうとも思わなかったというか……」
「それが能力ってものだよ」
「戸山、開けるぞ」
「分かってるよ。早く開けろよ」
小深山が躊躇しているようなので、俺が代わりにドアを開ける事にした。
すんなりとドアが開く。
鍵も掛けられてなかったようだ。
部屋を覗き込む。
「兄貴……」
小深山が呟くと、ベッドの上の男が視線をこちらに向ける。
だが、首から上を動かすだけで、一向に起き上がる様子はなかった。
「兄貴、大丈夫か?」
小深山兄は顔色が少し悪い程度で、衰弱してる様子はない。
それでも動けないのは、能力の所為なのだろう。
「青星さん、起き上がれないんですね」
「ああ、どんどん体が硬直していっているんだ」
「もう立ち上がるのも無理って事ですか?」
「いや、出来なくはないよ。トイレくらいなら歩く事も出来る……だけど、物凄く疲れるんだ。こんな体勢で悪いな」
そう言って、小深山兄は天井へと視線を戻した。
何故、小深山兄が、昼休みや放課後に部室で俺達が小深山を追求する事を許していたのか――それが疑問だった。
小深山に俺達との会話を拒否させれば済む話である。そうすれば、事実の解明は遅れるし、その方が自然だ。あんな訳の分からない会話に付き合ってる方が不自然なのだ。
それでも、小深山兄が小深山を部室に居続けさせたのは、単純に俺達が小深山を探して、小深山家を訪問したら困るからなのだ。
こんな風に身体が硬直して動けないという事情があったからこそ、自分の居場所を突き止められないように、細心の注意を払っていたのである。
「青星さん、聞いて良いですか?」
「ああ」
「受験二日目に司崎先生が電話を掛けて来たらしいですね。それはどんな内容でしたか?」
「……司崎は電話口で俺に言ったよ、『青星、精々頑張れよ』と」
「精々頑張れ?」
教師が受験前の生徒に掛ける言葉としては刺々しすぎる。
「俺も聞き返したよ。司崎は普段は真面目で思いやりのある教師だった。彼の発言はいつも道理が通ってたから、眉をしかめる事なんて一度もなかった。だから不思議だった。だけど、それより何より解せなかったのは俺を『青星』と呼んだ事だった。クラスには他に小深山って生徒はいなかったから、『青星』と名字抜きで呼ばれたのは初めてだった。俺が戸惑っていると、司崎は話を続けた。『青星って、本当におかしな名前だよな。お前をフルネームで呼ぶ度に、笑いを堪えるのが大変だったんだぞ』」
「ひどいですね……」
「ああ……そして司崎は更に続けた。『青星、お前がいくら頑張ったところで、合格は無理だよ。だって、お前の本当の父親は物凄くバカだったらしいからな。まあ、そんな名前付けるくらいだから、お前も察してるだろうけどな。お前はそのどうしようもない血を受け継いでるんだ。お前の家族には本当に同情するよ。浪人生を抱えるなんて大変だろうな。折角、連れ子のお前を厄介払いできると思ってたのに』」
「兄貴、司崎って奴は本当にそんな酷い事を言ったのか!?」
小深山が声を荒げて言った。
「ああ、言ったよ。でも、仕方がない事だ。事実だからな。俺の本当の父親は母さんに手を上げていたらしいし、浪人生を抱える家族が大変なのも確かだ」
「でも、俺達は厄介払いできるなんて思ってない」
「そうだな。それは俺も分かってるよ。だけど……だからこそ、心が揺らいだんだ。俺は自分に言い聞かせた――司崎が言った事は気にしなければいい。司崎の頭がおかしいだけだ。これから俺の人生がかかった試験だ。冷静になれ――ってな。だけど、無理だった。家族を信じてるという気持ちが……司崎を許せないという気持ちが昂り、打ち消すのに苦労したんだよ。結果、その後の試験はボロボロで、自己採点する気にもなれなかった」
「今年の受験の時も、司崎に何かされましたか?」
「……今年こそは受からないといけないと思った。寝る時間以外は全て勉強に費やした。何が何でも受かってやると思ってた。そのプレッシャーがいけなかったのかもしれない。いよいよ試験だという日に、受験会場に向かう時、司崎が同じ電車に乗っていたんだ。見た目がかなり変わっていたが、それでも司崎だとわかった。それを見ただけで――たったそれだけの事で頭が真っ白になった。胃がきりきりと痛んで、何度も吐き出した。俺は思った。本当に司崎がいたのだろうか、と。本物だったのだろうか、と。俺の弱い心が見せた幻じゃないか、と。逃げる理由を探していただけなんじゃないか、と」
小深山兄は天井に向かって一つ息を吐き出した。
「そんな感じで試験を受けたよ。結果は不合格だった。俺は心が折れ、何もかもがどうでもよくなった。そして嘘を吐いた。それがこの能力の始まりだ。戸山君、君の言う通りだよ。俺には消したい過去があるんだ……別の道を探せば良かったのだろうが、その気にはなれなかった。俺は周囲の人間を操って無気力な生活を始めたんだ」
「その罪悪感が積もり、徐々に身体の動きが鈍くなっていったって事ですかね? 自分さえも洗脳した」
「ああ。多分そういう事だよ。俺の身体はゆっくりと蝕まれていった。だけど、それでも構わなかった。もう俺の人生は終わりだと諦めていた。クズミから電話が掛かってきた時は、もう曜日感覚も無いような状態だったよ」
「クズミさんから電話? どんな話をしたんですか?」
「俺は言った、『クズミ、お前のいう通りになったな。俺は受験に失敗したよ。あの時、志望校を変えておけば良かったんだ』と。すると、クズミは笑いながら言った、『そうだな。俺も司崎があんな奴だとは思わなかったよ』と。何故、クズミが司崎の行動を知っているのだろうと思った――そこで始めて気が付いたんだ。クズミが自分の予言を的中させる為に妨害工作をしていた事に」
やはり、そういう事か……。
「クズミは言った――俺には未来を見る力があると言っただろう。それはお前の洗脳能力と同じで本物の能力だ。だから、俺は親切心で言ってやったんだよ。『A大には落ちるから志望校を変えろ。お前はプレッシャーに弱いから実力の十分の一も発揮できない』ってね。だけど、俺がそう言った事で、お前の中に反骨心が生まれ、お前は合格する未来を掴み取ってしまったんだよ。俺は自分の予言が外れるのが我慢ならない。どうにも気持ちが悪いんだ。だから、本来の未来へと戻そうとしただけだよ。俺の力は、未来を見る力であり、未来を変える力でもあるからな……そんなこんなで、お前の邪魔をしていたら、お前が心に闇を抱え能力者になる未来が生まれた。それも面白いかなと思って、そのままにする事にしたんだ」
化け物が化け物を生んだのである。
小深山兄は、息も絶え絶えになりながらも、熱を入れて喋り続ける。
「俺はクズミの事を許せないと思った。こんなに人を憎らしいと思った事は無かった。すると、クズミは鼻で笑いながら言った、『お前にはどうする事も出来ないよ。俺には近付く事さえ不可能だ』と。だから、俺は未来を変えようと思ったんだ。クズミを出し抜く事は無理でも、分かってても避けられない未来を突きつけてやろうと思った。だけど、俺は自由に動く事も儘ならない状態だった」
「そこで考えたんですね。章次君を使う事を」
「ああ。そうだよ。洗脳で章次の心の中にある闇を増幅させて、能力者にした……俺はクズミと同じように能力者を生み出してしまったんだ。最低な事をしてしまったと思ってるよ……俺はそういう奴なんだ。俺の実の父と同じで、自分の為に他人を踏みにじる……分かっていたけど止められなかった。止めるつもりは無かった。そして、これからという時に、戸山君、君が現れたんだ。せっかくの復讐の機会を邪魔される訳にはいかない。俺は予定を前倒しして、章次を司崎に近づけた」
「何で最初から俺に司崎を叩きのめさせなかったんだよ!?」
小深山が口を挟む――小深山の記憶も戻って来ているようだ。
「司崎なんてどうでもよかった。あいつはクズミの言われるがままだ。クズミの居場所を突き止める事が出来れば、それで良かった。戸山君対策の為に七原さんを洗脳した事で、彼女の知恵を借りる事が出来るようになったのは幸運だったよ。俺だけなら、クズミの連絡先を奪うなんて単純な事にも気づかなかった。そして昨日、俺は、やっとの事でクズミに連絡を取る事が出来た。章次、クズミからの返信を戸山君に見せてくれ」
「ああ」
小深山が俺に携帯を手渡す。
そこには、玖墨柚人からのメッセージがあった。
『午後十時に』と、ただの一言である。
そして、待ち合わせ場所と思われる地図が付け加えられていた。
小深山兄が悔しさの滲む顔で口を開く。
「しかし、玖墨の言った通りになったな。結局俺は玖墨に近付けなかった。玖墨は全てを知っていたんだろう」
「いや、近付けますよ」
「え?」
「青星さん、あなたの問題点は自分で抱え込みすぎる事ですよ」
俺も他人の事は言えない質だが……。
「俺達に託して下さい。そうすれば青星さんが近付いたのと同じ事ですから」
「託してもいいのか?」
「玖墨も司崎も俺が何とかします――いや、能力者の排除は元々俺の仕事ですから。能力を排除すれば、玖墨も未来を変えるとか変えないとかそんな小難しい理屈に拘る必要は無くなるでしょう。だから、青星さん、大人しく俺に排除されて下さい」
「待ってくれ。でも、この力があれば、君の役に立てるはずだ」
「俺からしたら能力者は全て邪魔者ですから。潰せる時に潰す。それが俺のやるべき事です。時間が経つほど、排除は難しくなるんですよ」
「……そうか」
「能力を捨てる覚悟はありますよね?」
「ああ。それなら大丈夫だ。こんな力、いつだって捨てられるよ」
当然だ。小深山兄の能力は、これほどまでに身体を蝕んでいるのだ。
聞くまでもない質問だった。
「それじゃあ、排除しましょう」




